一歩一歩!振り返れば、人生はらせん階段 ippoippo51.exblog.jp

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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213

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2012/03/23 :フアン・グリス生誕125周年
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by dande550213 | 2012-03-23 23:59 | PC・IT | Comments(0)

2012/03/20 :春分の日
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by dande550213 | 2012-03-20 07:45 | PC・IT | Comments(0)

先週の水曜日に父の見舞いに行ったら、看護師長さんから、待機中の転院先の受け入れ状況がどうなっているか再度調べて、次回来院日に報告するように言われた。

5月上旬で、6ヶ月の入院期限が切れるからだ。

昨年11月上旬に、今の病院の医療用病床に転院し、その後、点滴が不要になったことで療養病床に移ることができたから、最大で計6ヶ月間入院できる運びとなり、喜んだものだった。

その時は、父の病状では5月頃まではとても持たないに違いない、今度の病院が最後になるかもしれないなあ・・・と思っていたので、その後の転院先が見つからなくても深刻には考えていなかったが、予想外に父が持ちこたえてくれて、今度は、今後父の行き先はどうなるのかと、心が落ち着かない。

4つの病院に転院申込をしていて、「受け入れてくれるが、空きベッドがないので待機中」という状況が続いている。

問い合わせると、どの病院も「今入院されている経鼻栄養の患者さんの次の転院先が決まらない限り、待機の順番が進まない」という返答で、5月中の転院確保はとても無理だというお返事だった。

胃婁患者と違い、経鼻栄養の患者は移れる介護施設すら無いので、病院を転々とする以外には生きるすべはなく、より一層悲惨だ。

父の病室は4人部屋だが、3名が経鼻栄養で、1名が胃婁患者さんだ。転院先が見つからないので9ヶ月入院させてもらっておられる患者さんもいらっしゃるようだが、ご家族の方は「肩身が狭い」と言われる。

病院側としては延長の事例が増えるのは困るから、父も同じように置いてもらえるとは限らない。

今週、また水曜日に来院して、転院待機中病院の現在の受け入れ状況を報告するが、最悪の場合、父をまた大阪の病院へ転院させなければならなくなるかもしれない・・・。


先週は、大江も一気に春めいて、駅前広場も春の陽光がキラキラ輝いていた。
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by dande550213 | 2012-03-19 11:40 | 両親介護 | Comments(2)

2012/03/15 :吉澤 章 生誕101周年
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by dande550213 | 2012-03-14 08:15 | PC・IT | Comments(0)

父の介護を手伝うようになってから、海外旅行(マドリッド)を計画しては直前にキャンセルするということが昨年2回あった。

以来、海外旅行はあきらめていたが、父が予想以上にがんばってくれて、春休みもなんとか持ちこたえそうなので、思いきって、春休みにアンコールワットとガンジス河を見に行く旅行に申し込んだ。

アンコールワットは3月26日~30日まで。
ガンジス河は、4月4日~8日まで。
どちらも、4泊5日の短期旅行。2つの旅行の間の3月31日は知人の結婚式、という大忙し。

まだ腰痛があるので、長時間飛行機に乗る旅行は心配なのと、父の件があるので5日以上連続して日本を離れるのも無責任?だし、何より、カンボジアもインドも今が乾季で、比較的旅行に適していること。また、幸いにも仕事に支障ない日程で、すでにツアーが成立している旅行があったので、ドタキャン覚悟で一気に申し込んだ。

カンボジアは先月の診察時に主治医の許可をもらったが、インドはまだ主治医には話していない。今週の診察で主治医の許可をもらうつもり。インドに実質3日ぐらいの滞在なら何とかお許しが出るのでは?・・・という事後承諾狙いの、なし崩し確信犯だ。(^-^;)
もちろん、どちらも海外旅行保険には加入(カード付帯)しているし、インドにはさらに別口も追加契約した。



病気持ちなので、私に行ける体力があるうちに行っておきたい・・・と言うのが本音でもある。

お正月に腰痛から起き上がれなくなり、正月明けから何とかわずかばかりの仕事に復帰した。父の病院へ通うのを再開した2月からまた元の生活に戻ったら、その後、股関節まで痛み出し、ついに恐れていたSLEの宿命、大腿骨骨頭壊死かも・・・と、不安に怯えている(苦笑)。今はまだ痛みが継続しているわけではなく、"時々"という程度なので、先ずは旅行に行くことを優先させる。股関節の検査は旅行から無事帰れたら、その後にするつもり。先にすると、心理的にも行けなくなりそうな気がするから。(^-^;)

そうは言っても、父の病状が悪化したら、行けなくなるのは覚悟の上。

海外旅行好きだったお父さん、何とか今の病状を持ちこたえて私を行かせてね!と、心の中で父に呼びかけている。(実家には内緒で出かけるつもり)

カンボジアもインドもビザが必要で、ビザ取りがたいへんだった。

カンボジアは、ビザ申請も受け取りも、平日の9時から12時のみ。
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インドは、ビザ申請は平日の10時から12時、受け取りは平日の16時から17時のみ。

月曜日、16時に堺市で仕事を終えて、堺東駅まで走り、電車に飛び乗り、地下鉄堺筋本町駅を出て、つい1週間前に来たばかりなのに道がわからなくなり、ウロウロ。「インドビザ申請センター大阪」に駆け込んだのは16時55分だった。
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by dande550213 | 2012-03-13 12:14 | 旅行 | Comments(0)

東日本大震災から1年


昨年、2011年3月22日:「天を恨まず」(日本語)~気仙沼市立階上中学校答辞~





2012年3月11日:政府主催の追悼式にて
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by dande550213 | 2012-03-11 22:06 | 雑感 | Comments(0)

大江の春の風物詩?


昨日は大江も雪がなく、すっかり春めいていた。

駅のホームの待合室には、こんなポスターが。
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駅を出てすぐの広場には、スタートとゴールの標識が立ててあった。
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いったい何チーム出場するのだろうか?
見に来てみたいな。

いつも、大江駅で降りるけれど、そのまま列車に乗って、終点まで行ってみたいなあ・・・と、思うこともある。



父は、相変わらず。

昨日は、"谷間の日"だったようで、今ひとつ元気がなかった。

手足にクリームを塗りながらマッサージし、自己流の手足リハビリをする。
関節の拘縮がかなり進んで、左手はもう肘の関節を伸ばすことができない。

熱もなく、火曜日に特別浴室で入浴させてもらい、便通もあり、まあ落ち着いているが、反応が乏しいのが気がかり。

次に会う時は、起きていて、私の話に相づちを打って欲しいなあ・・・。
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by dande550213 | 2012-03-08 12:14 | 両親介護 | Comments(2)

2012/03/08 :国際女性デー
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by dande550213 | 2012-03-08 10:03 | PC・IT | Comments(0)

2012/03/03 :ひな祭り
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by dande550213 | 2012-03-03 08:44 | PC・IT | Comments(0)

療養病棟のひな祭り


今週の水曜日に父の見舞いに行ってきた。

父は、ベッドのマットレスがエアマットに変わっていた。
ベッドの端にこんな機械が設置してある。
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まだ床ずれはできていないが、予防のため。

看護師さんたちは長年の経験で、患者の容態から、床ずれの近いことがわかるのだろう。



父は相変わらず。

両手のミトンを外して、クリームを塗ろうとすると、右手の薬指に絆創膏が巻いてある。指の爪を切ったような痕跡があるので、もしかしたら、深爪されたのかもしれないと思いながら、両手の爪の切り跡を順次ヤスリで研ぐ。

足は水虫のせいか、皮膚はボロボロになっている。先週、皮膚の異様な黒づみが気になったが、それも今週は剥がれかけている。週1回の特別入浴のほか、今週は足浴もしてもらっったようで、ここの病院では本当によく世話をしてくださっている。ベッドの横に、排便や入浴などの父の介護記録カレンダーが吊り下げられているので、いつ行っても父の状態が家族にわかるように配慮されている。できるなら、最期の日までこの病院でお世話になりたい。


一度でいいから、父を故郷の家に連れて帰ってやりたい。

「お父さん、よく頑張ってくれてありがとう。春休みになったら、暖かくなるから、ベッドごと車に乗せて、綾部の家を見に帰ろうね。」と、父に声をかける。父は目尻に涙を浮かべる。
もう、絶対に故郷を見ることはできない、と思っているのだろうか。。。

父が生まれ育ったあの家。戦後の農地改革で土地を分割されてしまったショックを長年心の奥底に閉じ込めて、一度も恨みがましく語ることのなかった父。実家が庄屋だったことを私たちが知ったのは、今年老人ホームに入っているときに、痴呆がかった父が「土地の分割はやめてくれ。」とか「土地が盗られる。」とか言い出して、初めて昔にそんなことがあったのを知ったのだった。

山は残ったので、父は土・日には一生懸命山の世話をした。お弁当を持って、下枝刈りに家族総出で出かけたのも、今となっては楽しい思い出。身体が不自由になる前に、弟と夫と一緒に山に出かけて、山の境界と世話の仕方を教えていた父。

弟が月に1回岐阜から帰省して、山の世話などもしているが、弟の子ども(姉妹)の代になると、もう誰も世話をする者はいなくなるだろう。そんなことなども、父はベッドで長い時を過ごしながら、考えているのだろうか。



病棟の談話室に、お雛様が飾ってあった。

月々にいろんな催しがあり、動ける患者さんはこの談話室で楽しいひとときを過ごすそうだ。
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by dande550213 | 2012-03-02 11:51 | 両親介護 | Comments(0)