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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213

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今日、診察に行ったら、またステロイド剤が減量になった。
明日からいよいよ、6mg/dayになる。

SLE治療の上での「合格量」と言われる「5mg/day」が、すぐ目の前に迫ってくるような錯覚(?)すら覚える量だ。「合格量」というのは、私の勝手な造語だが、維持量として長期に服用してもあまり心配しなくていい量と言われることから、自分で目標にしていた量。

私には到底無理な量だと思っていたから、これに挑戦できそうな可能性が出てきたなんて、なかなか信じられない。「7mg/day」がずぅ~と長く続くものだとばかり思っていた。

とにかく文句なしにうれしい!
6mgとか5mgで維持できるなら、どんな辛いことでも我慢できそうなぐらいにうれしい。

例によって、一気に「毎日6mg/day」にはしないぞッ!

「7mg/day」に挑戦したときと同じように、慎重に、慎重に、階段を一歩一歩確かめながら降りるように、減量していくつもり。主治医にそう話したら、笑っておられた。
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by dande550213 | 2008-01-30 15:52 | SLE・健康 | Comments(6)

昨年6月に買ったばかりのDELL製PCの調子がおかしくなって、今日、サポートへ電話した。

電源ボタンを押すと、電源は入るのだが、ビープ音がして、そこでストップしてしまうのだ。本体の電源はONになっているのに、モニタはOFFのままになるのだ。

この現象が起こりだしたのは先週末からだが、いつでも、この現象が生じるわけではなかった。今までと同じような強さで電源ボタンを押すと、2回に1回はこの現象が起きるようになった。そういう時はしかたがないので、もう一度電源ボタンを押してOFFにし、再度、今度は強く電源ボタンを押すと、普通に起動して、モニタもONになり、いつもと変わらずPCが使えていた。

私自身は、もしかしたらこれは電源ボタンの接触不良ではないかと思っていた。いずれにせよ、1年以内の修理だと無料だから、近いうちに一度、サポートに相談してみた方がいいなあ・・・と考えていた。

ところが、今日、ライティングソフトをインストールして再起動を選択した後で、またこの現象が起きて、再起動できなくなることに気がついた。もちろん、モニタの電源も落ちてしまう。

一端電源を切り、再度電源を入れて再起動を選ぶと、また同じ現象が起こる。

電源ボタンの方は、強く長く押すと、その現象はあまり起こらないが、再起動ではほとんど100%と言っていいくらいに、この現象が起きることに気がついた。

このPC、買った当初から、スウィッチを入れると時々、DELLのロゴが出た後、VISTAが起動するまでの間の黒画面で、「何とかかんとか、F1かF2を押せ」というメッセージが出て止まることがあった。何かよくわからないが、F1を押すと普通に立ち上がるし、最近ではこの表示も出なくなっていたので、それが何を意味していたのかは考えたこともなかった。

今日、サポートへ電話すると、どうも「メモリの接触不良が原因」のようだと言われた。

本体の前面に「診断ランプ」がついているので、現象を再現させながら、診断ランプの番号を報告していく。また、黒画面のことも報告すると、「F1かF2を押せ」の上の行に何と書いてあったかと聞かれる。よく覚えていないので、これも無理やり再現させて、メッセージを報告する。確か、「メモリがチェンジした」というような英文だった。

以上のやりとりから、サポートは、「メモリの接触不良で、時々うまくメモリが認識できなくて、メモリが変わったけれど、このまま続けるのか、BIOS設定で確認するのかと聞いてきていたのだ」と説明し、「どうもメモリの接触不良が原因」のようだから、「今からメモリの抜き差しをしてもらいます」と言い出した。

ええっー、そっちで直してくれるのと違うの~?と聞くと、簡単なものはサポートの指示に従って、ユーザーが自分で直すのだそうだ。どうしても自分では不安だ、できないと言う人には引き取りにいくが、その場合だと、返ってくるまでに1週間から10日間ほどかかると言う。

「それならば、自分でやってみますわ~」と返事し、一端電話を切って、準備をすることにした。

本体に接続しているコードは全部抜かなくてはならないし、作業する場所を作らなければならない。メモリやHD増設の経験はあるが、何しろもう大昔の話。それに、私は手が肉厚で大きいから、細い隙間に指を突っ込んで作業するのがやりづらかったのを思い出す。静電気がこもるタイプでもあるから、こういった作業にはあまりむいていないと自分では思っている。

準備が整い、再度、サポートに電話して、指示を受けながら、作業を始める。

DELLのPCは、ボタンを押すだけで簡単に本体のカバーが開くようになっていた。(笑)

カバーを開け、横倒しにして、中を覗くと、メモリが行儀よく並んでいた。

先ず最初に、電源ボタンを10回押して、静電気を除去したような気がする。

次にメモリを2枚、外し、その横にある「電池」も抜き差ししたような気がする。

その後、電源コードをつないでスウィッチを入れ、どこまで電気が通るか、確かめたようなような気がする。

その後、また電源コードを抜いて、電源ボタンをまた10回押した後で、メモリを差し込んだような気がする。

カバーを閉じ、必要なコードを接続して、スウィッチを入れると、今度は黒画面で「FDがどうのこうの」と言ってきたので、F2からBIOS設定画面に入り、指示に従い、何か書き換え、抜け出してVISTAを立ち上げた。

この間、全部で30分ぐらい。お礼を言って、電話を切る。

これで、どうやら完全に復活したが、PCの日付が2007年3月31日に変更になっているにの気がつき、訂正変更する。

DELLのサポートは2回とも女性だったが、とても優秀で感心した。

しかし、メモリの接触不良だなんて、結局DELL製品の欠陥だったんじゃないのかなあ?
だから、このような製品を配送した不手際(?)を最後に一言謝って欲しかったと思っている。
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by dande550213 | 2008-01-29 22:37 | PC・IT | Comments(5)

しもやけとレイノー


いつだったか、「足のしもやけが痛痒くて・・・」と言ったら、「今時、しもやけだなんて・・・」と驚かれた方がいらっしゃった。

そう、私も子どもの頃のしもやけなんて、もう卒業したわ~と思っていたけど、数年前から冬はしもやけとレイノーに悩むようになった。

SLEで末端の血流が悪い上に、冬場になると寒さで余計に血流が悪くなるのだろう。足のかかとや指に、丸く少し堅い赤い塊のようなものができて、ムズムズと痛痒い。崩れるほどにひどくはならないので助かっている。

昨年までは足の裏にもホッカイロを貼っていたが、今年は暖冬で、私のホッカイロの消費量がぐぅ~と減った。電気ストーブもつけていない。マイルームの中は、ほとんど暖房無しで暮らしている。

やせ我慢しているわけではない。灯油高騰に対抗しているわけではない。
元々が雪国育ちなので、大阪の冬はあまり寒く感じないだけ。

寒くないのに、足にしもやけが出来、指にレイノーが走るのはSLEゆえ。

レイノーは、今日、この冬初めてのが出た。

夕方、マシンジムへ行くとき、足の裏が急にバリバリしてきた。ああ、やばいなあ・・・と思って、ジムで足の裏を調べようと思って手袋を脱いだら、手の指の何本かがろうそくのように真っ白になり、感覚が無くなっていた。

げぇー、手の指もレイノーになっている。足の裏は・・とみると、これも真っ白で感覚が鈍くなっている。

こうなったら、ひたすら暖めるだけ。暖かい息をはぁー、はぁーと吹きかけて。

最近、SLEを忘れるほどに体調が好調だっただけに、冬の使者の訪れに現実に引き戻されてしまった。まあ、しかたがない。ボチボチ行きまひょか。
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by dande550213 | 2008-01-28 21:24 | SLE・健康 | Comments(3)

「運命の人」というのは俗っぽい喩えかもしれないが、最近、私は長年求め続けてきた説教にようやくめぐり合った幸せを感じている。

まるで私のような「知りたい、知りたい、何でも知りたい!」と願い、「人間は何でも知ることができる」と思っているような、神様から見れば、「不遜な人間」をターゲットにしたような説教。

この方は退職された後、あちこちの教会の応援の御用をされている牧師先生なので、毎週説教をお聞きできるわけではない。今年度は月1回ぐらいのペースだった。来年度もそうなるだろうと言われている。だから、少なくとも、後12回ほどはその先生の説教をお聞きすることができると思うのだが、たぶんその後はそういう機会は無くなると思うと、少々焦ってくる。

というのは、この先生の解き明かしをもっともっと引き続きお聞きしたいからだ。

先生御自身もこの問題について創世記から解き明かすと、とてつもなく長くなるとおっしゃった。

私は長くなってもいいから、全部お聞きしたい。この際、私の疑問点を全部解き明かしてほしい。このときを逃したら、私はまた迷路の中をさ迷わなければならなくなるような気がするからだ。

先月の先生の説教の後、「これだ!」と思って、私は録音ルームに駆け込んで、今日の説教テープをダビングしてほしいと申し込んだ。しばらくして、係りの青年が、「dandeさん、ごめん。操作を間違えて、元録音を消してしまったので、ダビングできなかった」と謝りに来た。(おい、おい、怒るで~)

今月の説教の後、「今月のも運命の説教だ!」と録音ルームに駆けつけて、ダビングを頼み込んだ。係りの青年から「幸い、入れるテープが1個見つかったから、ダビングしてあげる。このテープがなかったら、今日はダビングできひんとこやったで~」と言われて、喜んでもらってきた。

家に帰るなり、さっそくテープを再生したら、何と前の録音を消去しないで上に再録音しているので、水野先生との二重奏になっている。(うーん、もう、怒るで~)


今日の説教では、何でも知りたいと願う人間の心は神様の領域にまで踏み込もうとし、定められた境界を越えた結果、神を畏れなくなった。その一番最初の例として、創世記のアダムとエバの話を引き合いに出された。

アダムとエバが神様から隠れた話。普通は、「神様に禁断の木の実を食べたことをとがめられるのが怖くて隠れた」と解釈されているように思う。しかし、先生は今日、こう説明された。

「隠れた」のは、「神様から隠れられると思ったから、隠れたのだ

そもそも、人間は全能の神様から隠れられるような存在ではないはずなのに、隠れられると思ったから隠れたのだ。神様を畏れる気持ちがなくなったからこそした行為だ。・・・と。

こういう角度から解き明かしてくださる先生に、私は未だお会いしたことが無かった。

神様と人間の関係は、双方向の関係ではないのだ。神様からの一方通行の関係なのだ。そのことの意味がよくわからない人間がいる。私がまさにそう。文明の進展とともにそういう人間が増えていく。

私は、幼子のようになれない。幼子のようになれないものに、無理やり「なれ!」と言われるのは辛い。それよりか、なぜ幼子のようになれないのか、それを解き明かしてほしいと願っていた。

だから、もっともっと、先生のすべてをお聞きしたい。後12回ではとても足りない。
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by dande550213 | 2008-01-27 23:07 | 御言葉 | Comments(2)

一人の欠ける者なく


私を今の教会へ導いてくださったH姉の御主人が召天されたのは、今からちょうど9年前のことだった。ご主人は再婚だったから、H姉とは20歳近く歳が離れていて、亡くなられた時は67歳だった。H姉は私と同い年だから、当時はまだ40代前半だった。高校生から小学生まで、5人の子供を抱え、いったいどうやって暮らしていくのだろうと、私はそればかりが心配だった。

今日、H姉が9年ぶりに御主人の記念会をされた。

当時小学5年生だった一番下の子どもが20歳になり、彼女の心の中で、ようやく一区切りの時を迎えようという決心がついたのだそうだ。

記念会では、子どもたちを代表して、3男くんがお父さんの思い出を語ってくれた。生まれたときからお父さんは白髪でおじいさんのように見えたので、子供心にそれがイヤだったこと、でも自分たちを心の底から愛してくれて、最高のお父さんだったと思っていることなどを、語ってくれた。

私が御主人に初めてお会いしたときは、もう既に白髪のしなびたおじいさんのような容貌だった。スーパーなどで子供たちの買い物に付き添っておられる姿を拝見して、ずぅ~とあの人は子どもたちのおじいさんだとばかり思っていたほど、歳をとっておられた。だから、今日、講壇の前に飾られていた御主人の写真を見て、びっくりした。やはり白髪だったが、私が見たことの無い若々しい御主人の笑顔の写真だったので、思わずH姉に「こんな御主人、初めて見るわ。いつ頃の御主人?」と尋ねると、新婚旅行の頃だと言うから、今から30年ぐらい前の写真なのだろうか。今の写真と言ってもおかしくないような御主人の服装のセンスに先ず驚いた。ブラックのシャツに灰色のネクタイで、片手を横に流したくだけたポーズで、こぼれんばかりの笑顔。30年前に、すでにこんな今風のブラックのシャツだなんて、さすがクリエイティブなお仕事をされていた方。。。と驚いた。

私が御主人と接したのは、私の受洗後2年ほどの、本当に短い期間だったが、強烈な印象を残して召天された。今でも折に触れて御主人の言葉を思い出す。天国で一番先に会いたい人だ。

でも、私は当然のことながら、御主人のすべてを知っていたわけではなかった。今日、H姉が御主人が召天されるまでの闘病生活の思い出を語ってくださって、初めて私は御主人の子供たちに対する深い愛情と、凛とした信仰生活の一端を知った。失神するほどの激痛を堪えて、這うような姿で教会へ一歩一歩歩み、最後まで聖日の礼拝を守り通し、平常心を保ち通された。ただ1回だけ、あまりの激痛に耐えかねて「痛い。」と泣き言を言ってしまい、そのことを恥じて、涙されたこともあったと言う。

9年前の告別式は、今思い出しても私には不思議な式だった。全然、湿っぽくなかった。不思議なほどの安らぎのある式だった。「お父さんは死んで無になったのではなく、天国へ先に行って待っているだけなのだ」と家族の皆が確信しているような、妙に安らぎに満ちた安心感が漂っているような、私には不思議な告別式だった。

今日、御主人の亡くなる前の言葉をH姉が紹介してくださった。

「子供たちの一人も欠ける者無く、天国で会おう」

「もとむ」は神の御心を求める者に、「いずみ」は生命の泉あふれる者に、「きよし」は聖別される者に、「みつる」は恵み充分なる者に、「このみ」は唇の果実で讃美する者に、と願った子らは、オリーブの苗木のように我が家の食卓を囲んでいます。

と、今から20年近く前に、ご主人は書いておられる。

その子供たちよ、一人の欠ける者なく、天国で再会しよう!
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by dande550213 | 2008-01-26 23:35 | 教会生活 | Comments(4)

もものつがい


教会で、信徒の方々とお話をしたり、お証しを聴いたりしている時に、「私はOOです/でした」という言葉を耳にすることがある。自分の性格や信仰態度を、聖書の登場人物に例えて言い表すときに、このように言う。

私の記憶に残っているのは、「ヤコブ」と「トマス」で、この2人はよく例えられるような気がする。私自身も、常々「私はまるでトマス(のよう)です」と言っている。(^_^;ゞ

「ヤコブ」で記憶に残っているのは、今は鳥栖曽根崎キリスト教会の牧師をされている宇山誉先生。先生が神学生の時にうちの教会に実習(?)に来られていた時だったか、卒業して、伝道師として来られていた時だったか、よく覚えていないが、先生が「僕はヤコブです。おしのける者です」とおっしゃった言葉が、なぜか、今でも耳の奥底に残っている。

そのときは創世記の「ヤコブ」のことをよく知らなかったから、「おしのけるもの」というのがどういう意味なのか、どこが似ていると言っていらっしゃるのか、よくわからなかった。

その後、創世記の「ヤコブ」に触れる機会は何度もあったが、物語の流し読みのような読み方をしていたので、恥ずかしい話だが、今日に至るまで、「ヤコブ」とはどういう人だったのか、よくわからないままだった。ヤコブが神様と格闘して外されたという「もものつがい」とはどこなのか、「もものつがいが外される」ことがどういう意味をもっているのかも考えたこともなかった。

今日、急に示されて、ベラカ1月号の聖書日課の土屋開夫牧師の解説や吉祥寺集会の喜びのメッセージ「もものつがいをはずされる」で学んで、「私もヤコブだ」と強く思わされた。
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by dande550213 | 2008-01-23 16:06 | 教会生活 | Comments(2)

昨日の教会新年聖会の講師は、伊那福音教会の水野晶子牧師だった。

午前と午後の2回にわたり、メッセージを取り次いでくださった。
声楽家のようなすばらしい歌声で、讃美も披露してくださった。
まさに「歌う牧師先生」と言う感じ。

「歌う牧師先生」と言えば、うちの教会の牧師先生も昨年亡くなった「ルチアーノ・パヴァロッティ」のようなすばらしい歌い手(^-^)。体型もよく似ている。時々、礼拝メッセージの最中に歌ってくださる。昨日も、指揮をしながら、陶酔したような表情で皆と一緒に歌っておられた。

いつも講壇の上で歌われるのを見聞きしているだけだったが、昨日は水野先生が講壇に立たれるので、うちの牧師先生は午前中は2列目の一般席(?)に座っておられた。私が少し離れて座ると、「dandeさん、もしイヤやなかったら、傍へどうぞ~」と言われたので、「はあ・・・、全然イヤじゃないですわ~」と言って、恐る恐る横に座らせていただいた。少し、緊張した。

が、讃美の時になって、「エライとこに座ってしまったなあ・・・」と少し後悔した。
というのは、真横に座ると、牧師先生のすばらしい声量がやかましくて、やかましくて、耳がつぶれそうなほどうるさく感じたから。(すみません)


午後の聖会の最初、水野先生が「もし、あなたの余命が後一ヶ月と言われ、今のままの身体の状態が一ヶ月続くとしたら、あなたはどうしますか?隣の人と語り合ってください」と言われた。

私はたいして考える間もなく、すぐにどうするか決まった。隣のS姉もそのようだった。

そこで先ず、S姉にお伺いしてみた。

S姉は、「後一ヶ月と言わず、すぐにでも天国へ行きたい、もう明日にでも行きたい。一日でも早く天国へ行きたくて行きたくてたまらない」と言われる。ええー?ホンマ?(^-^;)

S姉は、80代半ば。神学校を卒業され、牧師になろうとまで思っておられたほどの信仰の厚いお方だから、なるほど・・・そうなのか・・・と、妙に納得させられた。

私は恥ずかしげも無く、「世界旅行に出かけます!」と言った。

私が生きたこの地球で共に暮らした世界の人々と自然を、少しでも多く、自分の心に刻んでおきたいから・・・と、説明した。

S姉は、にこやかに微笑んでおられた。

前の席に、教会役員の紳士が2人、座っておられたので、「ねえ、ねえ、Uさん、Nさん、お二人は何ですか?」と聞いてみたかった。

今度の送別会のプログラムに入れて、皆で披露しあうっていうのはどうかなあ?
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by dande550213 | 2008-01-21 22:03 | 教会生活 | Comments(2)

『どんどん話すための瞬間英作文トレーニング』という本を買った。

なんやかんや言っても、英語がしゃべれないと不自由なのが、昨年の世界陸上大阪ボランティアで身にしみてわかったから、今年はなんとしても英語で話せるようになりたいと思ったからだ。

   中学1~3年生レベルの簡単な英文をスピーディーにたくさん作れば、
   英語が話せるようになる!簡単な英文を楽にたくさん作って、英作文回路を作る

というキャッチフレーズに引かれて、珍しく英語勉強の本を買ってみた。

しかしやりだして、私はとんでもないことを始めたのではないかという不安に駆られだした。

中1レベルの簡単な英作文で、日本語文を見て英語に直そうと思っても、すぐに口から出てくるのは英語ではなくてスペイン語。

「わからないときは考えないで、答えを読んで・・・」と書いてあるので、英語の解答文を読もうとするが、スペイン語風の読み方になってしまって、中1レベルの英単語でも、英語の発音は辞書を引かないとよくわからなくなっていることに気がつく。

しどろもどろと、昔を思い出しながら、しばし英語に浸ると、今度はスペイン語が出てこなくなる。

つまり頭の中で、英語とスペイン語の切り替えができないのだ。『(^-^:)

英語を勉強すると、せっかく覚えたスペイン語がグチャグチャに壊れる。
スペイン語にもどると、今度は英語モードが全滅する。

これじゃ、まるで「二兎を追うものは一兎をも得ず」になりそうだ。

「英語とスペイン語を同時進行」・・・というのは、私には無理なのだろうか?
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by dande550213 | 2008-01-17 22:43 | スペイン語学習 | Comments(9)

2008年教区新年聖会


昨日は、大阪教区の新年聖会(於:放出教会)だった。

途中の駅で幻を見たの、見ないのといって騒ぎ立てたのは昨年の新年聖会だったから、あれから早一年が過ぎたのだ。

あれはいったい何だったのか、自分でも未だによくわからないが、振り返ってみれば、あれ以後、私は様々な「神様の不思議」を経験することになった(と、自分では思っている)。

    士師記13:18  主の使いは彼に言った。「なぜ、あなたはそれを聞こうとするのか。
               わたしの名は不思議という。」


ところで、昨日の新年聖会、講師は教団副委員長で、荻窪栄光教会の中島秀一牧師だった。

師を初めて知ったのは、昨年10月号の「ベラカ」で、師の「今、福音派の中にあって」という文章を読んだとき。日本イエス・キリスト教団にこのような鳥瞰的・俯瞰的な展望を示してくださる先生がいらっしゃったとは・・・と、とても感激したのを覚えている。

だから、先生の講演をとても楽しみにしていたが、予想以上に骨太・重厚な講演で、午前と午後の2回聴いたらもう疲れ果てて、帰宅後、夕食を作るのもしんどかった。

最前列に陣取って、ICレコーダーに録音してきたので、ボチボチ復習したい。

一番心に残った師の言葉は、
「信仰が空転してはならない。遊離してはならない。二元的・偽善的な信仰であってはいけない。」

新年聖会のお土産はコレ ↓
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教区の「教会伝道講座 第一期」(2004~2006)大阪教区19教会からの受講者の「救いの証し集」2冊。これには受講者であった牧師先生方の「救いの証し」が収録されていたので、帰るなり、すぐにむさぼり読んだ。
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by dande550213 | 2008-01-15 21:38 | 教会生活 | Comments(2)

オールマイティな御言葉


最近つくづくオールマイティな御言葉だなあ・・・と思うのが、「のち知るべし」。

「イエスは答えて言われた。『わたしがしていることは、今はあなたにはわからないが、あとでわかるようになります』」(ヨハネの福音書13章7節)

渦中にいるときはわからないが、時がたち、ふと振り返ってみると、ああ・・・これが「のち知るべし」だったのか・・・と思い至り、「神様は真実なお方である」ことを知らされる経験がだんだん増えてくるようになった。

「オールマイティ」という表現は変かもしれない。「黄金律」と言った方がいいかも知れない。

教会生活11年目ともなると、いかに生臭で落ちこぼれクリスチャンの私でも、御言葉の真実を体験する機会が少しずつ増えてきたような気がする。
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by dande550213 | 2008-01-13 22:18 | 教会生活 | Comments(4)