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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213

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ハンガリーと蜂蜜から


最近、生協の注文カタログに「ハンガリー産蜂蜜」が掲載されていたので、さっそく注文してみた。
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ハンガリーで産業として蜂蜜を産することは、7月にハンガリーへ旅行に行った際に初めて知った。

ガイドのマイ・プーチンの運転するフォルクスワーゲンで高速道路を通ってブガツへ向かったのだが、ブダペストを出るとすぐに高速5号線(だったかな?)で、周りは一面、平原。

360度見渡しても、山は見えない。地平線ばかり。

プーチンとの話に夢中になっていて、その驚くばかりの景色を写真に撮るのを忘れたので、同じようなコースでブガツへ向かわれたハンガリー在住の日本人ballade4fmollさんのブログから、写真を借用させていただく。↓
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延々と、360度こんな景色が続く。\(◎o◎)/!

しかし、所々森のようなところがあって、それは人が植林したアカシアの森で、そこでは蜂蜜を取っているとプーチンが教えてくれた。

この平原は放牧をするために木々を切り倒してできた景色だと思っていたので、そこにまた、人が植林して人工的に林や森を作ったのだと聞いて、びっくりした。

ハンガリーは、国土の56%がこのような平原だという。赤色が平原部分。国土の南東部は平坦な地形で平原になっている。


この大平原をプスタというが、実はオスマン帝国に支配されていた時代に人工的にできたものだという。


ハンガリー随一の穀倉地帯で、小麦やヒマワリなどが栽培されている。元々は広大な森林地帯が広がっていたが、ハンガリーがオスマン帝国に領有されていた時代に木々が伐採され、湿地帯と化し、洪水が絶えなかった。そのため、河川を改良したことで、結果的に乾いた大地へと変貌した。ハンガリーの東部では、ホルトバージ国立公園などのように国立公園に指定されている場所もある。

オスマン帝国の基盤は遊牧民族だったから、遊牧や放牧に便利なように森林を伐採して牧草地にしたのだろうが、その後にまた木を植林して生業とする人間の営みを思うと、人間って本当に勝手な生き物だなと感じる。

自分たちの都合の良いように自然を破壊をしたり、またその復元を計ったり、自然を人間の思い通りに支配しようとする行為が繰り返されてきたのが人類の歴史なのだろうと、ハンガリーと蜂蜜から思いを寄せたのひとときだった。

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by dande550213 | 2017-08-30 18:25 | 旅行(海外・国内) | Comments(0)

和泉市にある「久保惣記念美術館」は、当地で綿業を営んでいた久保惣株式会社が美術品、敷地、建物を和泉市に寄贈してできた美術館。

本館、新館、茶室、市民ホール、市民ギャラリー、市民創作教室などが広い敷地にある。

一度訪れてみたいと思っていたが、車でなければ不便なところにあって、なかなか行けないでいた。

珍しく夫が「北斎を見に車で行こうか」と誘ってくれたので、義妹に車を借りて出かけたが、家から1時間半近くかかった。
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和風の建物で、館内も和風。椅子や机なども、清楚で値の張った和風の丁度品で整えられていた。
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庭園も木々の緑が涼し気な趣きだったが、なにしろ今日は高温で湿度が高くて、ゆっくり鑑賞する間もなく、館内へ逃げ込んだ。
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館内の作品は写真撮影禁止だが、一つ一つの作品に付けられている説明が丁寧でわかりやすい。

館内アンケートで、私が一番好きだと答えた作品。
北斎の「冨嶽三十六景 東都駿台」
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※画像は、美術館のデジタルライブラリーより借用


北斎の他に広重の作品も展示されていたから、2人の作風の違いがよくわかった。

北斎の絵の方が力強さを感じる。構図も斬新。

絵葉書を何枚か買ってかえった。

カラー絵葉書が1枚80円、義妹へのお土産に買った一筆箋も250円と安くてびっくり。(((^^;)
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今度はもっといい季節にゆっくりと訪れたい。








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by dande550213 | 2017-08-29 21:54 | 雑感 | Comments(0)

一昨日は煌々とした灯りと玄関灯だったから、悩ましかったが、今夜は家の横手から慎ましい蛍光灯の灯りがもれていた!

嬉しい。
きっとまた家に帰っていらっしゃたのに違いない。

来週初めから、しばらく留守にするけれど、帰ってきた夜は必ずウォーキングに出かけて、ご在宅の有無を確認したい。

お元気でいてくださることが私の励みにもなっている。



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by dande550213 | 2017-08-28 22:34 | 雑感 | Comments(0)

笑えない話(-_-;)


昨日、コンスタンチノープルの城壁を見に行きたいと書いたが、何とすでに見ていたことがわかった!
全然記憶になかったのが怖いのだが・・・(-_-;)

トルコには一度ツアーで行ったことがあったから、このブログにも何か書き残しているに違いないと検索したら

これで、7年前にトルコに行ったことがわかったが、何と、私は発熱した娘を置いて旅行に出かけたとな?(>_<)

トルコ旅行の記録はコレだけだったから、写真フォルダを調べたら、出てきたよ、テオドシウス城壁の写真が!!
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悲しいけれど、城壁を見たことは全然記憶にない。

トプカピ宮殿、アヤ・ソフィア寺院、カッパドキア、パムッカレ、ヒエラポリスなど鮮明に覚えているのに、城壁を見たことが記憶の隅っこにも残っていないのはどうしたことか!

城壁見学がちゃんと観光コースに入っていたなんて・・・( ゚д゚)ポカーン

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by dande550213 | 2017-08-28 18:18 | 旅行(海外・国内) | Comments(0)

2017/08/28 :「ジェームズ・ウォン・ハウ(中国で生まれ、ハリウッドで活躍した撮影監督。サイレント時代から活躍し、130本以上の映画撮影を手がけた)生誕118周年」
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さあ、少しずつ荷造りして、堺行きの準備。
ノートPCも持っていくから、旅行用のスーツケースで。

9月分の教会トラクト配布も、今日中に終えてしまおう。



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by dande550213 | 2017-08-28 08:43 | PC・IT | Comments(0)

今日は礼拝司会で、ぐったりとして帰宅。

本来ならば、来月中旬が担当予定なのだが、孫守りで、9/3(日)の午後から1ヶ月近く、堺の息子の家と自宅を行ったり来たりすることになるので、交代していただいて今日になった。

いつもながら、礼拝司会を担当すると精神的に疲れ果てて何する気も起らず、帰宅後は夕食準備までゴロゴロとベッドの中。(((^^;)

タブレットで、アレコレ、You Tube動画を観ていた。

「コンスタンチノープルの陥落」に関するドキュメンタリーで、自分なりに新たな発見があって収穫。
Fall of Constantinople (Η άλωση της Κωνσταντινουπόλεως) 1453


それは、ビザンチン帝国時代の城壁が今もイスタンブール(旧コンスタンチノープル)に残っているということが、ドキュメンタリーからわかったこと。

もちろん、後で検索してみたら「テオドシウス城壁」で、城壁を歩いて観光した人のブログもあったりするから、有名な城壁だったのかと知った次第だが、城壁フェチなので、さっそくこの城壁を見に行きたくなった。

「コンスタンチノープルの陥落」に関しては、30年近く前に、塩野七生さんの本を読んでいたが、城壁のことは全く覚えていなかった。鮮明に覚えていたのは、ビザンチン側が金角湾に鎖を張ってトルコ軍船の侵入を防いだということ。この敗戦によって、ヴェネチアやジェノバが交易航路を失って、没落していくきっかけとなったことぐらいかな。

もう一度読み直してみようと、本箱から探し出してページをめくると「コンスタンチノープル・三重の城壁断面図」まで載っているではないか!\(◎o◎)/!
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動画はナショナル・ジオグラフィックのドキュメンタリーでナレーションはギリシア語で英語字幕がついていた。

最初、これはヨーロッパのどこの国の言語だろうと、今まで耳にしたことのある言語を思い浮かべてみたが、全然記憶になかった。メモにGreek narrationと書いてあったから、ようやくギリシア語なのかとわかったが、確かにギリシア語をこんな長時間耳にしたのは初めて。

それでも、初めて聴いてもヨーロッパの言語だろうと検討がつくぐらい、ヨーロッパの言語というのは互いに似ているってことか!

さあ、今夜はウォーキングは中止して、ナイトキャップ代わりにこの本をお供に、早々とベッドへ逃げ込もう。(~_~)
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by dande550213 | 2017-08-27 22:02 | 旅行(海外・国内) | Comments(0)

悩ましい灯り


だいたい定時に夜のウォーキングに出かける。

以前はウォークマンで音楽を聴きながら歩いていたが、それだと背後から来る車の音が聞こえなかったりして危ないと気がついてからは、ウォークマンは止めて、夜の景色を眺めながら歩くようになった。

知り合いの家の前を通る時は、「今、何してるかな~?」と思いながら、窓辺の灯りに目をやる。

そんな中、ハンガリーから帰ってきてから、異変に気がついた。

出かける前は、確かに毎晩灯りがともっていたある高齢者のお宅が帰国後からは灯りがともっていないことに。

その方は、10年近く前にパソコンを教えていた方で、苦労して大きな家を建てられたのに、1人息子さんは勤め先の門真市に家を建てられ、奥様も亡くなられて独り暮らしだった。

買い物に出かけられる道筋で時々お会いしていたが、やがて、手押し車にすがって買い物に出られるようになり、その後最近お姿をお見かけしなくなったなあ・・・と思っていたら、買い物サービスを利用されるようになったのか、時々配達員が食料品などをお宅に届けている姿を見るようになった。

もう外へ出る体力が無くなられたのだろうかと思いながら、夜、ウォーキングに出かける時はその家に灯りがともっているのを確かめるようになっていた。

その灯りがハンガリーへ出かける前までは確かに毎晩灯っていたのに、ハンガリーから帰ってきてからは灯りが灯っていないような気がした。

そこで、最近はどこかの部屋から灯りが漏れていないか、家の前で立ち止まってウロウロしたりしていた。

ある晩、家の横手の窓から灯りがもれているような気がして、ああ、まだお元気で家で暮しておられるのだなあと嬉しくなった。

しかし、灯りがもれていたのはその一晩だけだったので、よく考えてみたら、隣の家の灯りが窓辺に映っていただけだったのかもしれないと思い始めた。もしかしたら、もう施設に入所されたのか、病院に入院されているのかしら?と案じていた。

ところが今晩はその家に煌々と灯りがついているではないか!

玄関灯も灯されていたので、ああ、もしかしたら施設か病院から家に帰っていらっしゃるのかしら、と嬉しくなったが、しばらくして、あまりにも煌々と灯りが灯っているのが気になりだした。

もしかして、身内の方が来ていらゃっしゃるとか? 
ということは、亡くなられたとか?

と、いろいろ考えだして悩ましい。(((^^;)

お元気でいてくださることを願っている。

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by dande550213 | 2017-08-26 22:55 | 雑感 | Comments(0)

ディアスポラ(離散)のユダヤ人と放浪のジプシーは、迫害を受けた歴史的境遇がよく似ているが、ユダヤ人は「記憶」という記念碑を作り出すことで迫害と分散に対抗してきたのに対し、ジプシーはその日を生き延びるために、彼らの運命論とスピリット、あるいはウィットを混ぜ合わせた独特なものによって「忘れる」技術を作りあげてきた、と『立ったまま埋めてくれ』の著者イザベル・フォンセーカは書いている。(*フォンセーカ自身はユダヤ系アメリカ人ジャーナリスト)

ユダヤ人が、第二次世界大戦中にナチス・ドイツから組織的な大量虐殺を受けた歴史的事実を「ホロコースト」という言葉で私たちは知っているが、なぜそういう言葉で表現しているのかについてはあまり知らない。実際、私自身もよく知らなかった。

Wikiによると、「ホロコースト」とは元々はユダヤ教の宗教用語にあたる「燔祭」(獣を丸焼きにして神前に供える犠牲)を意味するギリシア語で、それがのちに転じて火災による大虐殺、大破壊、全滅を意味するようになったと言われる。英語では、ユダヤ人虐殺に対しては定冠詞をつけて固有名詞 (The Holocaust) とし、その他の用法を普通名詞 (holocaust) として区別しているそうだ。

つまり、「ホロコースト」という言葉はユダヤ教由来の言葉で、ナチス・ドイツからの組織的な大量虐殺を「ホロコースト」と呼ぶ場合には、元々は「ナチスの悪の神の赦しために、ユダヤ人が犠牲として捧げられた」ことを意味する言葉だったのではないだろうか。

アメリカには「全米ホロコースト記念協議会(1979年創立)」というのがあるが、「アメリカホロコースト記念博物館」がジプシーの犠牲者を追悼する初の行事を行ったのは、ようやく1994年になってからだという。

協議会の65人のメンバーにはポーランド人、ロシア人、ウクライナ人、30人以上のユダヤ人が含まれていたが、ジプシーは1人もメンバーとして招かれておらず、それは協議会議長でホロコーストを生き伸びたノーベル平和賞受賞者のエリ・ヴィーゼルがジプシーの代表者を迎え入れることに反対していたからだと言う。

何とも不思議な話だ。

犠牲になったのはユダヤ人・ポーランド人・ロシア人・ウクライナ人だけでなく、ジプシーの犠牲者数も推計で22万人から150万人にも上ると言われているのに、ジプシーの代表者は入れないなんて。(-_-;)

そこで、過去の事を忘れることで生き延びようとしてきたジプシーの多くが、ようやく自分たちは不当に扱われてきたと認識し始め、イギリスのジプシーで、今はアメリカに住むイアン・ハンモックが「ポライモス(第二次世界大戦中にナチス・ドイツやクロアチア独立国、ハンガリー王国など枢軸国が実行した、ロマ絶滅政策)」という新語を作り、自分たちの迫害の歴史を記憶しようとする試みが生まれたと言われる。

「ポライモス」とは、ロマ語の複数の方言で「絶滅」ないしは「破壊」の意だという。




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by dande550213 | 2017-08-25 21:48 | ユダヤ | Comments(0)

レストランで仲間内の会合(恐らく、Boros Lajosというジプシー・バイオリン奏者を囲んでの会)に出席しているロビー・ラカトシュの珍しい映像が今月上旬にアップされた。

2007年に撮影された映像で、4分割されている。

動画のタイトルが「Boros Lajos Margitkert」で、たぶん人名だろうと検索してみたら、ハンガリー・ブダペスト生まれのバイオリン奏者で、アルバムも出しているようだ。1925年生まれ、2014年死去だから、2007年当時はまだ存命。
Boros Lajos


動画の中で、座ったままでずっとバイオリンを弾いているおじいちゃんがいるが、きっと彼がBoros Lajosなんだろうと思う。日本で言えば、長寿を祝う会でもしてもらっているのかな?

ここに、ロビー・ラカトシュが出席していて、一緒にバイオリンを弾いたりしている。

彼はこの時42歳かな、相変わらず、1人だけあか抜けたお洒落なお姿。(^_-)-☆

動画2.から、立ち上がってバイオリンを弾いている。
彼を身近に感じるひとこまだ。

Boros Lajos Margitkert 1.
メガネをかけてメニューを見ているけど、そろそろ老眼ですかねえ?


Boros Lajos Margitkert 2.
グヤーシュも食べ終わった彼に、前席の美人が一声かけたら、僕もひと肌ぬぐかな~と立ち上がってバイオリンを。ツインバロムのパートの間に上着も脱いで、がんばるぞ~。


Boros Lajos Margitkert 3.
さあ、しばらく僕の独演会に付き合ってね。


Boros Lajos Margitkert 4.

ああ、疲れた。後は先輩、よろしく~♪

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by dande550213 | 2017-08-24 20:11 | 音楽・美術 | Comments(0)

私は、バイオリンを初めとする弦楽器が大好きだ。

リュートやヴィオラ・ダ・ガンバなどの古楽器や、チェンバロやツィンバロムのような撥弦楽器や打弦楽器も、もちろんのこと。

ブラスバンドは軍隊のマーチングバンドをイメージして、あまり好きではなかった。

だから、ルーマニアの寒村から世界に飛び出したジプシー・ブラス「ファンファーレ・チョクルーリア」も、どちらかと言えば、音楽そのものに惹かれているのではない。

ただただ興味があるのだ。お腹の出たイカツイ濃~い風貌の田舎のおっちゃんたちが、なぜブラスバンドを組んでいるのか?

そう、「ジプシー・ブラスバンド」そのものに興味があるのだ。

なぜ、ジプシーがブラスバンドを組んでいるのか?

なぜ、バルカンでジプシー・ブラスバンドが盛んなのか?

(※バルカンのセルビアのグチャ村では「ドラガチェボ地方のグチャ・トランペット・サミット」というセルビア、モンテネグロのブラスバンドが集まる民俗音楽祭があるそうだ。そのコンテストにはセルビア全域から20のバンドが予選を勝ち抜いて参加するが、例年、その半分は全員がジプシーによって構成される「オーケスター<南バルカンでは、ブラスバンドは「オーケスター」と呼ばれる>」だという。)


そんなことを考えながら、You Tubeで彼らに関する動画漁りをしていたら、興味深い動画を見つけた。

1つは、BBCペルシア語のドキュメンタリー動画。
BBC Gypsy Music- Fanfare Ciocarlia
*A Documentary about Gypsy music and the band, Fanfare Ciocarlia, on BBC Persian.

ペルシア語だから何言っているのかわからないけれど、「ファンファーレ・チョクルーリア」の住んでいるルーマニアのゼチェ・プラジニ村とメンバーのふだんの生活が映像からわかる。

彼らは定住ジプシーで、ジプシーとしての本来の職業は「結婚式や葬式などの楽隊」のようだ。しかし、それだけでは暮していけないので、ふだんは農業をしているようだ。
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世界にデビューして爆発的に売れた後のインタビューだから、彼らの住んでいた村は映画「炎のジプシー・ブラス~地図にない村から~」の撮影時よりも経済的にもずいぶん潤って豊かになっている。メンバーも多くが家を新築したようだ。

故郷での彼らの映像は、クレジャニ村の「タラフ・ドゥ・ハイドゥークス」の故郷での姿と重なるので、ハッとした。

「タラフ・ドゥ・ハイドゥークス」 と「ファンファーレ・チョクルーリア」は演奏スタイルも風貌も異なるから、異なる民族のように見えるが、地域に併せてジプシーの外側が変化しているだけで、中味(ジプシー音楽)と彼らがおかれたジプシーという社会的立場は全く同じなのだということが、ドキュメンタリーや映画を観るとよくわかる。

そして「葬式や結婚式の楽隊」という観点から見るなら、以前観たアルメニアの映画「ウォッカレモン」にも、もしかしたらジプシーが登場していたのかもしれないと思い始めた。

葬式や結婚式の場面に、こんな楽隊が登場するからだ。
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ずっと今まで、彼らは村人だとばかり思っていた。

しかし、よく考えると楽器というのはそう簡単に弾けるものではないから、彼らは雇われたプロの楽隊ではないかと思い始めた。

そしてプロの楽隊ならば、ジプシーだろう。




もう一つの動画は、ブルガリアのソフィアでの彼らのコンサートの様子がうかがえる動画。
Fanfare Ciocărlia



彼らのコンサートで刻まれる打楽器のリズムを聴いていると、オスマン帝国のメフテル(軍楽)の楽器構成とリズムが似ているような気がする。
CEDDİN DEDEN


ハンガリーやルーマニア、バルカン半島は長い間オスマン帝国の支配下にあったから?
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※画像はwikiから借用

ブルガリアのソフィアでの彼らのコンサートには、テフテテッリ(ジプシーダンス)の女性ダンサーは同行していないようだが、テフテテッリと中近東のベリー・ダンスがよく似ているのも興味深いと思う。

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by dande550213 | 2017-08-23 21:39 | 音楽・美術 | Comments(0)