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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213
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山陰線山家駅の夕焼け


2009/11/23 静寂の中
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by dande550213 | 2009-11-30 21:31 | 旅行(海外・国内) | Comments(0)

11月も今日で最後。更新が途絶えている。

記録しておきたいことがないのではなくて、日々あまりにも新鮮な経験が多すぎて、"心余りて言葉足らず"というか、とてもまとめきれない。投稿画面を開きながら、なかなか書き出せず、ため息ばかり。

・watotoの思い出2
・初めて測定した血管年齢の値
・初めて一緒について行った生活保護相談窓口
・中国古代歴史小説―宮城谷昌光と安能務
・中国歴史ドラマ列伝と韓国歴史ドラマ列伝

などが頭の中を渦巻いているが、今はエジプト旅行の準備に集中。

仕事を調節して、今週の金曜日からエジプトに出かける。
行きに一日、帰りに一日、エジプトで3日の計5日間の安い海外旅行。
エジプトは冬場がベストシーズンなのと、滞在日数の短いのが某ツアーを選んだ理由。

昨年のウズベキスタン旅行で学んだことは、私のような難病持ちがツアー参加とはいえ、1人で1週間以上も先進国ではない国を旅行するのは体調面で不安がいっぱいということ。自分だけでなく、留守宅の家族にも心配をかける。

以前のペルー旅行で懲りて、ウズベキスタンでは食事や飲み水には細心の注意を払ったが、健康な人でも日本人旅行者は下痢をする国だから、もちろん私も、一番早くに下痢で悩まされるようになった。

そういう状態で1週間以上も旅行を続けたので、不安が大きかった。幸い、ウズベキスタンでは大過なく帰国できたが、今度のエジプトも食べ物は同じような状況だから、できるだけ滞在日数が短くて、それでなお且つ見たいところが最低限回れるそのツアーに飛びついた。

私のような病気持ちは、仮に申し込んでも出発までに「キャンセル」に追い込まれる事態の発生する確率が健康体の人よりも高い。だから、いつももしかしたら払い込んだ旅行代金がパーになるかもしれないことを覚悟の上で、主治医の許可を得て申し込む。

今回は持病の悪化プラス新型インフル感染などの危険性が頭をよぎったが、"行け、行け、Go,Go!"で突っ走り、何とか出発まで後4日の今日まで守られたことを感謝する。

今は、留守中の仕事の段取りで大忙し。どうか、予定通り、無事出国できますように!
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by dande550213 | 2009-11-30 15:12 | 雑感 | Comments(2)

ギデオンの聖書


日曜日、第一礼拝後、介護交代のため、田舎に帰省した。月に1回、母と介護交代するために帰省している。

以前は、地下鉄桃山台駅を降りて、そこから舞鶴方面行きの高速バスに乗って綾部まで帰省していたが、例の休日高速料金1,000円の影響で、休日の高速道路の混雑がひどくて、膀胱炎を抱えている私は、トイレ休憩が何時になるのか予測のできない交通機関は利用しにくくなり、乗り換え4回のJRを利用せざるを得なくなった。時間・料金ともアップするが、トイレの有無と時間だけは確定なので、まあ、しかたがない。

秋の行楽シーズン真っ盛りで、JR東海道線・山陰線とも大混雑で、車内は国際色豊かだった。

行きは、英語を話すアングロサクソン系男性4人組、韓国人カップル、英語を話す老夫婦、帰りはロシア人かフランス人の親子連れ、英語を話す黒髪のラテン系カップル、北京語ではない広東語か香港語のような中国語を話す若者グループが、何の偶然か、私の座席の横や前に座って、にぎやかに自国語でおしゃべり。本を読むふりをして、耳は彼らの会話を盗み聞き。何をしゃべっているかはわからないが、どこの国の言葉か、想像をたくましくするのが楽しい。


午後2時前に、山陰線山家駅に着き、10分後の上林行きのあやバスの乗り場まで大急ぎとばかりに駅を飛び出そうとすると、珍しく駅前のロータリーに人影があって、車の横に立って降りてくる人を探している。私以外にもこの駅で下車した乗客がいたのか・・・と思いながら、通り過ぎようとして、見たことがある顔だと気がついた。

「大町のおばちゃん!イヤ、ごめん、間違った。草壁のおばちゃん!!」

母の、今は亡き兄のお嫁さんだった。

おばは、息子(私にはいとこ)が降りてくるのを待っていたのだった。ほどなく、いとこが降りてきて、めでたく私はおばの車に便乗させていただいて、家まで帰ることになった。

いとことは、30年ぶりの再会。私の弟とそのいとこは7歳違いで男同士なので、2人は盆やお正月などによく会っているが、私は彼とは歳も離れていて子ども時代に会ったきりだったので、本当に久しぶりだった。いとこは、祖母の13回忌で帰ってきたのだった。


予定より早く帰ってきたので、父母はびっくりしたが、事情を話すと、これも"おばあちゃんのお導き"とうれしそうだった。

暖かいうちにと、3時過ぎに父をお風呂に入れ、夕食を食べ、9時には寝る。母の布団を別室に移して、母のベッドに私が寝る。結局、その晩は、父は6回排尿に起きた。ほぼ2時間毎。父は大いびきですぐ寝てしまうが、やかましくて寝られない。腹を決めて、寝るのはあきらめる。母はこれをほとんど毎晩繰り返しているのかと思うと、胸が痛む。父も自分でできないときだけ母を起こすのだそうだが、電気が付けばイヤでも目が覚めるから、たいして変わりは無いと思うが、父にそれを言うのは酷だから、笑っておく。

今度の帰省で、父はあらかじめリストアップした遺影候補の写真を見せて、どれが良いかと尋ねてきた。

また、本を処分したいと言うので、それの処理を手伝った。ハードカバーの全集物は、図書館に寄贈も考えたが、こちらから車に積んで持ち込まなければならないので、隣市の古本屋に引き取り(買取)に来てもらう手はずを整えた。

30数年前の、私たち兄弟の中学や高校の教科書やノート類だけでなく ↓
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70年近く前の、父の師範学校時代の教科書まである ↓
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父の昔の岩波新書(赤)は、題字の文字の向きが右から左 ↓
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父の学生時代の書物は、私には珍しくて、後でゆっくり見てみたいと思ったが、心を鬼にして紐でくくった。

私の書物の中に、私が人生で初めて触れた聖書(ギデオンの新約聖書)が残されていた!↓
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扉を開くと ↓
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日付は昭和49年5月30日で、大学の聖書研究同好会からもらったことが私の字で記されている。19歳の2回生の時だ。学生時代に聖書研究会にしばらく通っていたことは覚えているが、すぐに辞めたからその時にギデオンの聖書をもらったことはすっかり忘れていた。そのもらった聖書を捨てないで、田舎の本箱に入れていたことも全然記憶になかった。

実は、10年近く前、田舎の本箱の中で、もう一冊のギデオンの聖書を見つけて、私は大阪の自宅に持ち帰っていた。その時はもうすでにクリスチャンになっていたから、聖書は他にも持っていたけれど、和英対照の聖書はもっていなかったので、持ち主に断らずに内緒で持ち帰っていたのだった。

その聖書も、扉の裏側に持ち主の名前と日付が記されていた。↓
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弟の名前が記されていて、日付は1978年6月27日。名前の横には、印鑑まで押してある。弟が15歳、高校1年生の時だ。きっと高校の校門前で配布されていた時などにもらったのだろう。どういうつもりで弟が日付と名前と印鑑まで押したのか、知る由もないが、あんな片田舎の学校前でもギデオン聖書の配布が行われていたのかと、改めて尊いご奉仕を思う。弟は今はキリスト教とは何の関係もないが、彼も一時期キリスト教に触れた時期があったのだろうか。。。彼も捨てずに本箱に残していたことをもう忘れているとは思うが、当時は何らかの思い入れがあったのかもしれない。

弟のは、今度帰る時に持って帰って、本箱に戻しておこう。

日曜日の礼拝メッセージは詩篇126篇1-6節から「収穫の喜び」だった。
「涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。」

35年前に蒔かれた種は、恵みによって刈り取られたから、31年前に涙とともに蒔かれた種も、喜び歌いながら刈り取られる日がきっと来ると信じている。
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by dande550213 | 2009-11-24 16:00 | 教会生活 | Comments(2)

2009/11/17 イサム・ノグチの誕生日
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2009/11/14 月に水の存在を確認
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by dande550213 | 2009-11-18 12:56 | PC・IT | Comments(0)

10/31の横浜公演を皮切りに、主に西日本各地で公演していたワトト・チルドレンズ・クワイアの来日メンバー、11/15の広島が最終だから、もう離日したかな?

ヨーロッパとアジアの2組に分かれて、世界各国を7ヶ月近く公演旅行していると聞く。アジア組は、日本公演が最終だというので、ようやくウガンダに帰国できるのかもしれない。

Watotoは、小さな田舎町の我が市でも公演するので、うちの教会でも6名のメンバーのホームスティを頼まれ、2家族が引き受けることになった。

うちには、女の子2人と先生1人が11/6(金)夜~10(火)朝まで、ホームスティした。↓
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向かって左がショセファン、日本で13歳のお誕生日を迎えたという。
真ん中は先生のアント・ルース、その右は11歳のジャッキー。

金曜日の夜遅く我が家に到着して、その時は夫と娘と私の3人で迎えた。しかし、翌朝からは夫と娘は仕事や用事で朝早く出かけて夜遅く帰宅する生活で、結局、娘と夫は彼女たちと顔を合わせる機会はほとんどなく、ルースから夫や娘はどうしたのかと尋ねられて困った。(苦笑)


期間中、朝食を5回、昼食を1回、夕食を軽食を含めて3回、提供した。
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最初、朝食は我が家と同じメニュー(パン・コーヒー・牛乳・フルーツ・ヨーグルト・目玉焼き)を出したが、彼女たちはパンはあまり食べない。またヨーグルトも口をつけず、コーヒーも飲まないことがわかった。翌朝からは、ご飯やイモ類、飲み物はホット・ティに切り替えた。

味付けは、とにかくカレー味にするとよく食べる。カレーライス・カレーチャーハン、カレーピラフなど。から揚げやカレー味のソテーも食べたが、ジャパニーズメニューのおでんやおにぎり、焼きそば、豚まんなどは「Try it!」というと口にはしてくれるが不人気。結局、朝・昼・晩の3食ともカレー味系にした。


トイレと洗面所の札は、何の役にも立たなかった。
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というのは、彼女たちは使用後のトイレのドアを閉める習慣が無いようで、いつもトイレのドアは開けっ放しだったから、中に誰も入っていないことは一目瞭然で、いちいちノックしたり、札で確かめたりする必要はほとんど無いのだ。(^-^;)

洗面上の鏡を見ながら立って歯をみがくという習慣もないようで、歯磨きの音はどの子もトイレから聞こえてくる。トイレの便座に座って歯をみがくのが彼女たちの習慣なのだろう。考えてみれば、外国ではトイレと洗面所が別室に分かれていないのがふつうだから、便座は椅子代わりになるのだろう。


彼女たちに用意した部屋は仏間ので「畳に布団」で寝てもらったが、毛布の使い方が日本と異なっていた。期間中は暖かくて、家族の者もまだ毛布を使っていなかったが、「寒かったらこの毛布を使ってね」と毛布を渡しておいたら、2人が毛布を使っていた。彼女たちの掛け布団は真綿布団だったので、日本人なら毛布は掛け布団の中に入れて使うが、彼女たちは毛布を二つ折りにして、掛け布団の上にかけていたのが興味深かった。

着いた翌朝、「あなたたちの洗濯物も洗うから、もしあったらこの袋に入れて出してね」と言って、大きな紙袋を渡したら、パジャマの他に、靴下20足ほど、パンティも15、6枚ほど出してきた。旅から旅への公演生活で、もしかしたら来日以来、一度も洗濯してもらう機会がなかったのかもしれないなあ・・・と胸がつまる。うちを去る前日にも遠慮なく洗濯物を出すように言ったら、フリースの上着やジーンズ、公演衣装など、紙袋に納まりきれないほどの洗濯物を出してきた。公演衣装はアイロンも当ててほしいと頼まれて、頼ってくれたのがうれしかった。

私は英語が苦手で、ほとんど話せない。片言単語と身振り手振りでコミュニケーション。

娘が、ホームスティ初日に、思わず私にこうつぶやいたほど。

「お母さん、本当はもっと英語をしゃべれる人のいる家がホームスティをやる方が良かったんと違う?」

「それはよおわかってる。お母さんはまともに英語しゃべられへんから、彼女たちホームスティしていてもしんどいかもしれへんと思ってる。けど、ホームスティの引き受け手が無かったら、教会が困ると思うネン。よやから、お母さんの英語力でもスティ先が無いよりマシで、しかたないネン。」(^-^;)


しゃべれない分、彼女たちが喜びそうなことをしてあげたいと思った。それが、洗濯物の処理と「くつろげる空間の確保」。

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彼女たちが心底くつろげるのは、ホームスティ先との交流よりも自分たちだけで過ごす時間ではないかと思う。だから、極力立ち入らないようにして、食事も自分たちだけでしゃべりながら食べれるように、別のコーナーに設定した。自分たちだけだと、何やらおしゃべりしながら、笑いながら、ゆっくり食事している。窓際のレースのカーテン、日本人なら下ろしたままで開けないと思うが、彼女たちは陽の光を楽しむかのように、左右にきっちり開けてタッセルで止めているのも面白い。(^-^)


本当は彼女たちともっと話をしたかったのだけど、英語がうまく話せないからしかたがない。話せないから、私自身にもストレスが貯まる。だから、少し距離を置いて見守る生活は、私自身のためでもあった。
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by dande550213 | 2009-11-17 12:01 | 教会生活 | Comments(4)

今日、仕事帰りに、主治医の病院で新型インフルの予防接種を受けてきた。

大阪は、優先対象者第2位の基礎疾患を有する者(免疫抑制状態)へのワクチン接種は14日から開始されたが、主治医の病院では70人分のワクチンが配布されたそうで、16日~18日の3日間だけ、対象者で予約した患者に接種をしてくれることになった。

乳児や子どもの接種を前倒しすることになったので、基礎疾患を有する患者に割り当てられる分が削られて(?)、優先対象の基準が厳しくなるかもしれないことを、看護師さんから知らされた。

例えば、膠原病の患者の多くが服用しているステロイドの量によって線引きされるかもしれないとのこと。

ワクチンが足らないので、もしかしたら一日あたりのステロイド量が15mg(プレドニン換算3錠)以下の患者は、後回しにされるかもしれない。

「私は6mg/dayですが、接種はできるのですか?」と尋ねたら、「できますよ。」と言われたので、今日してきたが、医療機関や都道府県によって、対応が異なるなら、不公平な気がする。

ちなみに、京都府在住で心筋梗塞とパーキンソン病の父はすでに済ませている。軽度の糖尿病をわずらっている母はダメだったそうだ。

2人は通院以外は家を出ることがないので、感染の危険性は少ないが、私はほぼ毎日、インフル流行による学級閉鎖学校の児童に接しているので、今回、早めに接種できたことはうれしい。

しかし、今までの経験から、大人は「マスク・うがい・手洗い」を継続していたら、案外、感染しないものなのかもしれないとも思う。

5ヶ月間、外出するときはマスクをつけ続けている。寒くなって、マスクをつけるとメガネが曇るようになった。
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by dande550213 | 2009-11-16 18:14 | SLE・健康 | Comments(2)

セサミストリート40周年記念のGoogle ロゴシリーズ

2009/11/10 は
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1週間続いた。
コレで最後だと思うのだけど・・・。
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by dande550213 | 2009-11-10 14:32 | PC・IT | Comments(0)

セサミストリート40周年記念のGoogle ロゴシリーズ

2009/11/09 は
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2009/11/08 は
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by dande550213 | 2009-11-09 21:06 | PC・IT | Comments(0)

セサミストリート40周年記念のGoogle ロゴシリーズ

2009/11/07 は
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2009/11/06 は
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by dande550213 | 2009-11-07 21:14 | PC・IT | Comments(0)

セサミストリート40周年記念のGoogle ロゴシリーズ

2009/11/05 は
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2009/11/04 は
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セサミストリートは、子どもと一緒に観たことがある程度。
だから、メンバーのこと、よく知らない。

日替わりだけど、いつまで続くのかな?
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by dande550213 | 2009-11-05 09:48 | PC・IT | Comments(0)