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ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213
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パスカルとモリエールの風が吹く


9/28の礼拝メッセージで、牧師先生が久しぶりにパスカルに触れられた。教会では、数年に一回ぐらいの頻度で、パスカルの言葉が礼拝メッセージに引用される。
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                  *ウィキペディアからパスカルの画像を借用

『パンセ』の中の、「人間には神によってしか埋められない空洞がある」という言葉と「パスカルの賭け」がよく引用される。ちなみに「パスカルの賭け」とは次の言葉。
 神は存在するか、しないか。きみはどちらに賭ける?― いや、どちらかを選べということがまちがっている。正しいのは賭けないことだ。― そう。だが、賭けなければならない。君は船に乗り込んでいるのだから。

 すでにこの世に生きている以上、この勝負を降りることはできない。賭けないということ自体が、結果的に一つの選択となるからだ。

 賭け金は自分の人生である。神が存在するという方に賭けたとしよう。勝てば君は永遠の生命と無限に続く喜びを得ることになる。しかも、君の人生は意味あるものとなるだろう。賭けに負けたとしても、失うのものは何もない。

 反対に、神は存在しないという方に賭けたとしよう。その場合、たとえ賭けに勝っても、君の儲けは現世の幸福だけである。死後は虚無とみなすわけだから、そこで得るものは何もない。逆に負けたとき、損失はあまりに大きい。来世の幸福をすべて失うことになるからである。


今回の礼拝メッセージではパスカルの成した業績の紹介に「乗合馬車の発明」を挙げられ、知らなかったので驚いた。

そこで、これは一度「パスカルの伝記」を読んでおきたいと思い、ネットで注文して読み進めているちょうどその時に、メールで少しやり取りしていた同級生のクリスチャンが「ある本で、自分がパスカルとレンブラントに関する部分の翻訳を担当したから、良かったら読んでみてください」と連絡してくれた。

その本を中古で購入して読み進めているが、あまりの難しさ(^-^;)に根を上げて、気晴らしに何となく、『モリエール』のDVDを久しぶりに観てみようという気になった。

で、観ているうちに、もしかしたらモリエールはパスカルと同時代の人ではないかと思い、調べてみたら、モリエールは1622年1月15日生-1673年2月17日没、パスカルは1623年6月19日生-1662年8月19日没で、まさに同時代(ルイ14世治世)にほぼ同じ場所(パリ)で生きているのだ。モリエールとルイ14世の関係は有名だからこの二人が同時代ということは知っていたが、パスカルは彼らより後の時代の人だと思っていたので、彼が生きた時代が二人にこんなに重なるとは意外だった。
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                      *ウィキペディアからモリエールの画像を借用

パスカルもモリエールも、子ども時代に母を亡くしている。

さらに、パスカルの伝記は、田辺保氏の『パスカル伝』(講談社学術文庫)を読んでいるが、氏が6年前のFEBCの番組案内で紹介した「田辺 保、パスカルを語る」の田辺氏だったとは、何か不思議な導きを感じる。
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by dande550213 | 2014-10-13 17:34 | 雑感 | Comments(0)