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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213

カテゴリ:米原万里( 11 )


作家米原万里が愛した味


昨夜、中井貴一の「サラメシ」を観ていたら、番組の最後に米原万里さんの「サラメシ」が登場した。
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彼女は、「美味しいものを目の前にすると、理性など吹っ飛んでしまう」ほどの「大食い早食い」の「健啖家の食いしん坊」で、料理や食べ物に関するエッセイを数多く残している。

その万里さんが、いわゆる「ペレステロイカ御殿」(笑)を鎌倉に建てて、亡くなるまでの2年間ほど通ったお店の、万里さんの「サラメシ」を紹介していた。

それは
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ああ・・・また、万里さんの本が読みたくなってきた。



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by dande550213 | 2016-10-26 13:48 | 米原万里 | Comments(0)

『発明マニア』は、米原万里さんが癌と闘いながら最後まで書き続けた2本の連載のうちの一つで、「サンデー毎日」に連載されたもの。

2003/11/16号の「夢送り込み装置」から2006/05/21号の「国際化時代に最も不向きな対立回避症克服法」までの119の発明が収録されている。彼女が亡くなったのは2006年5月25日だから、まさに死の間際まで書き続けた遺作ともいうべき作品。

作品の最初に、井上ひさし(ユリ夫人は米原万里の妹)の次の言葉が収録されている。

「日々の暮らしが少しでもよくなるために、一人ひとりがどのように生きたらよいか」
 米原万里が両親から引き継いだ人生の課題は、これであった。
 病の床について動けなくなった彼女は、「うんとセコイ発明でこの世の大問題を解決できないだろうか」と夢想する。彼女が自分で描いた挿絵を添えてここに提出した119の発明は、いずれも愉快かつ珍妙だが、しかしやがてその奥から、読者の耳に、「愚かなくせに他人を踏みつけにして恥じない連中を、どうしたら正道に引き戻せるか」と、必死に叫ぶ彼女の悲痛な声が届くはずである。
        米原万里展「ロシア語通訳から作家へ」図録より


死期の近いことを悟った彼女が日本の政治(当時は小泉内閣だったようだ)を憂いた解決法の発明だけではなく、10年後の今では十分に現実生活に活用できる発明も多々収録されているのでその中の一つを紹介。

それは、2004/10/17号の「遺失物発見法」

歳を取るとともに、多くの人で切実な問題になる「物の在り処を忘れる」に対処する方法。(((^^;)

財布、メガネ、名刺入れ、時計、リモコン、果てはチェックイン直前の航空券など、なぜか突然自分の目の前から姿を消す身の回りの品々。

盗まれたり、間違って捨てたり、外出中にどうしても思い出せない場所に置き忘れたりしたのでない限り、見失ったものは、いつか出てくる。1週間後だったり、一、二年後だったり。問題は必要不可欠なときに出てきてくれるとは限らないということだ。(中略)
 どうらや、私が必要とするものは必要とされる時点で神隠しにあったように見えなくなり、捜し求めているあいだは決して現れず、捜すのをあきらめたり、忘れたりしたとたんに出てくるという、ひねくれものなのだ。


と書いているが、私も本当にそうだと思う。

この捜し物に費やす時間が勿体ないし、うっかり再購入してしまった後で見つかった時は、悔しくて夜も眠れないほど。(((^^;)

そこで、米原さんんはカーナビを遺失物探査に応用できないかと考える。

 (小型化した)ナビゲーション用の発信器を日頃わたしの目の前から姿を消す癖がついているものに片っ端から取り付けたらどうだろう。財布、現行カード、クレジットカード、メガネ、ハサミ、爪切り、辞書、書籍、フラッシュメモリー、携帯用パソコン、携帯電話、手帳、アドレス帳、万年筆、消しゴム、スイカカード、身分証明書、パスポート、各種会員証、薬瓶、読みかけの『サンデー毎日』、耳かき・・・・・・。
 ディスプレー画面には、家の中の間取り&配置図があって、捜しているものの名称をクリックすると、画面上の所在場所に相当する個所がピカピカ点滅するという仕組みだ。

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これは良いアイデアだから、ぜひとも実用化してほしいと思う。*\(^o^)/*

米原さんのアイデアは在宅時のものだが、外出時にはスマホのディスプレーに地図アプリを表示させて、どの辺りにその失せ物があるかをピカピカ点滅するという仕組みで表示するようにしたら、外出時も安心だと思う。

電池の寿命とか、小型軽量化など、クリアすべき問題があるかもしれないけれど、できるだけ早く実用化すれば高齢化社会に対応するヒット商品になるのではないかと思っている。

ただし、それでも米原さんがおっしゃる次の問題には対応できないかもしれないが・・・。(((^^;)

 なお、もう一つ気になる点がある。それは、わたしの老化が進むとともに、何をなくしたのかを覚えていられないかもしれないという心配だ。

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by dande550213 | 2016-08-11 21:15 | 米原万里 | Comments(0)

踊りを踊って生活できれば、これほど幸せなことはないと思っていた米原万里さんは、バレエの道をあきらめて、学生時代に民族舞踊研究会を設立し、自分の大学の学園祭で発表するだけでなく、他の大学の学園祭にも招かれて、巡業の真似事までしていた話は、すでに記した。

関連文献に目を通し、一度か二度だけ目にした踊りからその民族舞踊特有の型を抽出し、習得し、振り付けし、5~10分ほどの発表作品に仕上げ、同時進行で舞台衣装も自分で製作する苦しくも楽しいこの過程。

舞台に登って、スポットライトと多数の視線に晒されながら、数か月間かけて習得してきたものを形にするときの恍惚感。

身体が満身創痍で痛みと高熱が出ていても、いざ舞台に立って音楽が鳴り響くと、あれほど耐え難かったはずの痛みがどこかへ吹っ飛んでしまっている。身体が突然軽くなって、まるで異次元の世界に放り込まれたみたいな感覚になる。何度もアンコールに応えた後、拍手喝さいを受けながら意気揚々と舞台の袖に引き揚げてきたとたんに現実に引き戻されて、痛みで倒れ込む。

これが舞台という名の「麻薬」であり、俗に「芸人と乞食は三日やったらやめられない」世界なのだと言う。

学生のままごとみたいな舞台でも、すさまじい力が舞台にあることを知った米原さんは「それにしても恐ろしい」と、その時、思ったそうだ。

舞台の魔力に取り憑かれてしまったら、自分の人生が自分でコントロールできなくなってしまうのではないかという恐怖に襲われ、才能もない者がこの魔力にはまってしまったら、身の破滅だと。

これが、自分が逃げるように舞踊から足を洗った理由だったような気がする、と『真昼の星空』の「舞台の魔力」で書いている。

才能には、「好きこそ物の上手なれ」で努力や訓練で伸ばすことができる部分と、努力や訓練ではどうにもならない生まれつきの部分(バレエなら、美貌とスタイルの良さ)のあることを見据えている。

この両方を兼ね備えた才能を持っていないと、いくら好きであっても、芸術分野?で生計を立てることは難しいだろうと考えて、自分を客観的に分析する。


さらに、『真昼の星空』では「埋もれる才能」という一文でも「才能」に触れている。

「才能」を意味する英語のtalent の語源は、ギリシア語のtalanton で、当初は重さを量る「秤」や「重さ」の意味で用いられていたのが、いつのまにか一定の重量の貨幣を表す言葉になり、さらに貨幣の単位となっていく。聖書が書かれたころには、ヘブライ語でもラテン語でもタラントは貨幣の単位をなっていたが、このタラントが「才能」という意味に転ずるには、新約聖書のマタイ伝のなかに登場する説話が大きな役割を果たしたようだ、と述べて、その聖書部分(マタイ25章14-30節を引用し、聖書で示された才能観は「才能とは、才能そのものだけではなく、それを現実に合わせて生かす能力を含めて才能なのだ」という考え方だという。

「自分には才能があるのに、馬鹿な周囲に認められない」としばしば嘆く人がいるが、タレントの語源からすると、才能は埋もれるはずのないものなのだ。その才能を花開かせる力も含めて才能なのだ。


この言葉通りに、彼女は自分の才能を見極めて、花開かせた。
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*マタイ25章14-30
25:14 天の御国は、しもべたちを呼んで、自分の財産を預け、旅に出て行く人のようです。

25:15 彼は、おのおのその能力に応じて、ひとりには五タラント、ひとりには二タラント、もうひとりには一タラントを渡し、それから旅に出かけた。

25:16 五タラント預かった者は、すぐに行って、それで商売をして、さらに五タラントもうけた。

25:17 同様に、二タラント預かった者も、さらに二タラントもうけた。

25:18 ところが、一タラント預かった者は、出て行くと、地を掘って、その主人の金を隠した。

25:19 さて、よほどたってから、しもべたちの主人が帰って来て、彼らと清算をした。

25:20 すると、五タラント預かった者が来て、もう五タラント差し出して言った。『ご主人さま。私に五タラント預けてくださいましたが、ご覧ください。私はさらに五タラントもうけました。』

25:21 その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』

25:22 二タラントの者も来て言った。『ご主人さま。私は二タラント預かりましたが、ご覧ください。さらに二タラントもうけました。』

25:23 その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』

25:24 ところが、一タラント預かっていた者も来て、言った。『ご主人さま。あなたは、蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めるひどい方だとわかっていました。

25:25 私はこわくなり、出て行って、あなたの一タラントを地の中に隠しておきました。さあどうぞ、これがあなたの物です。』

25:26 ところが、主人は彼に答えて言った。『悪いなまけ者のしもべだ。私が蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めることを知っていたというのか。

25:27 だったら、おまえはその私の金を、銀行に預けておくべきだった。そうすれば私は帰って来たときに、利息がついて返してもらえたのだ。

25:28 だから、そのタラントを彼から取り上げて、それを十タラント持っている者にやりなさい。』

25:29 だれでも持っている者は、与えられて豊かになり、持たない者は、持っているものまでも取り上げられるのです。

25:30 役に立たぬしもべは、外の暗やみに追い出しなさい。そこで泣いて歯ぎしりするのです。
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by dande550213 | 2016-08-06 09:16 | 米原万里 | Comments(0)

自らの意志で徹夜したことは数限りなくあるが、不眠症に苦しんだことは皆無な私が昨晩は一睡もできなかった。なのに今晩も眠れそうにない。

これは、週刊文春2003・11・27号に掲載されていた米原万里の書評「私の読書日記」の×月×日の書き出し。

『打ちのめされるようなすごい本』は、週刊誌や新聞に掲載されていた彼女の書評をまとめて刊行した本。

その中で、内視鏡で卵巣嚢腫を摘出したら、卵巣癌だったと告知された日のことを上のように記している。この時、母親が危篤状態になり、車いすを押してもらって母の病院へ駆けつけたという。

開腹して、卵巣の残部、子宮、腹腔内リンパ節、腹膜を全適して抗がん剤治療を行うという医師に対して、自分で様々な資料を調べまくり、抗がん剤治療を拒絶して、入院6日目に直前に息を引き取った母親と一緒に自宅にもどる。

彼女が開腹手術と抗がん剤治療を拒絶した理由は、明細胞癌は抗がん剤が効きにくいというのになぜ抗がん剤治療をするのか、抗がん剤によって寿命が縮むのと癌の縮小による延命と合わせるとマイナスなのではないか、リンパ球は癌と闘う味方の戦士なのに、リンパ節を除去するなんて、味方の要塞を爆破するようなものではないかという疑問を、近藤理論『患者よ、がんと闘うな』が後押ししたようだ。

癌患者は例外なく免疫抑制状態にあり、それを改善するだけで癌は自然退縮に向かう。ところが癌の三大療法である手術も抗がん剤も放射線も強烈に免疫を抑制するので、癌を縮小しても、新たに癌発生の原因となりかねない。最良の療法は、免疫力向上で、代替療法もリンパ球療法も基本的にはこれを目指している。

として、巷で刊行されている「癌治療本を我が身を以て検証」していこうとする。

そしてこうつぶやく。

ああ、私が10人いれば、すべての療法を試してみるのに。

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by dande550213 | 2016-07-26 20:52 | 米原万里 | Comments(0)

米原万里の『心臓に毛が生えている理由』の池内氏との対談から

P281

米原:どこの国でもユダヤ人の扱いはすごく難しいんです。民族国家をつくる上でうまく利用しようとする国もあるし、排除しなければやっていけない国もある。また同じ国でも時代によってそれが変わってしまいます。

たとえば、アウシュビッツで大量にユダヤ人が殺されましたが、それによってドイツ人は世界的に断罪され、常に反省しなくてはならない立場に置かれ続けています。しかし、地元のポーランド人の協力がなければあんなにたくさんのユダヤ人を捕まえられなかったし、殺せかかったはずなんです。ワルシャワ・ゲットーが蜂起したとき、ポーランド市民はそれが鎮圧されるのを黙認しています。ところが、ナチス・ドイツに協力したポーランド人・チェコ人・東欧の人たちはまじめにそれに向き合って反省していません。

池内:小さな町の人たちは特に協力せざるをえなかったでしょう。自分を守るためには、他人を捨てなければならなかった。

米原:もちろんそうですが、それだけではなく、常日頃からユダヤ人は邪魔だと思っていた人たちがたしかにいたんですよ。ナチスはユダヤ人を共通の敵をすることによって、侵略していった国々でも一定の支持を得られたんです。



今、欧州では、常日頃から移民やイスラム教徒は邪魔だと思っていた人たちの、抑え込んでいた感情に火がつけられ、流入する移民やイスラム教徒を古き良き偉大な欧州の共通の敵とすることによって、欧州を構成する国々で、流入する移民やイスラム教徒を排斥しようとする潮流が一定の支持を得つつある状況が加速しているような気がして、正直、怖い。

私たちは常に歴史を振り返り、歩んできた歴史に立ち返って考える必要があるのではないかと思わされる今日この頃。


伝道の書 1章9節
昔あったものは、これからもあり、昔起こったことは、これからも起こる。日の下には新しいものは一つもない。

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by dande550213 | 2016-07-23 18:16 | 米原万里 | Comments(0)

これも彼女が残した警句ではないが、「飛行機と白髪」に関する話題。

P28に「コンクリートの寿命」というエッセイが収録されている。

コンクリートの寿命に警鐘を鳴らす前振りの話に、飛行機と白髪の話題が登場する。

米原さんは仕事柄、飛行機に毎月のように乗る。飛行機は確率は低いが、落ちることがあるが、人間はどうせ死ぬのだから、飛行機事故なら一瞬で済みそうだ。長患いで苦しんだ挙句のというのより好都合だ。むしろ理想的な死に方かもしれないと思っていたら、航空会社に就職した同級生が次のように言って、たしなめたそうだ。

「米原さん、一瞬というけれど、時間というものは極めて主観的なものなんだ。そりゃあ、第3者にとっては、飛行機が墜落して地面に衝突するまでの時間は、たしかにほんの数分の出来事だ。しかしね、奇跡的に生き残った人たちの証言を聞く限り、例外なくその時間が恐ろしく長かったと言っているんだ。己の生涯の印象に残ったあれこれの場面を回想する余裕があるほどに長かったと。(中略)それよりも肝心なのは、その主観的には気の遠くなるほど長い落下時間中ずーっと耐え続けなくてはならないすさまじい恐怖だ。航空会社は、墜落現場の詳細な写真を決して公表しないだろう。それは、墜落死した人たちが、ことごとく白髪になってしまっているからなんだ。あまりの恐怖のために、落下中のわずかな時間に髪が真っ白になっちまうんだ」

これを聞いてから、米原さんはできる限り飛行機を避けるようになったそうだ。で、列車に切り替えたら、今度はトンネルなどのコンクリート落下事故が頻発・・・・と、いよいよ本題に入るのだが、これを読んで、私も年に20回近く乗る飛行機がもし墜落したら、・・・と、急に怖くなってきた。

死ぬのはしかたがないけれど、死ぬ瞬間に、一瞬で髪の毛が白髪に変わるほどの地獄の恐怖を味わわなければならないのなら、飛行機事故では死にたくないと強く思った。(-_-;)。





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by dande550213 | 2016-07-15 17:38 | 米原万里 | Comments(0)

P150 「綴りと発音」

先ず、現代仮名遣いの、一見単純明快な「発音通りに綴る」という原則が、放送局や新聞社の現場では混乱をもたらしている。なぜなら、発音には個人差、地域差があるし、変化もし易いからだ。この発音と綴りの差がどうしようもなく開いた時に、なし崩し的に綴りが発音に追随していく。が、しばらくすると、また発音の方は綴りから離れるのでイタチごっこは際限ない。それは、漢字という意味を担う文字を持った宿命で、音を表すことを任務とする仮名による綴りは、いくら変わっても構わないという暗黙の了解ができてしまったからだ、と説明する。

これを読んで、当地の小学生が「勢い」を「いきよい」に、熟字訓「河原」を「かわはら」と、振り仮名を書く傾向にあることを思い出した。実際に生活の場ではそういう発音で聞いているからだ。

また、年配のご婦人にPCでのローマ字入力をお教えしていた時、「<お>を[O]と入力するのはわかるけれど、<を>はどう入力したらいいのですか?」と質問を受けたことを思い出した。<お>と<を>は発音が同じだが、綴りが違うからだ。そこで、「同じ発音なのに<お>と<を>の異なる綴りがあるのは、昔はこの2つは異なる発音だったからです。<お>は[オ]、<を>は[ウォ]のように発音していたようです。それが今では同じ発音になったのに違う綴りが残っているのは、担う意味や機能が違うからです。」と教えてあげると納得してくださったが、これなども「発音通りに綴る」という原則がもたらした混乱ともいえるだろうと思った。

しかし、米原さんの真骨頂は、次の件ではないだろうかと思った。

英語に見られるように、表音文字しか持たない言語においては、綴りと発音は無関係と言えるほどにかけ離れてしまう。それでも、彼らは決して、発音に合せて綴りを変えようなんて発想はしない。そんなことをしたら、綴りが担っている意味を失ってしまう、というのだ。たとえば、ほぼサイコロジーと発音されpsychology と記され心理学と訳される語は、綴りのおかげで、その中にギリシア語のプシュケーpsyche(心)とロゴスlogos(学)を読みとることができて、語の意味をより把握し易く覚え易くしているのだから、と。
つまり、表音文字とは名ばかりで、音を表していない。語の綴りが歴史と意味を、発音が現在を各々分担している。その証拠に発音記号なるものがある。日本語の仮名は文字と発音記号の間の中途半端な存在であるために、混乱に拍車をかけているのだろう。

「表音文字と表意文字」「アルファベットと漢字と仮名」について、まさに、目からうろこだった。






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by dande550213 | 2016-07-13 14:55 | 米原万里 | Comments(0)

これは警句でも何でもないが、少し引っかかったので記録。

P46の「ヤギとヒツジ」について

ヒツジとヤギは系統分類学的には近い動物だが、明らかに風貌が異なる。だから、ふつうはこれを混同することは考えられないが、都会育ちの母はよく混同していた。しかし、ロシア語と関わるようになって、ロシア語の小説や小咄には、実にたびたび「ヒツジとヤギと区別する」という表現が出てくることに気がついた。こんなに頻繁に出てくるとは、慣用句に違いない。慣用句辞典を引いてみて、ようやく出所がわかった。聖書だった、として次のように書いている。

マタイ伝25章に、理想的な王が現れ、国民を集めて、「羊飼いが羊と山羊を分けるように、国民をより分け、羊を右に、山羊を左におくであろう」と予言されている。その上で、右に選り分けられた者たちに向かって王は、「祝福された人たちよ」と、左に選り分けられた者たちには、「呪われた者どもよ」と呼びかける。
どうやら、「ヤギをヒツジと区別する」という表現は、悪い有害なもの(ヤギ)を良い有益なものから区別するという意味の比喩である。なぜヤギ=悪、ヒツジ=善となるのかは不明だし、現代の感覚からすると、当然のように人を差別選別する思想にもついていけないが、一つだけ嬉しい発見があった。遊牧を主な生活の糧にしていたユダヤの民にも、ヤギとヒツジを混同する人がいたのだろうと思うと、なんだかちょっと安心したのだ。



米原万里さんはクリスチャンではないので、マタイ25章の解釈云々については触れないが、私自身にもうれしい発見があった。

それは、ロシア語世界の「ヤギをヒツジと区別するように・・・」という慣用句のような比喩表現は聖書由来であると教えてくれたこと。

となると、おそらくロシア語世界のみならず、他のキリスト教国の言語世界にも「ヤギをヒツジと区別するように・・・」という慣用句のような比喩表現が存在するのではないかという推測が可能だということ。

さらに、恥ずかしながらいい加減なクリスチャンの私は「 25:32 彼は、羊飼いが羊と山羊とを分けるように、彼らをより分け、 25:33 羊を自分の右に、山羊を左に置きます。」の聖書箇所に記憶がなかったことを米原さんから教えてもらったこと。(((^^;)


聖書における「羊飼い」と「羊」の喩の意味はクリスチャンなりに理解している。(((^^;) が、ここの箇所で「ヤギ」が「悪・害」側の喩に用いられていたことが新鮮な発見だったので、今日はマタイ25章の御言葉をもう一度味わう恵みをいただいて感謝している。

もちろん、この箇所は人を差別選別する思想の表れではないし、さらに「遊牧を主な生活の糧にしていたユダヤの民にも、ヤギとヒツジを混同する人がいたのだろう」というのも、おかしな推測だ。

「ヤギをヒツジと区別する」というのは、「混同しやすい2つの物を区別する」意ではなくて、ただ単に「混ざった2つの物を選り分ける・選別して取り出す」という意味だろうと思う。
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*http://agije.com/jouhou/archives/3141.htmlさんより画像借用


この時代は羊と山羊は一緒に飼われることが多く、羊飼いは羊と山羊の混ざった群れを世話をすることが多かった。彼らは、羊と山羊を食料と水のある所に連れて行き、一頭一頭をよく知り、群れを離れた羊や山羊を捕えるための杖や盗人や野獣から守るために木製の棍棒などを持ち歩いて、昼夜を分たず番をしたといわれる。そして彼らは、混ざった群れを、羊の群れと山羊の群れに選り分ける必要のある時は選り分けたのであって、ユダヤ人で混同する人がいたとはとても思えないのだが・・・。(((^^;)


ちなみに、田舎の実家では子どもの頃に一頭だけ、山羊を飼っていた。山羊のお乳を得るためだったが、山羊は気性が荒くて、弟が角で突かれて怪我をした思い出がある。私も山羊は苦手だった。いつも恐々遠巻きに見ていたものだった。
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by dande550213 | 2016-07-12 17:28 | 米原万里 | Comments(0)

新聞に米原万里没後10年の記事が出てすぐに、図書館では彼女の本が既出になり借り出しにくくなった。ネットでも、中古の本は値上がりし、新刊本も「問い合わせ中」になる。(-_-;)

しかたがないので、以前読んだ本を除いて、金に糸目をつけず(なぁ~んちゃって、f^_^;・・・・)、できるかぎり買い漁っている。

何故なら、私は忘れっぽく、且つ飽きっぽい性格だから、そう思ったその時にすぐに行動しないと、その思いが人生途上の「一時的なマイブーム」にすらならないのだから・・・(((^^;)


没後2年に出版された彼女の最後のエッセイ集『心臓に毛が生えている理由』(2008)の
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「Ⅳ 対談 プラハ・ソビエト学校の少女たち、その人生の軌跡」から。
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米原:社会主義体制がかなり堅牢だった頃は、社会主義陣営と資本主義陣営の対立があったけれど、これが取り払われてしまうと、その裏にあった宗教とか民族の対立がモロに出てきました。そうなってみると、あのイデオロギー対立自体、本当は宗教対立の仮の姿だったのかもしれないという気がするのです。リッツァが、スターリンはポーランド人やユダヤ人は大量に殺したけれど、ギリシア人はほとんど殺していないと言ったことがありました。たしかに、スターリンはグルジアの神学校の出で、グルジア正教はロシア正教と同じくギリシア正教系なんですよ。

池内:その意味では、政治ではなくて宗教戦争みたいなものだったと?

米原:そうです。感情を支配するのは、代々伝えられてきた生活感覚や人生観、人間観のいちばん深いところ、エキスのようなものが大きく左右するんだなあと思いました

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対談相手は、ドイツ文学者でエッセイストの池内 紀氏。(といっても、申し訳ないけれど、初めて目にする名前 (((^^;)だが・・・)


1959~64年の5年間、プラハのソビエト学校で小・中学生時代を過ごした経験が彼女の原点。そこで世界各地から集められた同級生たちと共にロシア語で学んだ彼女は、たとえ自分の国が崩壊しようとも、人は国からは完全に自由にはなれないし、ことばからも自由にはなれない。無色透明な抽象的な人間なんていないし、そんな人間にはなれない。どこかの国で生まれ、あることばで世界を認識し、自己表現する術を覚えて大人になっていくわけだから、そこから完全に離れることは不可能だ(p273)という。

そういう完全に離れることのできないような「根底にあるもの」に、人は「感情」を支配され、それを社会化して行動する傾向がある、と言いたいのではないだろうか。

今、アメリカで吹き荒れているトランプ現象やUKのEU離脱選択とその後に頻発するヘイトクラッシュ、欧州での移民排斥の動きなどをみると、「感情」に支配された政治的選択が潮流になりつつあるのではないかと心配になる。
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by dande550213 | 2016-07-10 18:28 | 米原万里 | Comments(0)

米原万里没後10年


今日の朝日新聞「文化・文芸」欄は「今こそ米原万里」だった。

「スラブ的知性は、ユーモアこそ、強権下で生き延びるしぶとい批評の秘訣だと教える」というリードで、記事は次のように始まる。

 米大統領選のトランプ候補の躍進や英国の欧州連合(EU)離脱、頻発するテロ―。米国発の金融資本主義とグルーバリゼーションの足下で抑圧された人々が悲鳴をあげ、新たに生まれる怒りと暴力が、さらに弱い者を蹂躙する悪循環に陥っている。
 作家・米原万里が生きていたら、この世界のありさまをどう眺めるだろう。少女時代をチェコで過ごし、受け継いだ中欧知識人のDNA。ソ連という対立軸を失った米国の一元論の危うさを、知性的にも、感性的にも見抜いている人だった。
 没後10年の今年、絶版本の復刻や関連本の刊行が相次ぐ。・・・・(以下略)


米原万里さんは好きな作家で、プラハに出かける前にもここで紹介している。

私はただ単に彼女の絶妙なユーモアや皮肉が好きで、彼女を「中欧知識人のDNA、スラブ的知性の継承者」だなんて、思ったこともなかったが、5月にプラハを旅行したことが契機になって、「中欧」に興味を持ち始めていたばかりだったから、彼女が「中欧知識人のDNA、スラブ的知性の継承者」という言葉にくぎ付けになった。

1989年のベルリンの壁崩壊によって、第二次世界大戦後東西に分断されていたヨーロッパは姿を消し、「東欧」という言葉の代わりに「中欧」という言葉が脚光を浴びるようになった。

この「中欧」世界とは、かつての「ハプスブルク帝国」や「オスマン・トルコ帝国」の領域内諸国であり、地理的にはドナウ河の流域諸国ともいえる。

この地域には、古くは西から「ローマ帝国」が、新しくは「ハプスブルク帝国」が進出し、さらに東からは「オスマン・トルコ帝国」が、さらにのちには北から「ロシア帝国」が南下して、そこに暮らしていたスラブ民族とその王国、大モラヴィア王国もハンガリー王国もボヘミア王国も、その他大小はまさに「もみくちゃ」状態。長らく強権下、圧政下で抑圧されながらもしぶとく生き居残り、独立を果たしたスラブ民族が中心の国々の地域。

バルカンの火種がようやく治まりかけたかに見えた今、新たにシリア難民など、まるで民族大移動の通り道になり、門戸を閉ざそうとする動きで国際非難を浴びる国々。

本当にこの現状を米原さんなら、何と言って皮肉り笑いのオブラートに包むだろうか、と思う。

You Tube動画に「あの人に会いたい ロシア語同時通訳者作家米原万里 利害を越えて事実を見つめる目の持ち主」というのがある。NHK番組の録画動画のようだ。

あの人に会いたい ロシア語同時通訳者作家米原万里 利害を越えて事実を見つめる目の持ち主*You tube yuraku tampoさんより


盟友の佐藤優氏が選んだエッセー集『偉くない「私」が一番自由』が今年4月に刊行されて話題になっているようだ。

さっそく私も購入して読んでみようと思っている。(((^^;)
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by dande550213 | 2016-07-04 23:48 | 米原万里 | Comments(0)