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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213
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今の教会へ集うようになって10年近くになるが、一番最初に驚かされたことは「独特の用語」だった。

その中に、「こんちょう」と言う言葉がある。

こんちょうのみことばをはいどくいたします」
こんちょう、わたくしたちをこのみどうにおあつめくださいまして・・・・」
こんちょうのこのみめぐみにかんしゃいたします」のような使われ方をしている。

説教や祈祷などの時に、牧師ご夫妻や少し年配の方々の間で普通に使われているように思う。

私のような熟年でも最初は意味がよくわからなくて困ったから、今の若い子たちはどう思ってこの言葉を聞いているのだろう?と考え込んでしまうことがある。

もしかしたら、私のように一つ一つの言葉の意味には捕われず、案外気にならないのかしれないなあ・・・(笑)。

「こんちょう」は「今日の朝」、つまり「けさ」という意味。「今朝」を音読みにして使う字音語。

この言葉は、『現代国語辞典(三省堂)』には掲載されていないし、なぜか『古語辞典(角川)』にも掲載されていない。

しかし、『日本国語大辞典(小学館)』には次のような用例が載っている。

・「末代迄も仰付られうとの御事で御ざるに依て今朝(こんてう)未明より罷出た」虎寛本狂言・鍋八撥
・「しかる所にこんてう究竟(くっきょう)の事を聞出し候」浄瑠璃・出世景清
・「旦那、今朝(コンテウ)は珍しくよく御寝(おより)ましたネ」雪中梅<末広鉄腸>

だから、近世・近代には使われていたらしいことがわかる。

でも、現代では普通の会話では使わない言葉だ。「今日の朝」の意味なら「けさ」を使う。
もちろん、うちの教会でも、ふだんの日常会話では「けさ」が使われていて、礼拝時や祈祷時などの場合に限って使われている言葉だ。

前置きが長くなったが、私が不思議に思うのは、「今日の朝」と言う意味の言葉を「説教」や「祈り」などの中で使いたいのなら、なぜ「けさ」を使わないで、わざわざ今では使わない古い言葉の字音語「こんちょう」を使うのだろうか?ということだ。

もちろん教会には、ふだん日常生活では使わない独特の教会用語がある。

「贖い」とか「聖霊」とか「御霊」とか、それはもうたくさんあって、覚えて理解して使い慣れるまでが一苦労だが、これらは他の言葉では置き換えられないような特殊な言葉だから、その言葉を使わないと教会生活が成り立たない。だから、これらの特殊用語は話は別。

我が教会は、今年創立75周年を迎える歴史ある教会だから、その昔は「文語訳聖書」を使用していたと聞く。「けさ」を「こんちょう」と言うのは、恐らくその当時の名残りだろうと思うが、私が問いたいのは、「ふだん日常で使わない言葉を、今でもわざわざ使うことの意味」だ。

思うに、「こんちょう」という言葉は、今も使う人にとっては、礼拝や祈祷の際の「一種の型の中に組み込まれている」のではないだろうか?格調高い祈りとか格調高い説教の型?

聴いていると、どうも、教会では格調高い祈りや祈祷には一種の型があるような気がする。そして、例えは悪いが、その型に従って祈りや祈祷を捧げたとき、無意識に「けさ」ではなくて「こんちょう」が出てくるのではないだろうかと思う。(注:型に従うことを問題にしているのではない。聴いている人が理解しやすいような「言葉遣いの配慮」の話をしているつもりです。)

ことは、「こんちょう」一つに留まらない。

もちろん、祈りや祈祷は神様に捧げられているのだから、神様さえ理解できれば良いという考え方もあるだろうが、教会では普通はその捧げられた祈りや祈祷には聴衆がいる場合がほとんだ。

だから、他に意味が理解しやすい言葉があるのに、わざわざ耳で聴いたときに意味がつかみにくい字音語を使われると、前後の文脈を考えながら、今耳で聴いた「音」の適切な「文字」を判別し、その語の「意味を考える」という作業を、頭の中で瞬時にしなければならなくなって、(汚い言葉で申し訳ないが)一種の便秘状態のような心理状態に陥ることがある。

私はその人の祈りと一体化したいと思って聴いているのだが、難しい字音語を連発されると、もしかしてその人の祈りは「自己陶酔の祈り」に陥ってはいないだろうか?と、ひがんでしまうことがある。説教も「難しい演説や講義」を聴いているような気になって、語られる速度に合わせて理解できない自分に落ち込むことがある。

でも、ひょっとして、便秘状態で苦しんでいるのは不信仰な私だけで、他の人はみんなスッキリ綺麗に流れていっているのかもしれないなあ・・・と、些細な用語に捕われてしまう自分に、また悩む。

私のようなタイプは、神様がわからせてくださる日まで、理解したい・わかりたい・・・と自分で考えない方がいいのだろうか?

***********************************************************
大間違いの大バカだったのは私の方だ!と、お風呂に入っている時に気がついた。
祈りや祈祷は神様に捧げるものだから、元々その場にいる他人が理解できるかどうかなんて配慮する必要はないのだ。神様との個人的な対話だから、個人的な行為なのだから。

私だけが聴く人のことに捕われているのだ。
それは私の祈りが形骸化している証拠だ。
そんな祈りしか捧げたことがないから、他人の言葉尻に拘ってしまうのだと思う。

でも、説教は他に言い換える言葉があるなら、私はもう少し平易な言葉を使ってほしい・・・
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by dande550213 | 2007-04-23 17:17 | 教会生活 | Comments(4)

伊賀上野、蓑虫庵にて


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by dande550213 | 2007-04-19 23:04 | 旅行 | Comments(1)

Francisco Javier さんの声


NHKラジオスペイン語講座を聴き始めて、3年が過ぎた。

テキストを買わないことがあったり、用事をしながら聴いたりして、耳だけが頼りということが多い。

そういうわけだからではないが、私は『声』が気になる。スキットを演じるスペイン語の声優(?)の演技力や声の質などに注目しながら聴いている。

テキストの構成ではなくて、「スキットの声」だけで出来栄えを言うなら、私の最高点は「ガジェゴ家の1年」だ。

お父さんの声役のFrancisco Javier さん、お母さんの声役のMaría del Carmenさん、お姉さん役のAlbaちゃん、弟役のMarco君が演じる「ガジェゴ家」の1年は、声だけなのに、画面でその場面を見ているような気になるほど、イキイキとした本物の家族のようだった。

中でも、お父さん役のFrancisco Javier さんの声が大好きだった。

腹式呼吸しているように共鳴して響く、少し低音の男らしい声に、毎回うっとりと聴き惚れていた。この声に恋していた・・・といえるかもしれない。こんな声で毎日語りかけられたら、もうそれだけ幸せ~♪と思いながら、勉強そっちのけで、陶酔感に浸っていた(笑)。

大昔(笑)、私が若い頃に「低音の魅力」という言葉があった。日本では「フランク永井」とか「細川俊之」氏の声がご夫人方を魅了したそうだが、私はお二方の声にはそれほど魅力を感じなかった。低いが、妙に不自然な甘ったるさを感じて、私の感性(笑)には合わなかった。

しかし、このFrancisco Javier さんの声だけは特別ステキだと思う。声に爽やかな弾むような中年の男の色気が感じられるのだ。青年ではない、老年でもない、そう、まさに中年の・・・。

女性の声もハスキーなかすれるような声が好きだ。だから、お母さんの声役のMaría del Carmenさんの声にもうっとりしていた。

「ガジェゴ家の1年」は、2005年前半と2006年後半に放送されてもう再放送はないから、Francisco Javier さんの声にはもう会えないのかしら?と淋しく思っていたら、何と、応用編の「スペイン世界遺産めぐり」のJosé役の声がFrancisco Javier さんではないか!

応用編の声役はテキストには書いてないから、確信はないが、私はそう思って、金と土曜日の放送をひとしお心待ちにしている。
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by dande550213 | 2007-04-18 14:53 | スペイン語学習 | Comments(0)

東は復活、西は十字架


昨日の日曜礼拝は、協力牧師の初めての説教だった。

先生は22歳で牧師になられて45年間牧会の後、退任され、今春からうちの教会へ協力牧師として赴任して来られた。長年の牧会生活に裏打ちされた豊富な経験を踏まえて、平易な言葉で判り易く説教してくださって、私はとても嬉しかった。

説教者には、いろんなタイプがあると思う。

熱情的に語るタイプ。このタイプは分類すれば、どちらかというと「心余りて言葉足らず」タイプともいえるかもしれない。

冷静に分析的に語るタイプ。このタイプは、「言葉余りて、心足らず」タイプかもしれないなあ・・・。

もちろん、どのタイプが良くて、どのタイプが悪いという絶対的な基準が有るわけではない。人間だから、個人的な相性があるというだけの話だ。

私は、こと礼拝説教に関して言えば、「ノンクリスチャンの立場にまで下りて、平易な言葉でわかりやすく説き明かしてほしい」と常々願っている。

それではいつまでもミルクを飲む乳幼児のままで成長がないのかもしれない(ヘブル5:12-13)が、私は、礼拝説教を聴いていてもわからないことがいっぱいで、消化不良を起こし、未だ堅い食物が食べられないままの乳幼児のような気がするのだ。

だから、堅い食物なら噛み砕いてから与えて欲しいと願うのだ。
それが、私の甘えであることは充分わかっているが・・・。

なら、わからないことは質問すればいいではないかということになる。
もちろん、質問はしているが、その説明ですら、よく理解できないことが多いのだ。
私の頭が悪いのかもしれないが、それ以前に「質問の意味が噛みあわない」のが原因のような気がしている。

つまり、クリスチャンとして当然、受け入れていなければならないはずの「前提?共通認識?」が私には欠けているから、その「前提?共通認識?」の元で説明されても理解できないのではないだろうかと思うことがある。だから、クリスチャンに語るようにではなくて、ノンクリスチャンに語るように判り易い平易な言葉で語ってほしいと願っている。

私が判らないことの一つが「復活の意味」だった。だから、毎年イースターの前後は心が重かった。

何故、復活がなければ、私たちの信仰は空虚なものとなるのか(第一コリント15:17)、それが今ひとつよく理解できないのだ。私にはイエス様の十字架だけで充分救いが完成しているように思えるから、復活の意味がよく理解できないとのだと思う。

復活の事実が信じられないから・・・というのではない。なぜ、「十字架と復活の両方がなければ、救いは完成しない」というのかがよくわからないのだ。

つまり、私は、「救い」を考えた時、十字架の方が復活よりはるかに大きな意味をもっていると理解していたから、復活と十字架を同等に扱うことの意味が良く理解できないのだと思う。

そしたら、昨日の説教で「東は復活、西は十字架」という言葉があるとお聞きした。

それは、「救いの根拠をどこに強く置いているか」と言う場合、「東=東方教会は復活に、西=西方教会は十字架に」という言葉があるのだそうだ。

その言葉を聞いて、正直、ホッとした。
こういう言葉があること自体、やっぱり私のように迷う人がいる証拠だと思ったからだ。

旧約のイザヤ53章は、イエス様が生まれる300年前にすでにイエス様の十字架を預言した章だと聞く。その5節にはイエス様の十字架が預言されているが、「その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ」を「神と和解した」という意味だと、以前牧師先生は語られた。

アダムとイヴァによって罪と死が人間に入ってきた。その罪のための贖いとして、イエスさまは十字架にかかって、神様に「父よ、彼らをお許しください」ととりなしてくださり、血を流して、私たちを贖ってくださった。

その事実だけで、十分ではないのだろうか?それだけで、イエス様を信じる者はイエス様の御名によって罪が許され、罪が許されると言うことは、死が取り除かれるということだから、永遠の命が与えられるということではないのだろうか・・・?と、私などは考えてしまうのだ。だから、どうして、十字架の他に、復活が必要十分条件のように欠くべからざる要件なのか、その辺がよくわからないのだ。

第一コリント15:23-26には「各自はそれぞれ順序に従わなければならない」として、一番最初に「キリスト・・・・最後の敵として滅ぼされるのが、死である」と書いてある。ということは、十字架では死は滅ぼされていないという意味なのだろうか?

永遠の命とは、一端死んで、よみがえることによって与えられるということなのだろうが、イエス様がよみがえられたという見える事実(復活)がなければ、永遠の命が与えられると言う約束が信じられないわけでもないと思うのだが・・・と思ってしまうのだ。信仰とはそういうものだと聞いてきたので、何故復活が強調されるのか、よくわからないのだ。

前に「救いは過程だ」と書かれている本を読んだが、そのことを教会の先輩信者さんに話すと、それは「救い」とは言わない、「聖化」というのだと諭されて、また混乱した。

このような者が、1年間の見習い期間(副会長)が明けて、いよいよ昨日の婦人会総会で「会長」デビューした(笑)。

去年、打診を受けたときは「書記」だった。「席上献金係」と「会計」は経験済みなので、もし今度役が回ってきたときは「書記」が妥当だろうなあ・・・と自分でも思っていたからOKしたら、何と、総会間際になって、「1年後会長の見習い副会長」に変更になって、慌てた。

私は下働きや裏方が自分の性格に合っているし、そういう仕事が好きだから、書記ならOKだったが、会長は断わりたかった。でも、イラチで猪突猛進の協調性に欠ける私を鍛えようと思って、神様がそう導かれたのだと信じるから、ゴチャゴチャ言わないでお引き受けしたが、やっぱり「霊的に貧しい者」ということが重く心にのしかかっていた。

だから、会長就任までに何とか霊的に少しでも成長したい・・・と願って、学びの意味で昨年このブログを始めたのだったが、最近脱落気味。

今、以前の御言葉の学びを読み返すと、よくもあんなこと、臆面もなく書けたものだと恥ずかしくてたまらない。だから、最近は書けなくなったが、今日、久しぶりにまたわけのわからない迷いごとを書いてしまった。(笑)
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by dande550213 | 2007-04-16 17:42 | 教会生活 | Comments(4)

先日の診察で、ついにプレドニン1.5錠/日になる。

今まで、週に4日が2錠、3日が1.5錠とややこしかったが、これでスッキリした。

1.5錠は、何年ぶりになるのだろうか?
でも、1.5錠はSLE歴22年目で最低の錠数ではなかったような気がする。
確か、1.25錠がホンの短い間だがあったような・・・?

プレドニン減量は嬉しいのだが、最近は膀胱炎と風邪を交互に繰り返していて、どうも体調がスッキリしない。今も膀胱炎が良くなったと思ったら、旅行から帰って風邪を引いて、それが例によって治らず、もう2週間になる。

去年ぐらいから、風邪を引くと本当に治りにくくなった。熱は全然出ないから、自分の免疫でやっつけるということが無いのだろう。だから、治りにくいし、風邪薬もほとんど効果がない。

今日も、教会学校の神戸再度山ハイキングに参加する予定だったが、昨日、引越し手伝いと少し仕事したら、それだけで疲れ果てて、ハイキングは昨夜のうちにキャンセルの連絡を入れた。

今日は一日家で、お風呂や網戸を洗ったり、衣替えしたり、MDの整理したりして、ゆっくり過ごしている。

膀胱炎も風邪もすっきり治って“快調~!”という期間がなかなか無いから、マシン・ジムは最近トントご無沙汰になっている。毎月会費だけが引き落とされていく(トホホ・・・)。
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by dande550213 | 2007-04-14 17:50 | SLE・健康 | Comments(3)

夕礼拝


昨日はイースターなのに日中所用があって、礼拝は夕礼拝(夜7時半から)に出席した。

夫が留守だから夕礼拝に出席できたと言えば情けない話だが、ちょうど家族の夕飯時の「夜7時半から」というのは、「自分以外はノンクリスチャンの家族」の場合は出にくい。

日曜日、礼拝以外の用事で、昼食時に家に帰れないときも何となく心が落ち着かない。

たいていは朝から家族の昼食を作って出かけるが、今日は大丈夫と思って作らないで出かけて急に用事ができて帰れない時は、申し訳ないが自分で昼食を作って食べてくれるように、メールで連絡する。

最近、昼食時に帰れない事が多くなった。昼食時にも打ち合わせなどがあるから、「急いで帰宅して、家で昼食を食べて、また教会へ」という離れ業ができなくなった。

夫は、「たとえ妻が寝込んでも自分で食事を作るのはイヤな人」なので、私が居ない昼食は毎週のようにほとんど具を入れないインスタントラーメンを食べているようだ。

グルメを気取って、ワインソムリエの通信講座なども受講している(笑)のに、どうして毎週のようにインスタントラーメンでいいのかと、帰宅してラーメン鉢を見るたびに気が重くなる。

それにしても、夕礼拝は人数が少ないから緊張する。それもまた恵み。

昨夜は、6人だけだった。
お母さんと息子さん、ご夫婦と幼児。どちらも、クリスチャンご家庭だった。
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by dande550213 | 2007-04-09 18:02 | 教会生活 | Comments(5)

23歳の春に


今朝、朝食を食べながら、朝のニュースの桜開花情報を見ていて思い出した。

今年も、また、娘の誕生日を祝うのを忘れていたことを!(あちゃ・・・)

私は情が薄いのか、誕生日のお祝いをしたいとはあまり思わない。だからか、他人の誕生日が覚えられない。そもそもお祝い事というのが好きではない。何故そうなのかと考えると、たぶん恥ずかしい、照れくさい、からだと思うのだが、もしかしたら自分では気づいていない何かがあるのかもしれない。

妹・弟・息子・娘の誕生日は、日にちまではっきりと覚えている。しかし、夫や義妹、父、母の誕生日になると、月は覚えているが、日にちを毎年迷う。夫なら、26日だったか、28日だったか。義妹なら30日だったか、31日だったか、はっきり覚えていないのだ。父母しかり。紙か手帳にでも書いておけばいいのに、それもしないので、毎年誕生日月が近づくと迷うのだ(苦笑)。

※つい最近まで、自分が結婚した年月日も忘れていた。夫から教えてもらって、ようやく思い出したのだった。洗礼を受けた年月日もはっきり覚えていないが、これは洗礼を受けた記念に自分で作った指輪に刻んでいるので、見ればいつでもわかるようにしてある(笑)。義父母の命日もはっきりとは答えられない。ことほど左様に、記念日が覚えられない。というより、私の中で記念日が大きな意味をもっていないのだろう。

娘は桜が咲く4月3日に生まれた。だから、「桜子」と私が名づけた。桜の開花情報をテレビで見ているうちに、うっかり過ぎてしまっていたことを今朝思い出したのだった。

パンを食べながら、どうしよう?と考えた。娘の場合は、なぜか、ここ数年、過ぎてから思い出すのだ。今年も忘れていた振りをしようか・・・とも思った。でも、以前、娘が「お母さんは私の誕生日も覚えていない」と不満を言ったことがあった。だから、「今年も・・・」では、やっぱりダメだ。ああ・・・今さら、どうしたらいいのだろうか・・・。

でも、すぐに結論がでた。遅れてもいいから、何かプレゼントを渡してお祝いの言葉を伝えようと決めた。

娘は、4月3日で23歳になった。私は23歳で結婚した。だから「23歳」は、特別な意味を持っている。

私が結婚式を挙げる前日、父が大阪へ来て、デパートへ私を連れていって、何か宝石で欲しいものがあったら、買ってやると言った。無骨な父のその言葉に驚き、胸が熱くなった。

私は宝石類に興味が無かったので、何を買ってもらったらいいのか、よくわからなかった。当時大学で同級生が真珠のロングネックレスをしていて、それがステキだったのを思い出して、真珠のロングネックレスを買ってもらった。当時の値段で20万円近くした。

でも、それを身に付けたのは、この数十年間で、友だちの結婚式の1回だけだった。貴金属についてよく知らないとはいえ、何と無駄な買い物をしたものかと思っていた。真珠は色が変わるというから、金やプラチナのようにお金に困った時に換金することもできないと聞いたからだ。

でも、幸いなことに1回しか使用していないから、私が23歳の時に買ってもらった真珠は全然色落ちしていない。私には当時と同じ輝きに見える。娘は私と違ってアクセサリーが好きだから、これを娘の23歳のお祝いにプレゼントしようと思った。

私がこれを持つに至ったいきさつを話し、「綾部のおじいちゃんの形見と思ってね~」と言って渡したが、私の形見でもあることを娘は理解してくれていると思っている。
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by dande550213 | 2007-04-06 11:14 | 雑感 | Comments(2)

クリスチャンになるまでは、ユダヤ人の問題といえば、
アンネ・フランクとナチスによるアウシュビッツの虐殺しか知らなかった。

1996年のイースターは4月7日だったが、その日に私は洗礼を受けた。

奇しくもその年7月に、或る兄弟が次のような呼びかけをしてくださった。

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ユダヤの歴史、ユダヤ教について感心のある方はいらっしゃいませんか?

 「ユダヤ人」という言葉を聞いたとき、貴方はどの様な人を連想されるでしょう。シェークスピアの名作「ベニスの商人」に登場するシャイロック、あの強欲な高利貸しでしょうか。それともアンネの日記に記されたように、第二次大戦でナチスの手により虐殺された数百万の人々でしょうか。或いは社会体制の変革を目指したマルクス。深層心理の世界を探ったフロイト。相対性理論で原子力の扉を開いたアインシュタインなど、世界の歴史に大きな足跡を残した人々でしょうか。

 創造主は多くの民の中からアブラハムを選び、「地上のすべての民族は貴方によって祝福される。」と仰せられました。旧約聖書はユダヤ人たちに与えられ、預言者を通して「貴方は私の民となり、私は貴方の神となる。私の住まいは貴方たちと共にある。」と語っておられます。そして、イエスはユダヤ人としてお生まれになり、ユダヤ人の王と記されて十字架にかかられたのです。

 新約聖書では祭司や律法学者、パリサイ人をイエスに敵対する者として激しく非難しています。彼らはイエスをローマの総督ピラトに訴え、群衆たちも「十字架につけろ、その人の血は、私たちや子どもたちの上にかかってもいい。」と叫びました。

 しかし、すべてのユダヤ人がイエスを拒んだ訳ではありません。十二使徒は全員ユダヤ人であり、パウロも「私は八日目に割礼を受け、イスラエル民族に属し、ベニャミンの分かれの者です。きっすいのヘブル人で、律法についてはパリサイ人、」と自己紹介しています。使徒たちはイエスが昇天された後も神殿で語り、パウロは各地のユダヤ人会堂を宣教の拠点とします。

 この同じユダヤ人が、どうして或る者はイエスを神を冒涜する罪に定め、他の或る者は救い主として受け入れたのでしょうか。「使徒の働き」では、ある時点からキリスト宣教に背を向ける人々を一括して「ヘロデとユダヤ人たち」と呼ぶと同時に、「イエスを受け入れたユダヤ人と異邦人」という表現も用いているのです。こうなるとユダヤ人とは民族名なのか、それとも特定の信仰を持つ集団名なのか判らなくなってしまいます。いずれにしても中世以降、ユダヤ人はキリスト教圏ではイエスを拒んだ罪により祖国を失った忌むべき民族とされ、イスラム教圏では啓典の民ではあるが二流の民族として位置付けられ、ナチスは世界制覇を目論む劣悪な人種名としました。

 この、神に選ばれ、聖書を与えられ、イエスを産み、敵対し、世界中に離散して尚信仰を保ち続け、再び祖国に帰った不思議な民族ユダヤ人。その信仰と歴史を辿るのも、より聖書に親しむ一つのアプローチではないでしょうか。

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 上記の呼びかけに賛同した数人の兄姉を交えて、1996年8月31日から月1回の勉強会が始まった。この時以来、私はユダヤ人とユダヤ教に対する興味に捕われるようになった。

 呼びかけ人の兄弟は、その後病で、約2年半後に昇天された。ユダヤ人とユダヤ教について博学だったその兄弟が亡くなられてからは、ユダヤ人とユダヤ教について学ぶ機会は無くなったが、聖書を学ぶ自主的な勉強会として、その会は今も続いている。

 約2年半にわたって兄弟が月1回講義してくださっていたあの当時はよくわからなったことなどが、今ようやく少しずつ意味がわかるようになってきた。

 兄弟が残された資料集を紐解きながら、あの2年半に今戻ることができたら・・・と切に願う。

 たった2年半の、本当に不思議な出会いだった。

 兄弟の「ユダヤ関係書籍」一覧(1998年8月31日)に載っていない本を、先週読み終えた。それが小岸昭氏の「スペインを追われたユダヤ人~マラーノの足跡を訪ねて~」(1992年5月20日刊行) ※同じ筆者の「離散するユダヤ人」は、兄弟の「ユダヤ関係書籍」にあり。

 近代になってロシア・東欧からポグロムによって西に追われてくるユダヤ人を一般に「アシュケナジ」と呼ぶのは知っていたが、南方から北アフリカをたどってイベリア半島に住み着き、カトリック・スペインによってスペインを追放され、再び地中海東岸に住み着くようになったユダヤ人が「セファルディ」と呼ばれ、スペインで「改宗か追放か」を迫られ、やむなく「改宗」して「新キリスト教徒」になった「マラーノ」と蔑まれた人々の発生が近代ヨーロッパの始動と展開に大きな関わりを持っていたことを知って呆然としている。

 神の不思議な御わざを思わざるを得ない。
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by dande550213 | 2007-04-05 22:40 | | Comments(0)

記憶の欠落


1週間ほど前に、夕食を食べながら、「前の家、今の家」のことなどを話していた。

私が、「今の家になって、私は初めて自分の部屋を持つことができるようになって、それだけでも幸せや。」と言ったら、夫が「イヤ、前の家のときから、自分(大阪弁で「おまえ・きみ」)は自分の部屋を持っていた。」というので、びっくりした。

そんなはずはない。前の家では、夫や子供達はそれぞれの部屋があったけれど、私には無くて、2Fの夫婦の寝室の隅っこのベランダの出入り口に自分の机を置いて、そこだけが私のマイ・スペースだったはずだ。だから、私は自分の部屋が欲しい、欲しいと思い続けてきて、今の家に引越して、ようやくその夢を実現させたのだと、今の今までずぅ~と思い込んでいたのだ。

夫にそう言うと、

そうやったかなあ・・・。でも、引越す前は確か、僕は1Fの自分の書斎にパイプベッドを置いて寝ていたような気がするけどなあ・・・。そやから、自分は前の家でも2Fの寝室を自分用の部屋に使っていたんと違うか?

という自信の無さそうな答えが返ってくる。

私は自信を持って、言う。

そんなはず無いやん。あのたくさんの図書館のような本箱の林の中に、一体、どうしたらベッドが置けると言うの?置けるスペースなんて無いやん?かなんなあ、自分(あなた)、夢でも見てたんちゃう?私は前の家では自分の部屋なんて無かっんたんやから~。

と言い返して、笑った。

でも、そしたら、夫が今使っている「下に物を入れて上に寝るパイプベッド」は今の家に越して来る時に買ったのかしら?ということが気になりだした。

今使っているパイプベッドはどうも前の家でも使っていた品物のような気がするのだ。

前の家でそれを夫が使っていたなら、彼はそれを一体どこで使っていたのだろう?

わずか3年前のことなのに、なかなか思い出せなかった。

数日後、前の家を掃除しながら、ようやく、夫が言うとおり、前の家ですでに私はマイルームをゲットしていたのだった、ということを朧気ながら思い出した。

1Fの夫の書斎の本箱のいくつかを2Fの寝室に引き取ることで、1Fの夫の書斎にスペースを作り、夫にそこへ移ってもらうためにパイプベッドを買ったのだった。

こうして私は2Fに自分だけの空間を確保したのだった。別の言い方をすれば、2Fの寝室から夫を追い出したのだった(苦笑)。

原因は、確か、夫のいびきと真っ暗闇だったような気がする。

歳を取るに従って、彼のいびきがひどくなり、私は睡眠不足で悩むようになっていた。その上、真っ暗闇じゃないと寝られないと言って、豆電球も消し、他からの明かりが差し込まないようにあちこちに目張りまでして、「真っ暗闇」を強要するのも耐えられなかったのだった。

いびき対策番組なども一緒に見て、一度実行してみて欲しいと頼んだが、「NO!」だった。

ゴーゴーという一晩中のいびきで寝られなくて、それならトイレにでも・・・と起き上がっても、真っ暗闇の中を手探りでヨロヨロと出口を探さなければならないような生活に反旗を翻したのだったが、でも、どうしてそれを私は忘れてしまっていたのだろう?

そのことが不思議でたまらない。

もしかしたら、私は自分に都合の悪いことは勝手に忘れてしまう人間だったのだろうか(苦笑)?

私にはこんな記憶の欠落がいくつもあって、時々自分がわからなくなることがある。
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by dande550213 | 2007-04-02 18:10 | 雑感 | Comments(2)