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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213
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2009/10/21 江戸川乱歩の誕生日
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209/10/31  ハッピーハロウィン
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by dande550213 | 2009-10-31 08:21 | PC・IT | Comments(0)

父娘でペアルック


某有名格安衣料品店(^-^;)のネットショップで、お買い物。

パーキンソン症候群で、手足が思うように動かせない父のために、軽くて、暖かくて、伸縮性のある下着や上着を買って、配送してもらった。


昨年、父の衣服を整理してあげたから、父がどんな服を持っているのかはよくわかっている。

30年以上も前の古い衣服ばかり。

父は外見には拘らない性質だから、父の衣服は母に言わせれば「ボロ」に近いものばかり。

母はそれが恥ずかしいから、父に「新しい服を買ってください」と頼むが、父は「着られれば何でも良い」と擦り切れてボロボロになるまで、古い服を着る。

元気なときはそれでも良いが、心筋梗塞・パーキンソン病で身体が不自由になり、手足の血液の流れも悪くなって、手足が冷たく感じられるようになっても、相変わらず、昔のままの古い・重たい・冷たい・硬い服を着ているので、さすがに最近は「寒い」と感じるらしい。

つい先日帰省した時、父が使っていた敷き毛布は、何と私が中学生のときに使っていた毛布だった。寒いと言って10月中旬からその下に電気毛布を入れて使っているので、電気毛布なんか使わないで、古い毛布を新しい毛布に変えたらどうかと言って、勝手に、客用の二枚重ねの一番新しい毛布を父の敷き毛布に変えたら、電気毛布は使わなくても良くなった。

新しくて良い物は、全部私たちが帰省したときに使うように取って置いてある。年に一回使うか使わないかの私たちのために取って置くより、そこで毎日暮らしている自分たちのために使うように言っても、父も母もなかなか「ウン」とは言わない。

そこで、いつも私が勝手に動き回って、あれやこれやと模様替えする。

新しい便利な器具を買って、父母のところに設置する。父母は、私がすることは何でも喜んで受け入れてくれる。「こんな便利なものがあったとは知らなかった・・・」と喜んでくれる。

で、今回は父娘の「親子でペアルック」に挑戦!

父にはコレを贈った。↓
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娘の私はコレ。↓
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86歳と54歳の、初めての父娘ペアルック。(^-^)

コレ着て、もう一度一緒に旅行したいね、お父さん!
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by dande550213 | 2009-10-30 21:35 | 雑感 | Comments(4)

教会HP宣伝をもう一つ。(^-^;)

教会のHPを立ち上げ、管理人を務めてもうすぐ4年目を迎えようとする。

ビルダーで作った素人の拙いHPだが、下請け作業を手伝ってくださる教会員の方々のご協力のおかげで、この4年間、毎週更新を滞りなく続けることができた。更新を休んだのは、腎盂腎炎で入院した時の1回だけ。私の健康が守られたことも感謝だが、何よりも毎週毎週、休み無く「礼拝メッセージ要旨」と「幸福のメッセージ録音」の2ファイルを私に送ってくださった両牧師先生(前牧師の川原崎先生と今の牧師の西本先生)のご健康を主が守ってくださったことに感謝だ。

教会のアクセスカウンタは二重カウント防止機能がついているので、「1日1人1カウント」で一日の閲覧者数を正確に知ることができる。

最初のうちは、その半年後に始めた私のブログよりも閲覧者数が多かったが、すぐに追い抜いてしまった。お堅いHPなので、アクセス数は一日に5人ぐらい。1万回が近づいたら、「1万回のキリ番ゲット者にプレゼント進呈!」でも打ち出そうかな・・・と考えているうちに、うっかり管理人が1万回のキリ番を踏んでしまった。

そのキリ番は記念に撮ってある。↓ 日時は2009/10/20。
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次の2万回キリ番の時は、早めにプレゼントお知らせを出そうと思っている。

2万回、いつ頃になるだろうか?
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by dande550213 | 2009-10-27 12:58 | 雑感 | Comments(0)

一昨日の金井由嗣師の「HP用礼拝メッセージ要旨」が教会に送られてきた。

それを読んで、私が「ロジャー・ルイス」と聞き取ったのは、「ロジャー・ルーシー」の間違いだったことがわかった。「ロジャー・ルーシー」ならネットでの検索でもヒットする。

詩の内容は、一昨日の記事と同じ。

金井師の礼拝メッセージ要旨は、柏原教会のHPの「今週の礼拝メッセージ」、または「柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)2009-10-25」から読むことができる。
(※今回から、外部の講師の先生については、原則として、お写真も掲載しています。)

この詩は、ネットで調べてみると、渡辺和子氏の「愛をこめて生きる」(PHP文庫)によって日本でも広く知られるようになったようだ。

先日紹介した「志村建世のブログ」では、詩の作者と病院の壁に刻んだ患者については不詳と言われているが、金井師のお話では、詩の作者はカトリックの神父の「J.ロジャー・ルーシー」であった。
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by dande550213 | 2009-10-27 11:53 | 教会生活 | Comments(0)

今日の礼拝メッセージは、関西聖書神学校学監の金井由嗣師だった。

講壇でメッセージを待っておられる時の硬い表情が、メッセージを始められた途端に別人ではないかと思うほどの「破顔一笑」に変わるのはすごい。笑い顔が、柔道の元金メダリストの吉田秀彦氏に似ていると思いながら、話に引き込まれていく。

最後に一つの詩を紹介して、メッセージを終えられた。

確か、先生は「カトリックの神父でロジャー・ルイスの詩、ベトナム戦争で怪我をした兵士が病院の壁に書き付けて有名になった詩」と紹介されたような記憶があるのだが、帰宅後、全文を知りたいと思って、ネットで検索してみると、ロジャー・ルイスの名前は出てこない。私が聴き間違えたのかしら。

echurch japan のこの詩の紹介ページから、引用させていただく。
==============================================================
~NYリハビリテーション研究所の壁に書かれた一患者の詩~
 この詩はニューヨーク市立大学のリハビリテーションルームに刻んであったものですが、作者は不詳です。ベトナム戦争で心身ともに深く傷つきながら、立ち直っていった若者が書いたらしいです。

 私たちにとって本当に必要なものは何なのかを、とても良く教えてくれる詩ですね。弱さを知っている人には特に心に響くと思います。

 原題は、"A Creed For Those Who Have Suffered"。”苦難にある者たちの告白”という意味ですが、一般には、リハビリテーション研究所の壁に書かれた一患者の詩として知られています。
 今は、ニューヨークの物理療法リハビリテーション研究所で、待合室で待つ人々が読めるように受付の壁に掲げられているそうです。


「苦難にある者たちの告白」

大事をなそうとして
力を与えてほしいと神に求めたのに
慎み深く従順であるようにと
弱さを授かった

より偉大なことができるように
健康を求めたのに
よりよきことができるようにと
病弱を与えられた

幸せになろうとして
富を求めたのに
賢明であるようにと
貧困を授かった

世の人々の賞賛を得ようとして
権力を求めたのに
神の前にひざまづくようにと
弱さを授かった

人生を享楽しようと
あらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるようにと
生命を授かった

求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた
神の意にそわぬ者であるにもかかわらず
心の中の言い表せない祈りはすべてかなえられた

私はあらゆる人の中でもっとも豊かに祝福されたのだ



【英語版】 "A Creed For Those Who Have Suffered" (Answered Prayer) I asked God for Strength, that I might achieve, I was made weak, that I might learn humbly to obey ... I asked for health, That I might do greater things, I was given infirmity, That I might do better things... I asked for riches, That I might be happy, I was given poverty, That I might be wise... I asked for power, That I might have the praise of men, I was given weakness, That I might feel the need of God... I asked for all things That I might enjoy life, I was given life, That I might enjoy all things... I got nothing that I asked for- But everything I had hope for; Almost despite myself, My unspoken prayers were answered. I am among all men most richly blessed. -Unknown Confederate Soldier HERITAGE
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この詩のことに触れられている「志村建世のブログ」によれば、宮崎カリタス修道女会の古木涼子シスター作詞作曲のこの詩の歌もあるようだ。

興味のある方は、このブログの以下の記事をご参照ください。
2007.7.16「グリフィンの祈り」
2007.7.29「グリフィンの祈り・その後」
2007.7.30「クレド(ある兵士の祈り)」
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by dande550213 | 2009-10-25 21:52 | 教会生活 | Comments(1)

石屋の犬ちゃん三態


石屋の犬ちゃんは、今は真っ裸。次なるモードがまだ決まらないのだ。

そこで、この夏の三態を回顧。
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どれが一番似合ってる?
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by dande550213 | 2009-10-24 13:44 | 雑感 | Comments(2)

先月下旬ぐらいから、胃腸の不調を感じるようになった。

最初、気がついたのは腹痛。

仕事から帰宅して夕食の準備をする時間帯に、お腹が差し込んで痛くなることがよくあるようになった。しばらくやり過ごせば収まるので、そのまま放っていた。

その症状とほぼ同じころから、夜ベッドに仰向けに横たわると、下腹部にしこり様があり、不快感を感じることが多くなった。この感触は・・・もしかしたら、閉経で小さくなっていた子宮筋腫がまた大きくなったのだろうか?と、その時は思った。(今から思えば、便がそこで滞っていたのだろう)

その頃、同時に、これも夜ベッドに横たわると、胃の中でクチャクチャと、少量の液体のようなものが動いているような音がするようになった。座ると音はしないが、横たわると音がするのだ。何だろう?胃の中には何もないのに胃液が溢れているような感じ。

そして、それからしばらくして、胸焼け・胃痛と食道部のチクチクするような上部不快感とお腹の中に便が滞って排便が不完全な下部不快感が、(今から振り返ってみれば)ほほ同時に出現するようになり、悩まされるようになった。

「もしかして、癌かも?」と、少し怖くなった。

それなら、すぐにでも胃腸の検診を受ける方が良いかもしれないが、配偶者検診の人間ドックまで待っても良いのではないだろうか、と思った。

というのは、毎年受けている配偶者検診の人間ドック、今年も例年通り前期に申し込んでいたのに、組合の手違いで私の書類が行方不明になり、後期に再度申し込みをしたが、まだ受診当選の有無が届いていないのだ。費用を考えれば、補助がある配偶者検診がお得だが、必ず当選という保証はない。その当否の連絡がもうすぐあるはずだから、もう少し待とうか・・・、と思い悩んでいるうちに、ボナロン35mgのことを思い出した。

もしかしたら、この薬の副作用の可能性があるかもしれない。

ステロイド骨粗鬆症による脊椎圧迫骨折が疑われ、処方された「週1ボナロン35mg」を飲み始めてから約3ヵ月がたっている。

他の薬は長年不動の薬で、ボナロンだけが最近新たに加わった薬だった。

ボナロンの服用時の注意はチャンと守っていたが、もともと胃炎や食道炎を患っているので、主治医は何もおっしゃらなかったが、服用にあたっては私は要注意組だったともいえる。

腸と胃で同時に異変が起きているので、今回の症状は癌である可能性は少ないのではないだろうか?とも考えた。(^-^;)

もし、ボナロンの副作用であるなら、ボナロンの服用を中止すれば症状が改善されるかもしれない。

ボナロン自体は、私のSLE治療とは関係の無いオプションの薬だし、上記のような症状があれば「服用を中止」と薬情報に書いてあるので、いったん中止して、その後の経過を主治医に報告することに決めた。

中止して、今日で10日目。

一気には改善されなかったが、昨日ぐらいから少しずつマシになってきたように感じる。

そして今日、人間ドック受診当選の通知がやっと届いた。日時は12/2。(^-^;)
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by dande550213 | 2009-10-23 14:29 | SLE・健康 | Comments(2)

介護帰省(10/17・18)


田舎の父の夜の頻尿がひどくなったと母が言う。

今までは、夜の排尿は3~4回ぐらいだったが、最近は1時間おきに6回ぐらいに増えたという。泌尿器科で前立腺の検査をしたが、高齢で他にも薬(パーキンソンや心筋梗塞)をたくさん服用しているので、しばらく様子をみることになった。

様子をみるのはいいが、その間も母は夜排尿の世話に頻繁に起きなければならない。

父は、排尿後、すぐに鼾をかいて寝入るから、世話をする母も同じだろうと思っているが、母はすぐには寝付かれないという。1時間おきだと、全く眠る時間もないらしい。

母は、父が排尿のため電気をつけても目が覚めないので、父は間に合わないときは母を呼んで起こすそうだ。だから、父が呼ばなければ母は眠っておられるのだが、夏とは違い、寒くなって掛け布団が厚く重くなると、父は一人で布団をかき上げることができないので、必然毎回母を呼んで起こすことになって、母は眠れなくなっている。

そこで、母を温泉で休ませて、私が代わりに半日父の介護にあたることにした。

近くに綾部温泉があるので、そこを予約し、母一人では淋しいので、叔母も招待して、姉妹でゆっくり過ごしてもらうことにした。

母は3人兄弟の末っ子で甘えん坊。兄はもう亡くなり、姉だけが頼り。その姉はもう80歳を超え、胃がんの手術を2回もして、ボチボチ体を労わりながら、米や野菜を作っている。3kmほど離れた字に住んでいるが、田舎のことでつつましく、姉妹で温泉へ遊びに行くことすら、したことがなかったという。久しぶりに姉妹水入らずで上げ膳据え膳で語り明かすことができるので、とても楽しみにし、喜んでくれた。

17日昼前に実家に帰り着いて、2時半頃に母を送り出し、翌日10時過ぎに母が帰ってくるまで、父と2人きり。(^-^;)

午後から、家の周りの草引きや柿の落ち葉が溝にたまっているのを掃除したり、夕方5時過ぎまで外でウロウロしていたら、父が探しに来て、いつもは5時半に晩御飯を食べているのだと言う。(^-^;)

あわてて作り、6時ごろに食べて、父が寝るのは早8時半。

こんな時間帯から寝られるだろうか。

寝る前に父は、いつもだいたい1回目に排尿に起きるのが9時半頃、2回目が11時半頃や・・・とか、言う。

ああ・・・止めてえなあ・・・と思いながら、すぐに寝入った父の鼾を聞きなから、いつしか私も寝入ってしまった。

パッと電気がついたので目が覚めたのが12時半。父の1回目のようだ。布団をまくってあげるとゆっくり起き上がり、ベッドの横に置いてある洋風便座に座り、用を足したので、シャツをきれいにそろえて、ズボンを引き上げて、1回目終了。

父は母の話したとおり、すぐに鼾をかいて寝入ってしまった。

私はなかなか寝入ることができなかったが、何とか少し眠ったら、今度は2時半に電気がついた。

次は、3時半。もう眠っている暇はない。

次は6時。この時は父はなぜか、寝室のすぐ横にあるトイレに行って用を足した。

まだ少し、7時頃までは眠れるかなあ・・と思っていたら、父は「もう十分寝たから起きる!」と言い出す。

昨夜は4回だったから少なかった方だが、それでも起床時から体が重い。

外は朝霧で、まだもやっていた。
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by dande550213 | 2009-10-23 10:10 | 旅行(海外・国内) | Comments(0)

ドイツ旅行の写真がダンボール箱の中から見つかった!

カメラ屋さんでもらったポケットアルバムに整理してあったが、ネガは捨ててしまったらしく、もう無い。(^-^;)しかたがないから、暇なときに少しずつスキャナで画像ファイルに変換しようと思う。

見たかった写真をスキャンしたのがコレ。ローテンブルクの城壁の写真↓

レーダー門から街中に入る
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ガルゲン門付近の城壁
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城壁の上から街中を見る
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早朝の街中
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ブルク門付近
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ジュピタール門
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ジュピタール門を出て、二重橋付近から街を眺める
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ローテンブルクは城壁で囲まれ、中世の面影をほぼ完璧に残している町と言われる。

なぜ、城壁にこだわるのかは、また今度。(^-^)

*夕方から翌朝の写真なのに、同じ日付とは、カメラの日付を現地時間に直すのを忘れていたのだ。今、気がつく。(^-^;)
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by dande550213 | 2009-10-10 11:23 | 旅行(海外・国内) | Comments(4)

ふとしたことから、以前ドイツのローテンブルクへ行ったときの写真を見たくなって、デジカメ写真保存のDVDを調べた。

いくら探しても、ドイツ旅行へ行った時の写真がない。

何故だろう。
ガサツな私と言えども、どこかに画像は保存しているはずとフォルダ内を探し回るが無い。

もしかして、ドイツ旅行のときはまだデジカメを持っていなかったのだろうか?

いったい、私はいつからデジカメで写真を撮るようになったのか、そして、ドイツはいったいいつ行ったのか、情けないことにそれが思い出せない。

ふと見ると、保存DVDの中に、「初めての撮影」という題のフォルダがある。

中の写真を見て、ああ・・・これが初めてデジカメで撮った写真だったと、その時のことを鮮やかに思い出した。

写真の更新日は2001/05/21となっているから、この日がデジカメ写真の初撮影日だったとわかった。

初の海外旅行は1994年で、その時の写真は整理してアルバムに貼ってあるのは記憶している。

その後ドイツへツアー一人参加で行ったのだった。ドイツの後、娘を連れて中国へ行ったのは覚えていて、それがいつだったかはこれも忘れてしまったが、そのときはもうデジカメ写真だったのは覚えている。保存DVDの中に、そういう名前のフォルダもチャンとある。

ドイツのがないのは、やっぱりデジカメではなかったということだろうか、しかし、アルバムも無いということはいったいあの時の貴重な写真はどこへ行ったのだろうか?

あちこち旅行に出かけても、行きっぱなしのツケ。

そういう意味ではデジカメ写真は探すのが楽で、ズボラな私向きだといえるかもしれない。

が、とにかく、段ボール箱を引っ掻き回して、写真の在り処を確認しておかなければ・・・。
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by dande550213 | 2009-10-09 17:25 | 旅行(海外・国内) | Comments(0)