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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213

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3:23 神が囲いに閉じ込めて、自分の道が隠されている人に、なぜ、光が与えられるのだろう。(新改訳)

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今日の御言葉は、新共同訳ではタイトルに一致しないように思えるので、新改訳から引用した。
口語訳は新改訳に同じ。

3:23 なにゆえ、その道の隠された人に、/神が、まがきをめぐらされた人に、光を賜わるのか。(口語訳)

3:23 行くべき道が隠されている者の前を/神はなお柵でふさがれる。(新共同訳)

英語版もNKJとTEVで異なっているように思う。
3:23 Why is light given to a man whose way is hidden,And whom God has hedged in?(NKJ)

3:23 God keeps their future hidden /and hems them in on every side.(TEV)

なぜだろう?
2つ(新改訳・口語訳と新共同訳)は、同じことを言っているのだろうか?
私には正反対に思えるのだが・・・。

ちなみにスペイン語聖書も、
(Reina-Valera 1960)は
3:23 ¿Por qué se da vida al hombre que no sabe por donde ha de ir,
    Y a quien Dios ha encerrado?
     (なぜ、どこへ行くべきか知らない人や神が閉じ込めた人に、生命が与えられるのか?)

(Nueva Versión Internacional)は、
3:23 ¿Por qué arrincona Dios
    al *hombre que desconoce su destino?
     (行く道を知らない人を神はなぜ追い詰めるのか?)
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by dande550213 | 2006-09-30 23:07 | 御言葉 | Comments(0)

今日はうれしいことが2つあった。

一つは、先日私の質問にお答えいただいた牧師先生の回答の中で
意味がわからなかった「たとえ話」を教会の先輩方が解き明かしてくださって、
心がすっきり快晴の秋晴れになったこと。

<「贖い」のたとえ>
 一人の少年が自分で一生懸命ミニチュアの船を造った。その船に紐をつけて、湖に浮かべて遊んでいたら、風があまりにも強くなって、紐が切れて、少年の船は流されて、どこかに自由に行ってしまった。がっかりした少年がある日町を歩いていると、おもちゃ屋のショーウィンドウに少年が造ったのを同じ船が並べてあった。少年は店に飛び込んで、「おじさん、これは僕が造った船だから、返して!」と言った。すると、主人は「何を言う!これはある人から高いお金で買ったものだ」と言う。少年は、「じゃ、おじさん、どうしたら、その船が僕のものになるの?」と尋ねると、店の主人は「この船の代価を持ってこい」と言った。少年はお小遣いを叩いて、また親からお金を借りたりして一生懸命お金を貯めて、もう一度、自分のものにした。これが贖いです。

今日、このたとえがよくわからないのだと言ったら、ある姉妹が、少年は「神様」だと教えてくださった。
この一言で、すぅ~とわかった。そうだ、少年が大切にしていたミニチュアの船が「私達人間」で、代価が「イエス様の十字架」なんだとわかったとき、思わず涙が出て止まらなかった。

教会からの帰り道、うれしくて、叫びたいくらいだった。


もう一つ、うれしかったことは、先週受診した人間ドックの結果が届いて、持病以外には、
膀胱炎と高血圧、高コレステロール、やや肥満以外に悪いところはなかったということ。

この4つについては、十分承知していたが、胃や大腸、すい臓・子宮などの癌が心配だった。
でも、何とかクリアできていたので、これも「やった~!」と叫びたいくらいうれしかった。

病気とステロイドで痛めつけられたこの体を褒めてやりたいぐらいだった。
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by dande550213 | 2006-09-30 20:53 | 教会生活 | Comments(3)

2:10 ヨブは答えた。「お前まで愚かなことを言うのか。わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか。」このようになっても、彼は唇をもって罪を犯すことをしなかった。
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ヨブは今までの研究から、歴史上実在した人物であろうと言われている。

しかし、不思議なことにヨブはユダヤ人ではなかったようだ。
エドム東部と思われるウツという地で暮らしていたイスラエルからみれば外国人で、
ヨブが生きていた時代は、族長時代ではないかと推測されている。

したがって、ヨブが家族の中で祭司のような役目を果たしていたといっても、
ユダヤ人のような、宗教上の様々な規定や預言や律法には縛られていない。

ここに「神」が登場する。「サタン」も登場する。
そして不思議なことに「神の子供達」(口語訳と新改訳、新共同訳は神の使い)も。

いったい、ヨブ記に登場する神は、イスラエルの神と同じなのだろうか?
旧約聖書の言うヤハベの神なのだろうか?

神はサタンに言う。
ヨブのように潔白で、神を恐れ、悪から遠ざかっている者は地上には一人もいないと。

サタンは言い返す。
ヨブは下心があって、敬虔を装っているだけだと。

神は、試してみたら良かろうと言って、
ヨブのすべての財産や所有物を奪い取ることをサタンに許される。

しかし、ヨブは、次のように言って、微塵も動じない。
1:21 「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」

そこで、今度は神はサタンにヨブ自身の命は取らないで、
ヨブ自身を打って試してみることを許される。

そのとき、ヨブが自分の妻に向かって言った言葉が今日の御言葉の2章10節。



2:10 Y él le dijo: Como suele hablar cualquiera de las mujeres fatuas,
   has hablado. ¿Qué? ¿Recibiremos de Dios el bien,
   y el mal no lo recibiremos?
   En todo esto no pecó Job con sus labios.
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by dande550213 | 2006-09-29 23:40 | 御言葉 | Comments(0)

2週間前に行った信州旅行の最大の目玉は、諏訪湖畔の北沢美術館を訪ねることだった。

7、8年前になるだろうか・・・生まれて初めて、自分の収入で母を旅行に招待した。
30歳でSLEを発病して以来、母には苦労と心配をかけっぱなしだった。
39歳で、ようやく病の床から立ち上がれるようになり、少しずつ少しずつ働いてお金を貯めて、
ようやく母に親孝行の真似事ができるようになり、母と二人で信州を旅行した。

そのときに、清里の北沢美術館へ行き、エミール・ガレのガラス作品に出会った。

それ以来、すっかりガレのガラスのファンになり、
東京竹芝の「ガラスの歴史美術館」や「サントリーミュージアム」へガレの追っかけをして、
いつか、日本で一番たくさんガレを所蔵している諏訪湖畔の北沢美術館へ行きたいと思っていた。

念願かなって訪れた北沢美術館だったが、美術館という名前が泣くような営利主義(?)に驚いた。
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諏訪北澤美術館の正面入り口を入ると、
真正面に、オレンジ色の光を放つエミール・ガレの代表作「ひとよ茸ランプ」に見えるが、
それよりも手前の入り口を入ってすぐの両側からミュージアムショップが始まっているのだ。

普通、美術館にあるミュージアムショップというのは、作品を観た後で、
その記念や思い出に何かお土産を買いたいと思った時に立ち寄るお店だと思う。
だから、たいてい出口のところにある。

しかし、ここでは作品を見る前の、入り口入ったところからすぐに、
所狭しとお土産売り場が始まっていて、どこが展示室の入り口なのかがわかりにくい。

そういう造りになっているから、見ていると、
入館してすぐに、作品を見る前にお土産品を買い求めている観客が多かった。

さらに、この美術館はガレのコレクションは質・量ともに世界のトップレベルで、
ガレ作品を200点以上所蔵していると聞いていたが、常設展示しているのは40点だけだった。

もちろん、清里や湖畔反対側の新館など、あちこちに分けて展示してあるのだろうが、
それにしても、常設展示の数が少なすぎると思う。

展示スペースが無いわけではないのだ。2Fの展示室には日本画が展示してあるのだから。

おまけに、不思議なことに、料金は新館の料金も含めて徴収するのだ。
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新館はここから車で10分もかかる湖の反対側にある。
車で来館した人は、すぐに新館にも行けるだろうが、
私のように電車と徒歩で来館した人は、新館へはおいそれすぐには行けないのだ。

受付の人は、「新館の入館には期限はありませんから・・・」というが、
次回新館へ行く日までこの入場券をなくさない様に大切に保存していないと、
すでに先払いさせられた新館分の料金がパアになるのだ。
(←私の入場券の新館分)

新館へはいけない人があるかもしれないのに、どうして、新館分も合わせて徴収するのだろう。

これは絶対におかしいと思う!
本館に入館する時には、本館分の料金だけを徴収すべきではないだろうか?

今、政府や自治体の多くは、「指定管理者制度」の導入によって
今まで公的機関が運営していた博物館や美術館などの文化施設の管理・運営を
「民間活力の導入」を旗印に、民間委託を強力に推し進めようとしていると聞く。

文化施設に競争原理を導入して、「経費削減、収益増大」を目指す道を開くことになるのだという。

もしかしたら、今回の北沢美術館のような営利主義(?)の美術館が増えることになるかもしれないのだなあ・・・。

最後に、私の好きなガレの作品を2つ。
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どちらも、今回の旅では逢えなかった。
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by dande550213 | 2006-09-29 21:45 | 旅行 | Comments(3)

1:8 主はサタンに言われた。「お前はわたしの僕ヨブに気づいたか。地上に彼ほどの者はいまい。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きている。」

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エライことや。。。

この忙しい時に、何と今日から、聖書で私が一番興味を持っているヨブ記の学びが始まる。

ヨブ記は、「神」をどう理解するかを考えさせてくれる。
さっそく「サタン」も登場している。

今夜はとりあえず寝て、明日、もう一度1章から読み勧めよう。。。
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by dande550213 | 2006-09-28 23:58 | 御言葉 | Comments(0)

DELE受験申込書の下書き


今日、DELE受験するなら、そろそろ申込み準備をしなければ・・・と思って、
久しぶりに関係各所のHPを覗いて、ビックリした。

私は、カレンダーの11/25に受験日の花丸を付けていたが、
何と受験日が11/18と1週間早くなっていた!

ええーッ、変わったの?それとも私が写し間違えていたの?と大慌てで
受験申込み期間を見ると、10月13日までになっているー!

エライことや!もうあんまり時間がないやんか・・・。
急いで、スペイン大使館文化部のHPへ行き、応募書類をDLしてプリントアウトしたら、
何とこれが全部スペイン語で書かれた書類で、またまた慌ててしまった。

しかたがないので、辞書を引きながら、この書類に何を書かなければならないのかを考える。

考えながら、こんな書類一つ辞書無しで読めないのに受験するという私は
何といい加減な人間か・・・と我ながら呆れてしまうが、
チャレンジすることに意義があるのだと、ひたすら自分に言い聞かせる。

受験地は全国で東京、京都、福岡の3箇所。
私が一番近いのは京都で、どうやら試験会場は京都産業大学らしい。
そこに朝8時30分集合ということは、京都に前泊しなければならないかもしれない。

書類2枚に下書きして、仕事帰りにスペイン語の先生のお宅まで遠征して、
黙ってポストに放り込んでおいた。(笑)
表には、間違っていないかチェックしてくださいと書いて。

次にお会いできるのが、来週の火曜日10/3だから、
そのときに間違いを教えていただければ、何とか締め切りには間に合うだろう。

やっぱりギリギリまで、この無謀な冒険を実行すべきか考えたい。

かなりお金がかかるし、全然勉強していないから、
いくら私が考えなしの猪突猛進といっても、後一ヶ月で受験生らしく様になるかどうか(大笑)

どちらにしても、DELEの勉強はスペイン語検定(10/22)が終ってから。
だから、今はスペイン語検定に邁進しなければならないのに、
ほとんど毎日マシン・ジムに2時間通って、へとへと。

さすがに今日は休んだ。
「もうええ加減にせんと、またペルー行った時みたいに倒れるで~」という知人の忠告と
「体を大切に」とメールくださった先輩のお言葉が馬鹿な私を引きとめてくれた。
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by dande550213 | 2006-09-28 23:48 | スペイン語学習 | Comments(0)

6:19 また、わたしが適切な言葉を用いて話し、福音の神秘を大胆に示すことができるように、わたしのためにも祈ってください。

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11節に「悪魔の策略」という言葉があるが、この「悪魔」というのもよくわからない。

6:11 悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。

マンガや物語に登場する悪魔を思い浮かべてしまうのだが、
このような実体をもった存在ではないだろう。

今までに何度か「悪魔」について尋ねたが、未だに「悪魔」とは何なのか理解できない。
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by dande550213 | 2006-09-27 22:29 | 御言葉 | Comments(0)

今日、近くの特定郵便局へ行って、
先週から通い始めたマシーン・ジムクラブの会費自動払い込み利用の申し込みをして、
その後ATMを利用していると、窓口係が慌てて私のところへ飛んできた。

総合通帳の住所と申込書の住所とが一致しないので、もう一度通帳を見せてほしいと言う。

そこで初めて、通帳と申込書の住所と同じだが、
センターの原簿が以前の住所のままになっていることがわかった。

今の住所に引越してきて、もう3年になる。
引越してすぐに、利用している通帳の住所変更届も出しているので、
総合通帳の住所欄はチャント新しい住所に訂正され、
訂正箇所にはその特定郵便局の判も押してある。

なのに、センターの原簿は訂正されていないというのだ。

考えられることは、ただ一つ。
その特定郵便局の窓口では私の通帳の住所を訂正しただけで、
センターへの住所変更の処理をきちんとしなかったということではないだろうか?

この通帳からは毎月4つの自動払い込みをしており、
払い込み先には住所変更届も提出している。
窓口係は、住所が異なっていても何ら問題はなかったはずだと言う。
通帳の番号が一致しているか、それだけを確認するのだから・・・なのだそうだ。

つまり、通帳の住所なんて、しっかり確認してはいないということを白状されたようなもの。

道理で、この3年間に何度も窓口から入出金したことがあったが、
窓口で住所変更処理がされていないことに気がつかなかったはずだ。

今日、自動払い込みの申し込みをした時にも住所が一致しないことにすぐに気がつかず、
後になってセンターの原簿と照合して初めて気がついて慌てて飛んできた、という有様。

その応対をした係員は、最近転勤でこの特定郵便局に配置になった人で、
3年前の対応状況はわからないから、もうこれ以上、調べようがないと言う。

それはそうだが、当時の窓口係の何人かが今日も窓口に座っていらっしゃるのに、
皆知らん顔をして、自分には関係がないという顔をしておられたのが、少し腹立たしかった。

今の郵便局では、このようなズサンな事務処理が発覚しても、
誰も責任を問われないのかと思うと、情けない。
以前と何ら体質は変わっていないような気がするのは私だけだろうか・・・。
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by dande550213 | 2006-09-27 20:30 | 雑感 | Comments(0)

5:4 卑わいな言葉や愚かな話、下品な冗談もふさわしいものではありません。それよりも、感謝を表しなさい。

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<メモ>
5:14 明らかにされるものはみな、光となるのです。それで、こう言われています。「眠りについている者、起きよ。死者の中から立ち上がれ。そうすれば、キリストはあなたを照らされる。」


イザヤ 26:19 あなたの死者が命を得/わたしのしかばねが立ち上がりますように。塵の中に住まう者よ、目を覚ませ、喜び歌え。あなたの送られる露は光の露。あなたは死霊の地にそれを降らせられます。

ローマ 13:11 更に、あなたがたは今がどんな時であるかを知っています。あなたがたが眠りから覚めるべき時が既に来ています。今や、わたしたちが信仰に入ったころよりも、救いは近づいているからです。

エペソ 2:1 さて、あなたがたは、以前は自分の過ちと罪のために死んでいたのです。

ルカ 1:78 これは我らの神の憐れみの心による。この憐れみによって、
       /高い所からあけぼのの光が我らを訪れ、
   1:79 暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、/我らの歩みを平和の道に導く。」


今夜は、エペソ5:14に関連がある箇所をメモするだけで、精一杯。
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by dande550213 | 2006-09-26 23:55 | 御言葉 | Comments(0)

お仲間発見!


昨夜、知人と電話で話していたとき、
何気なしに「私は死の恐怖に捕われた人間だ」と言ったら、
何と、「自分もそうだ」と言うから、びっくりした。

彼とはもう30年近く、細々と切れ切れに付き合っているが、
まさかこんな身近にお仲間がいたとは知らなかった。

彼もよく布団の中で死のことを考えては涙を流すのだという。
この苦しさを振り払うために、夜中でも起き上がって、大和川の堤防を歩いたりするという。

知らなかった!知らなかった!

遠藤周作は、「ほがらかにふるまっている自分の外づらとちがって、
内づらでは死ということを常に考えている」と『死について考える』の中で書いているが、
知人も、本当に明るいおしゃべり好きな人なので、
まさか彼が「死の恐怖」と戦っていたとは思ってもみなかった。

この問題を突き詰めていくと、最後は宗教の問題にまで発展する可能性があるので、
ともに話し合うことは難しいかもしれないが、
でもやっぱり、身近に同じ思いの人がいたのだ・・・と知ったことはうれしかった。
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by dande550213 | 2006-09-26 22:59 | 雑感 | Comments(2)