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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213
カレンダー

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いつの頃からだろうか、柏原市と羽曳野市、藤井寺市の3市(別名、「柏羽藤」)のキリスト教会が合同でクリスマスコンサートを開催するようになった。

今年は、会場はわが柏原市のリビエールホールで、本田路津子さんのコンサート。
チラシの路津子さん、惚れ惚れするほどいい笑顔ですね!

今日夕方、雨が止むのをまって、このご案内のチラシを担当地域へ配りに行った。

知人を招待しようと思っていたのでチケットを2枚買ったら、1枚招待券をもらい、手元には計3人分のチケットがあった。でも、用事で当日私は行けなくなったので、お手紙を添えて、それぞれ知人宅にチケットを届けた。行ってくれると嬉しい。

途中、聖教新聞の集金をしていた知人にあって、寒風の中、30分ほど子どものことでおしゃべりした。彼女は創価学会に入っているが、互いの宗教に関係なく、会えばいつも子どもの話に花が咲く。「また以前のように車で日帰り旅行が楽しめるようになったらいいね~♪」と言って別れた。
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# by dande550213 | 2006-12-02 18:48 | 教会生活 | Comments(1)

f0096508_1914490.jpgもうだいぶ前に、テレビで「今年はイタリアで葡萄ときのこが豊作だ」と報じていた。

私が「おおっ!今年のボジョレヌーヴォは美味しいやろな~♪」と言ったら、娘が「私はきのこが豊作やったら、ポルチーニを食べたい!!」と言った。

そこで、夫の留守を待ち構えて、昨夜、こっそりポルチーニを食べに娘と出かけた。

行った先は、以前3ヶ国語(イタリア語・スペイン語・英語)を習っていた時に先生が連れていってくださった地下鉄あびこ駅近くのイタリア料理店「トラットリア・イ・ポルチーニ」。
ここはシェフがイタリア人なので、イタリア語が飛び交っている店。(笑)

私はイタリア語からはもう撤退したけれど、せめてご愛嬌に少しはイタリア語でも・・・と思ったのだが、きれいさっぱり忘れてしまって、店の戸を開けたときに言う「こんばんわ~♪」すら思い出せない。

電車の中で電子辞書を引いて、ようやくBuonasera(ボナセーラ)だったとわかった次第。
店を出るときに「お休みなさ~い♪」ぐらいは言いたいのだが、これも思い出せないので調べたら、buonanotte(ボナノッテ)だった。ああ、情けなや・・・(苦笑)。もうイタリア語の痕跡すら残っていない。

もちろん日本人の店員さんもいるので、日本語で充分注文できる。
私はワインを選び、料理は全部娘が選んだ。デジカメを持って行くのを忘れたので、娘に料理を携帯で写してと頼んでおいた。

ところが2人とも食べるのと喋るのに夢中になって、最後のデザートが終った時になってようやく、一番最初の前菜の写真しか撮っていないことに気がついた。『(^-^;)それが上の写真。ああ、情けなや・・・。

ポルチーニはピザのトッピングで食べた。私にはポルチーニの味はよくわからなかったけれど、料理は全部素晴らしかった。グルメの娘も大満足だったが、大食漢の母娘が大饗宴を繰り広げたから、エライ出費になった。運良く、当日仕事先で給料をもらったばかりだったから、なんとかキャッシュで払えたが、これ、もらってなかったら恥かくところだったぐらい食べた(苦笑)。

こんなことできるのも娘が家に居る間のこと、息子と同じく自立志向が強いから、いつまで一緒に暮らせるやら・・・。

シェフがデザートを聞きに来たとき、うっかりスペイン語で「2つ、お願いします」と言ってしまって、シェフが「それはスペイン語だよ」と笑ったのも今となっては楽しい思い出。

f0096508_21185179.jpgちなみに「ポルチーニ」とは、こんな「きのこ」 →

和名はヤマドリタケで、フランスでは「セップ」とも呼ばれ、ヨーロッパでは最高級の「きのこ」とされていて、舌触りが良く、癖のない「きのこ」だそうです。

(画像と説明は、「おいしいきのこはホクト」さんから、引用させていただきました。)
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# by dande550213 | 2006-12-01 19:35 | 雑感 | Comments(5)

DELEでのてんやわんや


1ヶ月前のスペイン語検定では、時計を持って行くのを忘れてアタフタした私だったが、
DELEでも懲りずに冷や汗をかいた。

一日目の集合時間が早いので、京都に前泊したが、これがまた例によって一睡もできず、
朝から時間を持て余して、予定より10分ほど早く東山YHを出発した。これが失敗の元。

乗り継ぎの時間などはちゃんとPCで調べて、プリントアウトしていたが、
10分早く出たので時間的には余裕綽々の気分だった。

地下鉄東山駅で東西線に乗り、烏丸御池で地下鉄烏丸線に乗り換えて北大路駅まで行き、そこからバスに乗って、京都産業大学へ行く予定だった。

8時半集合で、当初の予定では東山駅を確か7時36分に乗る予定だった。
でも、10分ほど早くYHを出たので、どうも私は一つ前の電車に乗ったようだ。

京都市役所前駅を過ぎて、いよいよ次が烏丸御池駅、ここで乗換えだ。
と、思いきや、列車は京都市役所前駅を過ぎて、しばらくして停車してしまった。

私は信号待ちかな・・・と思った。少し待っても列車は動かない。
事故かしら?もしそうなら、そのうちアナウンスがあるだろう・・・と待っていたら、
車内の照明が落とされ、車内はシーンと静まりかえっている。

おかしい!と思って立ち上がったら、何と車内には乗客は私しかいない。
他の車両を見ても、誰も乗っていないのだ!

薄暗い車内で、私は飛び上がった。何だコリャ?!
急いで運転席のある車両めがけて走り出した。

すると、前方から車掌さんが車両のチェックをしながら、ゆっくりとこちらに向かってやってくる。

私は急いで聞いた。
「この電車、何でここで止まっているのですか?次の烏丸御池には行かないのですか?」

車掌さんは取り残された乗客に驚く風でもなく、
「ああ、この電車は京都市役所前駅止まりです。烏丸御池までは行きません。引込み線で待機しているんですよ。」

「ええっーーーー!!ホンなら、私はどうなるんですか?今日は試験なんです。このまま、こんなトコにおられません。」

「ああ、このまま乗っててください。もう少ししたら、折り返し運転しますから、次で降りて、二条方面行きが来たら、それに乗ってください。そしたら、烏丸御池まで行けます。」

「折り返し運転って、後何分待ったらいいのですか?」
「10分ぐらいかな」

エライこっちゃ、集合時間に間に合わなくなるかもしれへん!!

折り返し運転で、京都市役所前駅まで戻ったが、連絡が悪くて、次来た電車も市役所前駅止まりでなかなか二条行きが来ない。

ようようの思いで、烏丸御池まで来たときがもう8時前。
ここで、また乗り換えに手間取って、連絡電車を逃し、万事休す。
もう、心臓は早鐘を打って、破れそう。

しかたがないので、地上に出てタクシーを探す。
運良く捕まえて、京都産業大学までどれぐらいかかるかと聞くと、20分ぐらいというので、
間に合うかもしれん!と烏丸御池からタクシーを飛ばすことにする。

京都産業大学に着いたのが、8時20分。
そこから試験会場の11号館へ急がなアカンのんやけど、土曜日で案内所は休み。
山の中腹のような立地だから、視界が悪くて、建物の配置がつかめない。

ウロウロ走り回って、学内を通りかかる学生を捕まえて聞いてみたが、あいにく産大生ではなかった。先生らしき人に聞くと、このエスカレーターを上がって、三叉路を右へ行けば良いと教えてくれた。

三叉路まで来たが、その先右がよくわからないので、近くを通りかかった学生に声をかけるが無視されてしまう。その声を聞きつけた遠くにいた掃除のおじさんが手でアッチアッチと合図してくれる。

必死で時計を睨みながら、坂道を駆け上がる。涙が出そう。
11号館の近くまで来たら、同じようにウロウロ迷っている若い男性がいる。

「あなたもDELE受験生?」と声をかけたら「そうだ」という。
「神戸から来たが、学内に経路案内も無くて、会場がわかりにくい」とぼやいていた。

そんなやこんなで、何とか8時半ギリギリに集合場所に到着した。

そしたら、ここでしばらく待つように言われて、結局試験開始まで30分近くもここで待たされる。待つ間、集合時間に遅れても悠々と受験生が次々やってくる。

確か、注意書きには集合時間に遅れたら試験を受けられないことがあると書いてあったが、
あれはウソやったん?遅れても受け付けてもらえるんやったら、私もタクシーなんか乗らんで良かったのに・・・!!

9時前になって、ようやく会場の準備ができたから、上に上がるように言われた。
試験は予定通り9時に始まったが、2人はその時間にも遅刻して受験した。


翌日は家から試験会場へ向かった。口頭試問で、私は12時集合だった。

前日に懲りて、余裕を持って出かけたはずだったが、
冷え込んでトイレに行きたくなり、乗換駅でトイレを探して走り回るが、これがまた女性トイレは長蛇の列。皆ご同輩だった。

気長に待ってられないので、また次の乗換駅で探すがこれもまた長蛇の列。

結局トイレ探しに時間を取られて、また集合時間に遅れそうな気がしてきた。
そこで、北大路駅から、またタクシーを飛ばして産大へ行き、学内のトイレに駆け込んだ。

我慢したのが悪かったようで、帰宅するなり、お腹が痛くなって、
また抗生物質のお世話にならなければならなくなった。

せっかく先月の尿検査では「+3」から「+1」にまで膀胱が良くなっていたのに、また逆戻り。

身体もお金も高くついたDELE受験だった。
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# by dande550213 | 2006-11-28 15:32 | スペイン語学習 | Comments(4)

鳥取砂丘


11/25(土)に鳥取砂丘へ行ってきた。

11月とは思えない抜けるような青空の下、
若者たちがパラグライダーの練習をしていた。
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風紋です。
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昨年から、急に旅行の回数が増えた。

今までは夫婦で旅行することなど、全然と言って良いほど無かった。
それぞれ、自分の小遣いで、別々に旅行していた。

でも、昨年、「夫婦で行く旅行は家計費から・・・」に変更したら、
経費節減のためか、急に夫から旅行のお誘いがかかるようになった。(大笑)

自分の研究会や博物館見学に夫婦旅行をからめて、
自腹での宿泊費や交通費を浮かす魂胆らしい。

私も家計費で旅行に行けるなら大儲け~♪と、誘いは断わらないようにしていたら、
何と今年は1年に4回も国内旅行に行っていたことに気がついた。

2月に、九州での研究会にからめて、杵築や別府、大分へ

5月は、日光・鬼怒川・草津など

9月は、信州での研究会にからめて、諏訪湖や善光寺近辺へ

11月は、博物館見学にからめて、倉吉や鳥取砂丘などへ

その他、自腹を切って、7月には一人で韓国の釜山や慶州へも行っている。
結局、今年は1ヶ月おきぐらいに旅行していたことになる。

どれもこれも今の私の体調に合わせた短い旅行だったが、
自分でもこんなに出歩いていたとは驚きだった。

このように、今年も大好きな旅行に行けたこと、本当に感謝だ。
神さま、ありがとう!
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# by dande550213 | 2006-11-27 15:28 | 旅行(海外・国内) | Comments(2)

4:9 ひとりよりもふたりが良い。共に労苦すれば、その報いは良い。
4:10 倒れれば、ひとりがその友を助け起こす。倒れても起こしてくれる友のない人は不幸だ。
4:11 更に、ふたりで寝れば暖かいが/ひとりでどうして暖まれようか。
4:12 ひとりが攻められれば、ふたりでこれに対する。三つよりの糸は切れにくい。

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長らく「今日の御言葉」が書けなかった。

何となくお義理で書いているようで、気が引けていた。

自分の中で、「死」の問題が一応解決して、
御言葉に対する飢えや渇きが一気に減少したような気がする。

こんないい加減な信仰ではダメだと思い、また、だんだん気が重くなった。

私は「罪」の意識が希薄で、ここが他のクリスチャンとどうも違うような気がする。

牧師先生は11/12の「今週の礼拝メッセージ」で次のように書かれている。

死を恐れることの根本の原因はどこにあるのでしょうか。聖書は、『罪の支払う報酬は死である』と、罪の呵責からくる苦しみ、罪の虜になっている苦しみであると言います。それが、死んだら人生の総決算をしなければならないという良心のうずきとなるのです。『一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることが、人間に定まっている』(ヘブル9章27節)との聖書のことばを、あなたはどう受け止められますか。


『「罪」による死後の裁き』、それが死を恐れることの根本の苦しみだと言われる。
が、私は「死後の裁き」ではなくて、ただただ「死」によって自分が「無」になるのではないか、それが恐かったのだ。
もしかしたら、「死後の裁き」と「死」は同じなのだろうか?
その辺が未だよくわからないのだ。

「死後の裁き」に対する恐れがないことと「罪」の意識が希薄なこととは繋がっていると思うが、「死後の裁き」に対する恐れをあまり感じないことはクリスチャンとして異常なことなのだろうか?

もちろん、自分は聖人君子のように正しい人間だとは思っていない。
でも、「死後の裁き」とか「地獄へ行く」とか、その辺の感覚がよくわからないのだ。
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# by dande550213 | 2006-11-22 22:38 | 御言葉 | Comments(2)