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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213

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昨日で、今年度の仕事は終了。

古い資料の整理をしていたら、本箱のファイルの間からこんな物を見つけた。*\(^o^)/*

1991年だから、29年前の子どもたちの夏休み日記。娘が小1、息子が小4の時の。
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これが娘の日記の一部。

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「8/27 わにが、たってにげていたよ。」って、なんのこっちゃ?
「8/28 せっきをほったよ。」って、夫の仕事場について行ったのかな?


こちらは息子の日記の一部。
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8/1(木)しけん
スイミングのしけんがあった。ぼくは三級だから50メートル二しゅもくおよぐ。クロールはみんなおよがなければいけない。あと一しゅもくは平およぎをおよいだけど、けっきょくあがらなかった。あがるどころか、タイムがさがっていたので、「うそ」と思った。

8/7(水)うさぎとび
きょうは、朝、ジョギングのわりに、うさぎとびと、けんけんした。家から、学校までは右・左とつかれたら、足をかえた、けんけんでいった。学校から家へかえるときは、うさぎとびでいった。うさぎとびは、三メートル~五メートルぐらいのきょりを、いったら、五びょう休けいして、また五メートルぐらいとんで家までいった。家のまえまできたら、すごくつかれたようにかんじた。



毎日ではないけれど、夏休みの初めから終わりまで書いてある。読んでいたら、歳をとった現在の方が”幻”のように思えてきた。今にも子どもたちが「おかあさ~ん!」と言って、階段をかけあがってくるような気がする。

この頃の私はSLEの病状が安定していなくて、ほとんど家の中で寝たり起きたりしかできなかった頃だった。習い事(スイミング)の送り迎えもできなかったから、娘も小1の頃から、1人で通っていた。子どもたちには寂しい思いをさせていたと思う。

息子はこの後ずっと水泳を続け、今もマスターズで泳いでいる。



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by dande550213 | 2017-03-24 21:05 | 雑感 | Comments(0)

ようやく外部にも発表された「ヒョンビン来日ファンミーティング」の詳細。
*写真と公演概要の画像は、http://k-plaza.com/2017/03/hyun-bin-18.htmlから借用させていただきました。
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待ちに待ったその内容を読むと、開場は何と大阪のグランキューブ!

ここは昨年11月22日に訪れたばかりで、家から1時間ぐらい。

わおーと喜び勇んで、開催日を見ると、ぎゃー、4/22(土)!


4回忌や5回忌なんて、わけのわからない法要に首を捻ったが、4/22は母の命日でもあるので墓参りを兼ねてどうしても行かねばならないから、万事休すだ。

何でまた、手が届く距離にヒョンビンが来るのに会いに行けないのか・・。・゚゚・(>_<;)・゚゚・。

今日は、朝からがっくりきている。

立ち直るまで、時間がかかりそう。(-_-;)



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by dande550213 | 2017-03-24 10:46 | ヒョンビン | Comments(0)

歴史に学ぶ


『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。』というのは、ドイツの鉄血宰相ビスマルクが残した名言だという。

元々の彼の言葉の直訳は「愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている。私はむしろ、最初から自分の誤りを避けるため、他人の経験から学ぶのを好む。」で、「他人の経験」が「歴史」をさしているのだという。


私は、人間の本質というものはそう簡単には変わらない、と思っている。

そして人間の本質は、過去の歴史の中に見え隠れしているから、「歴史」を直視して、そこから人間の本質を学んで現実に対処すべきだと思っている。

歴史は「勝者の歴史」に過ぎないが、人間が繰り返す愚かな過ちは古今東西変わりないことを歴史は教えてくれる。歴史の本を読み、記録映像を観ることで、そのことに気がつく。


You Tube に「黙示録 カラー 第二次世界大戦 」(日本語)という6つの動画がある。

どうも元々はフランスで制作されたドキュメンタリーで、音楽は日本のKenji Kawaiという人が作曲したもののようだ。

このドキュメンタリーは、戦争特派員、兵士、抵抗戦闘機、民間人などが撮影した「実際の戦争映像のみから構成」されていて、カラー映像であるのが特徴だ。

最初はベルギーやスイスのフランス語圏で放送され、その後、フランス・アメリカ・イギリス・カナダ・オランダ・ポーランド・オーストラリア・・・・と、多くの国々で自国語に翻訳して放送されたようだ。だから、日本語版もあるのだと思う。

日本では、いつ、何チャンネルで放送されたのか、私は知らないが、こうして見逃した者もYou Tube で観れるのはありがたいことだ。

最初、日本語版があるのを知らなくて、英語版を「自動翻訳日本語字幕に設定」して観たが(*Part6は、自動翻訳日本語字幕設定ができない動画)、拙い雑な翻訳なのでよくわからないところが多かった。


改めて、日本語版で観ると映像の意味がよくわかる。

黙示録 カラー 第二次世界大戦  「ヒトラーのヨーロッパ侵攻」



黙示録 カラー 第二次世界大戦 「ドイツの電撃戦」


黙示録 カラー 第二次世界大戦 「大量虐殺」


黙示録 カラー 第二次世界大戦 「真珠湾攻撃」



黙示録 カラー 第二次世界大戦 「上陸作戦」


黙示録 カラー 第二次世界大戦 「原爆投下」



これらの動画を観ると、聖書の「伝道者の書」の次の言葉を思い出す。

昔あったものは、これからもあり、
昔起こったことは、これからも起こる。
日の下に新しいものは一つもない。(1章9節)


恥ずかしい話だが、上の動画を観るまで、敗戦直後に、どこで誰が降伏文書に署名したのかすら、知らなかった。
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そして余談だが、この画面を観て、驚いたのは、日本の全権大使がモーニングコートを着て現れたことだった。(((^^;)

欧米社会ではこれが正装なのかもしれないが、これはアジア人である日本人の当時の正装ではないのではないかと感じたからだ。

吉田首相がサンフランシスコ講和条約に署名している写真は教科書に掲載されていたから記憶にある。確か、彼もモーニングコートだったが、高校生だった当時は別に何とも思わなかった。

降伏文書に署名するというのは国際的な行為だから、欧米社会の伝統に従うのではなく、堂々と日本人の伝統的正装で現れてほしかったと、歳を重ねた今はそう思う。

よくわからないけれど、中東やアフリカ諸国なら、この場でも堂々と民族衣装で登場するだろうと思った。フィリピンやベトナムなどのアジア諸国も。韓国や中国はどうかな?西欧化の度合いによって異なるのだろうか?それとも、アイデンティティの問題?





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by dande550213 | 2017-03-23 12:00 | 雑感 | Comments(0)

2017/03/23 :「ハッサン・ファトヒー(エジプトの建築家でUIAゴールドメダルを受賞して中東建築の父と言われる)生誕117周年」
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by dande550213 | 2017-03-23 09:04 | PC・IT | Comments(0)

中国雲南省と少数民族


GWに訪れる予定の大理市・麗江市・シャングリラ市は中国の雲南省に位置する。それぞれ「ペー(白)族」「ナシ(納西)族」、「チベット族」という少数民族が暮らしている土地だという。

北京オリンピックの時に「中国は55の少数民族が仲良く暮している国だ!」と、しきりに宣伝していたが、いったいどんな民族がいるのだろうかと『中国55の少数民族を訪ねて(新装版)市川 捷護 (著), 市橋 雄二 (著)』を注文した。(^_-)-☆
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雲南省は中国でも多くの少数民族が暮らしている地域だそうで、GWに行く予定の旅行でも「ペー(白)族」、「ナシ(納西)族」、「チベット族」の3民族他、運が良ければ「リス族」と「イ族」の人たちにも遭えるかもしれないと楽しみにしている。





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by dande550213 | 2017-03-22 18:04 | 旅行 | Comments(0)

さきほど、埋蔵金の中国元を調査していた時、最後の中国旅行が西安だったか、上海だったか、思い出せなくなっていることに気がついた。

旅行の資料は全部保管しているが、整理ということをしないから、もうどこに何があるのかわからないし、記憶もごちゃごちゃになっている。

行きっぱなしで、今までに一度もリスト化して整理したことがなかったので、この際、整理してみることにした。

2000年にデジカメを買ってからは、旅行の写真だけはフォルダに分類しているから、写真のプロパティから正確な年月日を探ってみた。

また、このブログは2006年に記録を取り始めているから、2006年以降の海外旅行はブログに痕跡が残されているので、2006年以降の分についてはそちらから確認した。

それによると、1994年から2017年3月までの23年間に、24か国へ計32回海外旅行に出かけているようだ。

・1994年1月(38歳)イタリア旅行(ツアー、息子&娘)
・1998年5月(43歳)ドイツ南部・オーストラリア旅行(ツアー)
・2001年8月(46歳)中国 北京・承徳旅行(ツアー、娘)
・2003年9月(48歳)ペルー旅行(ツアー、夫)
・2005年3月(50歳)イタリア旅行(フリーツアー、知人たち)
・2006年7月(51歳)韓国 釜山・慶州旅行(ツアー)
・2007年5月(52歳)韓国 ソウル旅行(フリーツアー、夫)
・2008年6月(53歳)台湾旅行(フリーツアー、夫)
・2008年10月(53歳)ウズベキスタン旅行(ツアー)
・2009年4月(54歳)韓国 ソウル旅行(個人)
・2009年9月(54歳)中国 西安旅行(ツアー、夫)
・2009年12月(55歳)エジプト旅行(ツアー)
・2010年4月(55歳)トルコ旅行(ツアー)
・2010年8月(55歳)シリア・ヨルダン旅行(ツアー)
・2011年6月(56歳)中国 上海・無錫・蘇州旅行(ツアー・夫)
・2012年3月(57歳)カンボジア旅行(ツアー)
・2012年4月(57歳)インド旅行(ツアー)
・2012年10月(57歳)スペイン マドリッド旅行(個人)
・2013年4月(58歳)イギリス ロンドン&フランス パリ旅行(個人)
・2013年8月(58歳)スイス旅行(個人、夫)
・2013年12月(58歳)香港&マカオ旅行(個人)
・2014年1月(59歳)ギリシア旅行(個人)
・2014年8月(59歳)ドイツ 東部旅行(個人)
・2015年1月(60歳)イタリア ナポリ旅行(個人、夫)
・2015年3月(60歳)北イタリア&フランス旅行(個人)
・2015年8月(60歳)北イギリス旅行(個人)
・2016年1月(61歳)スペイン アンダルシア旅行(個人)
・2016年2月(61歳)中部ベトナム旅行(個人)
・2016年5月(61歳)チェコ プラハ旅行(個人)
・2016年3月(61歳)ドイツ 西部旅行(個人)
・2016年9月(61歳)オランダ旅行(個人)
・2017年1月(62歳)マルタ旅行(個人、夫)


1985年、30歳でSLEを発病してから9年間は病状も重くて、ほとんど寝たり起きたりで最低限の家事ぐらいしかできなかった。再燃を繰り返す病との二人三脚の人生にすくんでしまって、半分うつ病状態だった。

1994年1月に、本当に唐突に、小学生だった息子と娘を連れてイタリア旅行に参加して自信を得て、ようやく病の床から立ち上がることができた。

その旅で、旅が夢でありが生きがいだったことを思い出し、旅の費用を稼ぐために少しずつ働き出し、ようやく4年後に一人でツアー参加した。

40代は義父母の介護、50代は実父母の介護をしながら、お金を貯めては出かけた。

個人旅行すれば、格安ツアー旅行に参加するよりさらに旅行費用を安く上げられることを知り、2012年頃からは個人旅行で出かけるようになった。英語ができない私の強い味方はPCとスマホ。

23年間で旅行をキャンセルしたのは3回ある。


SLEを抱えているけれど、神様はこの23年間、私の体調を守り、旅の資金を与え続けていてくださっていることを心から感謝している。

カンボジアとインドに旅行したことは覚えていたが、カンボジアから帰国して5日後にインドに出かけていたなんて、全然記憶になかった。今ならそんな無謀なことはようしませんわ~。(-_-;)


2001年8月、中国 承徳市の避暑山荘で、娘が清代の宮廷衣装に身を包んで記念撮影。(真ん中が娘、当時高校生だった。悲しいことに、以後、娘は私とは海外旅行に出かけてくれない。そんな彼女も今じゃ、私と同じ”自由な一人旅”派。)
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by dande550213 | 2017-03-21 15:33 | 旅行 | Comments(0)

埋蔵金(中国元)調査


4/29(土)~5/6(土)8日間の予定で「もう一つのシルクロード・茶馬古道へ」の旅 で中国に出かける予定。

そこで、手持ちの「中国元」がいくら残っているか、埋蔵金を調べてみた。(((^^;)

中国元を仕舞っていた封筒には「2011/6/15:2,714元(1元14円 日本円で37,800円)」と書いてある。

さらに封筒には、次のように追記してある。
・2012年2月  34,212円
・2013.4.10  43,304円(1元16円)
・2013.12.23  46,271円(1元17円)
・2014.11.4  49,792円
・2015.6.29  53,630円(1元19.86円)

ということは、最後に中国へ行ったのが2011年6月で、その時に残った中国元2,714元は当時のレートで日本円に換算すると37,800円だったが、その後、レートの変遷があって、4年後の2015年には53,630円に埋蔵金は増えていたわけだ。この時に日本円に戻しておいたら、私はいくばくかの利益を得ていたわけだが、持ち続けたから、私の手持ちの中国元は2017.3.21のレートでは44,145円(1元16.27円)に目減りしてしまったというわけか・・・。(((^^;)

それでも、前回の中国旅行から帰国した時よりも埋蔵金は増えているわけだから、持ち続けて正解だったと胸をなでおろしている。

前回旅行時と比べて、中国国内の物価はかなり上がっただろうと思うけれど、今回行く旅行はツアーだから、払い込んだ料金以外にはたいした出費は無いと思うので、新たな両替はしないことにした。(((^^;)

海外旅行で両替した現地通貨は、残額が少額の時は現地の人(最終的には、空港のトイレ掃除のおば様)にプレゼントしたり、飛行機内で寄付(エミレーツ航空やカタール航空の飛行機では、機内で寄付を受け付けている)することにしている。

多額の場合は日本円に再両替しないで、埋蔵金にして、またの旅行に備えたり、娘がその国に行くときにプレゼントしたりしている。




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by dande550213 | 2017-03-21 11:27 | 旅行 | Comments(0)

2017/03/20 :「春分の日2017」
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by dande550213 | 2017-03-20 20:20 | PC・IT | Comments(0)

AYA世代のがん患者


昨日の新聞に「AYA世代のがん患者」に関する記事が掲載されていた。

若い時にがんを発症した「AYA世代」と呼ばれる患者への対策が課題になっている。がん患者全体に占める割合は小さいが、希少がんを含めがんの種類は多い。進学や就職、結婚、出産など人生の節目に直面し、ほかの世代とは違った悩みを抱えている。

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「AYA世代」とは初めて聞く言葉だった。

思春期(Adolescent)と若年成人(Young Adult)を組み合わせた言葉で、主に15歳~39歳をさすそうだ。

この説明を読んで、従来の「青年」という言葉とどこが違うのだろうと一瞬、疑問に思った。

年齢的には重なりそうな気がするが、「青年」という言葉には「未婚・独身」という意味を言外に含んでいて、暗に既婚者は除外するような気がするから、未婚・既婚を問わない「AYA世代」という言葉を作ったのだろうか。


AYA世代という特別な言葉は無かったが、そもそも膠原病の全身性エリテマトーデス(SLE)は、AYA世代そのものが患者の主流だったから、こういった問題に対する対策の蓄積は膠原病関係にはかなりあると思っている。

30数年前、私自身も30歳で発病して、がんのAYA世代と同じような悩みを抱えていた。

がんやSLEなどと言った病名のいかんにかかわらず、15歳~39歳頃の若年層の患者の共通の悩みや問題ではないかと思う。

そういう意味で、特定の病名に拘って個別化してとらえないで、様々な病気で、この世代の患者さんの問題として「ノウハウを共有化」してほしいと思う。





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by dande550213 | 2017-03-20 14:30 | SLE・健康 | Comments(0)

今朝のニュースで「指定難病306種類のうち、231種類のiPS細胞の作製に成功した」と報じられた。

ネットでは、以下の報道。
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基礎医学 | 2017.03.10 17:45

 京都大学iPS細胞研究所は、国が指定する難病(306種類)の約8割にあたる231種類について、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を作製したことを明らかにした。

 それぞれの難病の遺伝情報を持つ患者の血液などを用いて作った。研究機関に提供し、難病の原因解明や薬の開発に役立ててもらう。

 作製したのは、パーキンソン病やALS(筋萎縮性側索硬化症)、腸に潰瘍や炎症が起きるクローン病などのiPS細胞。約5年かけて作った。患者が少ない難病は、薬の利益が見込めず、製薬企業が新薬開発を行いにくい。患者のiPS細胞を使えば、試験管内で病気を再現でき、薬の候補物質を試す研究が進むと期待される。

 難病のiPS細胞は、理化学研究所バイオリソースセンター(茨城県)の細胞バンクに保存し、大学や製薬企業に提供する。欧米でも同様の取り組みはあるが、保存する難病の細胞の種類としては最多という。

 仙台市で開かれた日本再生医療学会で発表した。

(2017年3月10日 読売新聞)
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iPS細胞の作製に成功してから早10年が過ぎたが、これで難病の原因解明や治療薬の開発が一気に進むとうれしい。

30数年前に全身性エリテマトーデスSLEを発病した時は、自分がその後30数年も生き延びられるとは想像していなかったが、もしそれぐらい生きたら、当然病気の原因は解明されているだろうと思っていた。

しかし、まだ解明の糸口すら掴んでいないと思う。

それでも、せめて死ぬまでには解明して治療薬ができてほしいものだと切に願っている。



加齢黄斑変性やパーキンソン病の治療などに少しずつ成果をあげてきているが、SLEの治療や創薬はまだまだ。



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by dande550213 | 2017-03-19 16:52 | SLE・健康 | Comments(0)