一歩一歩!振り返れば、人生はらせん階段 ippoippo51.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213
カレンダー

<   2013年 02月 ( 14 )   > この月の画像一覧



「幻のインスタントラーメンを求めて」なんて書くと、大仰だが、スーパーを4軒渡り歩いてようやくGetしたインスタントラーメンの話。

今朝、朝食を食べていると、昨日修理して入れなおしてもらったばかりの左奥歯のブリッジ仮歯がまたはずれた。トーストをかじっただけで・・・。(^-^;)

次回の治療日は来週の火曜日だが、「具合の悪い所があったら遠慮なく電話してくださいね」と歯医者さんから言われていたので、受付が始まるのを待って電話したら、今日の11時半に飛び入りで診てもらえることになった。お直し代はタダだったと言っても、行くのに電車の乗って30分近くもかかり、交通費もかかる。この調子では、来週の火曜日まで、仮歯が外れないで持ちこたえてくれるかどうかわからないから、一人で食べる昼食時にはあまり噛まずに食べられる麺類を食べ続ける以外にないかな・・・と、帰り道、うどん玉やインスタントラーメンを買って帰ることにした。

私はふだん生協の個配を利用しているので、食料品は外の店ではパンと果物、野菜以外にはほとんど買わない。インスタントラーメンも生協のノンフライ麺を買っているが、2週間ほど前に偶然、ウォーキングの帰り道に立ち寄った地元のスーパーで安売りしていた「日清ラ王醤油5食パック」(確か350円だった)がノンフライ麺だったので、買ってみたら、これがまた美味しくて、あっという間に食べ尽くしてしまった。

だから、今日、インスタントラーメンを買って帰ろうと思った時に、「日清ラ王醤油5食パック」ぐらいどこの店にでもあるだろうと思って、歯医者が終わった後、天王寺駅地下の食品スーパーに立ち寄ったが、無かった。

しかたがないので、柏原に戻って来て、駅周辺の食品スーパー2軒に立ち寄ったが、これまた不思議なことに無いのだ。

そこで、もう諦めようかと思ったが、夜のウォーキングの代わりだと思って、前に「日清ラ王醤油5食パック」を買った食品スーパーにも足を伸ばすことにした。

駅から歩いて20分近くかかるそのスーパーへ行くと、不思議なことに、そのスーパーにはあった。ただし、前のような5食パックではなくて、ワゴンに入れてバラ売りにしてあった。
f0096508_1524216.jpg

1個88円で前より高くなっているが、「売り切れ次第、終了します」の文字が気にかかる。

もしかしたら、生産終了品かもしれないと思って、20個も買って帰り、ネットで調べてみたら、昨年8月に関東や中部で売り出し、関西方面にはこの1月末から売りだしたばかりの新商品とわかった。(^-^;)


それにしても、スーパーのインスタントラーメン売り場は今やカップ麺が売り場の大勢を占めていて、袋麺は片隅に追いやられているのに驚いた。これまた10年一昔。
[PR]
by dande550213 | 2013-02-27 15:41 | 雑感 | Comments(0)

海外旅行に行く前に、言葉ができない向こうでヤバイ状態に陥らないように、身体のメンテナンスに走り回っている。

SLEは現状維持できているから、主治医はロンドン→パリについては今回もOKをくださった。

慢性膀胱炎は、相変わらず、検査では尿中に赤血球や白血球、細菌が出続けているが、不思議なことに昨年の6月以来、ほとんど症状が出ないので、今や大腸菌と共存しているかのような穏やかな日々を過ごさせていただいている。

今、慌てふためいて走り回っているのは、歯のメンテナンス。

2年ほど前に歯周病検診に行ったのを期に、近所の歯医者さんに月2回、消毒のために通っていた。歯医者さんは、毎週通うように勧められるのだが、お金もかかるので、何とか理由をつけて、月2回に間引いていた。

1年ぐらい通ったのに、いつまでたっても終わりにならない上に、歯肉が以前にも増して退化して、歯茎がペッタンコに薄くなっていくようで、次第に消毒が怖くなってきた。

一体、私の歯はなぜこんなに毎週毎週通わなければならないのだろうか、それほど歯周病がひどいのだろうか、と悩んでいた。

そのうち、父を家の近くの老人ホームに引き取って、看ることになり、父の入れ歯を作るために、私が通っている歯医者さんに連れて行って、父の入れ歯を作ったが、父は痛がってハメない。何度も調整に通ったが、結局、入れ歯は父にフィットせず、父は「あそこはヤブ医者だから、別の医者でもう一度入れ歯を作りたい」と言い出した。しかし、入れ歯は1年以内に別の所でまた作ることは出来ないそうで、結局、父はその入れ歯をほとんどハメることなく、1年半後に死去した。

父が言うようにヤブだとは思っていなかったが、治療内容について何の説明がないことが私は不安だった。もちろん、聞けば良いのだが、尋ねにくい雰囲気があって、聞きたがり屋の私でも気楽に聞けないほどだった。もともと無口な先生なのだろう。仮に聞いたとしても一口か二口ぐらいの言葉しか返ってこないような気がして、次第にストレスがたまっていった。

やがて、私は、父が入れ歯を作った後から、その歯医者さんに通うのを止めてしまった。

その間も歯肉の退化はますます進み、歯茎の中に隠れていた骨(?)が見えるようになってきた。そのうち、左の奥歯のブリッジがグキッと沈みだし、今年になってからは右の奥歯のかぶせた部分も沈みだし、心なしか口臭もするようになって、私は恐怖に陥った。

母が歯の性が悪くて、50代には総入れ歯になったのを思い出し、私もそうなるのだと思ったのだ。

妹に歯を見てもらっても、人間ドックで問診医に歯のことを話しても、どちらも私の歯を見て「総入れ歯にするより方法は無い」というので、かなり落ち込んだ。

「総入れ歯」って、私の歯は歯肉は退化しているけれど、歯茎から出血もしていないし、腫れてもいないし、歯槽膿漏の歯のようにグラグラしていないよ。「総入れ歯」にするなら、もしかして全部歯を抜かなあかんゆうこと?SLEやのに、そんなに歯をたくさん一気に抜いても大丈夫なのだろうか?

と、恐慌をきたして、主治医に事情を話して相談し、主治医に歯医者さんを紹介してもらい、お守り代わりの紹介状まで書いてもらって、恐る恐る歯医者さんに行ったのが、2週間前。以来、もう6回通っている。

そこでは、歯肉の退化は老化もあるし、もしかしたらシェーグレンの傾向があるのかもしれないが、コレぐらいはまあ気にしなくてもよい。歯周病もほとんど心配ない、と言われて、両奥歯の治療をすることになった。

例によって、インプラントも勧められたが、ギリギリで何とかまだブリッジでもイケるそうなので、そちらでお願いした。

3月末には海外へ行くので、それまでカタをつけてもらうべく、先生にも急いでもらっていたら、両方の奥歯が仮歯になった先週の土曜日に、右奥歯の仮歯周辺が噛めば痛くなり、左奥歯の仮歯はバリバリと割れてしまって、両奥歯とも使えない状態になって、前歯しか使えない情けない状態になってしまった。

奥歯が使えない状態というのが、こんなに辛いものだとは思いもしなかった。噛めば痛いから、ほとんど丸飲み状態で、心なしか胃も痛い。

前歯が4本しか残っていなかった晩年の父は入れ歯を入れないで、どんな思いで食事をしていたのだろうかと、改めて父に済まなく思う。

妹は言う。義母も実母も早くに総入れ歯にしたから、今不自由なく食事ができるのだ。歯が丈夫だった父は、高齢になってから歯を少しずつ失ったので、部分入れ歯になってしまい、総入れ歯にはできなくなって結局晩年になって食事で苦労することになった。それを見ているから、私も早くに総入れ歯にしようと思っている、と。

妹の言うことが正しいのかどうかわからないが、私は母が寝るときに総入れ歯を外した時の顔はゲッソリだと思っているから、まだまだ自分の歯にしがみつきたい。失った歯は今のところ2本だけだから、何とか今の状態を維持したいと思っているが、歯肉の退化が進めば、私の歯はいったいどうなるのだろう、という心配は残る。


1月22日の人間ドックで胃が引っかかり、内視鏡検査を受けるように指示された。こちらも主治医に紹介してもらって、3/1に経鼻で内視鏡検査をうける。検査に備えて、明日から、ペルサンチンの服用を一時的に止める。

と、まあ、医者通いで忙しい昨今。
[PR]
by dande550213 | 2013-02-26 17:13 | SLE・健康 | Comments(0)

街角のお雛様


お久しぶりの石屋の犬ちゃん、先月は節分の鬼だったけど、今月は・・・・(^-^;)
f0096508_15373083.jpg


こんな家もある・・・(^-^)
f0096508_1539945.jpg


そして、夫と二人っきりになった我が家は・・・
f0096508_15393422.jpg


どうか、娘が良き伴侶にめぐりあいますように・・・。
[PR]
by dande550213 | 2013-02-26 15:42 | 雑感 | Comments(0)

2013/02/22 :エドワード・ゴーリー(アメリカの絵本作家)生誕88周年
f0096508_16121458.jpg

[PR]
by dande550213 | 2013-02-22 16:12 | PC・IT | Comments(0)

新しい垂れ幕


f0096508_18253527.jpg


今年から、こんな垂れ幕が教会正面に掛けられるようになった。

布製で、いくつかのパターンが用意されていて、掛け替えることができるんですよ、
と若い子が教えてくれた。
[PR]
by dande550213 | 2013-02-20 21:25 | 教会生活 | Comments(0)

2013/02/19 :ニコラウス・コペルニクス生誕540周年
f0096508_9422512.jpg

[PR]
by dande550213 | 2013-02-19 09:43 | PC・IT | Comments(0)

ちょっと面白い対談がある。

一昨日届いた「Minstry2013.vol16 Winter」に掲載されていた「いのり☆フェスティバル2012」での岡田斗司夫×吉村昇洋×波勢邦生の鼎談「カミとホトケと、時々、オタク」の抄録をで読んで、この種の対談に興味を持った。

この抄録版はニコニコ動画でも配信されているのでネットでも見れる。実際、この動画を見て初めて、おばさんは岡田斗司夫氏発言の「そんな変なTシャツ着ないと思うんですよ。」の意味がようやくわかった次第。(^^ゞ

また、前回の岡田斗司夫×吉村昇洋×波勢邦生の鼎談「カミとホトケと、時々、オタク」の完全版動画?はいの☆フェス.comここから見れる。

明日の模様はUST配信されるので、行かなくても家で動画を見ればOKというのもうれしい!

開催期日が近いから、取り敢えず情報だけ。
----------------------------------------------------------------
いのり☆フェスティバル関西

【開催概要】
■日 時 2013年 2月19日(火)16:30~20:30
■場 所 日本基督教団東梅田教会(大阪市北区野崎町9番6号)
■入場料 無料
■出展料 ブース1コマ3,000円/半コマ1,500円
■主 催 「いのフェス関西」実行委員会(有志)
■協 賛 キリスト新聞社

【タイムテーブル】
16:30 開幕~販売開始
      音楽系グループ演奏 
18:30 演奏終了  
19:00 鼎談「カミとホトケと、時々、オタクⅡ」
     神父・片柳弘史(カトリック司祭)×僧侶・池口龍法(フリスタ代表)×伝道者・波勢邦生(キネ研代表)

20:30 閉幕 
-------------------------------------------------------------
[PR]
by dande550213 | 2013-02-18 17:27 | 教会生活 | Comments(0)

f0096508_13413332.jpg

◆時代の中で変わりゆく教会

教会というものは、場合によっては何百年というまとまりで、変わるということがあります。

かつてある場で、今の教会は過渡期の教会、つまり教会は非常に大きな時代の境目にはまり込んでいる時期だと繰り返し申し上げたことがありました。キリスト教というと「ヨーロッパの宗教」と言われ、本当に日本に根付いたものになるかどうかということは、大きな課題として昔から言われています。

しかし考えてみますと、最初の教会はイエスから生まれてきました。
このイエスという方は、ユダヤ教徒だったわけですから、いわばユダヤ教の中に福音が土着化したのです。そして今度はヘレニズム文化や中世ヨーロッパ世界という新しいところにまた土着した訳です。

私たちはキリスト教というと西欧と結びつけて考えることが多いですが、そういう(ヨーロッパの)文化は真の髄からキリスト教的なありかたを何百年築いてきた訳で、それも一つの土着化なんです。

近世になった時に世界は広がりました。その時キリスト教は、宣教師たちがヨーロッパ型の信仰を各地に定着させてきたという感じがします。

そして近代の教会は、世の中の動きに自らを合わせるというよりも、自らが持っている信仰の尊さ、つまり非常に深い信仰経験や神への憧れやミサを中心とした信心を非常に強調した時期が、最近まで続きました。


よくキリスト教において聖と俗ということが言われます。聖なるもの、汚れないということが非常に重要視され、逆に俗なものには交わらないという意識が強くありました。
私はどの宗教にもそういう面があると思いますが、そうなると時代の流れから孤立し、毎日の生活やそこでの問題に適応しきれなくなる。

合理主義に基づく世俗と学問の発展、産業革命、科学革命と今日のIT社会というような流れの中で、例えば脳死のような問題について、かつて司祭になる人が学んだスコラ神学などは、ある種非常に素晴らしい教えなのですが、抽象的ゆえに、どこででも通用する(が、どこにも通用しない)もので、それでは対応仕切れなくなってきたのです。


◆あらゆる壁を壊し、世界に開かれる―第二バチカン公会議

そこで、現代のカトリック教会が大転換を遂げるきっかけになったのが、第二バチカン公会(1962〜65)です。この開催を決めた教皇はヨハネ23世です。

その前の教皇はピオ12世で、この人が亡くなった1958年に私は洗礼を受けたのですが、その頃のカトリック教会は全ての型がきちんと決まっていて、ラテン語のミサが唱えられ、グレゴリオ聖歌が歌われるという形でした。このピオ12世が亡くなった時、人々は当惑した訳です。そして次の教皇に誰を選ぼうかとした時に、差し当たり無難な人を選んでおいてワンクッション入れようということで、ロンカリ枢機卿という当時77歳の人を「人柄も良いし、お爺さんだし長くなかろうから…」ということで選んだ。それが後のヨハネ23世です。

ところがこの人は、教皇になると非常に精力的に動き始めました。
「教会の刷新」ということをまず教皇庁から始め、中にある風習をどんどん止めていきました。
そして1959年1月25日、枢機卿団との会合の中で「公会議を開きたいと思う」と言ったのです。それは事前に誰にも言われていなかったようで、周囲はもの凄く慌てました。公会議というものは開くものではなく、歴史の事柄として学ぶものだと皆思っていたからです。

1961年のクリスマスに公会議の招集状が全世界の司教に送られました。その中で、ヨハネ23世はこの公会議の目的をこう述べています。

「現在、教会は人類社会が危機に直面していること、大きく変動していることを知っている。人類が新時代への転換に立っている現在、これまでの転換期にそうであったように、教会の任務は重い。教会は現代世界の血管に福音の永遠の力、世界を生かす神の力を送り込まねばならない。」(『フマーネ・サルーティス』)

そして、世界にはいろいろな困難があり福音の命をそこに還元しなくてはいけない、現代世界において教会自身が自己刷新しないといけないと述べた訳です。


この公会議に集まった司教はおよそ2400人。
その他にオブザーバーとしてプロテスタント諸派、東方正教会の代表、知識人、顧問神学者も併せておおよそ三千人ぐらいがバチカンの大聖堂に集まりました。

この公会議には事前に何の計画も無かったようで、一回の会期で終わると思っていた人が多かった。そういう中で草案の検討に移ることになりました。

この草案は、それまでの伝統的な神学の型を模範に作り上げられたものでしたが、それらはほとんど全部潰されていくことになりました。何故なら枢機卿や大司教を中心に、時代に目をしっかり開いた人が沢山おり、そうした人が「これでは話にならない」と言って揉め出して、新しい草案を公会議で作っていかないといけないという話になっていきました。

結果的に、ヨハネ23世が希望したこと、つまり教会の姿勢を世界の現状や諸問題に開いていく「開かれた教会」への意向が、本当に聖霊の導きによって展開していったと良く言われます。これには、オブザーバーとして参加していたプロテスタントの人達も驚きの目で見ていました。

公会議で成立した文書に「憲章」と呼ばれるものが四つあります。

一番最初に成立した『典礼憲章』では、ミサの母国語化や祭壇を司祭と会衆とで囲む形になったというように、典礼のあり方自体が公会議後に一番早く変わりました。

『教会憲章』では、教会とは何かということについて、「教会の外に救い無し」と言われるように、救われるためには教会に来なければいけないという考え方に対して、「教会は全世界の救いの秘跡である」、つまり教会は全ての人類に対しての恵みと救いの徴となり、教会は全人類が一致するための道具として働くというように、教会のアイデンティティが変わりました。

『啓示憲章』においては、啓示ということが、単なる神からの示しという言い方から変わって、神が人々と交わるその交わりをキリストにおいて持たれたということから始まり、聖書がいかに重要であるかを述べています。これは、これまでプロテスタント教会が主張してきたことです。

そして『現代世界憲章』では、現代世界において教会がどのような使命を持っているかについて、現代世界の分析とそこで人間がどういう状態にあるかを第一部で論じ、第二部「若干の緊急課題」でその現代世界の諸問題について、教会は責任があると述べています。

その他の「教令」「宣言」を見ても、ほとんどが教会と関連したものです。つまり、これらの文書は「教会の刷新」や「開かれた教会」という姿勢をあらわしています。現実の世界や問題に開かれるということ、そして教会の分裂やありのままの現実を見つめ、それに対して開かれた姿勢を示していくということです。
このように第二バチカン公会議というのは、今まで自分の内に閉じこもって、救いの聖なる共同体を作り上げていたあらゆる壁をぶち壊したのです。このことをヨハネ23世ははっきり意識していた訳ですけれども、ここまで事が進むとは、たぶん彼自身も思っていなかったと思います。


◆信仰を一生のこととして生きるために

特に近代において、「信仰の問題は心の問題である」という感覚が非常に強くあります。
世の中では普通に仕事などをし、そこに自分の信仰の問題を持ち出さない。

けれども「本当にそうなのか」ということが、現代の教会が目指していることなのです。

私たちはイエスの教えを学んできました。例えば、その愛の教えというのは、非常に具体的な生活や行動の問題です。心の清らかさや内面における祈りの生活ということだけではない。
つまり本当の福音の精神というものは、現実の生活の中にあるはずなんです。

第二バチカン公会議のもう一つのキャッチフレーズは「源泉に帰れ」。
つまり、もともとの信仰の精神とは何だったのかということを問う時に、やはり諸現実に対して開かれ、そこにおいて信仰は自分の生活の中で力になるはずだという姿勢が打ち出されました。その意味で、公会議後に教会は相当変わりました。

私は、ピオ12世が亡くなった時に洗礼を受けて、それ以来、信仰を一生のこととして大切にしようとする生き方をしてきました。その中で、日本人としてのギャップというものを意識してきました。


最初に土着化ということを申し上げたのですが、「どこか遠くの地で作られた信仰形態」のそのままの型に入っていれば、いつまでも「キリスト教は外国の宗教」ということになってしまいます。そうではなくて良いと思うのです。

キリストを信じてその恵みの中で生きるということは自分の信念ですし、本当に大きなことです。ただ、その信仰生活がどういう形であるかということは、自分が生きる中で「納得出来たもの」だけを伸ばしていかないといけない。

聖職者であれ信徒であれ、そういう意識でないといけないと思います。本当に、自分たちの生活の中で信仰を大切にするということ。
例えば宣教師から「こうですよ」と教えられたことを覚えるというのではなくて、受けた信仰を自分の中から芽生えさせるということが、特に日本では、今一番大切なことだと思います。

(文責・月刊誌編集部)
[PR]
by dande550213 | 2013-02-15 19:32 | ファイリング | Comments(0)

2013/02/15 :小惑星2012DA14観測史上最接近
f0096508_1930173.jpg

[PR]
by dande550213 | 2013-02-15 19:30 | PC・IT | Comments(0)

2013/02/14 :バレンタインデー、ジョージ・フェリス(観覧車の発明家)生誕154周年

観覧車に乗って恋占い
f0096508_13153550.jpg


カエル君とカラスさんの恋の行方は?
f0096508_13171063.jpg


おめでとう!
f0096508_13173488.jpg


ちなみに、昨日は私のOO歳の誕生日だった。
何を血迷ったのか、夫がフランス料理をご馳走してくれて、思い出に残る誕生日になった。
[PR]
by dande550213 | 2013-02-14 13:20 | PC・IT | Comments(0)