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2010年12月『 私の闘病記―闘病25年の心の軌跡~死(無)に怯える心からの解放~8/30 』
(全国膠原病友の会 関西ブロック 『明日への道 ブロック版 №122』)
はじめに
1.「抑うつ状態」の39歳までの私
2.何をきっかけに再起したか
3.再起後の猪突猛進「生き急いだ40代」
4.洗礼を受ける
5.死に対する恐怖
(1)パスカルの場合
(2)私の場合
(3)大町公氏の場合
(4)岸本英夫氏の場合
6. 人間の死生観の2つのタイプ
7.「抑うつ状態」の奥に潜んでいたもの
8. 賭け
(1)パスカルの賭け
(2)私の賭け
(3)岸本英夫氏の賭け
9.私のジクソーパズルの完成と心の平安
10. 最後に
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3. 再起後の猪突猛進「生き急いだ40代」 4/5
私は海外旅行を計画すると、まず主治医に許可を取った上で申込みます。SLEなので、いつ病気が悪化するか、予測がつきません。ですから、キャンセル料は覚悟の上です。出発10日前ぐらいにその月の検査に行き、出発の3日前ぐらいに直前の診察を受けて、主治医の最終判断を仰ぐことにしています。ペルー行きの時は病気が再燃してなかなか許可が出ず、3年間待たされました。
薬は全期間の薬をショルダーバックに入れて常に携帯し、スーツケースには予備としてさらに1か月分の薬を入れて行きます。その他、下痢止めや胃薬、風邪薬、貼り薬、テーピングテープなど、あらゆる場面を想定してたくさんの薬をお供にでかけます。紫外線がダメなので、日傘、手袋も必需品です。海外では日傘をさす人はほとんどいないのでいつも好奇の的です。身体が少しでも元気なうちに衛生状態の悪い国へ先に行っておこうと出かけるのですが、それらの国では注意事項を守っていても、食事で軽い下痢を引き起こします。トイレ事情が悪いのと飲み水が日本のように簡単に手に入らないのが膀胱炎持ちには辛いところです。
今夏は、中国の新疆ウィグル自治地区へ行きたいと言いましたら、「もう少し文明国へ」と主治医の許可が得られず、シリア・ヨルダンに変更しました。ぺトラ遺跡とパルミラ遺跡、イスラムのラマダン(断食月)生活を見て、陸地の国境越えを経験したいと思ったのです。この旅行も出発直前まで悩み続けました。記録的な猛暑で日本にいる時点でかなり消耗していたからです。そんな身体で40度越えの中東へ出かけていって、万が一倒れでもして迷惑をかけることになったらどうしようかとずいぶん思い悩みました。実際、あちらの暑さに不安になって直前に旅行をキャンセルした人が2人いましたが、私は運を天にまかせることにしました。
この時は、めずらしく夫が車で空港へ送ってくれ、頼んでもいないのに車で迎えに来てくれて、本当に助かりました。彼も心配してくれたのでしょうかね?
(続く)