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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213
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カテゴリ:ファイリング( 26 )



トラクト「よろこびの泉」第674号に掲載されていた証し「祈りの力」をファイリング。
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(*ここに収録するにあたって、著者の了解は得ています。)
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「祈りの力」 

 私が柏原教会に初めて来たのは、もう30年ほども昔のことになります。しかし、本当は、更にその10年ほど前から、教会の「玄関先まで」は来ていました。と言いますのは、家内が次男の病気を通して、近所で開かれていた家庭集会に導かれ、子どもたちと共に教会へ集うようになり、その送迎のために、玄関先までは来ていたのです。

 当時、私は国税局と管内の税務署に勤務する職員でした。聖書に出て来る取税人マタイやザアカイと同業だったのです。ただ、現代は正しい納税をして頂くよう努める国家公務員ですから、当時のユダヤの取税人とは全く違います。しかし、そうは言っても、お金を納めて頂くというという仕事柄、良くも悪くも非常に現実的な職場なのです。当時を思い返してみますと、イエス様が罪とされることを、罪とも思わずに生活していたのではないでしょうか。また幼い頃から朝夕毎に仏壇や神棚に手を合わせる仏教信仰の盛んな北陸の田舎町で育ち、「仏教も神道もキリスト教も、根本は皆同じ神様や」と言う父の言葉にさしたる疑いを持つこともなく、キリスト教も同じだと思っていました。

 そんな私が玄関先から会堂へと足を一歩踏み入れることが出来たのは、「主人が教会に集いますように。救われますように」と毎朝繰り返し祈る家内の祈りに押されてでした。最初のころは、祈る声が聞こえても余り気にならなかったのですが、徐々に「仕事や飲み会やらで毎日遅いのに、朝早くからうるさいな。まだ眠たいのにかなわんな」と布団の中でぶつぶつ呟く毎日となりました。家内の声は、幼稚園の教師をしていたこともあり、地声が大きい上によく通るのです。本人は小さい声で神様だけに祈っているつもりなのでしょうが、別室からでも本当によく聞こえるのです。実際のところは、神様にはもちろんですが、私によく聞こえるようにと大きな声で祈っていたのでしょう。家内の祈りと私の呟きとの根競べのような毎日が長く続きました。

 朝毎に繰り返される祈りに、私の心も「まだまだ」から「その内に」へと変えられていき、私の足がいつしか教会の玄関先から、会堂の一番後ろの席へと押されて行きました。最初のころは、牧師の説教の内容も、罪も十字架の救いも神の愛と言うことについてもよく分からないと言うのが実感でした。
 当時の柏原教会は、赤レンガ造りの酒蔵を改造したもので、外壁には白ペンキで「神は愛なり」と大書されていました。神がどうして愛なのかが分かったのは「神はそのひとり子を賜ったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠のいのちを得るためである。」(ヨハネ3・16)との御言葉を通してでした。神様が「ひとりも滅びないで」と言われる以上、その中には、取るに足りない取税人の末裔のようなこの自分も含まれているのだ。このための十字架であったのだと言うことを確かに受け取ることが出来ました。しかし、神様の大きな愛の中に私も包まれていることは分かりましたが、信仰を持つという決心がなかなか出来ませんでした。職場で周囲を見回しても、クリスチャンはいない(後で何人かいることを知りました)し、私自身品行方正でもない、酒もタバコも賭け事もする、とても私にはそんな資格はない、こればかりは自分が決めること、との思いに支配されていました。そんな状態のまま、月日だけがいたずらに過ぎていきました。

 ある集会のメッセージの中で、「二人の足跡」の話をされました。ある人がイエス様と歩いていて、二人の後ろには二つの足跡が続いていました。ところがある所からその足跡が一つになったというのです。私の理解では、一つになった足跡はイエス様のもの、消えた方は多分自分だろう、そしてそれは、自分がイエス様から離れたためだろうと考えたのですが、それは、辛くて歩けなかった時、神様が私を背負って歩いておられたからだと教えられ、目から鱗が落ちる思いでした。
 こんな私でさえも、神様は一方的に愛してくださるのです。決して私が神様を選んだのではなかったのに。
あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。そして、あなたがたを立てた。」(ヨハネ15・16)
 救いは私たち人間の思いではなく、実に神様の一方的な恵みであること、また、自分が如何に傲慢で、様々な罪を抱えた罪人であるかと言うことをはっきりと示されました。このことを通して、私達人間が造った神様ではなく、私達人間を造った神様を信じたいとの決心が与えられ、実に10年目に家内の祈りは聴かれました。

 昭和20年生まれの私は、62年12月、42歳で受洗しました。家内の朝毎の祈りに感謝するとともに、何よりも忍耐をもって待ち続けてくださった主イエス様の大きな御愛に感謝しました。
 しかし、それまでの生活が劇的に変化したわけではありません。国税局や税務署での仕事にも、常に困難や試練のときがありました。そんなとき、折に触れて聖書の御言葉が支えとなり導いてくれました。例えば、「おおいかぶされたもので、現れてこないものはなく、隠れているもので、知られてこないものはない」(ルカ12・2)という御言葉を通して、調査する立場、また、調査を受ける納税者の立場から、人間のすることは、必ず表に現されて来るもので、今は隠せていると思っていることでも必ず見つかるものだと、調査官を励ましたり、正しい申告をすることが、結局は一番の節税になるのですよ、と納税者の方々に適正申告を促したりもしました。

 平成16年に退職し、現在は税理士として第二の人生を歩んでおりますが、この世のことは平穏な日々のみではなく、常に様々な困難や試練が生じてきます。しかし、感謝なことに、神様は試練と同時に常に解決の道をも備えてくださいます。信じてお委ねできる方がおられることは、大きな心の支えとなっています。
 家内の朝毎の祈りの中から、私が救われ、そして二人の子どもが救われ、更に孫の一人が救われました。「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます」(使徒16・31)との御言葉はまことに真実です。

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by dande550213 | 2016-11-08 09:00 | ファイリング | Comments(0)

天王寺の主治医のクリニックに行くと、地下鉄天王寺駅出口周辺で「ビッグイシュー日本版」を買う。バックナンバーから選ばせてくれる販売員さんもいれば、手に持っている今月号をそのまま手渡してくれる販売員さんもいる。
初めて買ったときは200円か250円だったような気がするが、今は350円。

ビッグイシューは、ホームレスの人々に収入を得る機会を提供する事業として、1991年にイギリスのロンドンで始まり、日本版は(今月で?)発刊13周年を迎えるという。

元々がイギリスで始まった雑誌だから、バタくさい記事も載っている。スペシャルインタビューにはウィリアム王子も登場した。今月号はライアン・ゴズリングという俳優さん。(知らんなあ・・・。コレからチェックですわ~♪)

ビッグイシューで一番好きな記事は「リレーインタビュー・私の分岐点」というコーナー。第259回は女優の田中麗奈さんだった。
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彼女の登場した映画やドラマ、見たような記憶はあるが、覚えていない。日本の映画やドラマにはあまり興味がないタイプ(日本映画やドラマを蔑視しているわけではなく、異文化に興味があるため)で、映画もドラマもほとんど見ないから・・・。(((^^;) だから、”目が個性的な可愛い女優さん”というぐらいのイメージしかなかった。

このインタビューでは、心に秘めてきた想いを丁寧に語っている。彼女は、日本だけの枠にとらわれずに、俳優としての自分の立ち位置を模索し、努力を重ねてきた女優さんだったのか・・・と認識を新たにした。彼女の語る内容は、渡辺謙さんにも通じるところがあるような気がして、インタビューをファイリングして置きたくなった。
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「アジアを目指した20代、人生最大の挫折。今また中国語を始めている」
                     女優 田中麗奈さん

 5歳の時、すでに女優になろうと決めていた私。当時は迷うということすら知りませんでした。夜寝る前に必ず、東京で生活している自分、お芝居している自分を想像して眠りについていたんですよ。「早く誰か私のことを見つけてくれないかな。そうしたら一生懸命働くんだけどな」って。だから15歳になった時、まだ地元にいる自分をもどかしく感じたことを覚えています。その後、幸運が重なって、私は女優になりました。強く思えば願いは叶うんだと思いましたね。
 そんな私のターニングポイントは、日台合作映画に主演したことを機にアジアで活躍したいと思い始めたことです。それは同時にこれまでの人生で最初にして最大の挫折でもありました。
 20代前半、日中合作ドラマに出演したことから中国語を学び始めた私は、撮影のために中国に滞在し、現地の俳優と交流するようになりました。中国の映画スターの多くは、演劇学校でアクションや踊りなど、演技の基本となることをしっかり学んでいます。だから着物のさばき方とか、扇子のあしらいとか、細かい所作まで、素晴らしくよくできるのです。
 一方、私はそれまで”自然体”を評価されることが多かった。でも彼らと芝居をするうちに、”自然体”の頼りなさみたいなものを感じるようになったんです。「私は日本人の女優としてこれができます」と堂々と主張できることが一つでもあるのか? そこで茶道や日舞を習い始め、着物や歌舞伎など日本文化に触れる機会を増やしていきました。
 同時に私はアジアを舞台に活躍する女優になりたいと強く思うようになったのです。ハリウッドでは日本人俳優はアジアの俳優としてエントリーすらされていない状況にある―それなら私は、まずアジアの女優としてエントリーされるようになりたいと考えました。
 それから5年ほど、熱心に中国語を学び、海外での映画出演の機会を狙っていました。しかし私の一途な思いとは裏腹に、一向にチャンスを掴むことはできませんでした。どんなに努力しても、どんなに強く思っても叶わないことがあるんだと知った―私にとってそれは大きな挫折でした。女優を辞めたいとすら思いましたから・・・・・。20代はエネルギーが溢れている分、ものすごくストイックで、自分をトコトンまで追い詰めて、パンクしてしまったんでしょうね。
 そして30歳になる前、中国語や他の習い事をすべて辞めました。一度リセットして、今、私がやれることに集中しようと気持ちが切り替わっていったんです。「田中麗奈がいたからいい作品ができた」と言われるようになりたい。とにかく、しっかり足固めをしようと思いました。
 そうして数年が経ち、私は36歳になりました。もうすっかり立ち直ったけれど、心の痛みはまだあって、中国語を聞くのも中国映画を観るのも嫌で、ずっと耳を塞いでいたんです。でも今年、ある番組の企画で台湾に行くことになりました。封印したい過去を取り出した時、どんな心境になるのか興味がありました。その結果、かつての撮影現場を訪れた私は、若かった自分の挑戦をニュートラルな気持ちで受け止めることができたのです。
 最近また中国語の勉強を少しずつ始めています。焦れば焦るほど空回りするけれど、ふと力を抜いた時、チャンスが訪れることもある―だからいつでも手を上げられるように、今度は楽しく進めていきたいと考えるようになりました。
 今年、結婚したことも大きいのかもしれません。これまでは仕事という一面しかなかったので、人生の一喜一憂がすべて女優業に反映されてしまうところがあって、その結果、追い詰められてしまうことがありました。でも今は家庭というものがある。ここにも私が存在できるから、仕事で何があっても大丈夫と思うようになった。そんな今だからこそ、恐れずに夢を追い続けることができるのかもしれないですね。(文責? 飯島裕子)
                「ビッグイシュー日本版294号」より
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私も彼女を応援したくなったよ~。(^o^)丿

先日のBBCのリストでも100選に入った日本映画は、たった1作だけだった。
日本映画や日本人俳優さん、もっともっと世界に羽ばたいてほしいと、願っている。

もちろん、ヒョンビンも。

光州ビエンナーレでは韓国のベスト俳優だと紹介されていたようだったが、ソン・ヘギョのように、先ずアジアを目指してほしい。




 






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by dande550213 | 2016-09-03 00:02 | ファイリング | Comments(0)

The Asahi Shimbun GLOBE April 2016 No.180
Culture  Cinema Critiques[特別編] より

渡辺謙ハリウッドを語る~求められるもの、やれるもの、やるべきこと

 「追憶の森」のお話を最初にいただいたのは2011年、大震災の後でした。日本をすごく好きな脚本家が、僕を想定して書いてくれました。でもさすがにあの震災の後、この作品の切り口を僕は受け止めきれず、保留にしていました。
 ただ、ある意味で仏教的な死生観を持つこの作品にガス・ヴァンサント監督や主演のマシュー・マコノヒーらも興味を持ったことを非常に驚き、うれしく思いました。この作品の世界観を一緒に考える時間を持てた喜びを感じています。
 僕は20代の終わりぐらいに(白血病で)死を突きつけられ、何年か苦しみました。最近も、非常に早期でしたが胃がんの手術をし、人には最期があるのだと改めて認識しました。そのたびに僕は医学の進歩に救われてきたわけですが、精神的にどう受け止めるかについては、進歩のしようがないわけですよ。
 この映画で一番感じたのは、形骸化しがちな初七日や四十九日、三回忌は、残された人にとって過ごさなければいけないとても大切な時間なのだということ。受け止め、かみしめ、心のどこかにしまっていく。
 (劇中の)青木ヶ原樹海の立て看板や鳥居の字は僕が書きました。日本を題材にし、日本の男の人生が投影された映画。「そんなのないよね」と、リアリズムを失った瞬間に観客の興味はひいてしまう。僕の役も、最初は仕事を失った男性という設定でしたが、今の50代の日本男性がうつに追い込まれる状況を考えて別の設定を提案してくれました。
 米国での公開は未定です。カンヌ国際映画祭で思ったような感触ではなかったんです。今は、もっとわかりやすい映画が受け止められやすい。よくわからない映画、昔はいっぱいあったじゃないですか。結構何年も悩んで、わかってくるような。今はみんなが評論家になり、わからない=つまらないと判断し、それがソーシャルメディアで広がってしまう。
 でもクリント(・イーストウッド監督)がよく言ってました。「わかんないやつはわかんない」って。それぐらい、腹決めてやればいいと思うんです。米国でも今年中には公開され、受け止めてくれる観客もいる、と僕は思っています。
 米映画のお話は常にいただいていますが、やりがいがあって、好奇心がくすぐられる作品を選ぼうとすると、年1本ぐらいになるんですよ。非常にステレオタイプな日本人役も、いまだに来ます。
 人の心に届く演技を要求されるアジア系の役が、絶対値として少ない。最近は中国の俳優にシフトしてるんだけれど、結局はマーケティングのためで、「いい役」というより目立つ役だったりする。
 ハリウッドが本当に世界を牽引していた頃は、いろんな人種が集まってきた。才能があれば、アングロサクソンの白人でなくても、アジア人でも黒人でもヒスパニックでもやれる役はある。でも今は冒険する余裕がない。
 でも、そうしたことを考えていても先には進まない。来年はロンドンの舞台がありますが、拠点はどこだっていい。自分が求められているもの、やれるもの、やるべきことの三つを加味して向き合い考えていくと、おのずと見えてきます。
 日本でしかできない仕事もある。それが評価されると海外で再評価されたりする。どちらかをおろそかにすると両方ダメになる気がします。僕はいい道をえらんできたな、と思っています。

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記事の文字を打ちながら、ヒョンビンのことを考えていた。(((^^;)



 
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by dande550213 | 2016-04-07 13:10 | ファイリング | Comments(0)

ユネスコの記録遺産「ソンムの戦い」で検索したら、これが元映像とわかった。

第二次世界大戦とその前後の時代に関する映像はよく見ているが、第一次世界大戦とその前後の時代についてはあまり見たことがなかったので、ファイリング。

英BBCで1964年に制作されたドキュメンタリーで、第一次世界大戦についてのドキュ­メンタリーとしては最高傑作と言われる古典的名作だという。イギリス製作だから、イギリスに都合の悪い事実は秘されているかもしれないが・・・。

現在の混迷と紛争の元は、第一次世界大戦時の100年前から始まったという。

日本語字幕版もあるので、同時収録。

The Great War (BBC 1964)*You Tube robsnaさんより



ザ・グレート・ウォー 〜 第一次世界大戦*You tube Ori Muraさんより

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by dande550213 | 2015-12-07 20:48 | ファイリング | Comments(0)

まだまだ歴史的勝利の余韻に浸りたくて(((^^;)、rugbyworldcup.comの記事をファイリング。

勝利たぐり寄せた主将リーチの決断
19/09/2015 22:00
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ワールドカップ(W杯)で勝つためにはリスクを冒さなければならないと、エディー・ジョーンズ・ヘッドコーチはずっと言ってきた。
そのチームの覚悟は、W杯史上最大の番狂わせとなった南アフリカ戦終盤で示された。


32-29とリードを許してはいたが、残り90秒でコーニー・ウェストハイゼンが一時退場になったことで1人多い状況だったブレイブブロッサムズ。相手のスプリングボクスが自陣数メートルのところで反則を犯し、PGを決めれば引き分けに持ち込める状況。しかし、リーチ主将は一世一代の賭けに出た。そしてその賭けは大きな吉と出た。交代で入ったカーンがロスタイムでトライを決め、W杯で24年間ぶりの勝利を手中に収めると、ブライトン・コミュニティースタジアムは大歓声で揺らいだ。


「相手がパニックになっていることは分かった」と振り返るリーチ。「相手が1人少なかったので、キックよりもスクラムを選びたかった。個人的にも引き分けより勝ちを狙いたかった。チームメートをがっかりさせたくなかった」
3度目のW杯で初めて勝利を手にしたベテランのロック、トンプソン・ルークは、日本選手15人全員が主将の判断を支持したと話す。
「ラグビーの試合に勝つために来た。相手のスクラムにプレッシャーを掛けられていると思った。相手はプロップを2人とも替えたし、勝ちに行くという決断は素晴らしかった」


「トレーナーが来て“3”と言ってるのは耳に入っていたが、心の底ではみんな勝ちに行きたかった。引き分けは前にもあったから」
ヘスケスも言う。「観客全員が日本の味方だった。南アフリカがペナルティーをし、日本がキックではなくトライを奪いにいったあの瞬間、やっとリスペクトを受けることができた。想像もできないような特別なこと。素晴らしかったよ」

ジョーンズHCは歴史的な勝利を手にして「今日の選手たちは勇敢なんてもんじゃない。最後まで相手に向かって行った。引き分けを選ばずに最後のPGで蹴らないことを選択したリーチの勇気をたたえたい」と選手たち、そして特にリーチを賞賛した。しかし、「まだまだここで終わりではない」とジョーンズ。わずか中3日という過酷スケジュールでスコットランド戦が控えているが、8強入りが現実的となったいま、ここで負けることはできない」。「目標はあくまでも準々決勝へ進むこと。もし、進めたら、監督業から引退するよ。20年間コーチをやってきたが、これほど働いたことはない。もう55歳だし、本当ならバルバドスあたりでクリケットでも見ながら優雅に暮らしていてもいい年齢だ」と笑い飛ばし、「本当に素晴らしいエンディングだった。最後はスプリングボクスのファンも日本を応援していたんじゃないかな。ワールドカップ史上最高のゲームの一つに間違いない」と話した。

RNS sk/pg/sw/yk/mn/kf
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ラグビー日本代表の愛称は「ブレイブブロッサムズ BlaveBrave Blossoms 勇敢な桜の勇士たち」なの?知らなかった。(((^^;)
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by dande550213 | 2015-09-20 20:50 | ファイリング | Comments(2)

You Tube DaviD ChuckyRMCさんより
Rugby world cup 2015 : Japan vs South Africa - The last minutes ! - 2015 09 19

フランス語の放送かな?外国人アナウンサーも「日本がんばれ!」と応援するほど、優勝候補に真正面から挑んだ猛攻。同点引き分けではなく、あくまでも逆転勝利をめざした執念の勝利。この気持ちの強さがすごい!何度見ても胸が熱くなる。

試合前のプレビューと試合後のコメントを比較するのも楽し!(以下は、日本ラグビー協会のHPから引用)
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2015/09/19(土) ワールドカップ日本代表
日本代表「ラグビーワールドカップ2015」南アフリカ代表戦 プレビュー


4年間のハードワークを結集させ、最強23人が世界を驚かせる戦いへ

英国時間19日(日本時間20日深夜)、イングランド南部ブライトンでラグビーワールドカップ(RWC)2015プールB、南アフリカ対日本戦が行われる。
常々、「(RWCでは)初戦の南アフリカ戦が一番大事」と言い続けてきたエディー・ジョーンズヘッドコーチ率いる日本代表にとっては「4年間のハードワーク」の真価を世界に向けて発信する大舞台となる。

「4年間、“明後日”のためにやってきた」
日本代表にとって史上初となる対南アフリカ戦を2日後に控えた英国時間の17日午後。
戦いの場であるブライトンで記者会見に臨んだ日本代表FLリーチ マイケルキャプテンは落ち着いた表情でそう語った。

まさしく、歴史を変える戦いがまもなく始まろうとしているーー。

「南アフリカはワールドカップ史上、最も勝率の高いチーム。とてつもなくフィジカルで経験値が豊富。一方、我々はワールドカップの勝率が悪く、一番小さいチーム。それでも日本代表としては最も経験値の高いチーム。素晴らしい機会になる」
そんなふうに、RWC2015プールB初戦の意義を語るジョーンズHCは当然ながら「ベストの23人」で過去2回RWCを制している強豪に真剣勝負を挑むことを宣言する。

「セットピースを中心に据えた戦いをする。まずはここでしっかり戦わないといけない」
間違いなく世界有数のスクラム、ラインアウトを誇るスプリングボクスに対しても、セットプレーで一歩も引かないことがポイントになるというジョーンズHC。
その屋台骨を支えるFW第1列はPR三上正貴、HO堀江翔太という、ここ4試合連続同じ顔触れで先発出場を続ける1、2番コンビに、3番は畠山健介。
「最初の仕事はスクラム。それから2度目のスクラムに臨む。すべてを出し切って、次の選手に替わることになる」
そんなふうに、南アフリカ戦におけるフロントローの仕事に関してジョーンズHCが語るとおり、8月以降、畠山と先発と途中出場を入れ替えながら日本代表のスクラムを支えてきたリザーブPR山下裕史も含めて、総力戦で平均キャップが68のスプリングボクスFW第1列と対峙していくことになる。

LO陣は共に3度目のRWCとなるトンプソン ルーク—大野均のベテランコンビ。
南アフリカ戦が自身にとって95試合目のテストマッチとなる大野は「過去2大会は開幕スターティングメンバーで出られなかった。そういう意味でも、しっかりプレーしたい。07年はワラビーズ、前回フランス。初戦で当たるチームにフォーカスしないで準備したようなところもあったが、今回はずっと南アに特化してきた。(後に大会ベスト8入りする強豪を追いつめた07年の)フィジー戦の前に近い」と、自身の抱負とチームの雰囲気を語る。

FW第3列はリーチキャプテン、マイケル・ブロードハーストのFL陣にNO8ツイ ヘンドリックという前に出る能力に長ける顔触れ。
リーチキャプテンが「キャプテンらしいプレーをしていきたい。ボール持って前に出て、ディフェンスでも前に出る」と、チームを鼓舞するようなプレーでチームを引っ張っていくことを宣言すれば、ブロードハーストは「南アフリカの7番は(ビレム・アルバーツ)は体重120キロのビッグマン。自分がステップアップしているのを証明するはいい機会」と、巨漢スプリングボクとの直接対決に闘志を燃やす。

「自分たちで歴史を変えたいというのが一人ひとりから」(FB五郎丸副将)

特別な試合でゲームメイクを担当するハーフ団はSH田中史朗—SO小野晃征のコンビ。
「オーガナイザーとして上」と、ジョーンズHCは指令塔に小野を指名した理由を説明する。

CTB陣はすっかり日本代表のミッドフィールドの顔となった感のあるクレイグ・ウィング—マレ・サウのペアが先発。

WTBは松島幸太朗と山田章仁という顔触れになるが、山田は「(試合の)ポイントはウイング。(対面に入る南アフリカWTBブライアン)ハバナさんサイドでしっかり勝っていきたい。大きな舞台は好き。そういうところでしっかりパフォーマンス出せるという自信もある。しっかりプレーしていきたい」と大舞台に強い特徴を出していくことを宣言。
自分の生まれ故郷の代表チームとRWC初戦で対戦する栄誉を得ることになった松島に関しては、ジョーンズHCは「ベストプレーヤー」としてのWTB起用であることを強調する。

いつも通りに、チーム最後列を締めるのはFB五郎丸歩。
すでに53キャップを重ねてきた副将は、「僕自身が一番緊張している。平常心で臨むのは無理。頭がまっ白になるんじゃないか」と、初のRWC前に尋常ではない緊張感が襲っていることを隠さないが、その一方で「自分たちで歴史を変えたいというのがひとりひとりから出てきている」と、決戦を前にしたチームメイトの昂りを代弁する。

世界からリスペクトを勝ちとる。真剣にラグビーをしている国という評価を受けたい」RWCこそ、世界を驚かす絶好の機会だという認識を示すジョーンズHCは南アフリカに対してやるべきことを「フィジカルで対抗する。ボール取ったらボールを動かす。相手に与えたボールを奪い返すことも重要になる」と、シンプルに訴える。

相手は、総キャップ数880という史上最多キャップ数軍団である最強スプリングボクス。NO8スカルク・バーガー、リザーブベンチにSHフーリー・デュプレアという日本を知り尽くしているメンバーもいる。

日本から約1万㎞離れた南イングランドきってのリゾート地で、最強軍団相手に歴史を変える戦いを迎える準備は整った。
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2015/09/20(日) ワールドカップ日本代表
日本代表「ラグビーワールドカップ2015」初戦 対南アフリカ代表、試合後ヘッドコーチ・選手コメント


■エディー・ジョーンズヘッドコーチ

「ペナルティーゴールの3点を取って引き分けという選択肢もあったが、リーチキャプテンを筆頭に選手たちは勇気を持ってトライを狙ってくれた。20年間コーチングをしてきて、これほどのハードワークをしたことはない。我々の目標は決勝トーナメントに残りベスト8になることと、大会でベストのチームと言われること。これからの試合もまた今日のように観客が味方をしてくれることを祈る」

■リーチ マイケルキャプテン

「4年間この日のためにやってきた。91年大会以来の初めての勝利で素直に嬉しいが、次のスコットランド戦が控えている。南アフリカがペナルティーキックをモールではなく、ペナルティーゴールを狙ってくるなど、とても焦っていることが伝わってきた。最後はペナルティーゴールではなくスクラムを選んだのは、相手が1人少なかったことと、勝ちに行くという気持ちから。今までやってきたことを信じてプレーした」

■堀江翔太選手

「最後は会場全部が日本の応援をしてくれているように感じた。ハードなトレーニングをしてきて、チームが一つになってきたと感じる。次のスコットランド戦に向けて、修正点はたくさんあると思うので決して過信せずに、勝ちたいという強い気持ちと、さらに成長できるかどうかが大切だと思う」

■畠山健介選手

「(スクラムで)こちらも低いところで勝負しようとしたが、相手が低いところで組み慣れている感じもしたので、正直かなりプレッシャーは受けた。日本が低く組んでくると向こうも理解していたと思う。しかし、相手のメンバーも変わる中、堀江を中心にしっかり話し合いながら組み立てることができた。仲間、スタッフ、応援してくれた多くの方々のおかげで得られた結果。勝った後に負けてしまっては意味がないので、次も勝てるように頑張りたい」

■田中史朗選手

「必ず相手の方が疲れると思っていた。これまで厳しい練習をしてきた甲斐があった。練習でもみな集中力があり、今日の試合もいいコミュニケーションができていた。日本のラグビーのためにという気持ちが出ていた。残りプール戦3試合もしっかり準備をするだけ。マン・オブ・ザ・マッチはチーム全員でもらったようなもの。みんなで喜びを分かち合いたい」

■カーン・ヘスケス選手

「とても嬉しい。南アフリカのチームに勝ったのは個人的にも初めての経験。スペースが見えたので、そこにいかなくてはいけないと思って走った。トライ直後は、本当に信じられなかった。マフィが一番最初に寄ってきてくれて、そのあとは全員が自分のところに来てくれた。みんなに祝福されて、トライ後にこんなに疲れたのは初めて」

■松島幸太朗選手

「ディフェンスでところどころ一対一で抜かれてしまったところはあったが、それにリアクションできたことがチームとしても成長した部分。ミスの後、トライをされる場面がよくあるが、それを練習から変えようという意識を持ち、その練習の成果が試合にも出た。自分自身は多少の緊張を感じたが、その緊張感を楽しめたのはとてもよかった。応援してくれるお客さんの声、『ニッポン』というコールもよく聞こえた。3日後に次のゲームがあるということで、準備としては自分たちが得意としているスピードラグビーを80分間やり続けるというだけ」

■五郎丸歩選手

「精神的にも肉体的にも、ハードトレーニングを4年間やってきた結果だと思う。選手自身で南アフリカの全選手を一人ずつ分析をしていたので、分析通りできたと思う。仲間を信じて戦えた。最後の方は余裕もなかったが、後半入ってきた選手がしっかり仕事をしてくれて、本当にチーム一丸となって勝った試合。勝つならこのシナリオ、というのがあったが、その通りにできた。スコットランドは日本代表を警戒してくると思うし、簡単に勝てる試合はないと思うので、しっかり、リカバリーして備えたい」

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by dande550213 | 2015-09-20 14:58 | ファイリング | Comments(2)

今日の夕刊で初めて知った人:Chimamanda Ngozi Adichie

The Danger of a Single Story | Chimamanda Ngozi Adichie | TED Talks

You Tube TEDさんより

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by dande550213 | 2015-07-27 23:35 | ファイリング | Comments(0)

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◆時代の中で変わりゆく教会

教会というものは、場合によっては何百年というまとまりで、変わるということがあります。

かつてある場で、今の教会は過渡期の教会、つまり教会は非常に大きな時代の境目にはまり込んでいる時期だと繰り返し申し上げたことがありました。キリスト教というと「ヨーロッパの宗教」と言われ、本当に日本に根付いたものになるかどうかということは、大きな課題として昔から言われています。

しかし考えてみますと、最初の教会はイエスから生まれてきました。
このイエスという方は、ユダヤ教徒だったわけですから、いわばユダヤ教の中に福音が土着化したのです。そして今度はヘレニズム文化や中世ヨーロッパ世界という新しいところにまた土着した訳です。

私たちはキリスト教というと西欧と結びつけて考えることが多いですが、そういう(ヨーロッパの)文化は真の髄からキリスト教的なありかたを何百年築いてきた訳で、それも一つの土着化なんです。

近世になった時に世界は広がりました。その時キリスト教は、宣教師たちがヨーロッパ型の信仰を各地に定着させてきたという感じがします。

そして近代の教会は、世の中の動きに自らを合わせるというよりも、自らが持っている信仰の尊さ、つまり非常に深い信仰経験や神への憧れやミサを中心とした信心を非常に強調した時期が、最近まで続きました。


よくキリスト教において聖と俗ということが言われます。聖なるもの、汚れないということが非常に重要視され、逆に俗なものには交わらないという意識が強くありました。
私はどの宗教にもそういう面があると思いますが、そうなると時代の流れから孤立し、毎日の生活やそこでの問題に適応しきれなくなる。

合理主義に基づく世俗と学問の発展、産業革命、科学革命と今日のIT社会というような流れの中で、例えば脳死のような問題について、かつて司祭になる人が学んだスコラ神学などは、ある種非常に素晴らしい教えなのですが、抽象的ゆえに、どこででも通用する(が、どこにも通用しない)もので、それでは対応仕切れなくなってきたのです。


◆あらゆる壁を壊し、世界に開かれる―第二バチカン公会議

そこで、現代のカトリック教会が大転換を遂げるきっかけになったのが、第二バチカン公会(1962〜65)です。この開催を決めた教皇はヨハネ23世です。

その前の教皇はピオ12世で、この人が亡くなった1958年に私は洗礼を受けたのですが、その頃のカトリック教会は全ての型がきちんと決まっていて、ラテン語のミサが唱えられ、グレゴリオ聖歌が歌われるという形でした。このピオ12世が亡くなった時、人々は当惑した訳です。そして次の教皇に誰を選ぼうかとした時に、差し当たり無難な人を選んでおいてワンクッション入れようということで、ロンカリ枢機卿という当時77歳の人を「人柄も良いし、お爺さんだし長くなかろうから…」ということで選んだ。それが後のヨハネ23世です。

ところがこの人は、教皇になると非常に精力的に動き始めました。
「教会の刷新」ということをまず教皇庁から始め、中にある風習をどんどん止めていきました。
そして1959年1月25日、枢機卿団との会合の中で「公会議を開きたいと思う」と言ったのです。それは事前に誰にも言われていなかったようで、周囲はもの凄く慌てました。公会議というものは開くものではなく、歴史の事柄として学ぶものだと皆思っていたからです。

1961年のクリスマスに公会議の招集状が全世界の司教に送られました。その中で、ヨハネ23世はこの公会議の目的をこう述べています。

「現在、教会は人類社会が危機に直面していること、大きく変動していることを知っている。人類が新時代への転換に立っている現在、これまでの転換期にそうであったように、教会の任務は重い。教会は現代世界の血管に福音の永遠の力、世界を生かす神の力を送り込まねばならない。」(『フマーネ・サルーティス』)

そして、世界にはいろいろな困難があり福音の命をそこに還元しなくてはいけない、現代世界において教会自身が自己刷新しないといけないと述べた訳です。


この公会議に集まった司教はおよそ2400人。
その他にオブザーバーとしてプロテスタント諸派、東方正教会の代表、知識人、顧問神学者も併せておおよそ三千人ぐらいがバチカンの大聖堂に集まりました。

この公会議には事前に何の計画も無かったようで、一回の会期で終わると思っていた人が多かった。そういう中で草案の検討に移ることになりました。

この草案は、それまでの伝統的な神学の型を模範に作り上げられたものでしたが、それらはほとんど全部潰されていくことになりました。何故なら枢機卿や大司教を中心に、時代に目をしっかり開いた人が沢山おり、そうした人が「これでは話にならない」と言って揉め出して、新しい草案を公会議で作っていかないといけないという話になっていきました。

結果的に、ヨハネ23世が希望したこと、つまり教会の姿勢を世界の現状や諸問題に開いていく「開かれた教会」への意向が、本当に聖霊の導きによって展開していったと良く言われます。これには、オブザーバーとして参加していたプロテスタントの人達も驚きの目で見ていました。

公会議で成立した文書に「憲章」と呼ばれるものが四つあります。

一番最初に成立した『典礼憲章』では、ミサの母国語化や祭壇を司祭と会衆とで囲む形になったというように、典礼のあり方自体が公会議後に一番早く変わりました。

『教会憲章』では、教会とは何かということについて、「教会の外に救い無し」と言われるように、救われるためには教会に来なければいけないという考え方に対して、「教会は全世界の救いの秘跡である」、つまり教会は全ての人類に対しての恵みと救いの徴となり、教会は全人類が一致するための道具として働くというように、教会のアイデンティティが変わりました。

『啓示憲章』においては、啓示ということが、単なる神からの示しという言い方から変わって、神が人々と交わるその交わりをキリストにおいて持たれたということから始まり、聖書がいかに重要であるかを述べています。これは、これまでプロテスタント教会が主張してきたことです。

そして『現代世界憲章』では、現代世界において教会がどのような使命を持っているかについて、現代世界の分析とそこで人間がどういう状態にあるかを第一部で論じ、第二部「若干の緊急課題」でその現代世界の諸問題について、教会は責任があると述べています。

その他の「教令」「宣言」を見ても、ほとんどが教会と関連したものです。つまり、これらの文書は「教会の刷新」や「開かれた教会」という姿勢をあらわしています。現実の世界や問題に開かれるということ、そして教会の分裂やありのままの現実を見つめ、それに対して開かれた姿勢を示していくということです。
このように第二バチカン公会議というのは、今まで自分の内に閉じこもって、救いの聖なる共同体を作り上げていたあらゆる壁をぶち壊したのです。このことをヨハネ23世ははっきり意識していた訳ですけれども、ここまで事が進むとは、たぶん彼自身も思っていなかったと思います。


◆信仰を一生のこととして生きるために

特に近代において、「信仰の問題は心の問題である」という感覚が非常に強くあります。
世の中では普通に仕事などをし、そこに自分の信仰の問題を持ち出さない。

けれども「本当にそうなのか」ということが、現代の教会が目指していることなのです。

私たちはイエスの教えを学んできました。例えば、その愛の教えというのは、非常に具体的な生活や行動の問題です。心の清らかさや内面における祈りの生活ということだけではない。
つまり本当の福音の精神というものは、現実の生活の中にあるはずなんです。

第二バチカン公会議のもう一つのキャッチフレーズは「源泉に帰れ」。
つまり、もともとの信仰の精神とは何だったのかということを問う時に、やはり諸現実に対して開かれ、そこにおいて信仰は自分の生活の中で力になるはずだという姿勢が打ち出されました。その意味で、公会議後に教会は相当変わりました。

私は、ピオ12世が亡くなった時に洗礼を受けて、それ以来、信仰を一生のこととして大切にしようとする生き方をしてきました。その中で、日本人としてのギャップというものを意識してきました。


最初に土着化ということを申し上げたのですが、「どこか遠くの地で作られた信仰形態」のそのままの型に入っていれば、いつまでも「キリスト教は外国の宗教」ということになってしまいます。そうではなくて良いと思うのです。

キリストを信じてその恵みの中で生きるということは自分の信念ですし、本当に大きなことです。ただ、その信仰生活がどういう形であるかということは、自分が生きる中で「納得出来たもの」だけを伸ばしていかないといけない。

聖職者であれ信徒であれ、そういう意識でないといけないと思います。本当に、自分たちの生活の中で信仰を大切にするということ。
例えば宣教師から「こうですよ」と教えられたことを覚えるというのではなくて、受けた信仰を自分の中から芽生えさせるということが、特に日本では、今一番大切なことだと思います。

(文責・月刊誌編集部)
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by dande550213 | 2013-02-15 19:32 | ファイリング | Comments(0)

今日、岩島神父のキリスト教信仰入門講座2/1放送分をファイリングしようと思ったら、月刊誌「FEBC1566」Web版のコーナーが無くなって、前のリンクがほとんど「404 Not Found」になってしまっている。(^-^;)

時間のあるときにボチボチファイリングしようと思っていたので、2013年以前のテキストがWEBでは見ることができなくなったのは痛い。(*_*;

音声ファイルは今まで通り聴けるからいいけれど、これもその都度録音しておかないと、いつまた聴けなくなるかわからないので、気が抜けない。

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◆キリスト教信仰の根拠

これまで、どちらかというと知的に聖書の内容を確認してきました。
しかし一つひとつの話に「なるほど」と思っていても、「あなたはこれを信じますか?」と問われると、「ちょっと待って」と躊躇することもあります。
そこで今回は「キリスト教を信じるとはどういうことなのか」を考えてみます。

信仰宣言(=使徒信条)は、二世紀頃から伝えられているキリスト教信仰のまとめです。ラテン語では『クレド』と言い、「信じる」という動詞の一人称単数の言葉です。ですから、「自主的に私が信じる」というところから(キリスト教は)始まるわけです。

「天地の創造主、全能の父である神を信じます。」
信仰宣言の冒頭のこの言葉は、信じるとは何か、何をどう信じるかということと非常に関係があります。

この「信じる」ということを理解するために、まずは「信じない」ということを先に見てみましょう。


◆イエス—「私は信じます」の出発点

これらは、はっきり意識しているかどうかは別として、誰の心にもある宗教心です。

しかし、キリスト教の信仰は具体的な人物であるイエスという御方に信頼し、完全に身を預けることにあります。しかし、そのように一人の人物に全てを賭けるということはキリスト教の躓きでもあります。

つまり「イエスのことが誰にとっても一番大切なことであれば、誰に教えられなくても心に芽生えてくるものではないか」と。

その例として、啓蒙主義の時代には理性だけで伝える「理神論」というのが流行ったのです。けれどもこれは直ぐに廃れました。なぜならこれは観念だったからです。キリスト教は沢山の殉教者を出しましたが、観念に命を賭ける人はいません。観念でないイエスというこの御方に信頼し、信じるのがキリスト教なのです。



パウロは(異邦人であるエペソの人々に救いを語る中で)こう言っています。
「(あなたがたは)当時は、キリストを知らず、イスラエルの国籍がなく、約束されたいろいろの契約に縁がなく、この世の中で希望もなく神もない者であった。」(エペソ2章12節)


一般的に日本人は宗教性が豊かである一方、それがはっきりとした信念でない場合が多く、ある意味で非常にプラグマティストです。これはパウロが言うように、はっきりとした確信のある希望が無い状態とも言えます。

更に旧約聖書続編の知恵の書に『神を信じない者の人生観』というものがあります。
「『我々の一生は短く、労苦に満ちていて、人生の終わりには死に打ち勝つすべがない。我々の知るかぎり、陰府から戻って来た人はいない。…我々の年月は影のように過ぎ行き、死が迫るときには、手のつけようがない。死の刻印を押されたら、取り返しがつかない。』」(知恵の書2章1、5節)

この死んだら終わりという唯物的な感覚は、二千年以上前のことに限らず今でも同じです。

また最初の言葉〝クレド イン ウンデム〟(=私は唯一の神を信じます)は神が大きな信頼をもって委ねられる方であるなら、そのような方は唯一絶対の全能者でないとおかしいという信仰の言葉なのです。

これは、何かに依存したり、あるいは弱さや寂しさから自分の力の限界を覚えるという、私たちの「この世で生きる上での感覚」(オットーはこれを「被造物感覚」と呼んでいます)は創造主を信じる信仰と合わせ鏡になっています。
そして実は、これこそが人間の根本、いわば「生きるという感覚」なのではないでしょうか。


◆人間の最も根本的な力


創世記2・3章に楽園と失楽園が出てきますが、楽園においては、人はこの世の事と関わることを通して神と共にあり、神もこの世の事を通して人と交わるという、神と世界と人とのスムーズな繋がりがありました(三項関係:神—世界—私)。一方で失楽園においては、神との関係が切れてしまい、人間はもっぱらこの世の事柄との循環関係で生きるようになってしまいました(二項関係:世界—私)。

木の実を食べたアダムとイヴが、神の声を聞いて身を隠したというのが非常に象徴的で、木の陰に身を隠しながら、しかし気になって見ているという矛盾した姿は、現代の私たちの姿です。いつも身を隠しながらも神を気にし、楽園に戻りたいけれども自力では戻れない。そして人間は、今に至るまでずっとその失楽園を生きている訳です。

ですから、実は私は「神を信じるか信じないか、そのどちらか」という選択ではないと思っています。
というのも「この世が全て」というのは自分の本当の心の動きに反した開き直りでしかないと思うからです。人の心には必ず憧れがあります。壊れない幸せ・死なない命・過ぎ去らない愛。それらはこの世では決して実現しないにもかかわらず、強い憧れがある。それを抜きにして、この世界と自分で全部だと決めてしまうことは、人間性に反した開き直りでしかありません。

もう一度「信じる」とは何かを考えてみましょう。
信じるとは、何か理解するとか、証明するとか、知識として分かることではありません。

私も大学教員として知的・論理的にお話ししていますが、実は…そういうことは本当はどうでもいいのです。信じるということだけは証明できない。信じるということは人間の根本的な力です。

例えば、愛を信じるという時に、一応、その根拠を私たちは求めます。しかし最終的には保証はありません。そして、そういうことが最も尊いことなのです。信じるということは信じる以外の何ものでもありません。一方で理性を通らないと人は納得しません。しかし、信仰は理性をすり抜けてくるものです。理性的な証明とは違った、本当はそれ以外には心が向かわないもっと確実なものが、自分の中にある。

そして完全にその希望を殺した時、私たちはつまらない人間になってしまいます。


◆イエス—「私は信じます」の出発点

これらは、はっきり意識しているかどうかは別として、誰の心にもある宗教心です。

しかし、キリスト教の信仰は具体的な人物であるイエスという御方に信頼し、完全に身を預けることにあります。しかし、そのように一人の人物に全てを賭けるということはキリスト教の躓きでもあります。

つまり「イエスのことが誰にとっても一番大切なことであれば、誰に教えられなくても心に芽生えてくるものではないか」と。

その例として、啓蒙主義の時代には理性だけで伝える「理神論」というのが流行ったのです。けれどもこれは直ぐに廃れました。なぜならこれは観念だったからです。キリスト教は沢山の殉教者を出しましたが、観念に命を賭ける人はいません。観念でないイエスというこの御方に信頼し、信じるのがキリスト教なのです。

新約聖書は、キリストの復活が一番の出発点になっています。
「見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである。」(マタイ28章20節)

つまり「あの方は生きておられ、私たちと日々共に留まって下さっている」とキリストと出会った人達が信仰を続けてきたのです。それは今日に至るまで同じです。今まさにキリストと結ばれて共に居るという感覚がキリストを信じるということなのです。ですから「あの人が言ったことだから、私も…」ではなく、「私の」実感覚のことなのです。

そのキリストを、「父の独り子、私たちの主イエス・キリストを信じます」と信仰告白しています。
「そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた。…神を見た者はまだひとりもいない。ただ父のふところにいるひとり子なる神だけが、神をあらわしたのである。」(ヨハネ1章14、18節)

ただ一人、イエス・キリストだけが本当に神を見、私たちに現した。その時、「イエス・キリストを信じます」という信仰告白は神の人類に対しての語りかけがキリストにおいて実現したということを意味します。

また
「わたしは道であり、真理であり、命である、だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。」(ヨハネ14章6節)
ここでは「救いの道は様々だ。イエスという方も立派だったし、ブッダも立派だった。」というものを越えた信念が語られているのです。この信仰告白は、キリストと共に生きている感覚の中でなされている訳で、ただ単に教えの体系を守るということでは「私は信じます」というものにはならないのです。


◆聖霊—今この私を生かす神

「聖霊を信じ、聖なる普遍の教会を信じます。」と続きます。

キリストが説いた父なる神、そしてイエス・キリストご自身を信じ続けて生き切っているのが、教会です。この教会とキリスト者は聖霊によって生かされてきました。そうでないなら、キリスト教は伝えられてこなかったし、信仰者が新たに出てくることは無かったはずです。というのも、聖霊があるからこそ「まだ見ていない事実を確認する」ことが出来るからです。

この霊をパウロはこう語ります。
「なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の法則は、罪と死との法則からあなたを解放したからである。…それだけではなく、御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる。」(ローマ8章2、23節)


これはもはや、パウロの感覚からの言葉です。「自分はクリスチャンとなった時にキリストを生かしていた命と同じものを既に持っており、それだからこそキリストと結ばれ、信仰が可能になっているのだ」と。聖霊の恵みは今現在のこの私を生かしてくれるものだという意味あいが非常に強い。

そして、実際には教会がこの信仰をずっと保ってきました。一つの構造を持ったものとしてキリストの信仰を生き、実践してきた教会の生きた命の流れに自分も触れてみる。もちろん、そこにはその人の主体性が無いといけません。しかし同時に、キリスト教信仰は「〝私のみ〟が信じるのだ」というようなことではないのです。ですからミサでの信仰宣言には、「私は信じます」と一人ひとりが唱える主体性、そして同じ信仰の言葉を唱え教会の信仰に与るという、キリスト教信仰の両面が現れています。


◆私たちに蒔かれている福音の種

イエスが福音を告げられ、命の流れとしてそれが日本にももたらされました。

イエス様がたとえ話でおっしゃるように、福音というのはのようなものです。私たちの内にも「種」が落ちていき、芽生えていくでしょう。

インカルチュレーションと言いますが、本当にキリストの信仰が土着した、日本においての信仰があると思うのです。特に、全く先が見えず価値観が揺らぐこの時代、信仰の恵みというのは非常に大切です。

「この世の中で希望もなく神もない者であった」私たち一人ひとりにとって、毎日毎日の生き方の中で生きていくことそれ自体の中に希望があり、ただ内に篭って信じるというのでなく、自分の日々の生き方が信じることと一つに重なっていくことが大切なことでしょう。

(文責・月刊誌編集部)
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by dande550213 | 2013-02-11 11:08 | ファイリング | Comments(0)

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いわゆる「奇跡」の話が福音書にはたくさんあります。
キリストと出会った人の中で神の恵み、力、救いが実現して、その人が解放されていく。
そういうことが奇跡物語で語られています。

人間が病んでいる

実際に一番注目されるのは治癒奇跡というものです。
当時は非常な格差社会で、一握りの支配者層が富を集中させていました。一方で生活に困窮する人がざらにいたわけで、生活条件が悪いため病や障害がいっぱい出てくるんです。そうした場合もう一つ、宗教的差別が起こる。病の人がそのまま汚れた人になってしまうんです。その汚れには正しい人は触れてはいけないと。イエスはそういう宗教的に完全に罪人の部類に入る人たちと関わったわけです。その中で、癒しが一つの要素になるんですね。

「ひとりのらい病人が、イエスのところに願いにきて、ひざまずいて言った、『みこころでしたら、きよめていただけるのですが』。イエスは深くあわれみ、手を伸ばして彼にさわり、『そうしてあげよう、きよくなれ』と言われた。」(マルコ1章40~41節)


ここには一連のイエスの心の動きと行動があります。
まず「深くあわれみ」。この言葉は「スプランクニゾマイ」という「スプランクナー(内臓)」の動詞形です。言ってみれば、胸が締めつけられる、かわいそうでかわいそうでじっとしてられなくなるというような、訳しようがない言葉なんです。
そういう思いが自分の中から起こってきて、それで「手を伸ばして彼にさわり」。
この段階でイエスもある意味で罪を犯しているわけです。
汚れた者に触れると自分が汚れる。しちゃいけないことを自分の方からやっているんです。

そして「きよくなれ」と言っています。

「その人はきよくなった。」(42節)

ここでは「癒された」とは書いてないんです。もっと広いコンテキストです。

現代では病気とか患部ということだけを問題にして、その奥にある人間が病んでいるということをあまり見ようとしません。聖書はその患部の問題として扱っていない。その人間が汚れている、病んでいる、悪い状態である。そういう者が癒される。この人は完全に社会の枠組みから放り出された何の希望もない人間だった。その人が清くなった。

当時の社会的差別は宗教的差別とダブルパンチになって、こういう罪人たちは悪霊の支配下にあるという考え方があったんです。悪霊が人間に働いて金縛りにしたり病気にしたり不自由にしたり悪しきことを行わせたりすると。二千年前はごくごく自然にそういうふうにみんな思っていたんです。今でこそ迷信だと思うかもしれないですけど、実際はあんまり変わりません。今の社会の風潮も、悪しき力に金縛りになっているとしか思えないような状態なんです。



そこでもう一歩進んで言うと、イエスが与えた癒しは、神の支配の現れだということなんです。
つまりサタンの支配から神の支配に移っていくということが、神の国の到来として示されているんです。

「わたしが神の霊によって悪霊を追い出しているのなら、神の国はすでにあなたがたのところにきたのである。」(マタイ12章28節)


イエスがその当時そこで働いたことは神の国を来らすことであって、そこで人が癒され救われることが実現しているというのは神の国の到来のしるしであると言われています。それは不思議なことや人を説得するようなことというよりも、神の命や恵み、力の働きがそこに現れ出るようなものという意味です。
神の命が人に及ぶ。
それを通して人が神に、病気だけでなくて、存在として癒される。
それが主に癒しの奇跡で言われていることです。


信仰が問われている

癒しにおいて信仰ということが必ず問題にされています。
多くの癒しの奇跡の結びの言葉は「あなたの信仰があなたを救った」です。

マルコ9章では癲癇の子どもを持った父親が言います。

「『できますれば、わたしどもをあわれんでお助けください』。イエスは彼に言われた、『もしできれば、と言うのか。信ずる者には、どんな事でもできる』。」(22、23節)


10章では弟子たちが「だれが救われることができるのだろう」(26節)と言うと、イエスは言うわけです。

「人にはできないが、神にはできる。神はなんでもできるからである」(27節)


9章で言われている「信じる者には何でもできる」というのは、この「神はなんでもできる」というのとまったく同じなんです。

神の力が今働こうとしている
あなたが本気でそれを受けとめようとしないならば、何の影響力もない。
それを受けとめたら、そこに神の力が働く。

信じる者には何でもできるというのは自分がスーパーマンになるという意味じゃなくて、神の全能の力が働くから、あなたのところに何でも実現するということです。だから信仰ということが必ずテーマになってくる。

あなたの信仰があなたを救った」というのは、「あなたが自分で救った」とも聞こえるわけです。
しかしそれは「神の力が働くことをあなたは可能にしたから」ということなんですね。
信仰による救いとはそういうことです。


もう一つ聖書の中で「自然奇跡」と呼ばれる、嵐を鎮めたとか湖の上を歩いたとか、自然の法則をひっくり返すような事柄が描かれています。
この自然奇跡の中でも信仰ということが必ず問題になってきます。
何か本当にキリストとそれを信じる者との間に起こってくる大きな恵みの力
そしてそれは、周りの環境をも変えてしまうということだと思うんです。

例えばパンを五千人の人に食べさせたという話がマルコ6章にあります。

「イエスは舟から上がって大ぜいの群衆をごらんになり、飼う者のない羊のようなその有様を深くあわれんで、いろいろと教えはじめられた。ところが、はや時もおそくなったので、弟子たちはイエスのもとにきて言った、『…めいめいで何か食べる物を買いに、まわりの部落や村々へ行かせてください』。イエスは答えて言われた、『あなたがたの手で食物をやりなさい』。」(34~37節)


実際にこの後でパンがどんどん増えていきます。それはイエスがもたらしたあり余る恵みでしょう。
しかしそれは「あなたがたの手でやりなさい」と、他の人の手を通してさらにその恵みが広がっていく様が描かれています。
実際そこにいた群衆はなぜそうなったか知らない。
イエスとその弟子たちとの間で起こっているんです。

「弟子たちは言った、『わたしたちが二百デナリものパンを買ってきて、みんなに食べさせるのですか』。するとイエスは言われた。『パンは幾つあるか。見てきなさい』。彼らは確かめてきて、『五つあります。それに魚が二ひき』と言った。…イエスは五つのパンと二ひきの魚とを手に取り、天を仰いでそれを祝福し、パンをさき、弟子たちにわたして配らせ…みんなの者は食べて満腹した。」(37~42節)


私はこれは「イエスがガリラヤでなされたことはこういうことである」と、その総括のようなものだと思うんです。

ガリラヤ湖を中心とした山に囲まれた閉鎖的な空間の中で、神の力が働いた。その時にそこで起こっていることは、彼らが実際に体験したこと。そしてそれは信仰のうちに神の力が働き、癒しが起こり、自分たちが恵まれた。そうしたものを一つの絵にすれば、こういうふうに誰もが皆「食べて満腹した」ということだと思うんです。
だからここでも弟子たちは信仰を問われているわけです。
二百デナリあったってこの人数じゃ大したものにならないというようなことから発想を変えるようにと言っているわけですね。



今、何が神の国のしるしとなるか


たとえばマザー・テレサは奇跡をやったわけじゃない。
この人はもともと修道院に入っていて、インドの良いところのお嬢さんの学校の先生をやっていた人です。だけどある時、自分はこれでいいんだろうかと思った。それで終生請願を立てていたにも関わらず飛び出して、もう死ぬ人の世話をやり始めた。これが、この人の自由ということなんです。

イエスの時代にあった「人間が悪霊に縛られている」という考えは、今の言い方をすれば、一種のこの世を支配している運命論なんです。それは個人のレベルでも社会のレベルでもあります。
「どうせしょうがない」とか「自分はこんなもんだから」と言って、自分から「よし、こうしよう」というのがない。そのかわり責任も取ろうとしない。
「だってしょうがないもん」と。それはある種の金縛りにあっているんです。
神の力で生きないと、人っていうのはどうしても運命論に陥るんです。

マザー・テレサは修道者として立派に生きようとしたけれど、これが自分のやるべきことか?と思ったんでしょうね。それだけの自由さということが起こった時、この人はやっぱり愛の奇跡だということになる。そこにやっぱり奇跡的なものを感じるんです。それは何かというと、その人を通して神の力が働いているということです。

だからもし我々の時代に、特に喜びが少ない、人に分け与えることが少ない、この世のもの以外は何も信頼するものがない、あんまり気力も湧かないというような者に、もし信仰があれば、そして神の恵みがそれによって受けとめられるならば、そこで我々一人一人が癒される。あるいは我が身に奇跡が起こると言っていいんじゃないかと思うんです。(文責・月刊誌編集部)
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by dande550213 | 2013-01-24 08:12 | ファイリング | Comments(0)