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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213
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2年前に今の住居に引越したとき、義妹が引越祝いに10万円をくれて、
「これにお金を足して、新しいテレビジョンを買ってね~」と言った。

彼女がそう言うのには理由がある。

わが家のテレビジョンは20年近く前の製品で、最近とみに映りが悪くなり、
時々、映像が流れたり、隅が緑がかった色に変わったりするからだ。

ビデオデッキも20年近く前の製品だったが、これは昨年壊れ、そのままになっている。
娘が知人から安く譲り受けたDVDデッキもあるが、これは再生専用だから、
わが家は今は録画も全くできない状態。

もともと私たち夫婦は、ほとんどテレビを見ないから、
そんな壊れかかったテレビジョンでも、録画ができなくても
別段不自由さを感じることなく過ごしている。

息子はとっくの昔に、そんな親に愛想をつかして、
自分でテレビデオとやらを買って、自分の部屋で見ていたが、
最近HDに録画できるテレビ機能つきPCを買って引越していった。

娘は「今どき、こんな家、無いで~」とうるさかったが、
私たちは、「その代わり、うちは皆がそれぞれ自分のPC持って、
1Fから3Fのどの部屋ででも、光ファイバーインターネットができる環境やで~。
今どき、こんな進んだPC環境の家、マダマダ無いんとチャウか~?」と言い返していた(大笑)。

しかし、義妹から祝に頂いたお金を他に流用するわけにもいかず、
いずれは地上デジタル放送に変わるのだから、この際新しいテレビジョンを買おうかと
カタログ取り寄せたり、電気店へ見に行ったりしたが、まだ買わずじまいでいる。

アテネオリンピックの時は、「オリンピック需要で、今買ったら高い。終ってから買おう」と言い、
サッカーW杯の時も夫は同じことを言っていた。

で、先日、新聞に「W杯を当て込んだテレビジョンが売れ残り、値下がりしている」と
書いてあったので、今が買いどきかも・・・と思ったが、
今日「日経PC」№511を読んでいたら、
「地上デジタル放送の欺瞞を突く」(松浦晋也=ノンフィクションライター)という記事があって、
「テレビや新聞が何を言おうとも、あわてて自宅のテレビを今すぐに買い換える必要など、
どこにもないのである」と書いてあったので、また取り止めになった。

まあ、別段不自由を感じているわけではないから、ギリギリまで様子見しようと思っているが、
この「地上デジタル放送の欺瞞」とは何か、興味をそそられる。
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# by dande550213 | 2006-09-02 21:50 | 雑感 | Comments(0)

11: 2 Cuando viene la soberbia, viene también la deshonra;
     Mas con los humildes está la sabiduría.

          高慢が来ると、恥も同様に来る。
          へりくだる者には、より一層知恵がある。

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聖書の語る正しい人とは、
道徳的に正しく品性が整っている人のことを言うのではなく、
「いつも神を恐れ敬い、神に信頼している人」のことを言う。

このような人は、
自分の経験や賜物、力によってではなくて、
神の前にへりくだって、すべてを神に委ね、お任せし、神に信頼して歩む。

その時々に、神は必要な知恵を与えてくださって私たちの歩むべき道を示してくださり、
いかに歩むべきか、その方法も教えてくださる。
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# by dande550213 | 2006-09-01 23:22 | 御言葉 | Comments(0)

10:11 神に従う人の口は命の源/神に逆らう者の口は不法を隠す。
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# by dande550213 | 2006-08-31 23:57 | 御言葉 | Comments(0)

奥が深いーッ!!


先日、ご近所のカモミールさんからプレゼントをもらった。

カモミールさんのHP「カモミールの咲く庭で」で、めでたく私がキリ番を踏んだので、
証拠の画像をつけて連絡したら、何とわが家に直接プレゼントを持ってきてくれたのだった。

それがコレ ↓
f0096508_23142828.jpg
彼女はミニチュアやドールハウスを作っていて、頂いたこのお弁当包みは一辺が3,5cmぐらいの手のひらに乗るぐらいの小さな作品。食い意地が張っている私にピッタリの作品だなあ・・と思って、そのままで今日まで飾っていた。






ところが、今日、HPがようやく12日ぶりに更新されていて(笑)、「ひとりごと」を読んで、ビックリした。何と、まだ中味があったのだ!

あわてて、紙包みを開けてみたら ↓
f0096508_2324134.jpg
お刺身やレンコン、きゅうり、かぼちゃ、えび、黒ゴマと梅干しのかかったご飯などの美味しそうなご馳走が出てきた!おまけにお弁当箱はヒノキつくりだという。また、他にも何回か試作して、これをくれたのだということがわかって、本当に嬉しかった!ありがとう!!





彼女のHPは上記のリンク、またはブログ横のお気に入りリンクから飛べます。
興味のある方はどうか訪れてみてください。
現在製作中の作品の途中経過も見れて、
私は更新を楽しみに、毎日まだかまだかと押しかけています。
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# by dande550213 | 2006-08-31 23:37 | 雑感 | Comments(0)

ルカ23:34 〔そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」〕

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『箴言』前半部では繰り返して言う、「性的な罪の誘惑から身を守れ」と。

何が性的な罪なのかというと、
聖書では、「婚姻関係以外の性的な関係」を罪と言っていると思う。

この婚姻関係というのが、この当時は一夫一婦なのか、一夫多妻なのか、
どうも聖書ではよくわからないと思うが、ただ、はっきりいえることは、
神は「婚姻関係以外の性的な誘惑から身を守れ、罪を犯す無かれ」と言われている。

2:16 あなたは、他人の妻から身を避けよ。ことばのなめらかな、見知らぬ女から。(新改訳)

5:8 あなたの道を彼女から遠ざけよ。その門口に近寄るな。

6:25 彼女の美しさを心に慕うな。そのまなざしのとりこになるな。

7:25 あなたの心を彼女への道に通わすな。彼女の道に迷い込むな。

時代の風潮の変化で、この戒めはクリスチャンの間においてさえ、
「古臭い」「ダサイ」と思われがちだから、一般の人々の間では、
婚前交渉・フリーセックスなどは自由恋愛の名の元に当たり前になってきている。

その結果、私たちの社会はかつてないほど大きく揺れ動いていると思う。
堕胎の増大・シングルマザーの増大・離婚の増大・性感染症の増大とエイズの流行・・・
それらの是非を私にとやかく言う知識や資格はないが、
私はこれらの問題にも、人類はその英知を結集して、いずれは解決するだろうと思っていた。

しかし、人間の歴史や自分自身を振り返って見たとき、
人間を人間たらしめていると豪語する理性ほど、危ういものはないと思うようになった。


つい先日、「夜回り先生(水谷修氏)の子どもたちよ」(朝日新聞毎週火曜日掲載)の
「明るい太陽の下で、明日を語り合う恋をしてほしい~命を作るのが性行為~」を読んだ。

夜回り先生の活動はテレビの報道で初めて知り、
以後、新聞のコーナーも欠かさず読んでいる。

夜回り先生は、こう書かれている。(AM060829 生活)

***********************************************************
(前略)子どもたちの「性」が乱れていると多くの大人たちが思っています。もっとも大人はもっと乱れていることを水谷は知っていますし、それが君たちにこのような影響を与えてしまっていると考えていますが。(中略)
 みんな、「性」という漢字をよく見てください。「りっしんべん」に「生」(生まれる)と書きます。「りっしんべん」は心が立つ、すなわち愛が生まれることを意味します。愛だけでセックスするのなら、「りっしんべん」だけで「性」を表せばいいのです。でも、「生」の字がつきます。これは「命を生む」という意味です。赤ちゃんという尊い命を作る行為だということです。
 水谷は、性行為は明日を誓い合い、ともに自立して生活し、生まれてくる赤ちゃんを育てることができるようになって初めてすべき愛の確認作業だと考えます。(後略)
************************************************************

私は、最初この記事を読んだとき、
「ええッー?何だか神様や教会の牧師先生がおっしゃっていることと同じで、
今どき、ちょっと古いん違う?」と思ってしまった。

でも、現代の暗部に落ち込んだ子どもたちを救うために、
自分の命も顧みずに走り回っておられるこの先生の言葉を繰り返して読んでいるうちに、
なぜ神が「婚姻関係以外の性的な誘惑から身を守れ」と箴言で繰り返されているのかが
ようやくわかってきた。


私には人に言えない罪が数え切れないほどあるが、殺人者だという罪の意識はなかった。

私は、2回堕胎をしていることを思い出した。

1回目は、まだ結婚前だった。2人とも共に学生で、暮らしていけるあてはなかった。

当時、夫は大学卒業後、大学院に聴講生で通っていた。
私は卒業間際なのに、教員の採用試験に落ち、他に就職先もなくオロオロしているときに、
できたばかりの大学院で拾ってくださる機会を得て、試験を受けることになっていた。

悩んだ末、私は自分の体面と未来を選んで、中絶した。費用は夫が工面した。
中絶を受ける手術台の横の診察室で、子どもに恵まれない婦人が治療を受けていて、
何と皮肉なこと・・・と思ったのを覚えている。

恥かしい話だが、後ろめたい気持ちはあったが、あまり罪の意識はなかった。
試験当日、トイレに行くと出血していたのに気がつき、自分を哀れに思ったぐらいだった。

2年後に結婚して、義母とお寺参りしたとき、義母が水子供養をされた。
夫を産む前に2人子どもを流産したからだと言う話を聞いたとき、
ふと堕胎した子どものことを思い出したが、それだけだった。

2回目は発病後で、私の命を救うために、中絶することを主治医が決められた。
私の中では、この堕胎は永らく記憶の中にもなく、最近ようやく思い出したことだった。

洗礼を受けるときにも、
私の今まで犯した罪の意識の中に、この2回の堕胎は入っていなかった。

なぜ、そんなに罪の意識がなかったのだろうか・・・。

当時、私は、ボーヴォワールの『第二の生』のような進歩的な考えに憧れていた。
女とか産む性とか、そういうことが何となく厭わしかった。
生意気盛りで、言葉をひねくり回しているだけで、
人生のこと、大切なことが何もわかっていなかった。(今もそうだが・・・)

中絶手術を受けているとき、
私は自分が何をしているのかわかっていなかったのだと気がついた。


私は、この世に生を受けて、今生きていることをとても幸せだと感じている。

父の精子と母の卵子という無数の組み合わせの中から、
「私という命」が母の胎内に宿ったのは、神様の御心によると思う。
そして、「私という命」が無事この世に産声を上げられたのは、
父母が受胎を喜んで、出産まで責任を持って守り育ててくれたおかげなのだ。

もし、この2つが無かったら、私はこの世に存在しなかったのだと思い至ったとき、
初めて私のしたことの怖ろしさ・罪深さがわかった。

自分が母の胎内に宿って数ヶ月の胎児・・・と、想像してみる。
ある日突然、金属の金具が迫ってきて、突き刺されて掻き出されて、ゴミ箱に捨てられる・・・。

もし、自分がそうされるのだと想像すると悲しくて、悔しくて、涙が止まらない。
私の命が、闇から闇へと誰にも知られないで、葬り去られるのだと想像すると堪らない。

それを私はわが子にしたのだった。
私は実は殺人者だったのだと、ようやく気がついた時、初めてイエス様が

ルカ23:34 〔そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」〕

と、おっしゃったことの意味がわかった。

巷にあふれる殺人のニュースを聞くたびに、
なぜそんな残酷ことが簡単にできるのだろうと思っていた。

戦争のニュースを聞くたびに、
なぜ人と人が殺しあうような悲惨な出来事が繰り返されるのだろうと
他人事のように思っていた自分がいる。

自分の手はそこまで汚れていないと、他人を見下していた自分がいた。

2回目はともかく、1回目は絶対に許されることではなかった。
結婚もしないで性的な誘惑に負けた報酬がこれ(殺人)だったのだ。

知らない・・・・罪がわからない

人間が人間とだけ向き合っている限り、人間は自分の罪がわからないのだということを、
今日ほど、はっきり教えられたことはなかった。
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# by dande550213 | 2006-08-31 16:33 | 教会生活 | Comments(0)