「知ってるよ。関節リウマチの薬やと思うけど・・・。きつい薬やから、関節リウマチの治療で最後に使う薬やったらしいけど、最近、コレでも効かない患者さんのために"アクテムラ"ゆう新薬ができたけど、今、この薬の副作用が問題になってるわ。そやけど、何でまた急にこの薬のこと、聞くの?」
と尋ねると、今の仕事先で、この薬の名前がよく登場するらしい。
彼女は最近、薬関係の文書整理の仕事を始めたばかり。
仕事を通じて、レミケードがきつい薬であることを知ってビックリしたのだという。
「こんなきつい薬飲んでいて、身体、大丈夫なんやろか?」というので、
「もちろん、患者さんは副作用は覚悟の上や。副作用がイヤヤなんて、贅沢ゆうてられへんのんや。」
1週間ほど前、今度は「お母さん、プレドニンとかプレドニゾロンとか、知ってる?」と、また聞いてきた。
「知ってるよ。お母さん、どっちも飲んでるよ。プレドニンはもう24年も飲んでるわ。」
「きつい薬やなあ。。。こわいような副作用がいっぱいあるらしいなあ。。。」
「あんたお母さんがプレドニン飲んでること、知らんかったん?お母さん、コレはきつい薬で副作用との戦いや、って、今までに何回もゆうてたヤン? 副作用と命と天秤にかけたら、どっち選ぶか、わかるやろ。この薬のおかげで、お母さんは24年間、生きてこられたんやから。」
娘が1歳4ヶ月の時に、SLEを発病して入院してから24年近くがたつのに、
彼女は今まで私の病気と薬をどう認識していたのだろうか?と、ふと、情けなくなった。
でも考えてみれば、人間なんて、自分のこと以外は、たとえ親子であっても夫婦であっても、自分のことと同じようには気に留めないものかもしれない。。。
自分がその立場になってみないとわからない人間に、
相手の目線にまで降りて、相手の立場に身をおいて考えることができるように、
神さまは"想像力"を人間に与えてくださったのだと思わずにはいられない。