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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213
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2018年 05月 30日 ( 2 )



33年前、30歳の時にSLEを発病し、腎生検でループス腎炎WHO分類V型と診断され、ステロイド60mg/dayで治療が開始された。


一般にSLEでは80%以上の症例に腎病変が認められ、そのうち25~30%が難治性で、10~15%程度が腎不全に移行する。この予後の相違には腎炎の病型が関与し、WHO分類のⅣおよびⅤ型の腎炎が難治性の経過をたどることが多い。これに対し、Ⅴ型では80%以上がネフローゼ症候群の状態となるが、抗dsDNA抗体価や血清補体価は正常で、著明な蛋白尿のわりには尿円柱の異常も軽度で腎機能が低下しないとされている。しかし、高度な蛋白尿が10年以上持続すると、Ⅲ型やⅣ型の腎炎と同様に腎機能が低下する。(*順天堂大学医学部付属順天堂病院 膠原病・リウマチ内科)


紆余曲折もあったが、33年目を迎えた私のループス腎炎WHO分類V型の腎機能をクレアチニン値と年齢(63歳)・性別(女性)で調べると以下のような結果になった

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私の5/21のクレアチニン検査値(0.63)の結果は、CKDのG2。

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クレアチニン値はだいたい0.63~0.71の間で推移していて、33年たったが、変わらず腎機能G2を維持できているのがうれしい。



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by dande550213 | 2018-05-30 16:11 | SLE・健康 | Comments(0)

6/1発売予定の『将棋世界 2018年7月号』の目玉は、(((^^;)

●巻頭カラー
・藤井聡太七段ロングインタビュー
 「隘路を抜けて」―ルーキーイヤー回顧― 構成/北野新太

まだ発売前だから読んでいないけれど、どうして高1の彼が「隘路」のような格調高い漢文調非日常語を、自分の思考内容を表す「自分の言葉として使いこなす」ことができるのだろうかと、不思議でたまらない。



今は学業とプロ棋士の両立に忙しくてその時間もないのだろうが、彼は新聞や本を読むのが大好きだと言うのは有名な話だ。

彼は5歳の頃から将棋が大好きで将棋一筋だから、彼の音楽や本の好みは、結局は家にあった物を手に取って読んだり聴いたりした結果だろうと想像している。


将棋情報局の『藤井六段に「藤井聡太全局集 愛蔵版」の見本を届ける旅』によれば、「隘路」の他に「拘泥」も口頭会話で飛び出したという。

インタビューが将棋の内容や考え方の段になると、その言葉遣いや思考内容はとても高校1年生のものとは思えず。特にコンピュータ将棋についてなどは私も久しぶりにアツく語ってしまいました。お前が語ってどーする!という批判、甘んじて受けます。とはいえこれまでの藤井六段のインタビューでは語られなかったような深いところまで聞けたと思いますので、将棋年鑑の島田渾身のインタビューをどうぞ楽しみにしてください。
ちなみに、今回の藤井聡太語録は「拘泥」と「隘路」でした。会話の中で使う人を初めて見ました。


「隘路」や「拘泥」なんて言葉は、ふつう新聞ではお目にかからない。格調が高すぎるから。

このような漢文調の格調の高い言葉を自由自在に使いこなしていた文筆家は、将棋情報局の『ドキュメント藤井聡太四段』―史上最年少棋士はいかにして生まれたか― などの聡太くんの読書歴から考えると「司馬遼太郎」ではないかと思うのだが。(((^^;)


小学4年生のときの記念色紙に、聡太はいちばん関心のあることに「将棋」と書いたあと、そのほかの関心事として、「読書、電王戦の結果、尖閣諸島問題、南海トラフ地震、名人戦の結果、原発」と書いている。当時から新聞を隅々まで読んでいたという。長い小説を読むのも好きで、小学校5年で司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読み切っていたというから、ここでも並みの子どもではない。


小学校5年で司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読み切っていたと書かれているが、おそらく家族の誰かが司馬遼太郎を好きだったのだろう。だから、司馬遼太郎の他の本も家にあって、聡太くんは読んでいたのではないだろうかと想像している。(((^^;)


実は私も司馬遼太郎が好きだが、「竜馬がゆく」は読んでいない。もっぱら彼の旅行記『街道をゆく』シリーズや対談集のファン。物語で読んだのは「坂の上の雲」だけだが、司馬遼太郎は南方熊楠のような「知の巨人」だと思う。

歴史文学と自然科学の違いはあっても、どちらも語学に長けていて、漢文の読解力が高くて、古今東西の文献を渉猟したと言われている。

私たちのような戦後に教育を受けた世代と司馬遼太郎のような戦前世代との間には「漢文素養」の面で、決定的な違いがある。


論理構造を必要とする文脈では、「和語」だけで思考内容を完全に言語化して表現することは難しいと思う。どうしても「漢語の熟語」が必要になってくるが、漢文の素養に乏しいと、その語彙が乏しいから、微妙なニュアンスの違いを表現しにくいように感じる。

司馬遼太郎の本を読むと、いつも自分の語彙力の無さ、乏しさを思い知らされ、それが思考力の根底的な差につながっているのではないかと感じさせられることが多い。

そういう意味で、聡太くんの漢語語彙力の豊富さは驚異的で、それが彼の思考能力の高さに直結しているのではないかと思う。



しかし、「隘路」も「拘泥」も漢語だから、単語だけを取り出して読みを耳で聴いても、どんな字をかくのか、どういう意味なのかはすぐにはわからない。だから、聞き手側からすれば、文脈の中にその字面を置いてみない限り文意が理解できないという不便さがある。現代では、書き手・使い手側には利点の大きい言葉だが、聞き手には不便を強いる言葉とも言えよう。(-_-;)


最近では、和語の語彙不足を漢語熟語ではなく、外来語(カタカナ語)が補っているともいえる。

外国語の新しい概念を和語で説明すれば長くなる。また漢語に置き換えるにも漢語にはその概念が無い場合があって、そんな時はカナカナのままで表記し、使用されることが多いので、年寄りは本を読んでもニュースを聴いてもチンプンカンプンが多くなって、不便極まりない。(-_-;)




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by dande550213 | 2018-05-30 14:43 | 藤井聡太 | Comments(3)