一歩一歩!振り返れば、人生はらせん階段 ippoippo51.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

ステロイド剤と2人3脚の全身性エリテマトーデス(SLE)患者の " 猪突猛進、横道うろうろ "人生備忘録:落ちこぼれクリスチャンが心を入れ替えて(- -;)学ぶ日々の「御言葉」と、スペイン語の勉強、SLEの病状などの日々のささやかな記録・・・というのが当初の自己紹介でしたが、今は、単に「日々生きて、夢中になった事ごとの記録」(((^^;)


by dande550213

「母の日コンサート」チラシ配布


教会の「母の日コンサート」のチラシ ↓を配りに出かけた。
f0096508_9343265.jpg


私の配布担当地域は、徒歩20分ぐらいのところにある。
周辺にはまだ畑や田んぼも少し残っていて、田舎育ちの私はつい足を止めて、写真を撮ってしまう。

葱坊主 ↓
f0096508_94023.jpg


春の野菜と花々 ↓
f0096508_9404789.jpg


明日田舎に帰省したら、自然の大洪水なのに、何故かカメラに収めておきたくなる。

この辺では珍しい、田舎と同じ茅葺屋根にトタンをかぶせた家。 ↓
塀は壊れかけていて、修繕した様子も無い。もう人が住んでいないのだろうか?
f0096508_946499.jpg


帰り道、夫の実家があった付近へ立ち寄ってみた。

二間の長屋の借家だった。
都会暮らしではありふれた家だっただろうが、田舎育ちの私はその狭さと室内に漂う便所のにおいに慣れるまでたいへんだった。
義父母が亡くなり、借家を明け渡し、今は空き家になっているが、まだ残っているから、こうして時々見に立ち寄る。↓
f0096508_9551017.jpg

お隣は取り壊されて、今は空き地になっている。

この夫の実家から徒歩10分ぐらいのところに私たちは住んでいた。

二児を出産後、SLEを発病した私は安静を言い渡され、育児ができなくなったので、昼間は子どもたちを保育所に預けることになった。

義母は毎朝、家を出て、子どもたちを迎えに来て、保育所に送り届け、夕方には迎えに行って、また家に連れ帰ってくれた。当時1歳半だった下の子が卒園するまで4年間、雨の日も風の日も雪の日も、休み無く。

私たちはこの11階に住んでいた。 ↓
f0096508_10827100.jpg

ベランダで洗濯物を干しながら、義母が迎えに来てくれる姿を見、子どもたちが振り返りつつベランダの私に手を振りながら義母に連れられて保育所に行く姿を見送り、夕方にはまたここから、子どもたちが義母に連れられて帰ってくる姿を今か今かと待ち受けたものだった。

その子どもたちも社会人になり、助けてくれた義父母はもうこの世にいない。
[PR]
by dande550213 | 2009-05-02 20:32 | 雑感 | Comments(0)