一歩一歩!振り返れば、人生はらせん階段 ippoippo51.exblog.jp

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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213

カテゴリ:教会生活( 140 )


無駄働きで、時間の浪費


教会は信徒の奉仕で成り立っている部分が大きい。

奉仕はボランティアではなく、神様のために誠実に果たすべき委託された仕事・任務だと思っている。

しかし、現実にはどの奉仕でも常に誠実には難しい。

たとえば、私の場合、自分の苦手な仕事や好きではない仕事は、どうしても端折って手抜きしてしまうし、好きな仕事や得意な分野では完璧を追い求めて、他人を裁きがちになる。(((^^;)


奉仕にもさまざまな分野があって、公的な性格を持つ奉仕、たとえば「会計報告や年度の予算作成や収支決算報告」などは完璧を記する必要があると思うのだが、ボランティアでやっているのだからそこまで厳密にやる必要はないのでは・・・という空気も漂っていて、その辺の折り合いが新参者には難しい。



コミュニケーション不足による右往左往で、貴重な時間を浪費することのストレスにも悩まされる。

個人的性格なのか、それとも男女の性差なのかわからないが、一般的に男性とメールで奉仕内容のやり取りをすると簡単な返事で、対応に困惑することが多い。


先月、5月の決算総会で収支報告をするように部長から言われた。予算はその部長が作成されて、予算総会では部長がマイクを持って説明された。何でも、決算総会と予算総会では別の人が担当するのが慣例だというお話で、今年は私が帳簿入力しているから、私が決算報告を担当するように・・・と。

先日、決算総会の日にちが変更になり1週間早くなることが報告されたので、こりゃエライことや、そろそろ下準備を始めておいた方が良いかな~と思って、念のために部長に「私が資料を作成して、マイクを持って説明しなければならないのか」確認のメールを送ったら、「そのつもりですが?」というひとことのお返事だったので、あわてて資料の作成を始めた。

抜けている数字の確認メールを送ったりして、丸一日を決算報告資料作成に費やした後で、今朝「資料は部長が作成して、説明だけ私が担当だ」と知らされた。(((^^;)

ホッとしたけれど、丸一日無駄にした時間がもったいなくて、少し腹がたっている。(-_-;)

こうなったらイヤだから、わざわざ作業を始める前にメールで確認問い合わせしているのに・・・。

教会役員になってもうすぐ1年が過ぎようとしているが、コミュニケーション不足で、貴重な時間を無駄働きさせられるのはイヤだと、他人を裁きがちな私は、心の狭い人間だろうかと思い悩む。




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by dande550213 | 2017-03-02 11:57 | 教会生活 | Comments(0)

月曜日は”日曜日”


教会生活を送っていると日曜日はいつも大忙しだから、月曜日がどうしても”日曜日”のような感覚になってしまう。(((^^;)

今朝も洗濯物を干していると、近くの小学校から朝の放送が聴こえてくるので、「ああ・・今日は月曜日だったっけ」と思い直す。

その放送を聴きながら洗濯物を干すのだが、今日はいつもと違う感じがした。

それは、放送部の生徒が日本語で「みなさん、おはようございます。今日は月曜日です」と言った後で、まさにカタカナ英語式の日本語発音で「グッド・モーニング・エブリワン。ツデイ・イズ・マンディ。」と言ったからだ!

この声を聴いて、日本の学校の英語教育は10年一日変わらないのかなあ・・・と、少し情けない思いがした。

放送部の生徒(小学生)の発音が、私と同じカタカナ英語式の日本語発音だったことを嘆いているのではない。(((^^;)

英語教育の一環として、朝の校内放送で英語を流すなら、ネイティブ(外国人教師)の言葉で流さないと意味がないのではないかと思ったからだ。

英語を使う外国人は「グッド・モーニング・エブリワン。ツデイ・イズ・マンディ。」のような日本語式発音ではしゃべらないし、日本人が英語を使う場合も「グッド・モーニング・エブリワン。ツデイ・イズ・マンディ。」のような日本語式発音で英語をしゃべると通じないことが多い。

今朝の放送だと、ネイティブ(外国人教師)にその場面での言葉をしゃべってもらい、それを録音して音声を切り替えて流せば良いのではないかと思った。

「いきなりネイティブ(外国人教師)の発音では小学生には意味がわからないだろう?」なんて案じる必要はないと思う。

場面から「今の音声は、こういう意味だろう」と自分で類推して判断する力を身につけることが大事だと思うからだ。

2008年度に小学5,6年生を対象に外国語活動として小学校の英語教育が始まり、それを当時日本語支援で派遣されていた小学校で見学したことがあるが、今62歳の私たちの時代の英語教育と大差がなくて、驚いた記憶がある。

外国人教師はその場にはいたが、添え物という感じて、その授業で主導的に英語を指導していたのは「グッド・モーニング・エブリワン。ツデイ・イズ・マンディ。」のような日本語式発音で英語を話す日本人の小学生教師だった。

恐らく指導要領か何かで、外国人教師に全面的に委任するというような英語教育の授業方法が認められていなかったのだろうと、当時は思った。

が、今朝の放送を聴いて、先生方の発想も相変わらず日本式だなあ・・・と感じた。

日本に暮していて、英語修得で一番不利なのは、外国人(ネイティブ)と身近に日用生活の場において接する機会が(ほとんど)無いということだと私は思っている。外国人(ネイティブ)英語のインプットが日常生活の場でできないから、耳が慣れていない。

そういう国で、どのように小学校から英語教育を進めれば、英語コンプレックスを克服できるのか、英語の「小学3年生からの必修化」「小学5年生からの教科化」が2020年度に完全実施されるにあたって、英語教育の専門家には真剣に考えていただきたいが、従来の日本的英語教育の発想ではなく、フィリピンやシンガポール、中国などの英語教育を参考にして進めてみてはどうかと思うのは老婆心かな?(((^^;)


教会は月曜日は閉め切っていて、いわば”日曜日”だけれど、月曜日が教会HPの更新日だから、私の”日曜日”は午後6時までで終わる。

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by dande550213 | 2017-02-20 10:11 | 教会生活 | Comments(0)

寒さと高齢者


1月下旬から2月中旬にかけてが一番寒いのだろう。

この時期になると、教会でも施設に入所しておられる高齢者の方の召天が相次ぐことがある。

今年はそういう年回りなのか、ここ3週間で3名ほど相次いで召天されて、一気に寂しくなった。

最近はご高齢の信徒さんが亡くなられた時は、牧師の司式で、地元での家族葬が増えてきているように感じる。

高齢長寿社会の影響で、高齢になられて礼拝に集えなくなってから亡くなられるまでの期間が長くて、信徒暦20年の私では、訃報を聞いても、お名前だけで面識のない方が多い。

教会では一足お先に「高齢者とは、75歳以上」になっている。
役員の定年も80歳だったかな?

だから、私などは教会ではまだまだ働き盛りなのだ。(((^^;)

わがままで自分勝手な人間だけど、生かされていることを感謝して、少しでも教会のお役にたつことができたら・・・と思わされた冬の主日のひとときだった。




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by dande550213 | 2017-02-12 17:34 | 教会生活 | Comments(0)

「ベラカ」というのは、日本イエス・キリスト教団発行の月刊誌。
価格は310円。今年で13年目になる。
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不信仰な私は、時々、この雑誌は現実から遊離した「浮世離れした世界」に閉じこもっているように感じて、どちらかといえば、敬遠しがちだった。(((^^;)

でも今月号はとても恵まれたので、いくつか収録しておきたくなった。


先ず、一つ目は井上義実牧師の「希望の灯を掲げて」

先日、礼拝の司会を担当した時に、この井上師と同じような祈りを捧げた。

2017年は波乱の幕開けになりそうだと感じていること。特に地球で一番の超大国に第2次世界大戦前のヒトラーを想起させるような大統領が就任することの不安に心が波打っていること。そのような時にこそ、あなたの御言葉に立ち返り、新しい希望が開かれるようにしてください、と祈った。

が、そういう現実の政治世界に関わるような祈りを司会者が会衆の前でして良いものか、私の祈りは外道なのではないかとずっと恐れていた。

というのは、うちの教会では通常、私のような祈りはあまりされないからだ。

聖書の御言葉を例示しながら、教会員や日本人?のために「魂の救いや伝道」を祈ることがパターン化しているように、私自身は感じている。そういった祈りがとても大切なことはよくわかっているが、そういった祈りばかりだと、俗な言葉で例えれば、教会がまるで「精神修養の学校」のように、私には感じられてくる。

だから、井上師が2017年の始まりにあたって、私と同じような祈りを捧げていらっしゃることにホッとした。「良かった!こんな祈りを捧げてもいいんだ~」という気持ちで、うれしくなった。

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「希望の灯を掲げて」   井上 義実(荻窪栄光教会牧師)

 主にあって明けましておめでとうございます。新しい年の希望が豊かにありますようにお祈りいたします。しかしながら、世界も日本も混迷と不信の船出と言わざるを得ません。国家主義の騒がしさに、時計の針が80年弱前の大戦前夜に戻ったのかと思います。各地の紛争やテロの連鎖、受け入れ先の無い難民、経済至上主義と広がる格差などの国際的な問題は絶えません。人間の欲望による自然破壊、異常気象と頻発する天災の数々に恐れさえ覚えます。身の回りにも指導者の腐敗、多発する凶悪事件、家庭の崩壊や、子どもたち・老人を巡る状況など・・・、人の心は荒み、痛んでいます。
 希望の見えない今こそ、希望の光を指し示すことができるのは神の民だけであることを覚えます。1963年8月28日、ワシントン大行進の最後を飾る、M・L・キング牧師の演説「わたしは夢みる」を後述します。初めに文章で内容に感動し、後日、耳にしてキング牧師の声の深さに驚きました。私の学生時代にはLPレコードに刻まれていました。今では一応、You Tubeで聞けます。黒人公民権運動は目に見えなくなりましたが、信仰を通して啓かれた神様の希望は失われることはありません。黒人霊歌に天の御国がFree at Lastと歌われますが、地上の戦いにある私たちの内に自由と解放が常にありますように。

 「わたしは夢みる I Have a Dream」(加藤常昭訳 一部のみ引用)
 わたしは夢みる。・・・これがわれわれの希望である。・・・この信仰によってわれわれは、絶望の山から希望の石を切り出すことができるのだ。この信仰によってわれわれは、この国にみなぎる騒々しい不協和音を、愛の美わしい交響楽に変えることができるのだ。また信仰によって、いつの日か、自由をわがものとなしうることを知りつつ、共に労し、共に祈り、共に戦い、共に獄につながれ、共に自由のために立つのである。・・・
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この文章を読むまで、私はキング牧師の「I Have a Dream」Speechは歴史の一知識としてしか知らなかった。スペーチのさわりの部分はニュース映像などで聴いたことがあったが、今日、初めてYou Tube でスピーチの全文を聴き、その訳文をGoogle翻訳で読んで驚いた。

あの演説から、もう54年近くが過ぎ去っているが、人種差別の根本的な部分(内面)はあまり変わっていないと思われるからだ。以前のようにあからさまには口には出さないだけで、心の奥底には人種差別を隠し持っている白人が多いのだろう。アメリカで今もなお、頻発する「白人警官が不法に黒人を射殺するなどの残虐な行為」はキング牧師の演説の中でも触れられていたから、まるで時が止まったような感覚になった。




折しも、今夜のニュースで、キング牧師の息子が国内の不協和音の解消に向けてトランプ氏と会談したことが報じられていた。

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by dande550213 | 2017-01-17 21:12 | 教会生活 | Comments(0)

2017年の抱負 (^^;)


昨日、教会婦人会で「2017年度の抱負と御言葉」を述べ合うひとときがあった。

予定表には書いてあったのだろうが、すっかり失念していて、何も準備していかなかった私は、大慌てで、その場を取り繕った。(((^^;)

パッと聖書を開いて、目に飛び込んできた御言葉をとりあえず「今年の私の御言葉」として紹介した。(-_-;)

それは、マタイ6章34節「だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。」だった。(((^^;)



1人で海外へ出かけたりするから、誰もそうは思わないだろうが、元来が悲観論者だから、基本的に心配性の人間。

楽観主義で「まあ何とかなるだろう・・」というタイプではないから、できるだけ不安や心配を回避するために、私なりの人知を尽くしているつもり。


しかし、これは個人の努力の及ぶ範囲では効力を発揮するが、人間の力の及ばない部分については通用しないことを、SLEという難病を与えられたことで教えられて、不安や心配から解放されたはずだった。

なのに、またぞろ、ちっぽけな私の努力だけではどうにもならないような心配事に、心を悩ますのだ。(((^^;)

例えば、ジェノサイド、飛行機の墜落やテロに遭遇、ヒットラーを想起させるような新大統領の登場や地震などの自然災害、地球の寿命と終わりなど・・・。(-_-;)



この世は、不公平で不条理な世界だ。
なぜ、これを正義であるはずの神が許されるのか?
ヨブの問いは、私の問いだった。
得た答えも、ヨブと同じだったはずなのに・・・。

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ヨブ記
38:2 知識もなく言い分を述べて、摂理を暗くするこの者はだれか。

40:2 非難する者が全能者と争おうとするのか。神を責める者は、それを言いたててみよ。

40:4 ああ、私はつまらない者です。あなたに何と口答えできましょう。私はただ手を口に当てるばかりです。
40:5 一度、私は語りましたが、もう口答えしません。二度と、私はくり返しません。
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なのに、人知の及ばない世界を心配し、不安に襲われ、口答えするのは日々の祈り(神との会話)を忘れているからだ。

ああ・・・ホンマにあきまへんなあ・・・。(-_-;)



そこで、今年は箴言3章5-8節の御言葉を心に刻んで、歩んでいきたいと思わされている。(((^^;)
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3:5 心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。
3:6 あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。
3:7 自分を知恵のある者と思うな。主を恐れて、悪から離れよ。
3:8 それはあなたのからだを健康にし、あなたの骨に元気をつける。
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by dande550213 | 2017-01-16 15:07 | 教会生活 | Comments(0)

松の内も終わり


関西では、松の内は今日まで。

今夜は玄関のしめ飾りを外さなければならない。

石屋の犬ちゃん、元旦は一緒にお祝い。
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今日はまだ晴れ着は着ていたが、明日からは晴れ着を脱ぐのかな?
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今日は礼拝の司会を担当し、昼休みは会計作業、午後からは婦人会例会で精神的に疲労困憊。(-_-;)

息子家族が車を返しに我が家へ来るというから、教会が終われば飛んで帰ったが、タッチの差で間に合わなかった。

居間には、彼らが飲んだコーヒーの香りが漂い、冷蔵庫の中には私たちの分のケーキが残されていた。(-_-;)

孫ちゃんたちにマルタ旅行のお土産も渡せず、一気に疲れが噴き出た。

ベッドの中で、次々に上がってくるヒョンビンの写真を見ているうちに、いつの間にか眠っていた。(((^^;)

さあ、これから夕食準備だ~!




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by dande550213 | 2017-01-15 18:21 | 教会生活 | Comments(0)

主日礼拝後、3階の礼拝堂で、ある方の召天記念会が催された。

その方はアメリカ在住で、信徒の息子さんにあたる。

若い頃にアメリカに渡られ、27歳の時にロサンデルスの教会で洗礼を受けられたクリスチャン。その後、日本にお住みのお母様も受洗に導かれ、縁あって、うちの教会の信徒となられた。お母様の御歳は94歳でうちの教会で最高齢の方。いまでも奈良から日曜日ごとに礼拝に出席される。

数年前、その方と親しくお話しする機会があった。
そのきっかけは「海外旅行」だった。

その方は当時90歳ぐらいだったが、その歳で「私は、1人でアメリカへ行く」と言われてびっくりした記憶がある。

聞くと「息子がアメリカに住んでいて、空港に着けば息子が迎えに来てくれるから、何も難しいことありませんよ~。」と、ケロッとしておっしゃる。

「迎えに来てくれるにしても、アメリカ行なら長旅で、失礼ながらその御歳ではお身体が疲れて大変でしょう?」と尋ねると、「イヤー、何回も1人で行っているから慣れたものですわ~。リュックを背負って、身軽に行きます。」と笑いながら言われた。

その方の、アメリカに住んでいるという息子さんが先月亡くなられたと言うのだ。息子さんの歳は私と同じで2年前に病を得て、病気で亡くなられたと聞いた。

葬儀などはすべてアメリカで済ませられたが、今日、アメリカの教会で召天記念会が持たれるので、日本でも同じ日に召天記念会を催して、身内や親族が集まって、故人を偲びたいとのことだった。

私達はもちろんのこと、牧師も息子さんにはお会いしたことはない。お母様がうちの教会の信徒という繋がりだが、多くの親族や教会員が出席して、良き記念会になった。

そして、最後に94歳のお母様が立って、メモを見ながら、参列者にきちんとお礼を述べられたのには正直、びっくりした。

もう一人の94歳の信徒の女性もこの寒い中を出席してくださり、本当に励まされる一日となった。

私などがあの御歳までたどり着くには、後33年も必要なのだと思うと、残された人生に(幻に過ぎないのだが、)何となく時間的余裕を感じたりもした。

61歳で死んでいかねばならなかった息子さんの無念さや、息子と代わりたいと願われたであろうお母様のお気持ちを考えたり、いろんなことを思いめぐらした午後だった。

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by dande550213 | 2016-12-11 16:59 | 教会生活 | Comments(0)

風邪引き (;´д`)


鬼の撹乱ではない。

夫は毎年1度も風邪を引かないのに、私は1回は風邪で寝込む羽目になる。

昨日は検査で、元気に天王寺界隈を彷徨いてきたのに、夕方から体調がおかしくなった。喉が痛くて鼻水がズルズル。夕食後には関節も痛くなり、早目に布団の中に入ったが、鼻づまりがひどくて眠れなかった。

今朝はお弁当作りはパスして夫を送り出し、エクセルの生徒さんに授業中止のメール連絡をして、久しぶりに「布団の中生活」。

明日は月1の役員会があるから、何とかマシになって教会へ行きたい。1月の役員会はマルタ旅行で欠席する予定だから、2ヶ月続きで休むなんて、皆さんに会わせる顔がない…(;´д`)

昨日立ち寄った教会。12月は1年で一番忙しい。
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by dande550213 | 2016-12-03 08:01 | 教会生活 | Comments(0)

今日、届いた「Ministry vol.31(2016年11月)」に、あの星野博美さんが登場。!(^^)!
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星野博美さんは、亡くなったあの米原万里さんが「私の読書日記 週刊文春2001.4.5」で
5年前に星野博美の処女作『謝々!チャイニーズ』を読んだときの感触は、鉱脈を探し当てた山師のときめきとでもいうべきものであった。第二作『転がる香港に苔は生えない』を読み終えた今、山師は鉱脈の豊かさと広がりにほくそ笑んでいる。
と評した作家だ。

星野さんが「Ministry」というキリスト教雑誌の「ハタから見たキリスト教」コーナーに登場したのは、最新作『みんな彗星を見ていた――私的キリスタン探訪記』で、情熱と愛をこめて、キリシタン時代と当時のキリスト教を描かれたからだろう。星野さん自身もミッション系の大学を卒業されているから、キリスト教に全く無縁だったわけではないようだ。

雑誌のインタビューの中から、いくつか興味深い話を、所々、勝手に要約抜き書き、収録。

学生時代から海外に滞在したり、旅行したりしていたので「一歩アジアを出ると、日本がスタンダードではないことがわかる。例えば、中国人は4千年の歴史を通じて、国はぜったいに自分たちを守ってくれない、ということを嫌というほど知っている。かたや、現代の日本人の多くは、災害にあったり病気になったりしても、心の隅で、国がきっと何とかしてくれると思っていて、国を信じ切っている。このメンタリティの違いはどこから来たんだろうと思った時、日本ではキリシタンをいったんすべて排除して寺請制度にしたこと、つまり、全人民管理システムを早くにつくっていたことが関係しているのではないかと思った。

隠れキリスタンとか踏み絵とか島原の乱とか歴史に出てくるキーワードは誰でも知っているが、ほんとうは誰が加害者で誰が被害者なのか、迫害が100年も続いていたこと、明治になってからも迫害があったことなどは教えられていない。日本人が国家に反逆した人々を殲滅させたのだから、お上としてはできるだけ国民には触れたくない部分で、そういうことが重なって、キリシタンの時代が無視され続けていた。

「長崎と天草地方の潜伏キリスタン関連遺産」として世界遺産文化登録を目指しているが、ユネスコからは「禁教・潜伏期」を焦点にあてた内容に見直すように言われていったん申請を取り下げたが、これは加害者が誰かを明確にせよということ。日本では今まで、「ここは〇〇で、何万人の民が死んだ」という説明で、加害者が誰かは一切スルーできていたけれど、それではダメだということです。日本人は、自分たちが世界からどのように多様な目で見られているかに、いまだ意識が向かってない。

宗教って、どの時代どの地域でも、理不尽な暴力とか迫害にさらされているときの救済措置といったら失礼ですが、でも、そういう面が確実にあると思います。いまの日本はかなり流動的になってきているけれど、まだそこまで切羽詰ってなくて、多くの人は国を信じてしまっている。私は国に対してはみんな早く絶望したほうがいいと思うのですけれど(笑)。
【追記】
人は人によって導かれるという気がします。もともとイエスもそうですよね。最初の出発点はイエスの言葉を直に聞いた人が信じた。それをどう伝えていくかで神学が生まれたのでしょうけれど、でも、最初は人がいて、その人が発した言葉があった。いくら時代が進んで情報伝達手段が変わっても人が何に導かれるかという基本は普遍だと思います。

どこかの誰かさんに聞かせたい言葉が満載。(((^^;)

久しぶりに、”わが意を得たり!”と胸がスカッとした。






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by dande550213 | 2016-11-23 18:17 | 教会生活 | Comments(0)

朝起きれば、福島県沖のM7級の地震と津波到来のニュースに息を飲んだ。

その後の情勢が気がかりだが、今日は一日外回りの日で、朝9時前には家を出てJR天王寺駅へ向かった。

先ず、歯科で定期検診。

その後、JR福島駅から徒歩15分の大阪国際会議場(グランキューブ大阪)へ。
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ここの10Fの会議室で、ラブ・ソナタ大阪の教会セミナーが開催されていて、韓国の元外交官「キム・ハジュン」氏の講義を聴きにいった。
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もちろん、キム・ハジュン氏を最初から知っていたわけではない。
教会からもらったパンフレットで最近、初めて知った人。(((^^;)

氏が通訳をつけずに、流ちょうな日本語で講義されたのに先ず驚いたが、氏の経歴を聴いてもっと驚いた。世界の表舞台で36年間活躍された超一流の外交官だ。

・1973年、韓国外務省に入省
・日本との関係は、1988-92年に駐日大使館 参事官。
・1995年から、アジア太平洋局長 この頃、洗礼を受けられる。
・2000年から、大統領外交安保首席秘書官
・2002年から、駐中国大使
・2008年から、統一相
・2009年、退任

そして、もっと驚いたことは、氏が外交官という公的な仕事の場においても、常にクリスチャンであることを公言し、自分に関することはすべて上司(大統領)ではなくて、「そのお方(神)が決めます」と自分のアイデンティティを明らかにされてきたこと。それが世の試みや誘惑に打ち勝ち、世の人々から自由になる秘訣だと言われた。

人々の目線を気にすると、神様を完全に信じることはできない。他人から自由になるのが最も重要だから、退職した翌日には、36年間の仕事で知り合った人々の電話番号や住所などをすべてを削除したと言われる。その時は、最初は寂しく孤独だったとも・・・。

最近の韓日関係の悪化が心配で、両国の関係発展に役立てれば・・・と、ラブソナタ(日本のプロテスタントと韓国のオンヌリ教会が手を取り合って作り上げるプロジェクト)に参加するようになられたそうだ。

外務大臣だったパン・ギムン氏が国連事務総長になれたのは中国の大きな後ろ盾があったからだ、といような元駐中国大使ならではの打ち明け話も聴けた。


講義が終わると、今度はまたJR天王寺駅にもどって、主治医のクリニックへ行き、インフルエンザの予防接種を受けて帰宅。

そして、地震と津波の続報を夕刊で読んで、ホッと胸をなでおろしている。


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by dande550213 | 2016-11-22 18:28 | 教会生活 | Comments(0)