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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213
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歴代志上13章10節


13:10 ウザが箱に手を伸ばしたので、ウザに対して主は怒りを発し、彼を打たれた。彼はその場で、神の御前で死んだ。
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ダビデ王が神の箱を首都エルサレムに運び入れようとした時のできごと。

本来ならば、神の箱はレビ族のケハテの子孫が箱に触れないようにしてかつぎ棒で運ぶ定めになっている(※民数記4章15節)のに、ダビデは神の箱を車に乗せてウザとアヒヨに運ばせた。それがそもそもの誤りのもと。

そう考えると、罪はダビデにあるのに、その結果打たれたのはウザであることが不公平のように思われる。牛がつまずいて神の箱がひっくり返りそうになったので、ウザは神の箱に手を差し伸べただけであろう。人間的な考えで、良かれと思ってしたことが神の怒りをかったのだが、こういうとき、いつも悩む。なぜ、神は罰せられるのかと・・・。

ただ手をこまねいて、神聖な神の箱がひっくり返って土の上に落ちてしまうにまかせておけば良かったのか。そうすれば、ウザは打たれるようなことはなかったのかと。

※4:15 アロンとその子らが、宿営の移動に当たって、聖所とそのすべての聖なる祭具を覆い終わった後、ケハトの子らが来て運搬に取りかかる。彼らが聖なるものに触れて死を招くことがあってはならない。臨在の幕屋からケハトの子らが運ぶべきものはこれらのものである。
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# by dande550213 | 2006-03-09 21:29 | 御言葉 | Comments(0)

歴代志上12章22節


12:21 彼らはダビデを助けて敵軍に当った。彼らは皆大勇士で軍勢の長であった。
12:22 ダビデを助ける者が日に日に加わって、ついに大軍となり、神の軍勢のようになった。(口語訳)
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12:22 皆、勇士で、部隊を率いるダビデの助けとなった。彼らは軍の中で将官の地位にあった。
12:23 毎日のように、ダビデを助ける者が加わり、ついに神の陣営のような大きな陣営ができた。(新共同訳)


「今日の御言葉」は、所属する教団(日本イエス・キリスト教団)の聖書日課に従って学んでいる。

今日は、歴代志上12章で金言(模範となる尊い言葉)は22節であるが、「口語訳」と「新共同訳」で1節ずれていることに気がつく。

口語訳の22節の御言葉は、新共同訳では23節になる。ちなみに新改訳は口語訳に同じ。(※J-バイブル1st2000で調べただけなので、もしかしたら、こちらが間違っている可能性もあるが・・)

細かいことに拘る必要は無いのだが、どうしてズレているのか、少し興味がある。

今教団では、使用する聖書を口語訳から、新改訳もしくは新共同訳に変えようと考えていると、ついこの間、牧師先生からお聞きしたからだ。

口語訳の節数で御言葉を心に刻んでいた場合、使用する聖書が変わって、その節数が変わるとようなことがあれば、大きな負担になると思う。

人間の記憶は、そう簡単には入れ替えられない。まして、歳をとればなおさらである。お年を召した信者さんは「文語訳」→「口語訳」→「新改訳」か「新共同訳」にと、一生のうちで3回も変われば、どんなお気持ちだろうかと思う。
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# by dande550213 | 2006-03-08 21:28 | 御言葉 | Comments(0)

弦を緩める・・・


バイオリンの練習が頓挫して、1年になる。今日、弦が切れていないかと心配になり、久しぶりにケースを開ける。

良かった!切れていなかった!

しまい込む時、うっかり弦を緩めるのを忘れていたのを思い出したのだった。

大人になって、それもかなり歳をとってから習い始めたバイオリン。50歳前だった。約1年半ほど、市の青少年オーケストラの指導者のご好意で習うことができた。

毎週、土曜日のレッスン日になると、泥縄で朝から晩まで練習して、肝心のレッスン本番には指が疲れ果てて動かなくなるという有様だったけれど、今から思えば、「走り出してから考える猪突猛進の私(笑)」にふさわしい「夢中な時」の過ごし方だったような気がする。

もう手も指も元に戻ってしまって、動きが悪くなっていることだろう。

この歳ではやっぱり無理だったかと半分思わないでもないが、やっぱり諦めたくない。

でも、今はまだ余裕がない。心も体も、そしてお金も・・・(苦笑)。
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# by dande550213 | 2006-03-07 21:26 | 雑感 | Comments(0)

歴代志上11章2節


11:2 これまで、サウルが王であったときにも、イスラエルの進退の指揮をとっておられたのはあなたでした。あなたの神、主はあなたに仰せになりました。『わが民イスラエルを牧するのはあなただ。あなたがわが民イスラエルの指導者となる』と。」
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ダビデが正式にイスラエル全土の王となった。

ダビデもサウルと同じく、主がたてられた器。

ダビデも神ではないので完全な人物ではなかった。

様々な過ちを繰り返すが、サウルとの違いは「常に主の前に謙虚」であったこと。

サウルは「謙虚さを忘れて嫉妬」に苦しめられた。

私はサウルとよく似ていると思うことがある。
「傲慢と嫉妬」は私の手に負えない。
この十年、これが私の傷口をますます大きく広げてきたを思い知らされる。

この感情から解放されたいと切に願う。
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# by dande550213 | 2006-03-07 21:24 | 御言葉 | Comments(0)

歴代志上10章13~14節


10:13 サウルは、主に背いた罪のため、主の言葉を守らず、かえって口寄せに伺いを立てたために死んだ。
10:14 彼は主に尋ねようとしなかったために、主は彼を殺し、王位をエッサイの子ダビデに渡された。
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イスラエルの初代王サウルがギルボア山の戦いで死んだことが語られている。

「サウルの死」というと、犬養道子さんの『旧約聖書物語』に掲載されていたブリューゲルの「サウルの自殺」(ウィーン美術史博物館蔵)を思い出す。

当時、サウルがどういう人物なのかよくわからなかったが、ブリューゲルのこの絵には頭にターバンを巻いたイスラム教徒らしき兵隊が描かれているので、私はこの絵は十字軍を題材にした絵だとばかり思っていた。

しかし、実際はキリストが生まれる以前の紀元前、ペリシテ人とユダヤ人(イスラエル王国)の戦いでサウル王が自殺する場面を描いているのだ。

今の私たちなら、様々な情報から当時の合戦の様子などが容易に想像できるが、ブリューゲルの時代には聖書を題材とした絵を描くときは、自分たちの見聞きしている時代に置き換えて描くより方法がなかったのだと、後でわかった。

そのとき、初めて、私が今まで抱いていた「西洋のキリスト教絵画に対する違和感(歴史的習俗とは異なる描かれ方をしている)」が理解できるようになったのだった。そのことをふと懐かしく思い出した。
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# by dande550213 | 2006-03-06 21:23 | 御言葉 | Comments(0)