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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213

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熱中症になってはいけないと、自室では午後からは冷房をかけるが、外気が暑い日中は設定温度を30℃に、夜は29℃に設定する。

それでも、直接、冷房の冷気が皮膚にあたると皮膚が痛くなってくることが多くて、長そでを羽織ったりしている。

今日は、薄手のカーデガンを携帯するのを忘れて、礼拝中、寒くて、半そでの腕が痛くなってきた。

腕を擦り擦り、何とかしのいで、いったい何度に設定されているのかと見ると28℃で、特別に設定温度が低かったわけではなかった。

礼拝堂内は3台のエアコンで冷やし、扇風機2台で風を循環させている。その風の当たらない席を探すのだが、前の方の席はどこに座っても風が飛んでくる。

羽織るものを忘れた私が悪かったのだが、今日は生きた心地がしなかった。

家では夫が帰宅すると28℃に温度を下げる。子どもたちがくると27~26℃にされてしまって震え上がる。

こんな風に冷房に弱くなったのは、SLEになってからだ。

全身の血液の流れが悪いのだろう。

足もよく冷えるから、一年中、ストッキングを履いて、その上にスラックス。スカートなどは冠婚葬祭の時にしかたなく穿くだけ。もちろん、海外旅行もスラックスオンリー。冬場になると、タイツを穿いてその上にスラックスを穿く二重仕立て。お尻が特に冷たく感じて、下着にホッカイロを張り付けて温める。裏起毛の靴下を穿いても足にしもやけができる。

と、まあ、寒さに弱いけれど、冬に外を歩くのは大好きで、マフラーもしないし、手袋もはめないで外出する。最近は手のレイノー症状とはおさらばで助かっているが、かわりに足に血管静脈炎が出るようになって、足にはスラックスの下にレッグウォーマーまで突けて三重仕立て。(((^^;)


とにかく、過ごしやすいイイ季節がだんだん短くなってくる。
なだめなだめ、うまく付き合っているよりしょうがない。
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by dande550213 | 2016-07-31 22:19 | SLE・健康 | Comments(0)

今日は、「タラフ・ドゥ・ハイドゥークス」day。(((^^;)

彼らの演奏している姿や様子のわかる動画で、歌の入っていないものを少し収録。

Taraf de Haidouksこの動画には、カリウは最近亡くなったニコライの弟子、とコメントがつけてある。*You tube Street Musiciansさんより



Maestru Caliu din Clejani*You tube rusu nicolaeさんより



Caliu din Clejani şi taraful său - M-am născut într-un salcâm (@Politică şi delicateţuri)*You tube TVRさんより



Taraf de Haïdouks & Rachel Briceこれは珍しい。カリウが糸弾きバイオリンを弾いている。ニコライが亡くなったからか。。。
*You tube Maria Orientalさんより



Taraf de haidouks - Stari Rumun sa violinom ......糸弾きバイオリンのニコライ
*You tube TheGegi66さんより

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by dande550213 | 2016-07-30 21:51 | 音楽・美術 | Comments(0)

「タラフ・ドゥ・ハイドゥークス」は、バイオリン2本・コントラバス・ツィンバロム・アコーディオン・フルートの小編成の演奏が一番好きだ

今日の午後は、彼らの演奏でリフレッシュ。
哀愁を帯びた音色と緩急自在のリズムが心地よい。

ネックを持ち上げて弾く独特の演奏で超絶技法のカリウがお気に入り。
まさに、現代のパガニーニ。

Tambal si Bass (Original)
*You tube Paul Rodriguezさんより



Taraf de Haidouks live at Union Chapel Violin Solo
*You tube Madalinさんより

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by dande550213 | 2016-07-30 18:22 | 音楽・美術 | Comments(0)

ルーマニアのドキュメンタリー「最後の世代の物語―クレジャニのバイオリン弾き(DOCUMENTAR Lăutarii din Clejani - povestea ultimei generații)を見た。

DOCUMENTAR Lăutarii din Clejani - povestea ultimei generații
*You tube Adevărul さんより


ジプシーバンドの「タラフ・ドゥ・ハイドゥークス」のドキュメンタリーだった。

音声はルーマニア語で英語字幕もないから、「タラフ・ハイドゥークス」のメンバーが何を話しているのかは全くわからないが、貴重な映像がたくさん収録されていて、それを見ているだけで満足だった。

あの映画「オーケストラ」のカリウのこの場面も26:21頃に登場。

また、おそらく音楽ドキュメンタリー「ジプシー・キャラバン(2006)」
Gypsy Caravan, When the Road Bends Trailer
*you tube Cinedigmさんより


から?ではないかと思うのだが、22:15頃には日本の番組にタラフから3人が出演した映像も登場して驚いた。

「ジプシー・キャラバン(2006)」は、タラフ・ドゥ・ハイドゥークスが声を掛け、ジプシー(ロマ)をルーツとする5つのバンドが北米を回ったツアー“ジプシー・キャラバン・ツアー”に密着した音楽ドキュメンタリーだという。

もちろん、トニー・ガトリフ監督の「Latcho Drom」からも多くの映像が収録されていた。

2002年のThe BBC Awards for World Music の Europe and the Middle East 部門?で「タラフ・ドゥ・ハイドゥークス」が優勝した時のプレゼンターにジョニー・ディップが登場して、「タラフ」のメンバーと抱き合っていた。

ジョニー・ディップがインタビューを受けて、「タラフ・ハイドゥークス」について語る場面もあり、もしかして、ジョニー・ディップはジプシー出身だったのかしら?とか思っていたら、こんな映像が続いた。
f0096508_12591450.jpg


どうも映画っぽいなあ・・・と調べてみると、映画「The Man Who Cried (2000) 」の一場面だった。
The man who cried - Il y a
*You tube Ewelina Białek さんより


ジョニー・ディップは、この映画で「タラフ・ハイドゥークス」と共演したのがきっかけで、ジプシー音楽に魅了され、彼らの世界ツアーのドキュメンタリー映画?「ジプシー・キャラバン」にも特別出演しているという。


このドキュメンタリには、「タラフ・ハイドゥークス」だけでなく、彼らが住んでいるルーマニアのクレジャニのジプシー村の様子や彼らの生活、ルーマニア革命でチャウセスク大統領がヘリコプターで脱出する映像など、貴重な映像が満載。

見ているだけで十分に楽しかった53分。
願わくば、英語字幕があればもっと楽し。(((^^;)


<追記>
「タラフ・ドゥ・ハイドゥークス」のカリウがジョニー・ディップについて語っている動画があった。家族ぐるみの付き合いをしているようだ。
TARAF DE HAIDOUKS & JOHNNY DEPP

*You tube coffeepot212さんより
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by dande550213 | 2016-07-30 13:26 | 映画・ドラマ | Comments(0)

映画「ノッティングヒルの恋人」のDVDは、以前から持っていた。

計算高い私が、わざわざ「ノッティングヒルの恋人」のDVDを買い求めたのには理由があった。(((^^;)

先ず、ヒョンビンのシークレットガーデン14話のパーティの場面でBGMにかかっていた曲が、韓国版と日本版で異なり、元の韓国版では「ノッティングヒルの恋人」で使われていた「SHE」という曲だったことを聞き及んで、いつか「なぜ、元曲はSHEだったのか」映画を見て確認してみたいと思っていたことが一番の理由だった。(((^^;)

Elvis Costello She - Notting Hill Soundtrack.wmv
*You tube Kanal von DanielSDH85 さんより



韓国版シークレットガーデン14話のパーティ場面はこちらの動画↓

You Tube 시크릿가든 14회 다시보기_03 (埋め込み無効)
https://youtu.be/4nnxTkuhe20
を 見ると、確かにパーティ場面のBGMは「SHE」だった。

日本語版は曲の差し替えのようだが、差し替えた曲(よく聴く曲なのに、曲名がよくわからない)は、スルが好きな曲としてはちょっと古くさい感じがするかな?でも、私は差し替え版の曲の方がシンプルで好きだなあ・・と感じた。

しかし、「SHE」の歌詞をnothing hurtさんのブログ「恋わずらいで死ぬかもしれません・・・シークレット・ガーデン14話」で日本語で知ると、まさにジュウオンの気持ちにぴったりだわと納得した。

元曲「SHE」をよく知っている視聴者は、あの場面でこの曲がBGMに流れるとより一層、ジュウオンの気持ちと一体化できただろうなあ・・・とは思うけれど、私は元曲も元映画も知らなかったので、差し替えられてもたいした違いはなかったのだとわかった。(-_-;) *BGMは英語だから、元曲を知っていなかったら、たぶん歌詞の意味がすぐには理解できないし・・・ね。


次に、NHKの「世界ふれあい街歩き」の「ロンドン・ノッティングヒル界わい」の時に、観光客がこの映画に出てくるポートベローロードの商店街の「書店」を探していたことも映画「ノッティングヒルの恋人」に興味を持ったのも理由の一つだった。

最後の理由は、英語学習ブログで、映画の中では「ノッティングヒルの恋人」の英語発音が一番良いお手本になる、と書いてあったこと。(((^^;)



だから、買ってすぐ見始めたが、最初の方で頓挫した。最初からグイグイ引き込まれなかったのが一番の原因だったかな?初めの方ののんびりしたテンポが、何となく退屈だった。

それとアナを演じていたジュリア・ロバーツの大きな口が、何となく気になって、つい口元に目がいってしまうのだ。

「プリティ・ウーマン」で初めてジュリア・ロバーツを見たときに、スマイルした時に口角が耳にも届くような感じ(ごめんなさい、その時、口裂き女のような感じがした)ので、ぎょっとした記憶があるが、「ノッティングヒルの恋人」でもそうだった。きれいな女優さんだと思うが、いったん気になると、映画に集中できなくなる。

で、前回は頓挫したのだった。


今回は同じ監督の「ウィークエンドはパリで」を見た勢いで、最後まで見たが、ストリー自体は平凡なので(展開が先読みできる)、やはり他のところに目がいってしまった。

それは、ジュリア・ロバーツの目と歯。(((^^;)

彼女の横顔を見ると、眼窩が盛り上がり、目元のくぼみが深くて、目の上瞼が薄い皮一枚なので、びっくりした。

私たちモンゴロイドの眼窩は盛り上がっていないが、代わりに上瞼が分厚くなって、寒さから目を守るために適応したのだと何かの本で読んだ記憶がある。一方、コーカソイドは眼窩が盛り上がって目元のくぼみが深くなることで、寒さから目を守る対応をしたそうだ。

あれだけ目元がくぼむと、瞬きするときに邪魔にならないように、必然的に上瞼は薄い皮膜のように変化するのだろうか・・・と思いながら、ジュリア・ロバーツの横顔を凝視していた。


彼女が笑った時に口元から見える「歯の長さ」も、気になった。

口の全体バランスから考えても、歯の長さが異様に長いような気がした。もしかして、コーカソイドはモンゴロイドよりも、全般的に歯肉が退化しているのだろうか・・・とか、しょうもないことを考えてしまって、やっぱり、散漫になってしまった。(((^^;)


そんなわけで、申し訳ないけれど「ノッティングヒルの恋人」は、「SHE」と人類学的考察?とロンドン風景観光以外はあまり印象的ではなかった。(((^^;)

ごめんなさい。<(_ _)>

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by dande550213 | 2016-07-29 15:29 | 映画・ドラマ | Comments(0)

中世から時代が進んで、ルネサンス期のダンスといえば、映画「エリザベス1世」のこの場面を思い出す。

Elizabeth (5/11) Movie CLIP - Elizabeth and Robert Dance a Volta (1998) HD
*You tube Movieclipsさんより

この時踊ったのは「ボルタ」というダンスのようだ。

ルネサンス期のダンスにもいろんな種類のあることがわかる動画もあって、楽しい!動画は埋め込み無効になっているので、URLだけ記録。
Renaissance dance https://youtu.be/VqvoFHekE0c

中世もルネサンス期も、記録が残り復元できるのは、宮廷ダンスだけなのだろうか?
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by dande550213 | 2016-07-29 10:46 | 音楽・美術 | Comments(0)

言葉もわからないままに見始めた映画「ウォッカレモン」を見終った。

コメント欄にスペイン語で「字幕をつけてくれ~」って、誰かが書き込んでいたけれど、ホント、英語の字幕だけでもつけてほしかったが、大筋のようなものは理解できた。会話は少なくて、映像で語らせる映画だったから、コメディっぽい仕立てにはなっているが、細やかな感情のひだが描かれていたように思う。

前に見たカザフスタンの「くるみの木」のように、後の映像でわかる、というような仕立てになっていた。

舞台は、いかにも空気の薄そうなアルメニア高地?の寒村、季節は冬だから、雪に埋もれている。

初老の男が誰かに語りかけている。それが、壁にかかった女性の写真であり、お墓に描かれた肖像であることから、彼が妻を亡くしたことがわかる。この場面が何度もくり返されるから、彼が余程妻を愛していて、未だ、妻を失った痛手から立ち直れないことを物語っている。

彼が度々訪れる墓地には、夫を亡くした女も度々墓参している。これが日本の墓参りとは全然違う。

墓石にかかった雪を払いのけて、花を供え、墓石の前の椅子に座って、墓石に刻まれた肖像を眺めたり、その肖像に語りかけたりして、そこで長い時間過ごすのだ。雪の中で、ポツンと。

普通、こんなところに椅子があるか~?と不思議に思うが、この映画では人々は野外で椅子に座って話をしたり、時を待ったりする。その椅子は、食堂の椅子のような作りをしている。折り畳みの椅子を持って歩いている人もいる。この、野外の雪の中で椅子に座る光景が何度となく登場するが何か意味があるのだろうか、それとも、これはあちらでは普通の光景なのだろうかと思ってみてしまう。

変といえば、時々、乗馬男が画面を横切るのだ。何の脈絡もなしに・・・。(-_-;)

ある日、突然男が自分の背丈よりも大きなタンスを背負って道を歩き出す。何度も何度も休みながら、ウンウン言いながら、タンスを背負って道を歩く。

いったい何してるんだろう?と思ってみていると、次は町のフリーマーケットのような所に男がタンスを置いて立っている場面に変わり、ああ・・・男はタンスを売りにきたのだということがわかる。

タンスは売れたのだろうか・・・と思うがわからない。夜になり、羊小屋で睦みあう若者の場面になり、朝が来て、男がまた妻の写真に語りかけている。

そして、またタンスを背負って家の外に出ていくから、ああ・・売れなかったのかとわかる。

男がタンスを担いで、道を歩いていくと、向こう側から夫婦が歩いてきて、タンスを調べて商談成立。男はお金を受け取って、帰っていく。タンスを買った夫婦の夫が男と同じように背負って帰ろうとするが、腰痛になり、タンスを背負えなくなる。二人は道端で椅子に座ってバスが通るのを待つ。

バスがやってきて、乗客も一緒になって、バスにタンスを積み込むが、バスは乗客を残したまま、発車してしまい、今度は取り残された乗客が椅子にすわって、次のバス?を待つ。

この映画では、椅子のほかにバスもキーワードで、男はバスに乗って墓参りにいく。そのバスに女も乗っていくのだ。最初、二人は意識していなかったが、次第に気になりだす。男がバスを降りたら、そっと窓越しに男をちらっと見る女。男もバスを降りて、ちらっとバスの女を振り返る場面がなかなか情感たっぷり。

ある時、女はお金がなかったのか、バス代が払えなくてバスに乗れなかった。後から花束を抱えてバスに乗り込んだ男は、バスの中に女がいないのに気がついて運転手に尋ねる。

この運転手が変わっている。運転しながら、音楽をかけて、その曲に合わせて歌いだすのだ。その曲はいつ同じ。アダモの「雪が降る」。これを運転手はフランス語?で朗々と歌うのだ。

男は墓地で、いつものように妻の墓に花を供え、女の夫の墓を見るが、今日は女はいない。ふと気がついて、男は花を一輪持って、女の夫の墓に花に供えてやる。

道路の三叉路のようなところに、「ウォッカレモン」という酒屋がある。女はその店の店番をしているようだ。

また男は家で妻の写真に語りかけ、今度は町のフリーマーケットのような場面になり、男が家のテレビを売りにきたことがわかる。フリーマーケットはロシア側にあるのかもしれない。

どうやら、男は切り売りの生活をしているようだ。女も生活が苦しくて、娘が帰ってきたときに、お金をもらったりしているようだ。娘はピアノを弾く音大生のようだが、もしかしたら、学費を払うために身を売っているのかもしれない。

娘からお金をもらった女がバスに乗ろうとすると、運転手がお金はいらない、もうあの男からもらっていると。女は男に「メルシー」とお礼を言って、二人は初めて同じ席に座る。この時も、アダモの「雪が降る」を運転手は歌う。墓地から帰る時、バス停で、少しずつ、少しずつ女の方ににじり寄っていく男がかわいい。

バスを降りて、二人は一緒に歩く。女が寒そうにするので、男は自分のコートを脱いで女にかけてやり、ポケットからウォッカの入った小さな水筒?を出して、女に渡す。女は一口飲んで暖まり、男に返す。やがて二人は歌を歌いながら歩き出す。

男の家に来て、音楽をかけてダンスをする場面は本当に絵になる。音楽が終わって、男が少し近寄るが、女はその夜は帰ってしまう。この夜、乗馬男がパカパカと道をかける。いったい、これは何なんだ?

羊小屋でいちゃついていた若い二人の結婚式の場面、羊を屠り、新婚さんがぬかるんだ雪道を馬に引かれたそりに立って登場するのには笑った。

お祝いの歌が、これまたアダモの「雪が降る」だった。この時はロシア語で歌っていたような気がする。

この結婚式には男も女も出席して、二人はこっそりと人目を避けて、新婚さん用のベッドで結ばれる。

が、女に何かあって、女は娘と泣き笑い。

一方、男の方でも結婚した若者夫婦に少し事件が勃発。

男が軍服を着て、勲章を一つ一つむしり取っている場面。なんだろうと思っていると、またフリーマーケットの場面になり、男が服を売りに来たことがわかる。

景色はだんだん道がぬかるんで、雪も少なくなり、時が過ぎたことがわかる。

女から電話があり、女が家にくる。女は男の家がすっかり空になったことを知る。観客も、もう売るものが無くなって、男は服を売ったのだとわかる。

女はピアノを売りたいが、運んでもらえるかと男に頼んだようだ。

男が女の家に行き、二人で一緒にピアノを道端まで運び、誰かが通りかかって買ってくれないか、椅子に座って道端で待つ。そのうちに、二人で一緒に楽しそうにピアノを弾きだす。そのそばを乗馬男がパカパカと駆け抜ける。

その場面が遠景になり、映画は終わる。

そしてエンドロールでまた、アダモの「雪が降る」が流れる。

と、まあ、筋はこんな映画だった。

ほのぼのとした人情味あふれる良い映画だったと思う。


アルメニアの雄大な景色、その貧しい寒村に生きる人々、寒さゆえにウォッカが手放せない生活、ソ連崩壊に伴う当時の経済苦境など、未知の世界をのぞき見したような気分まで味わえて、私にはおあつらえ向きの映画だったと、瓢箪から駒を感謝!
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by dande550213 | 2016-07-28 21:48 | 映画・ドラマ | Comments(0)

You tube検索では見つからなかったが、動画終了後に表示される関連動画を見ていたら、なんとあったよ、映画「ウォッカレモン」のフルムービーが!

Vodka Lemon Full Film
*You tube SturkiVideoさんより

やはり、映画とGiora Feidmanの Dancing with Rabbi とは関係が無くて、背景画像に使用されたようだ。

音声はロシア語かな?英語字幕がないので、内容はよくわからないが、シュールな映像と展開が楽しみ。
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by dande550213 | 2016-07-28 17:43 | 映画・ドラマ | Comments(0)

今週の仕事がやっと終わって、ほっと一息。(^。^)
帰宅するなり、You Tube で好きな音楽漁りをしていたら、こんな動画を見つけた。

Huner Saleemというイラクのクルディスタン生まれの映画監督&ディレクターの映画「Votka Lemon」で、Giora FeidmanのDancing with Rabbi という曲が使用されているのか、どうかわからないが、妙に心に残る映像と音楽だった。
Giora Feidman - Dancing with Rabbi- Votka Lemon.wmv
*You tube Etnic876さんより


映画はこちら。2003年のコメディ。ソ連崩壊後のアルメリアの寒村の男と女のコメディのようだ。見てみたいが、DVDはとても高価。(-_-;)
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by dande550213 | 2016-07-28 17:25 | 音楽・美術 | Comments(0)

昨日、全国膠原病友の会の機関紙№182と、膠原病手帳(緊急医療支援手帳)2016年度版が届いた。
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膠原病手帳に、自分の病状や服薬内容を記録して、常に携帯することで、緊急医療の対応に役立つ。私は海外旅行時にも対応できるようにこれの英語版が欲しいと思っているが、無理だろうなあ・・・(((^^;)

このご時世だから、海外一人旅に出かける前には、主治医に英語で診断書と処方箋を書いてもらうべきかもしれないと思っている。

慶応義塾大学医学部 リウマチ内科 教授の竹内勤先生の医療講演②「最新の膠原病治療の動向」を読むと、こんな記述があって驚いた。
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機関紙№182のP12
マイケル・ジャクソンが亡くなった後に全身性エリテマトーデスであったとブログに記載されていますし、最近では歌手のレディ・ガガもその疑いのようです。

知らなかった・・・((+_+)) 本当なの?

また、治療の目覚ましい進歩にも関わらず、10年生存率、15年生存率がまだまだともいえる、と書かれていた。
 1950年代の治療はステロイド1本で5年生存率は60%でした。(中略)免疫を抑える免疫抑制剤が1970年代以降使われてくることになり、日本でも5年生きられる全身性エリテマトーデスの人の割合は94%と飛躍的によくなりました。逆に5年生存率がここまでよくなると、国としても治療は極めてよくなって患者さんの質が上がったのではないかと少し楽観視した印象があります。
 実は5年生存率はよくなりましたが、10年、15年になっていくと1980年代でもまだまだでした。(中略)10年生存率70%、15年生存率50%でした。この病気が30~40歳代で起こることを考えると、人生の一番楽しい時期を迎える50歳代で15年生存率が50%というのは大変厳しい病気です。

30歳の8月に発病して、おかげ様で、31年目の夏を迎える。

入院待ちの間に、日航機墜落事後が起きた8月だった。

病名を告知されたときに、ひとこと「癌より怖い病気です」と宣告されたあの瞬間と帰宅途中で本屋に立ち寄り、必死でSLEという病気を調べたのはよく覚えているが、その晩、米原さんのように、一睡もできなかったかどうかは覚えていない。

あれから、もう31年が過ぎようとしているのか・・・。
SLEになる前よりも、SLEになった後の人生の方が長くなるなんて・・・。

義父母と実父母を看送り、子どもが結婚し、孫ができ、人並みに世の習いを経験できたのが一番うれしい。感慨ひとしお。o(^o^)o

以前、主治医に予後を尋ねたら、「医師の方側も、SLEの患者さんがこれほど生き延びられるのは初体験なのでわからない。あなたたちが先駆者なんですよ。」と言われたことを思い出す。

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by dande550213 | 2016-07-27 16:40 | SLE・健康 | Comments(0)