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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213

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病院の礼拝堂


母の転院先の病院の礼拝堂。
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by dande550213 | 2014-03-31 23:18 | 両親介護 | Comments(0)

3/28、母は箕面市にある病院のホスピス病棟に無事転院した。

病室は私が面談で下見し予約しておいた一番眺めの良い部屋になって良かった。窓の外から隣接する山の木々が見える。もうすでにこぶしが咲きだしている。これから花々の美しい季節を迎えて、花が咲き誇りそうで、母はとても気に入った様子。

何よりも食べられ、動けるように回復した今、転院できて本当に良かった。母はさっそく売店まで歩いて行って、念願の買い物(女性週刊誌)をしたそうな!私が前の病院で母に買ってこようか?と言った時は要らないと言っていたのに・・・。(^-^;)

もう通うことはない前の病院。
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まるで1年が過ぎ去ったかのように思えた1ヵ月だった。

2/24に「母の余命は、後半月ほど」と宣告されて、まるでドラマの中に放り込まれたような日々だった。

何とか、1ヶ月をやり過ごし、桜の季節を母とともに迎えることができて本当に良かった。
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by dande550213 | 2014-03-30 15:29 | 両親介護 | Comments(0)

困る頂き物


母がホスピスへ転院する予定、と人づて聞いた親戚が、3/24にこんなものを病室に持ってきた。

包みを開けてみると....
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死んだときに着る衣装一式だそうで、黒の留袖から白帯、帯締めなど上から下まで一式。(-_-;)

母はすでに自分で用意しているから不要なのだけれど、まさか要らないとも言えないので一旦受け取り、その日のうちに私が家に持ち帰った。

これも困る。「病室で着る"引張り"に...」と言って渡されたが...。(-_-;)
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これも一旦持ち帰り、後で田舎の家にこっそりと置いておくことになった。
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by dande550213 | 2014-03-24 23:59 | 両親介護 | Comments(0)

2014/03/21 :春分の日
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by dande550213 | 2014-03-21 17:04 | PC・IT | Comments(0)

ホスピス受診日が決まる


私の母が特殊なのか、それとも母が言うように、私も母のような歳になれば母の気持ちがわかるのか...

昨日、「なんでそんなに死に急ぐんや?」と尋ねる母の姉に、母は口癖の「あんたも私の歳になれば、私の気持ちがわかるわ~」と言ったので、「お母さん、叔母さんはお母さんより年上やから、もうお母さんの歳は過ぎてるで~」と言ったら、大笑いになった。

今日、地域連携室から連絡があって、ホスピス病院の受診日が決まった。

母に内緒で、二股かけておくべきか、まだまだ心の奥底で揺れる...
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by dande550213 | 2014-03-18 21:36 | 両親介護 | Comments(0)

今日の主治医との面談でわかったこと。

母のリンパ腫のタイプは「びまん性大細胞型リンパ腫」で、中悪性度リンパ腫だということ。

ステージはⅣ期で、リンパ腫がリンパ外臓器にも広範囲に広がっている状態。

母は、2/6の綾部の病院でのPET検査の段階ではⅢ期(リンパ腫がリンパ節領域に2ヶ所以上、横隔膜を境にして上半身と下半身の両側にある状態)だったが、2/24に私が救急車でホテルから母を緊急入院させた夜の血液検査で、Ⅳ期でも最悪のステージ(血液中をガン細胞が流れている)に至っているとわかった。これがまさに「週単位の進行」なのだそうだ。母は白血病とよく似た状態のよう。

現在の余命は、当初のお話(何も治療しなければ、3月前半まで、どんなに治療しても5月・6月は無理だろう)よりほんの少しだけ良い状態だそう。

つまり、「抗がん剤治療を続ければ、もしかしたら、1ヶ月毎の命の更新ができるかもしれない」というぐらい。だから、2回目をクリアできれば5月の声も聞けるかもしれないし、3回目をクリアできれば6月の声も聞けるかもしれない、と…。

そして、仮に、これを規定通りなんとか8か月続けて全部クリアしても、再発があるのだという。そしたら またこの治療を繰り返すのだ、と言う。

さらに、1回目の抗がん剤治療は、母の年齢を考慮した減量抗がん剤治療だったそうで、2回目は、標準治療でリツキサンも使うそうだ。母は、2回目にチャレンジする資格はあるが、2回目を耐えきれる保証があるわけではないのだ。


この話を聞いて、もう私はこれ以上、母の希望に逆らってまで、母の命の更新は望まないことにした。


主治医との面談が終わって、母にその内容を伝えているときに母の姉が3回目の見舞いに来てくれた。

「ちょうどついでだから、叔母にも説明してやって欲しい」と母が言うので、母がホスピスを希望した経緯を叔母に話した。ホスピス希望の母にも、もう隠し事なく、全部知らせてあげなければならないと思い、先生の話は全部告げた。叔母にも真実を告げた。

母はとてもスッキリしたよう、終始明るくて、叔母が不思議がっていた。

母は今までで一番元気で、バナナを半分食べたいと言うので、コンビニで買った。

この元気が続く間に、私は母をホスピスへ行かせてあげたいと願っている。

叔母は母の決断に、「あまりにも性急や、せめて2回目を終えたあとで決めたらどうや…」と、言い残して帰った。

「おばさん、母が2回目を終えることができる絶対の保証なんて、ないんやで」
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by dande550213 | 2014-03-17 23:55 | 両親介護 | Comments(0)

母は4月27日で81歳になる。

母が先月、80歳で悪性リンパ腫を宣告されてから、悪性リンパ腫の治療の現状を知りたくて、闘病ブログを探して読んでいるが、80歳以上の患者の闘病ブログはまだない。

もちろん、高齢者が患者の場合は、本人ではなく、家族が記録しているブログだ。

そのようなブログを3つほど見つけたが、一つは年齢は記してなく、後の2つは70歳での発症。

みなさん、抗がん剤治療をされ、お一人は1年ぐらいして亡くなられている。後のお二人は現在もご闘病中。

母の場合と異なるのは、年齢だけでなく、悪性リンパ腫のタイプ、抗がん剤治療の方法や「病院側からの一時強制退院の要請がなかった(ような感じ)」など・・・。

2/25(水)に、主治医から、次のように宣告された。
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・週単位の進行で、治療しなければ、余命は3月の前半ぐらいまで。急変も有りうる。
・治療しても5月・6月までは持たない。
・自分の患者で、80歳以上でこの病気で助かった例はない。
・もう生検しても意味がないが、生検、どうしますか?
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母が不審に思うといけないから、生検は予定通り実施したが、その結果の詳細は聞かされていない。治療計画には病名は「非ホジキンリンパ腫」とだけ書いてあって、母のタイプを知りたかったが、もう生検しても意味がないという状態では、タイプを尋ねることも意味がないかな。。と思い、私も敢えて聞いていない。

3月も後半にさしかかり、母がまだ生きているのは抗がん剤治療1クールをしたおかげだ。
抗がん剤点滴を始めるときに、先生が「この薬が効くなら、外から見える腫瘍は目に見えて小さくなります」とおっしゃったので、母のリンパ腫瘍の変化を注意してみていた。

先生のお言葉どおり、母は1回目の治療で首や鼠径部のリンパ腫瘍は小さくなり、全身の浮腫も無くなり、懸念された抗がん剤の副作用も少なくて、母は昨日からまた食事を全部食べられるまでに一時的回復している。

先生は2回目も十分できるからと2回目の抗がん剤治療を勧めてくださるが、最初のお言葉どおり、どんなに治療しても5月までは生きられないのなら、2回目をやることに積極的な意味は無さそうに思えてくるのだ。

先生が2回目を強く勧めてくださるのは、2回目をやれば、5月まで生き延びる可能性が出てきたからなのだろうか?

その辺がも一つよくわからないので、明日、また主治医に話を聞いてみたい。

ちなみに、日本老年医学会の『高齢者悪性リンパ腫の治療』小椋美知則著では次のように書かれている。
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2.80 歳超の超高齢者の初発DLBCL
近年,80 歳を超えるいわゆる超高齢者も希ではなく
なり,超高齢のDLBCL にも日常診療でしばしば遭遇す
る.超高齢者に対する前向きの臨床試験はほとんど無く,
多くは患者のPS,臓器機能,合併症などによって治療
方針を個別に選択するのが一般的である.合併症や臓器
障害が極めて少なく,良好なPS の場合には80 歳以下
と同様なR-CHOP 療法が実施可能な場合もあるが,PS
不良で合併症や臓器機能障害が顕著であれば緩和治療が
選択される場合も多い.フランスからの80 歳から88 歳
の超高齢DLBCL 19 例の後方視的レポートでは減量RCHOP
療法で良好な予後が得られたとの報告がある15).
フランスGELA では80 歳超の超高齢DLBCL に対する
減量R-CHOP 療法のphase II study が計画されていて,
今後が期待される.
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by dande550213 | 2014-03-16 16:31 | 両親介護 | Comments(0)

木・金に妹が母につかなかったことがわかり、心配になって母に電話したら、今朝も主治医が来られて、「抗がん剤副作用のヤマを超えた」とおっしゃたとか。

一日で1週間のヤマを超えた、ということ?
昨日の話と整合性が取れていないようで、わけがわからない。

母は、「今朝の朝食は全部食べられた!」と喜んでいたが、「もう2回目抗がん剤治療はいらんから、ホスピスで死ぬ準備する」と言ったあの言動を思い出したのか、途中で元気がなさそうな声に変わった。


メールで今日の当番の弟に、次のように連絡した。
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母の決意は揺らがない、と言うことでホスピス受診の予約を取れば良いのか、揺らいで2本立てに変更するのか 、よく話し合って、連絡ください。

病院側との諸連絡、諸交渉、諸手続きは、なぜか私がしなければならないような状況になることが多いものですから。
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by dande550213 | 2014-03-15 14:54 | 両親介護 | Comments(0)

妹が母から電話で聞いた話では、今日、主治医が来て、来週が抗がん剤副作用のヤマだと言われたそうだ。

母は少しずつ食欲が戻り、また食べれるようになってきたそうだ。
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by dande550213 | 2014-03-14 23:59 | 両親介護 | Comments(0)

お隣文化住宅の取り壊し


お隣文化住宅の取り壊しが始まった。
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もう古い文化住宅はあとかたもない。
毎日、毎日、土埃がひどい。

近くを走る近鉄線の列車音が急に大きく聞こえるようになった。
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by dande550213 | 2014-03-13 14:30 | 雑感 | Comments(0)