妹は参加しなかったが、弟と私が父母に加わって、今後のことをケアマネさんを交えて相談した。
パーキンソン症候群と心筋梗塞を患っている父は、今度、介護度が2から3に上がった。
2008年から始まった父の介護を一手に担ってきた母が2週間ほど前に、自分の足腰が痛くなったから、父の介護はもうできないと言い出して、今後をどうするかの緊急相談をすることになったのだ。
母は少し複雑な人で、一言で言えば、「精神的に自立できていない人間」だと思う。すべてを父に依存して生きてきた。また、そうぜざるを得ない環境を父に強要されてきた。父は母の夫であるだけでなく、保護者としても君臨してきた。
今回の母の介護不安は、表面的には自分の体が持たないことを理由にあげているが、本音は「もう父から解放されて、老い先短い余生を自分の自由に生きたい」という叫びだと私は思っている。長年、抑えこんできたこの想いを母はもうコントロールできない精神状態に追い込まれているように感じた。
家族が一言ずつ自分の想いを言う時に、母は紙に書いた文章を声を震わせながら皆の前で読み上げた。外聞を気にする母らしく、麗しいことばの文面だった。なぜ、こんな時にも体裁をかまった建前をいうのか、聞いていて複雑な想いにかられた。母は、自分が他の場面でチラチラと垣間見せた言葉と矛盾していることに気がついていない。そこが私は不安なのだ。
母が何となく変で、もしかしたら痴呆が出かかっているのではないかという指摘を2週間前にケアマネさんから受けたときは、まさか!?と思って、母の複雑な屈折した性格を説明したが、今回帰省してみて母の様子を観察して、もしかしたら・・・という思いが強くなった。父に聞くと、「母は痴呆が出かかっていると思う」と答える。
本当のところは、皆、よくわからないが、「心配なのは父ではなく、母の精神状態だ」ということでは一致した。
父は、発話が不自由にはなっているが、頭脳は以前と変わらず明晰さを保っていることに驚いた。それだけに、父が介護を必要とし、母が介護していたら私が先に死んでしまうと言い出した現状は、父にとってどんなにか辛いことだろう。
父は母のような美辞麗句ではなく、正直に自分の心情を述べた。その言葉は私たちの胸を打った。最後に父は、「どうしたら良いのか、私にはわかりません。」と結んで言葉を終えた。
この言葉は真実だ。本当にどうしたら良いのかわからない。