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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213
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薬の欠品


先週の金曜日に診察に行き、処方箋を薬局に出したが、今日になってもまだ欠品の薬があって、薬が手元に届かない。

予めこういう事態になるかもしれないと覚悟していたので、薬の予備は十分持っているから慌てないが、震災で薬を無くしたり、手に入らない患者さんは死活問題だ。被災地に優先的に薬を回しているから、関西でも欠品になっているのだと薬剤師さんはおっしゃる。

ステロイド服用で命を繋いでいる患者さんが、ステロイド服用が出来なくなることは、高血圧や糖尿病の薬が飲めなくなるのとは事態の重さが異なると思っている。阪神大震災の時も、そのことが問題になった。だから、常々、ステロイドは予備を持ち、いつも財布の中に入れて携帯している。
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私が一日に服用する薬は11種類。
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この薬のおかげで、今月の検査の結果も良い状態を保てている。
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劣悪な環境に置かれたり、薬が飲めなかったりしたら、とてもこんな体調は保てない。

同じ病人として、そのことを身を持って知るが故に、被災地の患者さんの窮状に身を切られるような思いだ。

私にできることは、AMDAや国境なき医師団などの医療チームに継続して支援を続けること。
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by dande550213 | 2011-03-29 14:34 | SLE・健康 | Comments(0)

彼なら、きっと、こういう支援を始めるはずだ、と待っていた。(^-^)
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一時の感情ではなく、継続して、長いスパンで支援をし続けることが必要だから。

Notice of Honda 災害復興基金 義援金受付先
銀行名:三井住友銀行  支店名:堂島支店(支店番号:518)
口座:普通 0373756
口座名:
ノーティスオブホンダヒガシニホンダイシンサイギエンキン


オークションの売上寄付もある。

彼のマネージャのブログでも協力を呼びかけている
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by dande550213 | 2011-03-29 08:08 | 本田圭佑 | Comments(0)

車椅子を押す


今まで何気なく見ていた光景~車椅子を押す

経験してみなければわからないものだ、コレが結構重労働だということが・・・。(^-^;)

父を車椅子に乗せて、近所の歯科医や耳鼻科へ通院しているが、道路のデコボコ、段差などでかなり体力を使う。入り口が狭すぎて、車椅子では入れない病院や薬局もある。

バリアフリーという言葉を聞いて久しいが、街は未だバリアフリーには程遠いことが、車椅子を押してみて、実感としてわかった。

20数年前、乳母車を押していた時もそう感じていたが、子どもたちが成長し、いつしかバリアフリーのことは念頭から消えてしまっていた。

"弱者になってみて初めてわかる"というのは、あまりにも寂しい。

行政に欠如しているのは、"想像力と思いやり"。

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by dande550213 | 2011-03-27 09:14 | 両親介護 | Comments(0)

実家の父が田舎から来阪して、私宅から徒歩5分のところにある介護付き老人ホームに入居して4日が過ぎた。

入居当日は、岐阜に住む弟が前日から綾部に戻り、父母と荷物を積んで、高速を飛ばして2時間、私と夫が整えておいた施設の部屋まで運んでくれた。弟と母は、その日は私宅に泊まり、翌朝、父に別れを告げて帰っていった。

母が父の引っ越しの準備をキチンと整えていなくて、足らないものが続出。夫と私は買い物に走る羽目になる。

一番困ったのが椅子。

父は心筋梗塞とパーキンソン病症候群で要介護3だが、日中はどんなに疲れていてもベッドに横たわらず、一日中椅子に座って過ごして生活する。あまりに長時間座るので、お尻には座り胼胝ができているぐらい。

その父が座るのに実家から施設へ持ってきた椅子がコレ。↓
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パーキンソン病症候群で動きが不自由になった父のために、私が数年前に生協で注文して配達してもらった回転する食卓椅子。実家では主に食事をするときに使っていたが、こちらに来た父の様子(父は椅子に座るとしばらくして居眠りを始める)を観察しているうちに、施設でこの椅子で一日を過ごすのは危険だとわかり、あわてて代わりの椅子を買いに走る。

新しく買った椅子がコレ。↓
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展示品で少しはお安くなっていたが、結構な値段の椅子。足にはコマが付いていたので、固定するためのストッパーを取り付けたら、背の低い父には少し座高が高くなったが、なんとか一人で座れる。

座った父の姿、さっそく居眠りを始めた。(^-^)父はこういう姿勢で一日を過ごすのだ。↓
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この写真を弟に送ってやったら、「なんか書斎みたいですな。物書きに良さそうです。」という返事が届いた。

テーブルは、10年前に義父母が亡くなり処分した夫の実家で使っていた食卓。
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by dande550213 | 2011-03-23 21:55 | 両親介護 | Comments(2)

100 YEARS PCF CSKA MOSCOW


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by dande550213 | 2011-03-22 23:32 | 本田圭佑 | Comments(0)

仕事から帰宅して、テレビを付けたら、ちょうど、「天皇陛下が東日本大震災について、お言葉を述べられる」時だった。以下、FNNニュースからお言葉を転載させていただく。

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このたびの東北地方太平洋沖地震は、マグニチュード9.0という例を見ない規模の巨大地震であり、被災地の悲惨な状況に深く心を痛めています。
地震や津波による死者の数は、日を追って増加し、犠牲者が何人になるのかもわかりません。
1人でも、多くの人の無事が確認されることを願っています。
また現在、原子力発電所の状況が予断を許さぬものであることを深く案じ、関係者の尽力により、事態のさらなる悪化が回避されることを切に願っています。
現在、国を挙げての救援活動が進められていますが、厳しい寒さの中で、多くの人々が食料、飲料水、燃料などの不足により、極めて苦しい避難生活を余儀なくされています。
その速やかな救済のために全力を挙げることにより、被災者の状況が少しでも好転し、人々の復興への希望につながっていくことを心から願わずにはいられません。
そして何にも増して、この大災害を生き抜き、被災者としての自らを励ましつつ、これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています。
自衛隊、警察、消防、海上保安庁をはじめとする国や地方自治体の人々、諸外国からの救援のために来日した人々。
国内のさまざまな救援組織に属する人々が、余震の続く危険な状況の中で、日夜、救援活動を進めている努力に感謝し、その労を深くねぎらいたく思います。
今回、世界各国の元首から、相次いでお見舞いの電報が届き、その多くに各国国民の気持ちが、被災者と共にあるとの言葉が添えられていました。
これを被災地の人々にお伝えします。
海外においては、この深い悲しみの中で、日本人が取り乱すことなく助け合い、秩序ある対応を示していることに触れた論調も多いと聞いています。
これからも、皆が相携え、いたわりあって、この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています。
被災者のこれからの苦難の日々を、私たち皆が、さまざまな形で、少しでも多く分かち合っていくことが大切であろうと思います。
被災した人々が、決して希望を捨てることなく、体を大切に、あすからの日々を生き抜いてくれるよう。また、国民1人1人が、被災した各地域のうえに、これからも長く心を寄せ、被災者とともに、それぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています。  
                                        (03/16 16:51)
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この中で、強く心に残ったのは、「雄々しさ」というお言葉。
そして何にも増して、この大災害を生き抜き、被災者としての自らを励ましつつ、これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています。

テレビで被災者のインタビューを聞くたびに、被災者の人々に抱く思いはこの言葉なのだと感じた。

なぜ、この人たちは、想像を絶するようなつらい思いをしながら、明るく気丈にインタビューに答えられるのだろう?私だったら感情をコントロールできなくて泣き喚くだろうに・・・と思いながら、圧倒される思いで聞いていた。

「雄々しさ」・・・まさにそうだと思った。そういう念すら覚える。
被災者の言葉や表情の一つ一つに、私たちは逆に励まされていると感じるのだ。


天皇陛下のお言葉でもう一つ、心に残ったのは「希望」という言葉。
被災した人々が、決して希望を捨てることなく、体を大切に、あすからの日々を生き抜いてくれるよう。また、国民1人1人が、被災した各地域のうえに、これからも長く心を寄せ、被災者とともに、それぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています。

希望を失わないで生き抜く。
長く被災者と地域の復興の道のりを見守り続ける。



皇室崇拝者ではないが、この天皇陛下は、いつの時も国民とともにあり、国の象徴としての役目を立派に果たしておられる方だと、心から尊敬している。
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by dande550213 | 2011-03-16 18:04 | 雑感 | Comments(2)

福島第一原発の事故、どうか核爆発だけは食い止めて欲しい。

被災地の人々に追い打ちをかけるような悲劇は、絶対起こりませんように!

我が身をも顧みず、一生懸命、救助や復興に当たってくださっている方々が
大量被爆されるようなことには絶対なりませんように!

もしこんな悲劇がおこったら、
ヨブのようにそれでも神様を信じ続けることができるだろうか。。。


長崎や広島の原爆の惨状が頭をかすめる。
広島は行ったことがないが、長崎では身体と心が凍りついた。

地球上にいっぱい国があるのに、
なぜ日本だけが何度も核の悲劇にあうのか。。。。

神様、お願いですから、長崎と広島で最後にしてください!!!



息子が神奈川で働いている。彼女は東京で働いている。
2人とも、大阪へ避難しに帰って来て欲しい。

息子は、地震で被災した顧客(病院や介護施設)をほっておいて帰れないという。
彼女だけでも大阪へ帰れるように考えていると言う。

わかっている。仕事をしている限り、勝手なことはできない。
会社が自宅待機でも命じないかぎり・・・。

超一流の大会社に勤める妹の夫は、
昨日が自宅待機、今日出勤して、また自宅待機を命じられたという。

彼女たちはすでに車に荷物を積みこんで、避難の準備はしているというが、
近くの老人ホームに入っているお義母さんはどうするのだろうか?

息子のせめてもの助けになるように、
関東ではすでに店頭から消えたという
懐中電灯と乾電池・イソジンうがい薬(ヨー素が入っている)を送った。
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by dande550213 | 2011-03-15 13:39 | 雑感 | Comments(2)

日本赤十字社の東北関東大震災義援金を郵便局以外の金融機関から振込む場合、
店名・預金種目・口座番号の入力が必要です。

しかし、義援金受付を知らせるサイトには、郵便局から振込む場合の口座情報のみで、
他の金融機関から振込む場合の必要情報の記載がありません。

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他の金融機関から義援金を振り込む場合の店名・預金種目・口座番号は以下のとおりです。

銀行名:ゆうちょ銀行
金融機関コード:9900
店番:019
預金種目:当座
店名:〇一九店(ゼロイチキュウ店)
口座番号:0000507

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クレジットカード・コンビニエンスストア・Pay-easyでも、義援金を送付できます。
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by dande550213 | 2011-03-15 08:57 | 雑感 | Comments(0)

昨日、自宅3FでPC作業中に異様に周期の長い"かすかな揺れ"を感じてこわくなり、
ストーブを消して、戸外に出た。近所では、戸外へ出ているのは私一人だった。

夜、前の家の奥さんと地震の話をしたが、揺れは全然感じなくて、東京へ携帯をかけた時繋がらなくて、変だな・・と思っていたと言われる。確かに、感じるか感じ無いかの"かすかな揺れ"だったが、いつもより長く続いたので、ニュージーランド地震を思い出してこわくなったのだった。

家に入ってPCを見ると、地震発生のニュースが表示されていたので、その情報を読んでいるときに、神奈川に住む妹から電話が入った。

彼女は、介護手伝いで実家に帰省する途中の京都駅で地震を知り、東京で働いている夫に連絡を取ったが、連絡が取れないという。老人ホームに義母もいるし、どうしたものか?というので、実家の手伝いはいいから、すぐに神奈川に帰るように言った。

そして、横浜で働いている息子にメールしたら、市内の信号が消えて、交通機関が止まっているという。自分は無事だが、彼女(同棲相手)の働いているビルでは非常階段が壊れたという。

そのメールをすぐに夫と娘に転送したら、夫から息子の携帯に送ったメールが私のところに転送されてきた。夫は息子に避難するように連絡したという。息子は、彼女が品川に取り残されているから、車で迎えに走っているが、道路が混雑して車が動かない状態だという。

彼女と合流できたらメールを入れてくれるように頼んでおいたら、夜中の1時に、横浜から品川まで8時間かかってようやく彼女と合流することができた、と息子からメールが入った。

妹は、昨夜、彼女の夫が携帯が繋がらないのでPCからメールをくれて、ようやく夫の無事を確認できた。夫はその日の夜に湯河原の自宅に帰りついたという。妹は、京都駅から在来線を乗り継いで、朝方、ようやく自宅にたどり着いたと電話してきた。

取りあえず、神奈川に住む身内の無事は確認したが、被災地の状況をみると苦しくなる。

人間の営みの何と無力なことか・・・。

想定外のことが起こったというが、人間の想定できる範囲には限界があることをまざまざと思い知らされる。

日本列島に住む人々は、有史以来、こんな災害を何回も経験しながら生きてきたことかと思うと、人間の強さ・たくましさも感じる。

一人でも多くの被災者が救助され、迅速な復旧が進むことを祈るばかりだ。
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by dande550213 | 2011-03-12 11:37 | 雑感 | Comments(2)

今日、父が入居する介護付き有料老人ホームの契約を交わした。

この施設は「介護専用型特定施設入居者生活介護」と言って、入居時の要件は「要介護」だから「要支援」の人は入居できないそうだ。今介護申請を提出している母が仮に「要支援」と認定されれば、母は父と同じ施設に入居することはできないことになる。

賃貸住居(ワンルームマンション)と介護の2つをミックスしたような施設だから、ベッドや寝具類、机、椅子、冷蔵庫、テレビ、私用の車椅子、押し車など、居住者の生活に必要な備品は入居者が用意しなければならない。

今日、介護用ベッド(中古)と車椅子(新品)の購入を申し込んだ。

父は、3月18日に小規模多機能型居宅介護の施設を退所して、19日は一日自宅で過ごし、翌3月20日に弟の車で母と共に来阪して、入居する予定。


入居契約の「重要事項説明書」に、この施設の入居者の状況が記されていた。

この施設は、この5月で、設立されてから5年が経つ。

部屋数が49室で、入居者の入居期間は「1年以上5年未満」が38人ということで、設立時に入居した人のほとんどが住み続けていることがわかる。「終の棲家」としての入居が多いということだろう。

入居者の平均年齢は、86.2歳。「要介護2」の人が一番多い。性別は、女性が男性の2倍強。

昨年度、退居した人の理由は、死亡、入院、他の社会福祉施設入所の順。


父は87歳、要介護3、地元の特養の入所待ちで入居した。
帰る家がある。終の棲家として入居するのではない。
皆の願いがかなって、何とか1年ぐらいで地元に帰れたらうれしい。
その日まで、母が何とか父の帰りを待ち続け、父の帰る家を守ってほしい。
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by dande550213 | 2011-03-11 14:34 | 両親介護 | Comments(0)