昨日の「壁崩壊25年なお格差」では、ベルリンの東西分断の痕跡を今なお残す資料として、国際宇宙ステーションから撮影されたベルリン市街の夜景を掲載していた。
ドイツの物理学者イーリス・ツィンクさんの「西側の白い光は蛍光灯やガス灯、東側の黄色はナトリウム灯の光。実際の壁はなくなっても、光が今も、ベルリンを東西に隔てている」という言葉を紹介している。
この記事に登場する元写真は、The Gateway to Astronaut Photography of Earthで見ることができるが、元写真は朝日新聞掲載の写真とは左右が逆になっているので、東ベルリンが白い光ではないかと、しばらく考え込んでしまった。(苦笑)
この地図では、赤色が東ベルリン区域
元写真を新聞記事に合うように回転するとこうなるが、元写真の東西南北の向きが南が上になった逆向き(?)で写っているのかどうかはわからない。
記事によれば、冷戦時代、旧西ベルリンは周囲を壁に囲まれた「陸の孤島」だったので、電力供給を旧東独に頼り、いつ電気が止められるかわからない状態だったという。そのため、西ベルリンの人々は石炭を備蓄し、それを原料にできるガス灯を使い続け、一方、電力の心配がない東ベルリンでは、ガス灯より安価なナトリウム灯に切り替わっていったので、今のベルリン夜景の東西の光の違いは、まさに分断国家の名残りだという。
また、旧東ドイツ地域の平均所得は西の約8割で、貧困層も西では7人に1人なのに対し、東ドイツ地域では5人に1人に上り、以前東西の格差は解消されていない、と伝えている。
ちなみに、旧東ドイツ地域とはこの地図の薄い灰色の地域。
この夏、旧東ドイツ地域の一部分とベルリンを旅したが、私自身は大きな格差は感じなかった。人々の服装がつつましく、親切・素朴で治安も良く、旅行者にはとても幸せな地域だった。また、べルリンでは旧西ベルリン地区の繁華街にあるホテルに泊ったが、観光で訪れた先はほとんど旧東べルリン地区だった。ほとんど徒歩で回ったが、どちらの地区もパリやマドリッド、ベルンなどに比べると治安が良くて、ここが再び首都になっていることも忘れる落ち着いた良い都市だと感じた。
夜の灯りについて言えば、ドレスデンのホテルの部屋が日本では見かけないような「黄色い薄暗い光」で戸惑った記憶がある。ここは部屋にテレビも無かった。
また旧東ドイツ地域では移民の姿もあまり見かけなかった。
旧西ドイツ地域を旅行したのはもう16年ほど前だから、その当時の西ドイツと今の旧東ドイツ地域が私には同じような印象で、今の格差が感じられないのかもしれない。