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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213
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「失感情」について(1)


「失感情」

この言葉を知ったのは、確か、夫の人間ドックでのメンタルテストの結果を見たときが初めてだったと思う。

夫は人間ドック検診が大好き(というより、自分の健康を人一倍心配しているのだろう)で、毎年、2泊3日ぐらいの徹底的検査を受けている。通常の検査の他に、様々なオプションまで付けて・・・。

そこでのメンタルテストの結果に、「失感情」という言葉があった。夫は、この「失感情」の値がかなり高い。

その時は、「失感情」の詳しい意味は知らなかったが、まあ、だいたい「読んで字のごとし」で、「感情的ではない」というぐらいの意味だと思っていた。そして、普段の夫を思い浮かべて納得していた。そう、まさに夫は感情的ではなかったから・・・。

「感情」の反対は「理性」だと思っていたから、夫の「失感情」の値が高く、同時に「理性的」の値が高かったのも、検査の値には整合性があると感じて、納得していた。

「失感情の値が高い」ことは気にも留めなかったが、同時に行っていた「ストレスチェック」の値がこれまた「危険」値と判断されているぐらい高かったことの方を、その時は不思議に思っていた。

それは、夫は常々「自分はストレスを感じない」と言っていたからだった。また事実、家庭で見る限り、夫の生活はストレスを受けない生活だと、私自身も思っていた。娘も息子もそう感じている。他人事ながら、よくそれだけ切り捨てられるものだとその合理性・自己中心性に感心していたぐらいだったから、彼のストレス値が異常に高いことが不思議だった。

その時は、夫はストレス検査に大げさに答えたのだろうと思っていた。というのも、夫は風邪や熱や「疲れた」など、身体に異常があれば普段から大層に訴える人で、ほんの少しでも、まるで自分は重病人であるかのように大事をとって寝込む人だったから、そう思った。

余談だが、実際は、夫は毎年風邪も引かないし、熱を出すこともない。風邪が流行する季節になると、風邪を引いていなくてもマスクをかけて他人からうつされないように予防し、少しでも風邪気を感じると葛根湯を飲んで早く寝るから・・・。それに、疲れることを極度に嫌がって、疲れないような生活を普段から心がけているから、日常生活で医者にかかることはほとんど無い。

これは一例だが、夫は、家族で旅行するのは好きではない。それは子どもが小さい時は子どもの荷物を、私が病人になってからは私の荷物の一部を、親として、夫として自分が持たなければならなくなるかもしれないことが一因。その外、家族を伴うと、自分の思うままに自由に過ごせないなどの理由で、長年家族と離れて、自分独りで旅行している。夫婦で旅行するようになったのは「夫婦の旅行は家計費から出す」と決めたほんのここ2、3年のこと。

今から思えば、荷物の問題では、早くも新婚旅行でもめていた。夫が自分の荷物だけで、新婦の私の荷物の一部を持ってくれないので私が不満を言ったのだった(大笑)。今でも、夫は自分の個人的なお土産は自分で持つが、私は自分の個人的なお土産のほかに家族や親戚関係のお土産も持たなければならないから、正直たいへん。ぶつくさ文句を言えば、むっとして少し持ってくれるが・・・(笑)。

子供達をつれてのスキー旅行でも同じことでもめていた。SLEで寝たり起きたりの病人の私が子どもの荷物まで持たなければならないのをおかしいと思って夫に言ったことからケンカになったのだった。そのとき、夫は子どもの荷物まで持つのは重いからイヤだと言った。

夫は旅行をする時は自分の荷物はできるだけ少なくする。軽くするために、着替えも持たないことがある。そして、その自分の荷物だけを持つのが普通だ。一昨年、私が膝を痛めて杖をついて歩かなければならなくなった時に夫と熊野へ旅行したことがあったが、そのときも、夫は自分の荷物だけを持って悠然と歩いているので、私はたまりかねて「せめて膝が痛くて、杖をついているときぐらいは、私の荷物の一部を持って欲しい」と頼んだことがあった。

今度、私たちは5月に韓国旅行を計画しているが、私は夫から「僕の荷物が増えるのはイヤだから、お前もリュックサック一つで行くように!」と、早くも念押しされている。(苦笑)

それだから、私は今まで夫とはできるだけ一緒に旅行しないようにしていたのだ(苦笑)。

こと程左様に、夫は私とは違って、身体の無理をしないし、無茶をしない。そして、日々、規則正しい生活をしている。それなのに、人間ドックでは「要観察」がかなりあるので、身体の健康度の総合判定は意外なほど低いのも不思議だった。

話を元にもどして、人間ドックでのストレスチェックの結果を見て、夫の精神的ストレスを心配し、私は職場の同僚に尋ねてみた。そうしたら、「夫の仕事はそんなにストレスがたまる仕事ではないし、むしろ夫の周りの人が夫にストレスを感じている」と言い出すので、「わかるわかる、その気持ち!」と私も笑った。

夫は、自分の責任範囲以外の仕事は自分から進んではしない。「気を回して」とか「気をきかせて」ということが基本的に彼には無い。だから、どこにいても他人の手助けをするということはあまりない。

相手が病人であっても、自分から進んではしない。というより、そういう場合、どうしていいかわからないようだ。本人もそう言う。わからなければ、相手に何をして欲しいか聞けば良いと私は言うのだが、聞かないで自分が良いと思うことをする。それを相手が望んでいるかどうかは夫の場合、全然関係がないようで、時々戸惑うことがある。

本人は「助けてやっているのに文句を言うとは何事か、もうしてやらへん」と気を悪くする。相手が望むことをしてあげ、できるだけそうしてあげたいと願うのが「助け」だと私は思うのだが、夫は「自分ができることをしてあげるのが助けだ」という。相手がそれとは別のことを望んでいても、自分ができることで助けてあげるのが助けだと・・・。

だから、こういうことになる。私が寝込んでいる時、夫は「夕食は、今日は簡単なものでいいから・・・」とよく言う。これが夫の手助けだというのだ。私はどうしてこれが助けなのかよくわかならない。「今日は代わりに夕食を作ってやる」という手助けができないのかと言うと、夫は言う、夕食を作るのはイヤだ。だから、「しんどいなら、いつもと同じような夕食を作らなくてもいいように、簡単な夕食でいい」というのが「夫の手助け」なのだそうだ。???。

こんなだから、職場で他人が困っていても、それはチャントできない本人が悪いと知らん顔をしていることが多いのだと思う。ある意味ではそれは合理的な考えなのだろうと思うが、夫のそういったところが職場では周りの人にストレスを与えていることがあるようだと、夫の同僚は言う。
ちなみに、先ほどのメンタルテストでの「合理的」の値も最高ランク程度に高い(笑)。

そんな夫だから、彼の精神的ストレスが異常に高いと判定されるとは到底信じられなかった。夫の思い過ごしだろうと、今日まで思っていた。

しかし、今日、教会の婦人・壮年合同例会時のご主人方のお証しのテープを聞いているうちに、何故か夫の「高・失感情値」と「高・ストレス値」を思い出して、何とはなしに「失感情」で検索してみたら、何とこの2つは相関関係のような関係があるというのでビックリした。

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失感情症について

失感情症は、失感情表言症・感情言語欠乏症ともよばれます。
 
失感情症は、心身症や依存症、心的外傷後ストレス障害の人によくみられる症状で、「自分のこころの中にある感情に気づきにくく、またその内的感情を言葉などでうまく表現できない状態」のことをいいます。
 
失感情症の特徴は、感情を表現する能力だけではなく、他人の感情を認知する能力や想像力も貧困で、感情に基づく効果的なコミュニケーションができないことです。
 
一方、現実に起こった客観的な状況-自分の身体症状や状況などの事柄-については、こと細かく説明する傾向があります。
ストレスや葛藤の存在を否認し、意識下では自分でもその存在に気づかないために、ストレスや葛藤が身体症状となってあらわれると考えられています。

心理学とカウンセリング 失感情

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私だけでなく、義妹も同様に、夫に対して感じている「何とはなしの違和感」がまさにこれだった。

感情を廃して、常に論理的に話すことを強要されるのだ。話し出すと、いつも「論理的に矛盾している」と指摘される。だから、義妹は普通に話せないという。

私は夫と問題点を話し合う時は、いつも前もってシュミレーションをする習慣がついた(笑)。こう話したら、夫はこう答えるだろうから、次はこう話そう。この会話の進め方に論理的矛盾はないかと点検する。だから話し出す前から疲れている(笑)。いつもビクビクもの。

論理じゃなくて、こう感じている「この感情を理解してほしい」と思うのだが、それが何故か通じないという思いにさせられる。なぜ、夫は感情を汲み取ってくれようとしないのだろうかと思う。

言い争いになると、夫は何故か黙り込んで、いつの間にか尻切れトンボのようにお終いにさせられる(笑)。なぜ、「自分はこう思う」とか自分の意見を言ってくれないのかと尋ねると、「自分の思うことを言い表す適当な言葉が見つからないから、考えているのだ」と答える。「じゃ、言葉が見つかったら、すぐ言って」といっても、たいていは返答が返ってこないので、夫婦の問題もいつの間にかうやむやのお流れになるの常だ。それなりの一応の結論すら出ないので、何回も同じ問題でもめることになる。

夫とは、何故こんなにコミュニケーションがうまくとれないのか、不思議に感じていた。何を言っても、心が通じない壁に跳ね返されているような感じがするのだ。だから、いつのまにか当たり触りのないことしか言わないようになったし、そういう生活をしているような気がする。今はいいかもしれないが、これでは老後がこわいなあ・・・と常々思っている。

どこでも夫婦はだいたいこんなものなのかもしれないが・・・(苦笑)。
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Commented by あいこ at 2007-03-22 13:34 x
可愛い、ご主人ですね!また、良き理解者であるダンデさんですね!すてきな関係ですね
by dande550213 | 2007-03-20 14:40 | 雑感 | Comments(1)