若き日のチンギスが、亡き父のアンダ(同盟者)であったケレイト族のトリオル汗を訪ねる場面。
トリオル汗が「主の祝福・・・」とか「神の証人・・・」という言葉を発するのだ。
駐留地の入り口ゲートには、十字架のようなものも掲げられている。
ええーッツ???
12世紀ごろにモンゴル高原の遊牧民の1部族がすでにキリスト教徒だったの~?とビックリした。
後で調べてみると、
ケレイト族は、1007年に部族をあげてキリスト教に改宗したのだそうだ。
契丹の遼の下で、ケレイト族は東西交易に参加していたために
西方からネストリウス派のキリスト教が伝わったと言う。
この部族は、チンギス・ハーンが即位してモンゴル帝国が成立した後も、
チンギス一門の姻族(チンギス4男の夫人で、フビライの母はケレイト族のトリオル汗の姪)となり、
モンゴル王家ではキリスト教徒にかなり好意的だったと言う。
この部族の名前は、現在でもカザフなどの中央アジアのチュルク系民族の間に
見出すことができるというが、今もキリスト教徒なのだろうか。