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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213
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カテゴリ:ヒョンビン:インタビュー記事( 9 )



オンコさんがブログで継続アップしてくださっている「タクシー」のヒョンビンの話を読んで、彼の言う「役になり切るのではなく、役に近い人物を演じている。」が何となくわかってきた。ヽ(^o^)丿

読んだのは、SGのエレベーターの場面のヒョンビンの解説

会話の言葉をコピペで勝手に引用。>オンコさん、ごめんなさい。
韓国語はわからないので、日本語字幕のみ。

コン・ヒョンジン:閉所恐怖症は一種の精神疾患だよね。病気に関する知識はあったの?

ヒョンビン:資料を見て勉強しました。閉所恐怖症がひどいと過呼吸になって、心臓まひも起こるそうです。でも、演技では症状を逆にしました。最初の芝居では呼吸を速めて、息苦しく見せようとしたけれど、演技としてはよくなかったんです。なので、実際の症状とは違うようにしました。

*この会話、まだ続くのかもしれないけれど、今日のところはココまでしか、アップされていないので・・・。(((^^;)


彼がここで言う「最初の芝居」がたぶん「役になり切る芝居」で、「実際の症状とは違うようにした」のが「役に近い人物を演じる」という意味に当たるのではないだろうか。

つまり、これって、ダ・ヴィンチのモナリザの手法と同じではないだろうか!

ダ・ヴィンチのモナリザは、世界中の人々を魅了する絵画。

「あそこに描かれている婦人は、現実の生身の人間の身体的バランスとは微妙に異なる描き方をされている」と解説するテレビ番組を見たことがある。

あの絵は、あの時代のごく一般的な肖像画ではなくて、ダ・ヴィンチが理想の女性像を描いたのではないだろうか、というのだ。敢えて生身の人間の身体的バランスを微妙に変えることで、かえってその美しさが強調される効果を産み出しているように思える。解剖学の知識のあったダ・ヴィンチは人間の身体構造を知りつくしていて、敢えて生身とは変えることで、「美」を際立たせたようとしたのではないか、というような内容だったと思う。



見る側の脳は現実とは微妙に異なっていても、違和感を持たないばかりか、かえってその微妙な差が与える効果に心が動く、惹きつけられる、魅かれるというのはあり得ることだと思う。

だから、「脳にインパクトを与える表現法」と言ってもいいかもしれない。

文学の世界でもこのような表現法がある。

例えば、「詩」には倒置法や体言止めなどの表現技法があるが、これらも通常の語順とは変えることで受け手側にインパクトを与える技法だろう。


たぶん、素人の私たちは知らないだけで、演劇の世界でもこういったインパクトを与える表現技法があるのだと思う。観客や視聴者によりインパクトを与える演劇手法。あるがままを演じるのではなくて、強弱を取捨選択して、印象を強めるような演劇手法。


演劇を見に行った時に私がよく感じていた違和感がそれだった。歌舞伎のようにそれが形式美にまで高められれば、それはそれで一種の「型の美」として受け入れられるが、そうでない場合は、何だかやたらオーバーアクションで、取ってつけたような感じ・・・と思うことがある。

だから、あるがままを演じるのではなくて強弱を取捨選択して印象を強めるような演劇手法で不自然に感じさせないためには、相当な演技技術が必要だろうと思う。



「彼らが生きる世界」の作家・監督のヒョンビン評を借りるならば、分析力と表現水位の微調整能力。演じる役柄や時代背景・場面など、演じるにあたって必要なすべての分析と、それをどういうふうに、どの程度使って、受け手側に全く違和感を感じさせずに印象を強めるか。それがヒョンビンは優れているのだろう。

彼自身の演技力の他に、「衣装やヘアスタイル、メイクによって、雰囲気がガラッと変わる顔だと思います。ほかのことはよくわかりませんが、そこは気に入っていますね。」という自分の顔の特性、この2つをうまくマッチングさせて別人に変身するのだろう。


ヒョンビンにとっては「役になり切るのではなく、役に近い人物を演じる」と言うのは、俳優として当たり前のことなのかもしれない。が、その当たり前のことをコツコツとやり続けることは簡単ではないだろう。

何しろ、撮影が始まるまでの準備がたいへんだと思う。資料を読み、インタビューに行き、見学に行き、必要なら習い事も始めて・・・。

撮影が始まっても、モニタで自分の演技を確認して、監督や脚本家に尋ねたり、感想を求めたりして、常に分析と演技の微調整を繰り返すのだろう。


彼自身もこんな言葉を残している。

 ― 以前、「ノ・ヒギョン作家の台本はせりふの中にさまざまな感情が入っていて、毎回宿題をもらっている気分」とおっしゃっていましたが、その点はどう解決していましたか。

 ノ・ヒギョン作家が書く文章はとてもすばらしいことで有名ですが、役者の立場からすれば、そのせりふを演じることは決して容易ではありません(笑)。本当にせりふのなかにたくさんの感情が溶け込んでいるので、そのせりふを実際に僕が発する言葉にするために、何回も台本を読み返し、何とか自分のものにしようと努力しました。一度、特に難しかった部分があって、監督とも相談しながら演じたのですが、放送後にノ作家にメールで感想を聞いたことがあります。それ以降は、ノ作家の方から「良かったよ」とメールで応援してくれるようになりました。

      (『韓国TVドラマ』Vol.33 2009年)


そこで、某局の「プロフェッショナル仕事の流儀」担当者様、 貴社の番組で、ぜひとも「ヒョンビン」を取り上げてください。私の切なるお願いです。(((^^;)

*今日のポチ
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後ろから、トルコのドラマ「Black Money Love」がいつの間にか「ピノッキオ」を抜いて猛追。
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by dande550213 | 2015-07-08 23:04 | ヒョンビン:インタビュー記事 | Comments(0)

ノ・ヒギョン作家
 正直に言うと、私は最初、ヒョンビンさんにはそれほど期待していませんでした。見た目は格好いいですが、私の作品とはカラーが合わない気がしていたのです。
 ところが、いざ撮影してみると、大人っぽくてまじめでジオにぴったりで、「いい役者だ。大物になる。」と思いました。
 ビン(ヒョンビンの愛称)が10年後にどんな役者になっているは分かりませんが、大事なのは、彼が現状に安住したりごう慢になるタイプではないということです。
 彼くらいのスターになると、自分のスタイルを決めがちですが、ラブストーリーであれ、コメディーであれ、どんなものにも適応してくれます。分析力に優れ、人の意見にも聞く耳を持っており、指摘した内容をきちんと受け止めてくれます。



ピョ・ミンス監督
 男優は線が太いか繊細かのどちらかに偏りがちですが、ビンは線が太いのに繊細です。
 同世代の役者に比べて、演技の表現水位を細かく調節することもできます。
 例えば「今回は60くらい出したけれど、次回は75くらいにしよう」と言えば、そうできます。ほかの役者だと、すぐに80、90くらいのオーバーアクションになってしまうのに。


       (『韓国TVドラマ』Vol.33 2009年)
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by dande550213 | 2015-07-07 15:41 | ヒョンビン:インタビュー記事 | Comments(0)

 ―『私は幸せです』はイメージチェンジを狙った作品ではないと語っているように、毎回新しいことに挑戦しているだけということですね。
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 周りから『私は幸せです』以降に撮影した作品を見て、前より演技が良くなったと言われました。おそらく一人で考える時間を多く持てたからだと思います。
 先ほど、前作のことを捨てるようにしていると言いましたが、実際は体に染み込んだものを捨てるのは容易ではありません。しかし、幸いにもそうさせてくれる監督に多く巡り合えました。ユン・ジョンチャン(『私は幸せです』)、ピョ・ミンス(『彼らが生きる世界』)、クァク・キョンテク(『チング~愛と友情の絆~』)、キム・テヨン(『晩秋』)、どの監督も新しいものが好きなんです。僕が以前演じたもの、人々の頭に刻まれているヒョンビンの演技を全く望まないんです。
 だから、捨てざるを得ませんでした。かといって自分の体から全てを出すこともできないから、ちょっと脇に置いておくんです。もっと年を採ったら、脇にどかしたものもうまく取り入れられるようになるかもしれません。


 (『10asia+star』 2009年のインタビュー)

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by dande550213 | 2015-07-07 14:09 | ヒョンビン:インタビュー記事 | Comments(0)

 「ファッションに関心がある」というヒョンビン。もちろん、長身&イケメンだからなんでも似合うのだが、デビュー当時にお気に入りのブティックとして挙げていたのは、激安市場の東大門!
 夜中に東大門市場に繰り出し、服は買わなくてもどんなスタイルが流行中なのか調べるのが趣味で、一度行くと何時間でもぶっ通しで歩き回っていたほど。
 そんな彼の一番好きな服は「トレーニングスタイル」。つまり、普段着はジャージなのだ。
 デビュー当時は「トレーニングスタイル」で作品についての打ち合わせにも出かけていたが、売れっ子になってからは、デニムなどの「きちんとカジュアル路線」に変更したそう。
 でも、「部屋にいるときのスタイルは?」と問われたインタビューでは、「ビールを片手に下着姿が多い」というドキドキな発言も
 。ヒョンビンの「普段着」姿を覗いてみたい?

「ヒョンビン解体新書」より
(韓流旋風Vol.27 2009年10月)
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by dande550213 | 2015-06-20 20:53 | ヒョンビン:インタビュー記事 | Comments(0)

 オーディションに落ちまくる日々が続いたある日、ソン・ソンホン主演の「あいつはカッコよかった」のオーディションでイイ線までいったヒョンビン。
 しかし、会場で目にした候補者たちは、自分よりはるかにカッコいい人ばかり(と彼は思った)。そのときから「自分は全然カッコよくない。平凡だ」と思うようになったという。
 ちなみに、同じくこのときオーディションに落ちたなかにイ・ジュンギもいた。

「ヒョンビン・トリビア」より
(ホット・チリ・ペーパー2007 NOV. Vol.43)
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by dande550213 | 2015-06-20 20:33 | ヒョンビン:インタビュー記事 | Comments(5)

WEBで読んだ記事をファイリングしておかないと、どこで読んだかわからなくなるお年頃を痛感。(((^^;)

で、とりあえず、新しいカテゴリを作って、ここに、ヒョンビンのINTERVIEW 記事をファイリングすることにした。

記者の解説ではなくて、ヒョンビンの「演技に対する考え方」や「役者としての生き方」を知りたいので、彼の言葉として直接引用されている部分を赤太字に変えている。画像は、インタビュー時のビジュアルを記録するために挿入。

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ヒョンビンが戻ってきた「僕は死ぬまで役者!」
元記事配信日時 : 2013年06月28日10時06分 記者 : チョ・ヨンギョン、
@STYLE |2013年07月14日19時06分 より
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死ぬまで役者!

2年間テレビから姿を消していたが、その期間に誰よりも価値あるものを得た。役者という仕事をどれほど愛しているか、そしてどれほど幸せな人として生きてきたのか。しばらく忘れていたことを振り返ることができた。もちろん、“お化けを捕まえる海兵隊”という誇らしいタイトルも得た。そして戻ってきた。軍服を脱ぎ、自身に最も似合うというスーツを脱いだ。初めて時代劇に挑戦する。今回は王だ。「うまくできるだろうか?」心配と不安を期待に変えたい。ヒョンビンはたゆまず努力する生まれつきの役者だから。

除隊、グッバイ海兵隊!

本業から離れて2年。2012年12月6日、京畿道(キョンギド)華城(ファソン)にある海兵隊司令部で除隊式を行い満期除隊したヒョンビンは、2011年3月7日、慶尚北道(キョンサンプクド)浦項(ポハン)の海兵隊教育訓練団に入所して21ヶ月。日数でいうと641日ぶりにファンのもとへ戻ってきた。集まったファンたちであふれ返る場でヒョンビンは熱い歓声にとうとう涙を流した。「作戦に失敗しました。自分をコントロールできませんでした。もしこのような状況が発生しても絶対に泣くまいと心から決めて来ましたが、自分でも気づかないうちに涙が溢れ出ていました。演技についての話をしていた途中でそんなことになっていました。頭より体が先に実感したのか、いつの間にか泣いていました」

こらえていた感情が堰を切ったように溢れ出した。今は笑って言えるが、海兵隊は決して容易なところではなかった。2年という時間が映画のフィルムのように頭をよぎり、自分がどれほど演技をしたがっているか、その仕事をどれほど愛しているかもう一度感じる瞬間だった。海兵隊に入って最初に言われた言葉は「君はもう役者ではない。役者の習慣、行動、考え、何もかもを捨てろ」だった。演技に対する渇きに一人で耐えなければならなかった。たまに休みがあると、後輩や先輩たちが演技する姿を見て代わりに満足するしかなかった。そのたびに自分ができないことに対する熱望はさらに高まっていった。そんな中で我慢して待つ忍耐を学んだ。これからはその熱望を吐き出したいと思った。除隊を数ヶ月前に控えた時から映画やドラマを見始めた。「ああ、あの役をやりたい。あの役を僕がしたなら?」と思うと心が浮ついた。どんな作品でもいいから早く選択したかった。そして悩みに悩んで時代劇の「王の涙-イ・サンの決断-」を選んだ。選択において同僚たちのアドバイスが大きく影響した。軍生活をしていた当時、頻繁に連絡が取れない状況でもチャン・ドンゴン、チュ・ジンモ、パク・チュンフン、キム・スンウ、コン・ヒョンジンなどはしっかりと彼を支え、応援してくれた。「先輩たちと一緒にいると、ただその場にいるだけで勉強になります。多くのことを僕より先にたくさん見て経験して来られた方々ですから、先輩の行動ひとつ、言葉ひとつ、何気ない言葉も役に立ちます。そんな点で僕は運がいいと思います。そんな方々と一緒に時間を過ごせることだけでも幸運です」

6ヶ月前、ヒョンビンはいなかった

一般人として戻ってきて6ヶ月ほどが過ぎた。自ら芸能人という認識を消したかったが、ヒョンビンではなくキム・テピョンとして自身を受け入れてくれた隊員たちに彼は感謝を述べた。「先日一緒に暮らしていた隊員たちに会いました。1992年生まれですから、僕とちょうど一回り離れていますね。2002年のワールドカップの時に小学生だったわけです。撮影を終えてしばらく時間が空いて会ったのですが、違った感じでした。歳の差はありますが、同じ時間を共有したことだけでも何となく絆ができたような気分でした。いつかは彼らと一緒に過ごした時間が遠く前のことのようになるのかもしれません。しかし、絶対に忘れたくない思い出です」

海兵隊は自ら選んだ道だった。芸能人なら当然のことのように選択する芸能兵士にはなりたくなかった。みんなが驚いたが、ヒョンビンらしい判断、決定だった。時折、軍の広報のために姿を見せたことを除いて、彼は2年間島の中に隠れていた。「僕にとって雑念を消し、自分自身を振り返る、そして新しく何かを始めるようにするための準備の時間でした。一言で言えば、体は大変でも心と精神は幸せになれる時間でした。思ったより時間が早く過ぎました(笑)」

しかし、思ったよりも大変だったことも少なくなかった。肉体的な大変さはある程度覚悟していたが、部隊の中でキム・テピョンではなくヒョンビンとして見られる視線は少なくないプレッシャーだった。彼にとってこれを解決することが課題であり、他の兵士たちに溶けこむのが難しかった。まる3ヶ月かかった。「僕の意図とは関係なく『ヒョンビンだ、本当にヒョンビンだ』という視線がありました。仕方がないと思いましたが、そのようにしてヒョンビンとして2年を過ごすわけにはいきませんでした。上からは早く役者ヒョンビンを捨てるように言われましたが、兵士たちは僕をヒョンビンとして見ていたので。二つが共存するあの時間が一番大変でした。また、一緒に暮らす兵士の中には、僕へのたくさんの視線のせいで一緒に行動したり考えたりすることで制約を受けた人もいました。ある瞬間、僕の存在が一部の人を悩まし、居心地悪い存在になっていました。しかも、年が離れているのも気になりました。このようなことが楽になるまで3ヶ月ほどがかかりました」

6ヶ月後、俳優人生第2幕「王の涙-イ・サンの決断-」

男は軍隊にいくと大人になるという。ヒョンビンは軍隊にいた2年の間、人間キム・テピョン、役者ヒョンビンに対する様々な思いを整理した。一番大きく感じて気づいたことはやはり演技についてだった。10年間演技をしてきたが、それに対する大切さには気づいていなかった。役者は職業で演技は彼の仕事であるだけだった。前だけを見て仕事をし、誰かに保護され、また誰かを満足させるイタチごっこのような生活だった。その生活から離れたら本当のヒョンビンが見え始めた。「訓練所生活を終え、自隊に配置されペクリョン島に入って3ヶ月間は作品に出演したくて死ぬかと思いました。演技をする時も3ヶ月あるいはそれ以上休んだこともありましたが、その気分とは比較できないような妙な感じでした。言葉で言い表せないですが、外にいる時はやりたければいつもでやれる仕事が、軍人になるとやりたくてもできないため余計にやりたくなりました。そして自分がどれほど演技を好きだったのか、自分の仕事をどれほど好きだったのかに気づきました。演技に対する気持ちが分かって、考えの幅が少しずつ広くなり、その影響で時代劇の『王の涙-イ・サンの決断-』を選択したと思います」

実は除隊を間近に控えた時からは業界では「ヒョンビンの次回作は間違いなく映画になるはずだ」という噂があった。それは既成事実化し、彼はいま「王の涙-イ・サンの決断-」というシナリオを持っている。「個人的に願っていたのは演技に割く時間が多ければということでした。映画の撮影も忙しく進めことが多いですが、ドラマよりは演技に対してもう少し深く考える時間が多そうで、2年というブランクがあっただけに、もっと良い姿をお見せするためには演技に集中できる映画のほうが良いと思いました」


しかし、これまでオファーがあった台本の中で逃して残念に思うドラマもあった。それはドラマだけではなく映画も一緒だった。ただ一つの作品を選ぶために台本を読む作業は容易なことではなかった。そうして選択した作品が「王の涙-イ・サンの決断-」だ。「王の涙-イ・サンの決断-」は多くの作品の中で最も長く印象に残る作品だった。他のいい台本を読みながらも、結局「王の涙-イ・サンの決断-」に心を掴まれた。それで選択した。「王の涙-イ・サンの決断-」はプレッシャーが多かった。除隊後の初めての作品ということや初めての時代劇だからである。確かに彼にとって乗り越えなければならない山のような作品だ。しかし、彼の起用が伝えられた後、多くの人々は疑問に思った。早まった判断をしてはいけないが、「一体なぜ?」という疑問が多かった。しかし、彼の言うように、確かに挑戦してみる価値のある作品だ。だとすれば、「王の涙-イ・サンの決断-」のどこが彼の心を掴んだのだろうか。「僕は元々作品を見る時、シナリオ1つだけを見ます。その点で『王の涙-イ・サンの決断-』はとにかくそれ自体を非常に楽しく読んだので気に入りました。実話をベースにしながらもフィクションを加えていて、読んでいる間非常に楽しかったです。事実だけの歴史物語ではないので、観客にも楽しんでいただけるのではないかと思います」

その代わり、彼には山のように積まれた課題が残った。「王の涙-イ・サンの決断-」は龍のあごに逆さに生えているうろこ、つまり君主の怒りを意味する言葉で、これは老論や少論に分かれ政治的に混乱していた朝鮮時代の悲運な王正祖(チョンジョ)役を演じる。正祖は数多くの作品で取り上げられた人物だ。そのため時代劇であるということ以上に彼だけの正祖を誕生させることも彼にとっては重荷となった。「暇あるごとに正祖に関する本を見て必要なことを準備しています。正祖は韓国の時代劇で最も多く取り上げられた人物と言っても過言ではありません。ですので正祖に関する作品がたくさんあります。正直その作品を見たいという気持ちと見てはいけないという気持ちが半々です。今のところ見ないようにしようと思っています。どの作品にも正祖という人物の正解はないはずですから。ただ僕なりの正祖を作ってみようと思います。やり方についてはこれから考えなければなりませんが、それも久しぶりに作品に出演する僕にとって課題であり楽しみだと思います」

彼の説明や気持ちを聞いたら、ふと王の道袍(トポ:男性の略礼装)を着た彼の姿が想像された。やりたい演技とできる演技、そして人々が願う演技は一致する場合もあるが、異なる時のほうが多い。「心配されている方がいることも知っています。そして『あれは出演しなければよかった』と言われた作品もかなりあります。過ぎてみると、やらないほうがいい言われた作品のほうに多く出演した気がします(笑) 映画『私は幸せです』や『チング ~愛と友情の絆~』の時もみんなに反対されました。もしあの作品が僕の役者人生で最後の作品だとすれば、たぶん本当に悩んだだろうと思います。しかし、最後ではないのでチャレンジしたいと思いました。作品に出演して毎回観客を満足させることはできません。観客が好きなイメージをお見せするのも重要ですが、そんな演技だけですとすぐに飽きて同じ姿に退屈すると思います。そういう面で成功しても失敗しても、いつも新しい姿をお見せするのが僕のためにも僕を待ってくださる方々にとってもいいだろうと思いまいた。そしてそんな過程を経てこそ本物のヒョンビンを作れるのではないかと思いました」

最近のヒョンビンの脳の中を見てみたら8割ほどは「王の涙-イ・サンの決断-」と演技に対する考えでいっぱいではないかと思う。この真面目な俳優に吸い込まれる瞬間、準備した質問の半分以上はゴミ箱に捨てられた。聞きたいことはいっぱいあったが、ありふれたゴシップを通して彼に会いたくはなかった。彼は相手の気持ちを動かす妙な魅力を持っていた。その深さが除隊後にさらに深まったようだ。早ければ8月、彼の初めての挑戦が始まる。そして俳優として人々の前に現れるのだ。自らにかける期待、そして私たちが持つ期待も大きい。

「カメラの前に立つ方法やテクニックで僕が忘れていることや、変わった点があると思います。その半面、新しい何かが僕の中で芽生えた可能性もあります。今までなかった言葉遣いや新しい表情、雰囲気などが無意識のうちに出てくるのではないかと思います。最初の撮影がとても楽しみで気になります。まさに“期待半分不安半分”です。今後半年あるいはもっと長い間みなさんの前に姿を現さないかもしれません。ですが、どこかで毎日一生懸命に演技をしているはずです。不安が安心に変わるように、そして待っていただいただけに期待を裏切らない俳優として戻れるようにベストを尽くしますので」

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by dande550213 | 2015-05-21 11:11 | ヒョンビン:インタビュー記事 | Comments(1)

2008年にヒョンビンは「私は幸せです」と「彼らが生きる世界」の2作品を残している。

その2作品の前後関係を、彼は次のように語っている。(『10asia vol.2』より)

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「彼らが生きる世界」の前後に、多くの作品に出演しました。「彼らが生きる世界」の前は、映画「私は幸せです」を撮影し、今はMBC「チング~愛と友情の絆~」を準備していますね。急に活動が増えたように思えますが。

元々KBS「雪の女王」の時のように、撮影を終えた後何ヶ月か休むのが自分のパターンです。今回は空白期間がほとんど無く、相次いで出演しているため、僕自身も何だか慣れないですね。「私は幸せです」は台本がとても面白く、ぜひ出演したいと決めた作品です。でも「私は幸せです」が終わった時、また「彼らの生きる世界」の台本を貰い、これも面白いと思ったので「やります」と言いました。でも「彼らの生きる世界」を撮影する時、今度は「チング~愛と友情の絆~」のオファーをもらった(笑) そこでも「僕がやります!」と言いました。


三作品は全く異なるスタイルですが、どのような部分に惹かれましたか。

「雪の女王」が終わってから色々な台本を見て、その中で「私は幸せです」が一番暗い内容だったんですが、なぜか台本は笑いながら読みました。すごく気になった作品だったけど、台本では30代半ばの設定だった。でも演じてみたくて、ユン・ジョンチャン監督に言ってみたら、設定を変えて下さったおかげで出演することができました。それぐらい出演したかった映画です。うまくやれると思って選択したのではなく、自分が演じてみたくて選択しました。「彼らが生きる世界」は、作品も良く、共演者の方々も抜群で、内容的にも多くの方に興味を持ってもらえると思い、出演しない理由がありませんでした。「チング~愛と友情の絆~」は、僕がノワールのような作品にまだ一度も出演したことがなかったので決めました。作品を選択する時は、いつもそう思うようにしています。僕がしたいこと、その次は人々が望むこと、その次は僕がやりたいこと…そうやっていこうと。そうしていく中で自分の違った面を探していきたいと思っています。

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これを読むと、撮影順序は次の通り。
2006年 百万長者の初恋
2006年 雪の女王
2007年 (なし)
2008年 私は幸せです
2008年 彼らが生きる世界
2009年 チング~愛と友情の絆~


そして、2007年の空白後、彼の出した結論が
作品を選択する時は、いつもそう思うようにしています。僕がしたいこと、その次は人々が望むこと、その次は僕がやりたいこと…そうやっていこうと。そうしていく中で自分の違った面を探していきたいと思っています。
ではないかと思っている。

ちなみに、このインタビュー時のヒョンビンはまた別人。(^-^)
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by dande550213 | 2015-05-20 21:55 | ヒョンビン:インタビュー記事 | Comments(0)

今日、届いた(*^^)v 昔の雑誌「HOT CHILI PAPER 2007 NOV.Vol43」のインタビュー記事から


「サムスン」の余波があまりにも大きくて、ジノンのキャラクターから抜け出すのが簡単ではなかったようですが、ジノンからテウン(ドック)に変わるときに、どんなことに一番気をつかいましたか?

「あらゆる作品に対する僕の考えは常に同じです。とりあえず、僕が口を開いて演技を始める前に、容姿から見えるものすべてが変わらなければいけないと思っています。
ジノンとテウンは違う人間だから、同じヘアスタイルや衣装では絶対ダメだと考えて、まず見た目から変えようと、あれこれ努力しました。
見た目が僕にとっては一番大切なようです。人の目にまず入りますからね。」




彼は「前作品のキャラクターとは、容姿から見えるものすべてが変わらなければいけない」と思っているのだろうか? 

それとも「すべての作品を通じて、容姿から見えるものすべてが変わらなければいけない」と思っているのだろうか?

また、容姿が似ていても、そこに込めらている情念や魂・心が異なっていたら、それは見た目を変えたことになると言っているのだろうか?


彼に私がこう尋ねたい理由は、17歳テウンが8年の歳月を経て、初めて私の前に姿を現したテウン(ドック)を見た時、私は「あっ、マンスだ!」と一瞬思ったからだ。
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「私は幸せです」のマンス。
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それは、私は「雪の女王」を見る前に「私は幸せです」を見ていたからだ。「私は幸せです」のマンスを先に見て、後で「雪の女王」のテウン(ドック)を見たからだ。

テウン(ドック)とマンスは、ただ単に風貌が似ているだけでなく、込められている情念・魂・心も同類ではないかと感じたから、口を開く前のテウン(ドック)を見て、「あっ、マンスだ!」と感じたのだろうか・・・。

「雪の女王」は2006年、「私は幸せです」は2008年で、近い? 近くない? (苦笑)

この間に、空白の2007年がある。
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by dande550213 | 2015-05-19 23:33 | ヒョンビン:インタビュー記事 | Comments(1)

お借りしている(((^^;) 『チング 公式ガイドブック』で、ヒョンビンが「目と顔の筋肉」について、次のように語っているのが興味深い。

ドンスを演じながら変わったことがありましたか?
顔の筋肉の使い方が変わったと思います。顔で表現する方法が以前とは違ってきました。監督も今まで使ってきた表情を望んではいませんでしたし、ドンスは口数が少ない方なので、台詞がないときは表情と目だけで演技をしなければなりません。格闘技選手の強くて鋭い目になりたくて、6ヶ月間パーソナルトレーナーを釜山に連れてきて一緒に練習しました。顔の筋肉、仕草などに細かく気を配りながら、体全体で演じる楽しみを知ることができました。


こういう役作りの苦労を聞くと、俳優って、本当にたいへんな仕事なんだあ・・・と改めて思う。ヒョンビンが入隊時に寒い海につかって訓練していた時に、「自分の仕事は俳優で、こういう経験は何度もしているから、寒さは感じなかった」と答えたのも頷ける。

私はまだ「チング」を見ていないから、なんとも言えないが、「強くて鋭い目」という点では、チャン・ドンゴンの目はぴったりだったような気がする。ヒョンビンの目は、彼に比べると線が弱い。

だから、パーソナルトレーナーを連れてきて個人練習するなんて、やることが本チャン(本田圭佑)と全く同じではないか。(苦笑)

ヒョンビンは知れば知るほど、生き方が本チャンに似ているような気がして、ますます魅かれていく。

ただし、見守る方も心配が絶えないが・・・。(苦笑)
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by dande550213 | 2015-05-19 00:14 | ヒョンビン:インタビュー記事 | Comments(0)