一歩一歩!振り返れば、人生はらせん階段 ippoippo51.exblog.jp

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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213

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2011/11/30 :マーク・トゥエイン生誕176周年
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by dande550213 | 2011-11-30 07:46 | PC・IT | Comments(0)

スペイン語の勉強から遠ざかっているうちに、スペイン語放送関連のネット環境が大きく変わったことを最近知った。

2007年頃の記事で、「欧州のテレビが、ネットで無料で見れる時代が来た!」としてOctoshape Streaming Servicesを紹介したが、今やこのサイトに登録しているテレビ局はごくわずか。

自前で、videoやダイレクト配信を行うようになってきているようだ。

スペイン国営放送の「RTVE.es」もそう。HPの「A la carta」から、テレビやラジオの番組を選んで視聴することができるように変わっている。
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その中に「Clan」という子ども番組があるが、これだけがどうしても視聴できない。

El contenido solicitado no está disponible en tu país,debido a restricciones legales. Te sugerimos otras opciones,

と表示される。

「法的制限がかかっていて日本では視聴できない」ということだが、その後の「他の選択肢を提案」とは、どういうことなのだろうか?視聴できる方法が別にあるということなのだろうか?

もし、ご存じの方がいらっしゃいましたら、どうかご教示ください。

ちなみに、rtve.esのメンバー登録は済ませています。
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by dande550213 | 2011-11-28 09:02 | スペイン語学習 | Comments(0)

2011/11/28 :Doodie 4 Google グランプリ作品
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*Doodle 4 Google (ドゥードゥル フォー グーグル)とは、世界中の多くの国で Google が開催している、小中高生を対象としたデザインコンテストです。子どもたちが創作を通して、創造力の芽をはぐくみ、また、芸術とテクノロジーの結びつきを知る機会を創出することを目的としています。

日本では 2009 年に「私の好きな日本」をテーマに第 1 回 Doodle 4 Google を開催。約 7 万点の作品が寄せられました。

2010 年に「地球のなかまたち」をテーマに第 2 回 Doodle 4 Googleを開催。約 9 万点の作品が寄せられました。

第 3 回目となる今年のテーマは「将来やってみたいこと」。なりたい職業や、挑戦してみたいこと、行ってみたい場所などを描いた作品が 10 万点以上寄せられました。想像力と夢いっぱいの Doodle(Google ロゴ)が生まれたことを大変嬉しく思っております。

Doodle 4 Google「将来やってみたいこと」
より引用
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ちなみに
2009年グランプリ作品はこのページの21番目の作品
2010年グランプリ作品
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by dande550213 | 2011-11-28 07:40 | PC・IT | Comments(0)

父が携帯を再度購入したのが、5月だった。

ムーバの時代に父と母は携帯を持っていたが、フォーマに変える時に父が「自分のはもう要らない」と言ったので、柏原の老人ホームに入所したのを機に、再度父は携帯を新規購入した。

結局、父は5月から9月の5ヶ月間だけ携帯を使って、病状が悪化したので、10月には携帯を解約せざるを得なくなった。

その間、私は8月末に、携帯をスマートフォンに機種変更した。

先日、このスマートフォンの通話履歴を整理していて、父の通話記録が残っているのに気がついた。

8/30、8/31(2回)、9/4、9/7の計5回分の通話記録が残っていた。

父が最後に私に電話をかけたのが、9月7日午前9時8分で、37秒間話したことがわかる。

私はこの通話を受け取った時、歯医者さんの待合室にいたので、短い会話をして、診療後父のところに寄った。

会話といっても、父の声は電話を通すと聞き取りにくくて、いつも何を言っているのかわからないので、父の元に駆けつけるのが常だった。

あの頃は、それが面倒で、できるなら電話で用事を済ませたい・・・と、いつも思っていた。

が、今は、電話ですら父の声を聞くことはできない。

前の携帯に残していた父の伝言録音をうっかり消去してしまって、父の声はどこにも残っていない。

スマートフォンのこの記録だけが、父との電話の思い出になってしまった。
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by dande550213 | 2011-11-26 12:08 | 両親介護 | Comments(2)

柏原~大江~上林


父の転院に伴い、週に1回、柏原から大江に日帰りで通うようになった。

最初、京都府北部の大江は大阪東南部の柏原よりかなり寒いのではないかと思っていたが、行ってみると思ったより暖かくて、少し驚いている。

実家の綾部市上林地区から週に2回、大江の病院に通ってくれている母も、「大江は上林より暖かい」という感想を述べている。

発:柏原、着:大江、家マーク:実家
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柏原から大江までは、電車を乗り継いで片道3時間半~4時間かかる。

実家から大江までは、綾部や福知山の市街地を回らない近道ルートがあるので、車で30分ぐらい。母は、「フロンティア」という地区のボランティア送迎に頼んで、車で往復している。
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京都府北部の同じくらいの緯度に位置するとはいっても、地形の違いで、気温に差がでるのだろうか。

父の病院のある大江の中心部は由良川の中流域に広がる平地の中にあって、宮福線のホームに立つと、広々とした大地に広がる風景にゆったりと心が解放されたような感がする。
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大江山の鬼伝説でしか知らなかったので、こんな平地が広がっている地とは思わなかった。
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by dande550213 | 2011-11-26 11:14 | 両親介護 | Comments(0)

ミシン部屋Getだぜ~


洋裁・和裁・編み物、全部苦手なダメダメ主婦だけれど、繕い物とか寸法直しはよくする。

ミシン・手縫い、どちらでもOKだけど、ミシンを出したり仕舞ったりが面倒くさくて、つい手縫いでシコシコ、シコシコと長時間やってしまう。

先日も、父の病院へ持っていく「床ズレ防止用のクッション」をミシンを出すのが面倒だったので手縫いでやってしまい、大疲れした。

ミシンを出したままで置いて置ける場所がないのが一番の原因。

今までは、自分のデスクか台所の食卓の上にミシンを出していたが、ここだと出しっぱなしにしておけない。作業の途中でも、いったんミシンを片付けなければならない。

が、今日、我が家に恰好のミシン部屋があるのに気がついた。

娘の部屋だ。

昨年末に引っ越していった娘は、片付けのできない娘で、未だに一度も新居に呼んでくれたことはない。部屋中がゴミ箱の中をぶちまけたように散らかっている様子が目に浮かぶ。

家に帰ってきても、自分の部屋は引越し時の片付けができていないので、自分の部屋で寝ないで、客用の和室で寝る。

「自室を片付けよう~」という気はなくて、「物置にでも使おう」と思っているのだろう。

その物置に、空のパソコンラックがあるのに気がついた。
これに、ミシンを出しっぱなしにしておけば、いちいち仕舞う面倒もない。

というわけで、念願のミシン部屋をGetして、ずいぶん便利になった。
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娘よ、ありがとう!

と、メールを送りたいが、今、娘はフランス旅行中。

海外料金がもったいないから、メールはするな!緊急の場合のみ通話するように・・・、と言い置いて、彼女は出かけた。

12月発券分からまた燃油サーチャージが値上がりするようだから、良い時に出かけたものだ。
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by dande550213 | 2011-11-22 14:20 | 雑感 | Comments(2)

「私のおばあちゃん」といえば、「草壁のおばあちゃん」「福知山のおばあちゃん」。

同一人物だが、住んでいた場所によって、呼び方が「草壁の~」になったり「福知山の~」になったりした。実の祖母ではなく、母の継母になる人。


父方の祖母は、記憶にない。

3歳ぐらいの頃に、家の庭で母と祖母と一緒に写っている写真はあるが、元々、祖父母と父母は父の仕事の関係で綾部市と京都市に別居だったし、祖母は50代の若さで心臓麻痺の突然死だったので、父方の祖母は思い出すことすらできない。


早く亡くなった父方の祖母に代わり、私をかわいがってくれたのが母方の祖母だった。

父は厳格な教育者で、自分の理想教育を子どもに強いて、叱りつけ、叱りつけ、あまりにも厳しくて、叱られて泣く私の泣き声が夜になると近所に響き渡り、近所の人が「あんなに子どもに厳しくしたら、子どもが萎縮してしまう」と、眉を潜めたぐらい厳しかった。

今なら、虐待の泣き声と間違えられるかもしれない。


そんな私がただ一つ、心からやすらぎ、自由にのびのびと子どもらしく過ごせたのが、母方の祖母のところへ遊びに行った時だった。

小学生の時の夏休みに、バスと徒歩で1時間ほどかかるおばあちゃんの家へ子ども用の自転車を漕いで行き、2週間ほどおばあちゃんの家で遊び倒した思い出がある。

近所の子どもたちと川で泳ぐ水着も買ってくれて、その水着の模様まで今でもはっきりと覚えている。

実の祖父が入院していたときは、このおばあちゃんの家から1ヶ月ほど中学に通ったこともあった。

このころまでは「草壁のおばあちゃん」と呼んでいた。



草壁のおばあちゃんとおじいちゃんはお嫁さんと折り合いが悪く、別居して暮らすために福知山にアパートを建て、福知山市に移り住んだ。そこの管理人として福知山で暮らしていたときは「福知山のおばあちゃん」と呼んでいた。

おばあちゃんが福知山に移った後も、私はよく遊びに行っていた。

福知山駅を出て、まっすぐ大通りを歩き、消防署の前まで来たら、その角を左に曲がり、昭和小学校まで歩いたら、すぐ近くに福知山のおばあちゃんの家があった。

この福知山のおばあちゃんの家に一番最後に行ったのが、高校3年の卒業式の後。
おばちゃんに、春から大阪の大学に行くからお別れの挨拶に行ったときだったから、18歳の時だった。

その後、おばあちゃんはまた草壁の家に戻って、交代に福知山の家には伯父さん夫婦が住むことになったから、私は18歳以後、福知山の家を訪れたことがなかった。



おばあちゃんは高級呉服のお針子をしていたので、おばあちゃんの家に遊びに行くと、色とりどりの綺麗な反物の端切れがいっぱいあって、それをもらって帰るのが楽しみだった。

本来なら私の着物を縫ってくれるのは畏れ多いことなのに、おばあちゃんは私の嫁入りの着物の上等な反物の何着かを縫ってくれた。

この祖母が母の実母ではなく、継母だったことを知ったのは、私が大人になってから。



この秋、父が福知山市大江町の病院へ転院してから、私はたびたび福知山市を訪れるようになった。一人で行くときは電車なので、福知山駅から宮福線に乗り換えて大江まで行く。福知山駅に降り立つたびに、福知山のおばあちゃんの家を探しに行ってみたいと思うようになった。

福知山駅の宮福線のホームから、駅前の大通りを眺めて思いを馳せる。
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先日、父の見舞いがてら車で田舎に帰った時、母に「福知山のおばあちゃんの家はまだあるのか?」と尋ねると、「アパートの入居人が2人居るので、まだ取り壊さないで残っている」と言う。

そこで、父の見舞いの帰り道、夫に頼んで車を昭和小学校の近くに止めてもらって、探した。

私の記憶では、福知山のおばあちゃんの家は昭和小学校と同じ通りですぐ横にあったと思っていたが、同じ通りではなくて、角を曲ってすぐそばだった。

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正面の1階と2階が、管理人のおばあちゃん達の住まいだった。

玄関には、今は亡き伯父さんの名前の表札がかかり、鍵がかかっていた。

この家の玄関から出て、昭和小学校の校庭や今の福知山市民病院の敷地(当時は、国立福知山病院と言ったと思う)へ、よく遊びにいったものだ。

国立福知山病院へ行く曲がりくねった小道は、たぶんこの道だったと思う。
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当時は付近は草茫々だったのに、40年の歳月で、辺りの様子は一変している。
おじいちゃんもおばあちゃんも伯父さんも、今はもういない。

最後にここを訪れてから40年近くが過ぎ去っていたなんて・・・・。

本当に「人生は夢まぼろしを見ているようなもの」だと思った。
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by dande550213 | 2011-11-18 12:49 | 雑感 | Comments(0)

2011/11/18 :ルイタゲール生誕224周年
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*ルイダゲール(1789年11月18日 – 1839年7月10日)
                    – フランスの画家、銀板写真の発明者。
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by dande550213 | 2011-11-18 07:42 | PC・IT | Comments(0)

今朝のニュースで、「この季節、釧路の夕日が特に美しい」と報じていた。

そうか、夕日が特に美しく感じられるのは「この季節」だったのか、と思い至った。

実は、最近、夕方にベランダの洗濯物を取り入れるとき、
「夕日がきれいだなあ・・・」と見入ることがよくある。

昨日は思わずカメラを取りに入り、撮影してしまった。

釧路の夕日に比べれば、そんなに美しくないかもしれないけれど、
私には心に染み入る光景だった。
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今日はこれから、父に会いに行く。

大江はきっと寒いだろうなあ・・・。
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by dande550213 | 2011-11-17 07:33 | 雑感 | Comments(3)

昨夜の「NHKプロフェッショナル仕事の流儀 這い上がれ、世界の頂へ プロサッカー選手・本田圭佑」で、もう一つ印象に残った言葉は、最後の恒例の「あなたにとってプロフェッショナルとは?」という問いに対する彼の答え。

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自分らしく今後も生き続けることがプロフェッショナルなのかなって。
自分と向き合って、自分と格闘して、自問自答して。
弱い自分に打ち勝って、自分らしく生き続けることが、自分に与えられた使命。
自分っていうか、みんなですよね


そういう意味で、俺はまだプロフェッショナルになれたんかどうか、ちょっと分かっていないというか。
今自分の形が見えてきたというのと、なり始めれそうなのか。
そしてそれをずっと自分に打ち勝っていくことで、プロフェッショナルというものを続けて、自分の人生を通して続けていくもんなんかなって

う~ん、かなり偉そうに言ってますね。
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人はみな使命を与えられている。それは、自分と向き合って、自分と格闘して、自問自答して、弱い自分に打ち勝って、自分らしく生き続けること。それを自分の人生を通して続けていくことで、人は誰しも、自分の人生のプロフェッショナルたりうる
と僕は思う。

そういうメッセージを、彼は語っていたのではないかな?

だから、最後に「う~ん、かなり偉そうに言ってますね。」という言葉を付け加えたのではないだろうか?
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by dande550213 | 2011-11-15 13:17 | 本田圭佑 | Comments(0)