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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213
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カテゴリ:雑感( 519 )



今日、教会から帰って、夕食のゆで卵を作るべくガス台にセットして
「ほんの10分・・・」と自室に上がって年賀状にコメントを書き始めたら、
もうすっかりゆで卵のことを忘れてしまった。

何分たった頃だろうか、突然、下で「パン!パン!」と鉄砲の弾を撃つような音が聞こえて、
はっと気がついた。ゆで卵を作っていたことを・・・!!!

慌てて下に降りていくと、大掃除したばかりのガス台の周りにゆで卵が飛び散っていた。
壁のアチコチにはゆで卵がぶつかった跡がある。

昨日の薬の飲み忘れといい、今日のガスの消し忘れといい、
笑い事では済まされない「物忘れ」だ。

4、5年ほど前に、漢方の薬を煎じているのを忘れてしまったことがあった。
土鍋の中で薬が焦げ付いて、辺り一面に異臭が立ち込めるという騒ぎになった。

その時以来、煎じたりゆでたりしていてガス台を離れるときは、
タイマーをセットして、それを首からぶら下げるように自分なりに工夫はしていた。

おかげで、その後たいした失敗はしないようになったので、
いつの間にか、タイマーを首からぶらさげるのを怠るようになっていたのだ。

常々、「ガスをつけたら、そばから離れないようにしたらどうだ」と夫から言われているのに、
時間を効率よく使おうと思って並行して物事を進めようとする癖がなかなか抜けないのだ。

「歳を取って、若い頃の自分とは違うのだ」ということがわかっていても、
心の奥底で「まだまだ大丈夫!」と思っているのだろう。

これって、飲酒運転する人の心理と全く同じだと気がついた。

今日は大事に至らなかったが、
本当にもう生活態度を改めないと取り返しのつかない失敗を犯す危険があると強く反省。
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by dande550213 | 2006-12-24 17:40 | 雑感 | Comments(0)

今年一番の収穫は・・・


今日、年賀状を書きながら、
「年賀状には書かれへんけど、今年一番の収穫は本当のところはブログやったなあ・・・」
と密かに思った(笑)。

2、3日前に、娘と話している時に偶然ブログの話題になった。

私が「最近、若い子や日本人の国語力が落ちてると文部科学省がゆうてるけど、ネットでいろんな人のブログやHPを読んでたら、文章表現や構成が素晴らしくて、本を読んでるのと同じくらいに面白いと思う。携帯俳句や携帯短歌も盛んやし、普通の人が気軽にネット使って情報発信できる時代になったから、国語力は全体としてみれば向上してるとお母さんは思うけど?」と言うと、娘は「イヤ、確実に低下している。」と答えた。「ただし、ブログなどで毎日書いていると、初めの頃よりは上達するから、一部の人では向上してると言えるかもしれへん。」ということだった。

その説の真偽は別にして、その時、娘がふと「お母さん、ブログ持ってる?」と聞いてきたので、一瞬どう答えようかな?と思ったが、娘にだけは打ち明けておいてもいいかな~と思って、「持ってるよ~。お母さん、今までに日記が続いたことがなかったのに、ブログのおかげで9ヶ月も続いてるわ。そやけど、これ、お父さんには内緒やで!」というと、何と、娘もブログ持って2年になるそうな!!(笑)

「私はお母さんがブログ書いてるからといって、URLを探そうとは思わへんで~。ブログって、身内が読むと思うと、心のままに自由に書かれへんやろ。そやから、身内には教えん方が良いと思うから・・・。」と言う。

アンタがブログの先輩やとは思わへんかったけど、
身内に教えたらアカンというのはお母はんも同感です!

お互いにブログでコテンパンにされてるわけやなあ~♪
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by dande550213 | 2006-12-23 21:24 | 雑感 | Comments(2)

 自分が死ぬときにお金や物を残すより、命の消滅のときになくなってしまう知識や知恵に貯蓄するのが、我が家のやり方
       (おおつき ちひろ『スペインの食卓から』講談社文庫より)


 人生で何がいちばん幸せかというと、それは自分の時間とお金をどれだけ注ぎ込んでも惜しくない、というモノをもつことではないだろうか。いくら時間とお金があっても、それを目的もなくだらだらと消費するのでは、生きている甲斐がない。趣味や遊びだけでなく、何かの調査や研究でもいい。とにかく、われを忘れて没頭する対象を持てば、それだけで人生に張り合いができるし、幸せな気分になれる。
      (逢坂 剛『スペインの食卓から[おおつき ちひろ著 講談社文庫]』の解説より)


 目標とは達成すべき結果のことです。
       (清水 宏保 [朝日新聞 EYE西村欣也 06.12.19] より)


 研究者や体験者によると、修験道の神髄は、一度死んで山岳という母胎に入り、修行を経て成仏し、新たな生を得てよみがえる「擬死再生」と、山中で得た力を里で生かし、神仏と衆生(大衆)の間に立って衆生の苦しみを受ける「代受苦」だ。古代~中世には、しばしば死に至る荒行も実行され、身投げなどの捨身行も多かったという。
 現代人には理解しにくい、この捨身の起源について五来重・大谷大教授(故人)は、共同体の運命が災害など自然現象に左右された狩猟採集時代の信仰の名残と推測した。罪や汚れが招いた山の神の怒りを鎮め、全滅を免れるため、最も尊いもの=命を犠牲にしたというわけだ。
       (佐伯 善照 [朝日新聞 左見右見 06.12.19]より)
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by dande550213 | 2006-12-22 14:47 | 雑感 | Comments(0)

f0096508_15564139.jpg昨日行ったコンサートを聴きながら、ふと思った素朴な感想。

最初、ポスターを見たときは「ヴォーカル・アンサンブル ラルテ・フィオレンテ」って、どこかの音大の声楽科関係の人のグループかしらと思っていた。時間が来て、舞台の上に並ばれたのは、一人を除いて、ごく普通の(そう思えた)の人々が普通の服を着て現れたのでビックリした。年齢も色々、服装もまちまち。ごく普通のお姉さん、おばちゃん、おっちゃんに見えた。畏まらなくてもいいような雰囲気で、ぐっと気が楽になった。

リーダーと思しき男性(彼だけは雰囲気が違ってみえたが、彼も普通のセーターを着ていた)がポケットから音叉を取り出して耳のそばでコーンと叩いて歌が始まった。

歌詞は、ラテン語なので意味は全然わからない。プログラムには対訳が載せられているから、それを目で追えば、だいたいの歌の意味はわかるようになっている。もちろん元曲もアレンジしたミサ曲も神を讃える歌だから、歌の意味に大きな違いはないともいえる。そういう意味では、ミサ曲などは歌の細かい意味などはたいして重要でないのかもしれないが、歌の意味がわからないから、聴いていても、私にはグループの素晴らしいハーモニーがただただ楽器(例えばバイオリン)旋律のように聴こえた。

専門家ではない一般大衆としてはそれで充分なのだろうか?という疑問が沸いてきた。

当時、この歌たちは、聴く人たちに歌詞がわかることを前提として演奏されたのだろうか、それともわからなくてもいいことを前提として演奏されたのだろうかと思った。つまりどういう人々を聴衆として想定した歌なのかと思った。「わからなくてもよい」という想定の下なら、私は当時の聴衆と同じ立場に立つから、歌の意味などに気を取られないで旋律を楽しんだらいいのだと思う。でも、わかることを想定して演奏されていたのなら、やっぱり私も「聴きながら歌の意味がわかる」という状況で聴きたいと思う。つまり当時の聴衆とできるだけ同じ状況で聴いて楽しみたいと思うのだ。勝手かもしれないが、言葉のハンディはできるだけ取り除いてほしいと願うのだ。

今回のミサ曲に限らず、日本で上演される外国の歌曲は原語で歌われるのが常だ。当然ながら、専門家でない一般大衆には歌われる歌詞の意味は全然わかならいことが多い。私は正直、歌詞の意味がわからない歌を長時間にわたって聴き続けるのは楽しくない。歌の楽しさが半減すると思っている。

人間が歌う歌は「楽器が奏でるメロディやリズムなど、歌詞の無い音楽」とは異なって、「歌の意味」が大きな要素になると思う。もちろん、楽器だけでも言葉と同じくらいの表現力があるが、やはり言葉の持つ力は別ものだと思う。

だから、外国の歌を原語で歌われると、歌詞の意味がわからないのが辛い。「畏まって拝聴しなければならない」ような気がしてくるのは私だけだろうか。

私は、基本的には「日本人が日本人聴衆を対象に外国の歌を歌う場合」には日本語に訳して歌ってほしいと願っている。歌の意味がわかれば、もっと深くその歌を理解し、味わい、楽しむことができると思うからだ。歌詞を日本語に訳して歌おうとすると、音楽に合わなくなってダメになるのだろうか?

今回のラテン語で書かれたミサ曲は、日本人が歌う外国のオペラや外国の曲とは別次元の問題があるかもしれないが、聴きながらふとそんなことを思った。

「ヴォーカル・アンサンブル ラルテ・フィオレンテ」の次の演奏会は、3/17(土)。
時間のゆるす限り、また聴きに行こうと思っている。
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by dande550213 | 2006-12-17 17:34 | 雑感 | Comments(2)

「第36回演奏会 ルネサンスのア・カペラの響き」というコンサートを聴きにカトリック阿倍野教会へ行ってきた。このコンサートのことは、大阪市の学習センターに置いてあったチラシで知った。

ルネサンス期の音楽が好きなこと・カトリック教会に行ってみたかったこと・息子のマンションに近いこと・当日朝からお出かけで、ちょうど開演の5時ごろにはそこへ行きつけること・・・などの理由で、早くから聴きに行こうと決めていた。

なぜ、カトリック教会へ行ってみたかったのかと言えば、プロテスタント教会とどこがどういう風に違うのか知りたいと思っていたからだ。

もちろん、旅行で長崎の浦上天主堂へは行ったことがあるが、後はテレビで礼拝(ミサ?)風景を見たことしかない。同じキリスト教なのに、カトリックとプロテスタントは最近まで一般信者のレベルではあまり交流がなかったと思う。

私の教会でもカトリックの話はほとんど聞かない。でも、私はカトリックに興味がある。なぜ別れたかという歴史的な経緯は世界史レベルでは知っているから、興味はそこではなくて、現代のカトリックとプロテスタントの関係、特に宗教と現実世界との接し方、いわば虚と実の関係をカトリックではどう捉えているかということに興味がある。

難しい話は止めにして、カトリック阿倍野教会にあって、うちの教会に無いし、有り得ない類の次のポスターにさっそく目がすいつけられた。

『殺してはならない 戦争をする国にしてはならない 憲法9条 宗教者は守ります 「9条の会アピールに賛同します」』 

『2006ひびき 非暴力による平和への道』
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by dande550213 | 2006-12-16 23:59 | 雑感 | Comments(0)

一体私に何が起こったのか・・・、
今日は「特選 日帰りバス旅行」に当選しました!
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ご当選おめでとうございます
絶景・パノラマ鳥取砂丘と湯ったり粟倉温泉の旅 無料ご招待状
拝啓、皆様にはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
平素は「スーパーマーケットoooo」・「△△△△」各店をお引き立て賜り誠にありがとうございました。
さて、平成18年10月に実施しました「大創業祭特別企画 1万人旅行プレゼント」にご応募いただき、誠にありがとうございました。
抽選の結果、2等の「特選 日帰りバス旅行」にご当選されましたので無料ご招待させていただきます。ぜひとも今回ご案内の旅行にご参加賜り、素敵なひとときをお過ごし下さいますようご案内申し上げます。敬具
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こうなると、もう恐いです。
神様、どういうおつもりなのでしょう?何のご褒美でしょうか?

診察で天王寺へ出たついでに、この店に寄って1,500円のシャツを買ったら応募券をくれたので、確かにその場で記入して箱に入れた覚えがありますが、もうすっかり忘れてしまっていました。

ご招待旅が、つい3週間前に行ったばかりの鳥取砂丘というのが何ともご愛嬌ですが、温泉と豪華昼食もついているので、2度目であろうとありがたく参加するつもりです。

それにしても、昨日から今日にかけての幸運は、一生の運を全部使い切ってしまいそうで恐いです。何だか、落ち着かなくなってきました。
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by dande550213 | 2006-12-15 21:11 | 雑感 | Comments(4)

イヤー、信じられないことが起こりました!

許可も頂かないでこっそり「リンク」貼って覗き見していたブログ「楽貧生活」のクリスマスプレゼントに、何とこの私が当選していたのです!

物理学者のご主人のご研究の関係で、アメリカでご家族で暮らされている「楽貧まこ」さまの痛快ブログがあります。そこのクリスマスプレゼントに私は応募したのです。

死ぬまでに一度でいいから海外生活をしてみたいと願っている私は、海外生活者のブログを読むのが大好きです。

スペイン・フランス・ポルトガル・アメリカ・ドイツなど、世界各地で暮らしていらっしゃる皆様のブログをこっそりうろうろしています。

「楽貧生活」もひょうんなことから知りました。パワーフルなまこさまのファンになってしまって、覗き見を続けていましたが、折りしも、まこさまの骨折の記事が連載されていて、私はど肝を抜かれてしまいました。

で、初めて一言足跡を残してみたくなって、クリスマスプレゼントに図々しくも応募したのでした。

指定されたメールフォームから応募メールを送信すると、確かに受け取ったというメールが届くことになっていました。もし、そのメールが届かない場合はまたメールするように書いてありました。

私は結局まこさまからの受け取ったメールをいただかなかったのですが、最初送って届かなかったメールフォームから、また「受け取ったメールもらってないよ~」と送信したって、また届かへんかもしれへんやんか。アホラシ。もうメール送信するのは止めとこ、と、プレゼント再応募はしなかったのでした。

でも、いったい誰が当たるのかなあ・・・と抽選日に見に行くと、床に名前を書いた紙が並べてあって、それを裏返しにしたものをエイくんが引いていました。

そこで1名様当選の報、やっぱり私ではありませんでした。

床に並んでいる紙切れを見ながら、私の応募メールは届いていないんだから、あそこには無いわなあ・・・とうらめしく眺めていました。追加でさらに3名様抽選と書いてあったけれど、私には関係ないわなあ・・・と、それからしばらくは見に行っていませんでした。

で、今日、久しぶりに訪れたら、何とdande550213の名前が見えるではありませんか!
目をシバシバさせながら記事をよく読むと、当選しているから早く連絡くださ~いとの嬉しいお知らせ。

私はくじ運の悪い人間で、これまでの人生は当選の二文字からは見放された淋しい人間でした。その私がクリスマスプレゼントに当選だなんて、すぐには信じられず、一瞬呆然としてしまいました。

今年は忘れられない年になりそうです。
ラジオ講座のビセンテ先生に会えたし、アメリカからクリスマスプレゼントをいただくことにもなりました。何だかウキウキして、今夜は眠れそうにもありません(笑)。
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by dande550213 | 2006-12-14 22:56 | 雑感 | Comments(3)

限界集落救済条例とやら


長引いた風邪がようやく完治したので、今週から1ヶ月半ぶりにマシン・ジムに通いだした。

少しでも早く治るようにとひたすら家でお篭り生活をしていたので、その間は体重が増えないようにだけ気をつけていた。

昨日、久しぶりにジムに行き、測定器で測ってみたら、予想通り体重は増減無しだったが、何と体脂肪が念願の標準値にまで下がっていたのだ。内臓脂肪値も下がっていて、まるで油の抜けた今の季節のサンマのように、数値の上では少し健康体に変わっていた。

ジムに入って1ヶ月、スペイン語検定勉強もほっておいて、ひたすら有酸素運動に励み、自転車を拒否して歩き通した時には測定値に全然変化がなかったので、これじゃいったい何のためにジムに通っているのかわからないような気もするが、更なる健康増進のために、無理のない程度にまたジムで励んでみることにした。

そんなわけで、昨日ジムで自転車のペダルを漕いでいると、前方のテレビに見慣れた地名が映っていた。

大唐地・市萱屋(字が違うかもしれない)・古屋・市志・市野瀬

全部、私の故郷の山奥の地名ではないか!
それも、今年のGWに父母を連れて車で廻ってきたばかりの、故郷でも最奥地のよく知っている風景が映っているではないか!

一体何なんだろうと、慌ててペダルを漕ぐのを止めて、テレビに近寄ると、こういう取り上げ方だった。(4チャンネル・午後4時ごろの番組だった)

わが故郷、京都府綾部市では、つい先日、65歳以上の住民が半数を超え共同体としての存続が危ぶまれる「限界集落」について、山間部の5集落の振興を目指す「水源の里条例」の制定を決めたのだそうだ。公共交通の確保や移住者向けの補助制度の新設などを行い、消滅か存続かの岐路にある集落を切り捨てず、支えて元気にすることで、市全体の活性化を目指すのだという。限界集落に限った振興条例は異例で、この10年間に全国で5000集落が消える中、過疎に悩む自治体から注目を集めそうだという報道だった。

福井県境に近い由良川水系上流の5集落(計95人)を対象に指定するが、5集落の人口は、ピーク時(1965年)の4分の1にまで落ち込んでいる。最小集落は7人だけで、2集落は全員が65歳以上。大半は農家だが、出荷などの重労働はできず、自給のための野菜作りをしており、「主力産業は年金」とさえ言われる。市の調査では、8割に後継者の見通しがなかったという。

振興策は、空き家整備や、地域特産物の開発、情報化の推進、都市住民向けの貸し農園を活用した交流事業も盛り込む。市は、12月市議会に条例案を提案、来年4月からの施行を目指しており、基金を設け、5年期限で集中的に予算を投入する考えという。


「限界集落」とは初めて聞いた言葉だったが、これは大野晃・長野大教授が考案された新しい用語で、「65歳以上の住民が半数を超え、共同体としての機能が果たせず、急速に消滅に向かうと集落」を言うのだそうだ。このような「消滅の可能性がある集落」は政府の調査では全国に2109あるそうだ。


こんな風に文字で書くと何だか悲壮な救われない集落のような感がするが、テレビのインタビューに登場していた最奥地の人々の声はみな元気で明るかったのが印象的だった。さごば(だったか、べかこだったか、最近落語を聞かなくなったのでよくわからない)もそのことをコメントしていた。

「先祖代々続く土地が維持できなくて申し訳ないが、ここでは食べていけないのだから、若い者が出ていってもしかたがない」というおばあちゃんの顔も不思議に暗くなかったような気がする。

一番不安なのが病気になったときだが、それ以外は定期的に移動購買車「むつみ号」が巡回してくるし、大きな買い物は頼めば届けてくれるし、別段大きな不便は感じない。

・・・というような声が意外に多かったように思う。

これらの地区はバスはもう走っていない。初めから走っていなかった地区もあるが、地域の人はそういう生活のリズムの中で長年暮らしてきているから、私たちが想像するほど不便は感じていないのかもしれない。しかし、高齢化で確実に地域が成り立っていかなくなってきているのは事実だ。特に冬場は雪に埋もれる。近年降雪量が少なくなったとはいえ、冬場をどう乗り切るかが一番の問題ではないだろうか。

これらの地域は、綾部市の最奥地にあるから、古屋(昔から陸の孤島のようなところ)を除いて、綾部市内に行くより、山を越えて舞鶴市内や小浜市内に行く方がずぅ~と近い。だから、住民の多くはバイクや車で山を越えると聞く。幸い、道が整備されたので、ますます近くなった。

だから、確かに綾部市にあるのだが、発想を変えて、綾部市に拘らずに、舞鶴市や小浜市方面にもっと目を向けるほうが良いのではないかと私は思う。

綾部市を出てもう30年以上が過ぎる。小さな市で人口は減少していると聞く。
しかし、市はがんばっている!

最近、新聞で「あやバス」の健闘が取り上げられていた。そして、今度の「限界集落救済条例」。市ががんばっているのを見聞きするとうれしい!

がんばれ! 私の故郷、綾部市ーーー!!!!!!
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by dande550213 | 2006-12-07 16:01 | 雑感 | Comments(0)

f0096508_1914490.jpgもうだいぶ前に、テレビで「今年はイタリアで葡萄ときのこが豊作だ」と報じていた。

私が「おおっ!今年のボジョレヌーヴォは美味しいやろな~♪」と言ったら、娘が「私はきのこが豊作やったら、ポルチーニを食べたい!!」と言った。

そこで、夫の留守を待ち構えて、昨夜、こっそりポルチーニを食べに娘と出かけた。

行った先は、以前3ヶ国語(イタリア語・スペイン語・英語)を習っていた時に先生が連れていってくださった地下鉄あびこ駅近くのイタリア料理店「トラットリア・イ・ポルチーニ」。
ここはシェフがイタリア人なので、イタリア語が飛び交っている店。(笑)

私はイタリア語からはもう撤退したけれど、せめてご愛嬌に少しはイタリア語でも・・・と思ったのだが、きれいさっぱり忘れてしまって、店の戸を開けたときに言う「こんばんわ~♪」すら思い出せない。

電車の中で電子辞書を引いて、ようやくBuonasera(ボナセーラ)だったとわかった次第。
店を出るときに「お休みなさ~い♪」ぐらいは言いたいのだが、これも思い出せないので調べたら、buonanotte(ボナノッテ)だった。ああ、情けなや・・・(苦笑)。もうイタリア語の痕跡すら残っていない。

もちろん日本人の店員さんもいるので、日本語で充分注文できる。
私はワインを選び、料理は全部娘が選んだ。デジカメを持って行くのを忘れたので、娘に料理を携帯で写してと頼んでおいた。

ところが2人とも食べるのと喋るのに夢中になって、最後のデザートが終った時になってようやく、一番最初の前菜の写真しか撮っていないことに気がついた。『(^-^;)それが上の写真。ああ、情けなや・・・。

ポルチーニはピザのトッピングで食べた。私にはポルチーニの味はよくわからなかったけれど、料理は全部素晴らしかった。グルメの娘も大満足だったが、大食漢の母娘が大饗宴を繰り広げたから、エライ出費になった。運良く、当日仕事先で給料をもらったばかりだったから、なんとかキャッシュで払えたが、これ、もらってなかったら恥かくところだったぐらい食べた(苦笑)。

こんなことできるのも娘が家に居る間のこと、息子と同じく自立志向が強いから、いつまで一緒に暮らせるやら・・・。

シェフがデザートを聞きに来たとき、うっかりスペイン語で「2つ、お願いします」と言ってしまって、シェフが「それはスペイン語だよ」と笑ったのも今となっては楽しい思い出。

f0096508_21185179.jpgちなみに「ポルチーニ」とは、こんな「きのこ」 →

和名はヤマドリタケで、フランスでは「セップ」とも呼ばれ、ヨーロッパでは最高級の「きのこ」とされていて、舌触りが良く、癖のない「きのこ」だそうです。

(画像と説明は、「おいしいきのこはホクト」さんから、引用させていただきました。)
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by dande550213 | 2006-12-01 19:35 | 雑感 | Comments(5)

最近どうも・・・


お調子もんだから、感情の浮き沈みがけっこう激しい方だが、
最近はどうも下降気味で、もがいている。

長引く風邪と友の死から、心と体がなかなか立ち直れないでいるところに
知り合いの病気やご家族の体調不良などを聞いて、また気分が落ち込む。(苦笑)

2年ほど前にPCを教えていた方が久しぶりにメールをくださって、
つい最近「間質性肺炎」になって、特定疾患の認定を受け、酸素吸引生活を送っていると言われる。そのために引越をされ、新しい家の方にPCを見に来てもらえないかという連絡だった。

先週の土曜日にお伺いして、3時間ほど、ご一緒に過ごしたが、
彼のあまりの変わりように少なからずショックを受けた。
ゲッソリと痩せて、今では電気車椅子でもなければ、一人で外には出られないと言われる。

彼はまだ64歳なのに、どうして急にこんなことに・・・と、悲しくてやり切れない想いが残った。

その翌日、教会へ行けば、週報でKさんのご主人が危ないご容態だったことを知る。

午後、婦人会の例会が始まる頃にはHさんが家からの電話で走って帰られた。
お母さんの具合が急に悪くなったとのこと。脳梗塞のおそれもあるとのことで、心配だ。

みんな多少なりともご本人も知っているので、家に帰ってきても何だか心がざわつく。

今日、風邪が耳に来て、2年ぶりに行きつけの耳鼻科へ行ってみると、
もう診察をしていないのか、表の戸が閉まったままだった。
もう20年以上お世話になっていて、行けば必ず昔話に花が咲いた先生だった。

しかたがないので、11日に開業したばかりの耳鼻科で診てもらって帰ってきた。

最近どうも失うものが多くなったような気がする。これが「歳をとる」ということか・・・。
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by dande550213 | 2006-11-14 15:09 | 雑感 | Comments(2)