一歩一歩!振り返れば、人生はらせん階段 ippoippo51.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213
カレンダー

<   2013年 05月 ( 20 )   > この月の画像一覧



2013/05/31 :ユリウス・リヒャルト・ペトリ(ドイツの細菌学者。シャーレの発明で知られる)生誕161周年
f0096508_7304049.jpg

        
f0096508_7312215.jpg

        
f0096508_7314536.jpg

[PR]
by dande550213 | 2013-05-31 07:32 | PC・IT | Comments(0)

2年前の8月に購入したスマホの調子が最近良くない。スリープから復帰できないことが頻発するのだ。

スリープからの復帰ボタンを押すと、真っ暗から画面が少し明るくはなるが、フリーズしたような状態で画面ロックを解除できない。リセットしようと電源OFFボタンを押すが、それにも反応しないので電源も切れない。しかたがないので電池パックを外して強制的に電源を切り、再度電池パックを装着して再起動させて使うと事態が二三回。国内で使用している限り、故障しても代わりの電話はあるし、ネットもPCでできるから、差し迫った不便はないが、外国旅行しているときにスマホが故障で使えなくなると、これはもう恐怖以外の何物でもない。8月にスイスへ行く予定なので、スマホの調子が悪いのは不安材料になる。

それともう一つ、この機種に関しては、エリアメールが受信できないのも不安。エリアメール受信のためのバージョンアップがPC、ドコモショップのどちらからもなぜかできないのだ。メーカーの他のソフトもインストールできない件も合わせて、ドコモショップで調べてもらったが結局解決できず、メーカー送りする以外に無いと言われて、ここ半年ほど様子見していた。こういうアフターサービスも外国メーカーだと不便を感じる。


そこで、この際、修理に出さないで、幸い、この夏の2機種に限ってお安く割り引いているので、機種を買い換えることにした。実際にドコモショップで手に取り、操作してみて、コレに決めた。
f0096508_1645042.jpg

ドコモショップはいつも待ち時間が2時間近くかかるし、頭金が必要だったり、要らないオプションを強引に勧められたり、事務手数料も1,000円ほど高かったりするので、ドコモオンラインショップで注文した。届いたら、電話帳だけデータを移せば良いのだが、できるかな?

一番最初の携帯は、mova時代で機種の購入代金は0円だった。次はFOMA 世代で割引サービスを使って機種代金は48,000円だった。これは今もスマホのUIMカードを差し込めば、携帯電話としても使用できる。もちろん、カメラとしても十分に使える。

今、使っているのはFOMA 世代のスマホ。ご愛顧割とポイントを使ったので、機種の代金は1,680円だった。今日注文した機種は代金が78,120円だが、「ありがとう10年スマホ割」と「月々サポート」、ポイントを使って、機種代金は5,000円ぐらいになった。何だかこれも変な話。

電話とカメラとメールとネットぐらいしか使わないから、本当は、もっと単機能の機種が欲しい。単機能にして機種代金を安くしてほしい。月々の利用料金も高すぎる。何とか安く上げたいが、家族無料を組んでいるので、当分ドコモからは離れられそうもない。

本当は、電話だけとタブレット(wifi)に分けた方が良かったのかもしれないとも思うが、あんな大きな物はうっかり手が滑って落としそうで不安。
[PR]
by dande550213 | 2013-05-28 17:07 | PC・IT | Comments(0)

桐の花が咲く田舎


先週の土曜日に、実家の「おもての床の間天井隙間の修理」のため、日帰り帰省した。新しく開通した京都縦貫道を使うと、高速代は往復で3200円。少し安くなったのがうれしい。

10時半頃、実家に到着して、夫に修理箇所を検分してもらい、その後、母のたっての希望で、母の実家のお墓参りに行く。

母の実家は、さらに車で奥に入った桃源郷のようなところ。バス停から徒歩で30分近くもかかるため、母はもう自力では行けない。今月末は母の兄の命日で、母は何としてもお参りしておきたかった、と言う。

実家の裏山を登って行くとお墓の入り口に着くが、何と鹿よけの金網で囲いがしてある。
f0096508_1581735.jpg

夫が、扉を留めている紐を外す。
f0096508_159265.jpg

この裏山には同族のお墓(確か、4軒)しかないと言う。
先祖代々のお墓に、母の父・実母・養母・兄がねむる。
f0096508_15121497.jpg

帰り道、紫の花が咲いているので、母に尋ねると「桐の花」だと言う。
f0096508_15154897.jpg

桐の花を見るのは初めて。そういえば、上林の街道沿いのあちこちで桐の花が咲いていた。母の話では、昔は下駄の職人さんが桐の木をよく買いに来たそうだ。

床の間天井修理の板を買いに綾部に出て行って、昼食の店に入ったら、何と中学生の頃の恩師に出会った。中学卒業以来、お会いしたことはなかったから、43年ぶりになる。私は先生がどこに住んでおられるのか、当時も今も気にも留めていなかったが、先生は私が大阪に住んでいることを知っておられて驚く。きっと、亡き父からお聞きになったのだろう。先生は「もう81歳になった」と言われたが、"マドンナ"と渾名されていたあの当時と同じくらいお若く見えて、びっくり。母より歳上だったとは知らなかった。

中学時代の恩師の先生方で、今もなお、お元気な先生は数えるほどになってしまった。次に私たちの還暦同窓会をする時には、お元気な恩師の先生方をご招待してはどうかしら・・・。そんなことを思いながら、帰途についた。
[PR]
by dande550213 | 2013-05-28 15:35 | 両親介護 | Comments(0)

f0096508_21145636.jpg

「毎月のトラクト配布と同じくらいの量を・・・」と、ガバっと掴んで持ち帰ったら、裏が透き通るぐらい薄い紙で600枚近くもあったから、担当地区に配り終えるのに2時間半もかかった。

「dandeさん、いくらなんでも多すぎるのんと違う?」と言われたけど、ほんとうにそうだった。情けないけれど、2時間を超える頃から足と腰が痛くなり、もう最後はヨロヨロ。

帰ってすぐ体重を測ったら出かける前より1㎏も減っていて、「運動と減量」という2大ミッションを見事おまけ達成したことになるのだけれど、ずぅ~と立ちっぱなしで、休みなく歩いて配るというのが、こんなに疲れる作業だとは思わなかった。

「奉仕という名のタダ働きだから、余計に疲れを感じるんと違う?」と言う夫。(^-^;)
[PR]
by dande550213 | 2013-05-22 21:33 | 教会生活 | Comments(0)

2013/04/10 Paris:中世美術館のステンドグラス

ちょうど今、東京の国立新美術館で、中世美術館所蔵のタペストリー「貴婦人と一角獣展」を開催しているが、ステンドグラスも有名。※タペストリーは展示室が薄暗くて、せっかくの写真がいまいち。(^-^;)
f0096508_17265580.jpg

f0096508_1727758.jpg

f0096508_17272024.jpg

f0096508_17273380.jpg

f0096508_17274774.jpg

f0096508_17275863.jpg

f0096508_1728989.jpg

f0096508_17281912.jpg

f0096508_1729254.jpg

f0096508_17291298.jpg

f0096508_17292379.jpg

f0096508_17293226.jpg

[PR]
by dande550213 | 2013-05-21 17:16 | 旅行(海外・国内) | Comments(2)

昨日は、必死だったけど・・・
f0096508_8593457.jpg

今朝は、もうこの通り!
f0096508_901140.jpg


まだ4ヶ月にもなっていないのに、今時の赤ちゃんは寝返りも早いんだなあ・・・。
                                       \(◎o◎)/!
[PR]
by dande550213 | 2013-05-21 09:07 | 雑感 | Comments(0)

歴史認識


昨今、「歴史認識」という言葉がキーワードになっていて、正しい歴史認識が求められているようだ。

しかしながら「正しい」というのがミソで、私は「正しい歴史認識」などというのはありえないと思っている。純粋・客観的に判断できるような問題ではないからだ。だから、「正しい歴史認識」という言葉を双方が振りかざす限り、歩み寄りはないと思う。

大切にしなければならないのは、正しいか正しくないかの判定ではなくて、人間として、また国政を担う政治家として「配慮のある発言や行為であるか」ではないかと私は思う。

「自分の義を訴えさえすれば、世の中OKだ」と思っているような、政治家としての幼稚さが気にかかる。日本がなめられているとか、いないとか、そんな子どもじみた発言を、政治家が公の場でしないでほしい。もし個人的な発信をしたいなら、政治家を辞任して「一私人」になってからにして欲しい。政治家である限り、その発言や行動はすべて「国益」に直結するものだと、私は考えている。※プライベートな不倫でさえも。(^-^;)

もちろん、何が国益にかなうかと判定することも難しい。しかしながら、少なくとも国と国との交流で、過去の事例から判断して紛糾するだろうと推測できるような問題においても、政治家が個人的な義を優先しようとするのは国益に反するような行為ではないかと私は思う。


ところで、偉そうに書いている私の歴史認識はどんなものかと問われれば、恥ずかしい話だが、第二次世界大戦と戦後処理などの世界史や昭和史についてはほとんど知らない。興味がなかったわけではなく、その反対に勉強しなければ・・という思いはあったが、何となく避けたい気持ちもあって、今まで何のアクションも起こしてこなかった。


しかし、こう歴史認識が国際問題になってくると、いつまでも不勉強で無知なのはイケマセンなあ・・・と反省して、お手軽な戦争記録フィルム鑑賞から始めてみた。(^-^;)

某無料動画サイトで、「ナチス侵攻!/The Nazis Strike」、「ナチス怒涛の侵略」、「地上最大の作戦/True Glory」の3本の映画を観てみた。もちろん、戦勝国の側から自分たちの歴史認識に従って記録フィルムを編集したものだから、そこに描かれている歴史認識が正しいとは思っていない。当時の「戦争」の実態を知りたかったのだ。

人間の狂気・欲望・種々の兵器を開発しての殺戮を見ていると、人間ってオゾマシイ生き物だと悲しくなってしまう。人間は、有史以来、何度も何度も、戦争による破壊・殺人・レイプなどを繰り返してきたのだと思うと、人間という生き物に対して絶望的にもなる。

「地上最大の作戦/True Glory」のエンディングで
灰の中から立ち上がる者と手を結び平和を築くことが、我々に与えられた試練である。世界の再建に当たり、古き祈りを胸に刻んでほしい。

”神よ、我らに大いなる試練を与えし時、共に教えたまえ。始まりではなく、終わりまでのたゆまぬ継続にこそ、真の栄光が宿りしことを”

という字幕が出てきたが、核兵器と原発を手にしてしまった現代では、もし「次」が起これば、もう「次の世界の再建」などないのではないかと思う。

国際連盟が戦争阻止に機能しなかったが如く、国際連合も戦争阻止にはほとんど無力だ。「人類の叡智」も、「たった一人の悪魔のような狂気」の前には為す術もないだろう。

人類に未来はあるのだろうか、それとも教会が言うように、終末が近づいているのだろうか。
[PR]
by dande550213 | 2013-05-20 16:39 | 雑感 | Comments(1)

婦人会で証発表


証 「苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました。」  (詩篇119:71)

配布資料として、また、こんな表を作成した。「28年間の軌跡」(^-^;)
f0096508_21304767.jpg

[PR]
by dande550213 | 2013-05-19 21:32 | 教会生活 | Comments(0)

グラリオの花が咲いた


f0096508_1154486.jpg

[PR]
by dande550213 | 2013-05-18 11:55 | 雑感 | Comments(0)

父が亡くなってもうすぐ6ヶ月になろうとする。

母も父介護という重荷から解放され、ずいぶんと元気になり、あやバスの定期券を使って30分もバスに乗り、大好きな買い物にウロウロと出かけるようになった。現金なもので、ふだんは杖をついて弱々しくしている母が買い物に出かけるときだけはシャンシャンとして、遠距離でもカートを引いて歩きまわるのだ。母曰く、「買い物へ行くと元気がもらえる」のだそうだ。(^-^;)

そんな母を小旅行に誘ってみたら、「あんたが一緒に行ってくれるんやったら、行ってみよかなあ・・・」とまんざらでもない様子で承諾したので、一昨日、丹後の網野町に一泊2日の予定で連れていってやった。

切符を買って予め母に郵送しておいて、綾部10時31分発の特急の自由席(4番車両)の入り口に立っているように連絡した。私は京都からその特急に乗って行き、綾部駅で母と合流する手はずだった。

予定通り綾部駅で母と合流し、特急で天橋立まで行き、北近畿タンゴ鉄道で網野駅まで行く。
f0096508_11522629.jpg

さらにそこから、30分ほどバスに乗って、丹後あじわいの郷へ行った頃には、母は駅の階段の昇り降りで疲れ果てて、腰が痛いと言い出した。

そこで、早々に母の土産だけ買って、2時に敷地内にあるホテルに投宿した。

それから、延々母の話し相手になり、「あんた、ちょっと見て。これ、どうしたらええん?」と持ってきた様々な書類(^-^;)に目を通し、その処理方法を封筒の表に書いてやり、弟が母に送るように言っている保険証のコピーを取ってやったら、「あんたが送って」と言って、封筒や切手まで持って来ている。

夕食を食べ、温泉に入り、母は普段通り午後8時には睡眠薬を飲んで布団の中に入る。真っ暗でなければ眠れないと言うので、眠たくないけれど私も一緒に目をつぶる。

電気を消しても母が喋るので、「お母さん、睡眠薬を飲んだら薬が効き出すまでの30分間は静かにしてやんと薬が効かなくなるで~」と注意したが、「この薬を飲んだら必ず眠れる」と言う。

30分が過ぎて、母が何度も寝返りをうつ音が聞こえる。「ああ...やっぱり寝入る時期を逸してしまったんやなあ...」と母を案じながら、私は眠りについた。

夜中に母がトイレに起きる音を聞き、その後、母の寝息が聞こえたので安心していた。明け方、また母がトイレに起きる音がして、朝6時半に母に声をかけたら、母の様子が変。

ぼぉーっとして反応がない。「お母さん、どうしたん?」と聞くと、ゆるゆる立ち上ってふらふらとトイレに行き、「ゲーゲー」と吐瀉し始めた。

「昨日、食べ過ぎたんと違う?齢やのに、私と同じだけ全部たべたやろ?」と言うと、「私はここ数年、吐瀉したことはないから、食べ過ぎとは違う。昨夜、全然寝られへんかったからや。今朝方から耳鳴りとめまいと頭痛と吐き気がしていた。この症状は何年か前のメニエール氏病と同じ症状やと思うけど、高血圧で、もしかしたら脳梗塞でも起こしかけているのかもしれへんから、この近くで病院を探して、救急で診てもらいに行こ?」と言う。

「わかった、わかった、お母さん。ほな、もう旅行をキャンセルして、朝食食べたら、すぐ綾部へ帰って市立病院で診てもらお。診察券は持って来てるやろ?何時までに受け付けを済ませたら診てもらえるの?」と聞くと、「11時半まで」と言うので、「網野を9時半頃発、綾部に11時前着の特急があるから、それで帰って病院へ行こ?その特急は乗り換えなしで綾部まで行くから、階段の昇り降りは無いで~。また、ホテルから駅まではタクシーを頼んでおくから、大丈夫。」と言うと、それで納得したから、大急ぎで母と二人分の朝食を食べ、私のパン(洋食)と母のご飯(和食)で作ったおにぎりと梅干しを自室に持ち帰り、母に「少しでも食べておいた方が良いよ~」と進めると、全部たいらげた。(^-^;)

帰る道中、母はすっかり元気になり、「これやったら、病院へ行かんでも大丈夫かもしれんわ~」と言い出すが、「診てもらっておいた方がお母さんも安心やろ?私かって、心配で大阪へ帰られへんやんか」と説得して、綾部市立病院で診察を受ける。
f0096508_13152745.jpg


結果は脳には何も異状はなく、急な暑さと睡眠不足から「体調不安の気持ちが強まり」、一過性の症状が出ただけ。

病院の食堂で遅い昼食を取り、家へ帰るバスに乗る母を見送って、大阪へ戻ってきた。


母は、父と旅行中にもよくこういうことがあったという。しんどくなって、旅先の病院で診てもらい、診察結果はいつもたいしたことなく、点滴を受けたり、一晩入院したこともあったそうだ。

生前父はよく母に「お前はいつも、もうしんどくなる、もうしんどくなる...と思いこんで待っている。気があかんから、そんな風になるんや!もっと気をしっかり持て!」と怒っていたが、確かに母は気持ちでそうなるところがある。いったん、体調不安の思いにとらわれると、そればかり思いつめて、結局、一過性の不調をきたすのだ。


父の介護の時も入院の時も、「私は身体が弱いから、お父さんの介護や病院見舞いをしてたら、お父さんより私の方が先に死んでしまう!」と何度悲鳴をあげたことか。だから、最終的に「私が引き受けるから、大丈夫」と母を説得したが、父は寂しかったことだろう。

父を田舎の病院へ転院させてやりたいと言った時も、「お父さんがこっちに帰ってきたら、私が死んでしまう。もうあんたが大阪で最期までお父さんを看てくれたら良いけど...」という言葉を聞いた時はショックだったが、母は他人の身になって考えることができない子どもと同じような人間だから、父のようにいちいち腹を立ててもむだだ。そう思って付き合うよりしかたがないと、父を転院させた後は母を励まし、励まし、何とか週2回、父の見舞いに行ってもらったものだった。

「あんたのおかげで最期までお父さんの病院へ通い続けてあげることができたから、お父さんを見送っても何の悔いも残っていない」と言ってくれたのが、せめてもの救い。


先程、母に電話したら、「楽しかったから、また旅行に連れて行って!」という元気な声。

はい、はい、わかりましたよ、お母さん。今度は秋に行きましょうね。それまで元気で田舎の家を守ってくださいね。
[PR]
by dande550213 | 2013-05-15 12:12 | 旅行(海外・国内) | Comments(0)